赤の魔術師の涙はきらり輝く
カトレアの真実、そして勇者の覚悟の話です。
わりと長くなりました。
「全ての始まりは……勇者様の仲間として活動し始めたことからでした」
カトレアが、静かに話し出す。ゆっくりとした口調で、だがしかし。すらすらと。その言葉に感情を込めるように、言葉を言い連ねる。
「勇者様、それにミミさん、カザハナさん。そして私は。ある日天井に住まう神の導きにより、勇者、そして勇者の仲間としてパーティを組むことになりました」
「最初からから仲良かったからのう、わっちたちは」
「一番初めのやつとか楽しかったよねー!」
ミミットとカザハナがその言葉に同意する。思えば自分たちとの初対面からして、かなり掛け合いを行っていたから、かなり仲が良かったのはわかっていた。
それは最初からなんだろうな、と琥太郎は思った。最初の出会いから、おそらくずっと。四人で頑張ってきたのだろう。
「……楽しかった。そう、ミミさんの言う通り。楽しかったのです」
ミミットの言葉を肯定して、カトレアは言った。それはすなわち、ほかならぬカトレア自身も、その日々が、楽しみで、好きだったという証拠。
「私はずっと孤独だったのです。とある僻地で……。友も家族もおらず。ただ一人。話し相手など虫ぐらいのもの。孤独に臥して朽ちるだけの、なんてつまらない人生……。そう思っていました。ですが勇者様たちに触れて、組むようになって。救われた。つまらない人生の中で私は、初めて幸せになれたと思っているのです」
そう語るカトレアの表情は、とても穏やかだった。目を細めて、思い出を語るような感じで。
しかし、すぐにカトレアの、穏やかだった表情が変わる。
「……ですが……。私は、みんなと戦い、救っていくたびに……別の感情も浮かぶようになっていったのです。当時は理解できなかったのですが、今は理解できます。これは、義憤。周りの人間を思うが故の、怒りの感情だったのだと」
「ええっ!?」
その言葉に、ハミルを始め、パーティ全員が驚いた。
その反応に対して、カトレアは動じない。勇者パーティを代表してミミットが吠える。
「ミミたちを思うが故の怒り……って。それってどう言うことなのさ、カトレア。だってそんなの、今まで何も言わなかったじゃん!」
「言うつもりはなかったのです、これは私が、私だけが抱え続けたもの。感じさせたくなかったから」
「もうその言い訳、通じないから! ちゃんと説明してっ!」
「言い訳ではありません!」
ピシャリと叫ぶように、カトレアは叫んだ。その雰囲気に気圧されて……。ミミットは何もいえなくなる。
「言い訳では……ないのです……。ですが」
「言い訳ではないのなら……」
カトレアへ念を押すように、割り込んできたシエテが告げた。
「詳しく説明してくれないかしら。勇者の仲間たちに伝えたくないことだったのだけど、もう伝えるしかなくなっちゃったし」
「……女神様」
「それに? 私は女神だから、少しばかしアンタの救いになるわよ。だって女神だし。しかも天上にいる格の違う奴なんかとは全然違うんだから」
「女神様は、面白いですね。ですが……それが救いになる。そんなあなた様がいるのですから、この道は最初から決まっていたのかもしれませんね」
「……ええ、しっかりね」
シエテの姿を見ると、観念したように……視線を下へと落とした。普段だったら全身全霊で喜んでいくはずのシエテも、今回は、そうじゃないようだ。カトレアという女神を真に尊ぶもの。思えば彼女は、シエテにずっと女神様と敬称をつけて呼び……。どんな時でも敬意を忘れなかった。そんな彼女の、本当の危機、決断だからこそ。真面目になるのかもしれない。
カトレアは二、三度深呼吸を行った。空気を吸って吐いて、心を整える。
「……勇者様と一緒に、世界を救うのは本当に楽しかった。ですが……それと同時に。でも。その過程で起きたことが……私に大きく失望を抱かせる結果となってしまった。ですから、私は。勝手にこう決断付けたのです」
そしてカトレアは言葉を選ぶように。こう続けた。
「私はこの戦いの前に、魔王と密会をしました。理由は……勇者様の物語を、終わらせるため。
今回の行動を起こそうとしたのは。勇者様や皆様を。その立場から解放するためです」
「物語を、終わらせる……? 立場の解放……?」
「カトレア……そのようなことを……本当に……?」
ハミルにミミットにカザハナ。パーティの仲間は皆唖然、といった表情だった。当然だと琥太郎は思った。今まで一緒にやってきた仲間の行動じゃない。カトレアという人物がすることじゃない。そういいたくなる。自分の仲間たちが、勝手にそう言ったことをやっていた……。というのを思い浮かべた。それを思い浮かべただけで、信じられなくなった。
今目の前で起きているのは、そういうことなのだ。
「はい。私は本気でそう考えていたのです。勇者様の物語を終わらせたかった。そうするしかなかったと」
「一体、何が君をそうさせたんだ……? 僕が悪かったのかな……」
ハミルは頭を抱えて言う。
「勇者様……ハミル様は悪くありません。むしろ、私と違って、心の底から正義を信じ……。己を律し、国のため、民のため。正義のため。剣を取って魔に立ち向かう……。すばらしき方です。だけれど。そんなハミル様たちの正義が。否定され、嘲笑され。そんな姿を……近くでずっと見てきたのです」
「否定、嘲笑……。勇者でもそんなことがあるのか?」
琥太郎がその言葉に疑問を持つ。勇者というのは、自分たちを助けに来た、正義の剣だと思っていた。大体イメージがそう。それでも、目の前でカトレアが語ったことによると……。嘲笑の対象に、なりえるのだと聞く。そんなイメージを、どうしても。琥太郎は抱けなかったのだ。
「……神の使いっ走り」
「……!」
シエテが小さく言う。その言葉に、カトレアを含めた勇者パーティが皆、驚いたような反応を見せる。
「勇者を馬鹿にして言う言葉よ。神の加護を授かって、神のために全力で走り続ける、人間でもなく神でもなく。その立場は神のしもべであり、言い方に寄っちゃ、ただのパシリってなっちゃう。特に神の力が強いと、その言葉がよく飛ぶわ」
「ええ、何度も何度も言われましたとも!」
杖を地面に突き刺して、カトレアは叫んだ。その感情は、完全なる怒り。
「陰口をたたかれたこともある、民が非協力的で……。数人しか集まらない時だってあった。一番ひどいと……。石を投げられて追い出された時だってあったのです。ハミル様や皆様は……。世界のために、彼らのためにここにいるというのに。世界の歪みとしてその場所へ現れた魔王や魔物を、その力で倒すためにここにいるというのに! 感謝するどころか……そんな仕打ちばかり……! その言葉や行動をぶつけられるたびに、私の心は悲しみ、傷つき……荒れていった。その愚弄は、皆様を愛していたからこそ、許せないことだったのです……!」
怒りを込めて、そう言い放つ。
感情の解放だった。愛する者たちを、好いている者たちを馬鹿にされることを、彼女は何よりも許せなかった。
「ハミル様もミミさんもカザハナさんも。何も気にしていなかったのでしょう。何も言われても、何かされても。それが正義だと信じた。しかし私は……。それでも。侮辱されて黙っていることなど、できなかったのです……」
「……カトレア」
皆、押し黙ってしまった。彼女の感情の大きさに、我慢し続けてきたことの、大きさに。馬鹿にされ、無視され、石を投げられ。仕打ちを一緒に受け続けてきたから分かるのだ。
「だから私は……。皆様の日常を取り戻すために。神様の加護という名前の呪いを、どうにかして消そうと。どんな犠牲を払っても……と思いたち」
「そこで……魔王と会ったのか」
「……はい。あの最初の日です」
「ダークエルフに同行してもらって、色々確認した日だ! いつものように、カトレアは一人行動だった……」
ハミルはあの時を思い出す。
おそらく、自分のように、闇を祓われて。邂逅したのだろう。魔王ラクシャーサと出会ったことのある琥太郎は、彼の行動が少しはわかる。それに言葉も。
「勇者が神の加護の元で失態を行えば、神は失望し、勇者としての資格は剥奪され……彼らは平穏な日常へと戻るだろう。奴はそう言いました。その言葉は的を得ていました。神とはそういうもの。人のミスを絶対に許さない」
「私は寛容だけど、他の神なんてずっと器がちっちゃいまんまだもんねぇ」
「話の腰を折るな。……そうか、そういうことだったのか」
琥太郎の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
「魔王は確かに、人間は我に勝てないと言っていた。十日経ったとしても、人間には魔王に対抗する手段がないから……」
「……随分卑怯」
闇を払う矢がない以上、魔王の根城を射抜くことはできない。だから、人間には魔王を倒すことができないと。
笑い声が聞こえてきそうだった。
「あなたの言うとおりです。魔王に対抗する手段が無いまま挑んで仕舞えば神の機嫌を損ねるのです。そして、最後は私がこの国の代わりに、魔王に殺されるつもりでした。
その結果、ハミル様は勇者としての資格を剥奪される。そういうシナリオだったのです」
「待って。そのシナリオは……」
受け入れられなかった。ハミルはカトレアへ 手を伸ばす。
「受け入れられない。勇者としての資格の剥奪もそうだけど……何より。何より……カトレアを犠牲にしたことを知って、僕らがどう思うか……!」
「それに、独りよがりの計画であることもまた否定できませんわね」
「……!」
エトワールがそれに追随するように言葉を突き刺す。その言葉に射抜かれて、沈黙する。
「私たちの国も、勇者様の感情も。全て無視した最悪の計画だと言って差し上げますわ」
「そうだよ! そんな方法を取るしかできないなんて、カトレアは軍師でしょ!? そんなんでいいの!? 答えてよ……カトレア!」
糾弾の声と叫び声と。そんな言葉の中で。沈黙していたカトレアは。
それでも何一つ、ただ一言。
「……『フレイポート』
「カトレア!!」
一言だけの、魔術詠唱。炎の中に、姿を消す。
逃げられた勇者たちがただ、悲しみの中に佇む。
「カトレア……」
残された勇者が、悲しげに声を漏らした。その声は小さく消える。
「ずっと傷ついてたんだ。ミミたちは気にしてなかったけれど、カトレアはずっと、我慢し続けてきたんだ」
「大丈夫じゃなかったの……。カトレアのこと、わっちらは何も分からなかった……」
ミミットとカザハナも、目線を低く落とし、悲嘆に暮れる。本心も何も、分からなかった。教えてくれなかったのもそうだけれど。ずっと思っていてくれた。そんな彼女の心が限界だったのに、誰も気づかなかったのだ。勇者パーティとして、あるまじき姿だ。誰もこれを責めることなどできない。
この件においては、誰もが悪いのだから。
「しかし、このままカトレア様の行動が達成されてしまうと、私達の国は大変なことになりますでしょう。それに……それで納得できます?」
「納得できるわけがない……!」
エトワールの言葉にハミルは剣を地面に立て…支えるようにする。
「こんな結末など納得できるわけがない……! 僕は、僕たちは……ずっとちゃんと、みんなでやってきたんだ! こんなの納得なんてできない! まだ何か、できることがあるかもしれない!」
「その何かって何さあ……」
ミミットはげんなりしたまま、ハミルの言葉に答える。完全にトーンダウン。
そんな重い空気の中……。
「あの、何とかなるかもしれないです!」
そう手を挙げたのは一人の女性。
「永田先生?」
「はい!実は道中であったことなのですが……。森の中には大量の魔力がありました」
彼女は言う。この森の中は、自然からもたらされた、大きな魔力で満ちている場所。そこに於いては、小さな火種も、大きな炎に変わるだろうと。
「そしてですね……実は、あの森の中に。炎の魔力反応があったのです。森一帯を埋め尽くさんばかりの……カトレアさんの魔力が!」
「……!」
「それってつまり……?」
「おそらく。カトレアさんは葛藤していた。ずっと、悩んでいた。悩んでいた中で魔物が襲ってきて……炎の魔法を放ったのだと思います。その魔法は、あの森の中で強い魔力になって……。おそらくちょうど、大魔法が放てるぐらいに高まっていると思うのです!」
「それは本当!?」
魔術師である輝美より告げられた新事実。それにハミルは、目から鱗となって叫んだ。
「う、うむ! カトレアはあまり自分のことについて話すことはなかったが……。わっちは少しだけ聞いたことがあるのじゃ。魔王の結界を打ち破るレベルの、あの炎の矢。それはどうやって放つのかと」
カザハナもそれに続く。
「カトレアは言っておった。『自然によって生まれた魔力。そこに自分の魔力を混ぜて自分のものにしつつ……。砲台や弓矢といった触媒を用いて、一気に放つ』!」
「それってつまり……!」
「カトレアさんの魔力と、永田先生の魔力と……。それら全てを混ぜ込んで、俺たちが作った触媒で、その魔力の矢を打ち出す……!」
「それだ!!」
琥太郎が出した結論。それにハミルが答えた。
「カトレアは……ちゃんと道を用意してくれてた……。それはきっと偶然かもしれない。だけれど……その偶然に縋るだけのチャンスを、持たせてくれたのはカトレアだった!」
「うん、カトレアは、ちゃんとミミたちのこと見てる!」
「おお、なんだか楽しくなってきたの!」
反撃手段が見つかった。しかもそれは……他ならぬ彼女によるもの。勇者たちは、心の底から盛り上がった。
「でも、一つだけ条件があります。魔力の持ち主である、カトレアさんが……いないと……」
「……そうだった……」
「その点なら、私が考えを持っていますわ。そしてたった今、こちらのコタロー様も、同じ考えを持っていたと」
「……ああ、思いついたことが一つあった。割と……当たり外れは大きいと思うが」
エトワールと琥太郎が、二人同調する。
「して、どうやって? カトレアはかなり頑固じゃが」
「悪いことだと思う。だが、これをやられて無視する彼女じゃないはずだ」
カザハナの言葉に……琥太郎は答える。
「……彼女が勇者パーティであることを、利用する」
そして翌日。
青年たちは城の前に来なかった。
一人になれば、聞こえてくる声。
嘲笑と、避難と、罵詈雑言。
「神の使い走り」だなんて、とんでもない言葉だ。神の加護など誰もが欲しがるが、その実そんなことを言われて、ただひたすらに世界のために駆けずり回るだけなのならば。それはもはや呪いと同義語だ。神からもらった力が、自分たちを巡り巡って傷つけるのならば、なおさら。
光の勇者に、その仲間たち。彼女達を好いていて、その日々が楽しいからこそ。彼女は、その言動に、反応に恐れて。本気で、怒って。勇者はそれを気にしてはいないのだろうけれど、自分には到底無理だった。我慢など、できるはずもなかった。
だからその日々を、その輪廻を。今回で終わらせよう。自分の命をもって、勇者様へと平穏を。
赤の魔術師は、そう決意して……。酷く静かな夜、城から外へ出た。
当然ながら誰もいない、暗き闇。夜行性の動物や魔物が活発に動き出す、真っ黒な領域。そんな場所へ、誰にも気づかれないように、歩いていく。
「(結局、私はこの道を選ぶしかなかったのです)」
彼女は心の中で言った。
「(ハミル様、ミミさん、カザハナさん。あなた達には……。きっと素晴らしきこれからがあるのでしょう。でも、私には何もない。暗い僻地で、虫と戯れて過ごしてきた私にはこれからなどない)」
そう、大丈夫だ。自分は勇者様とは違う。待っている人間はいない。終の棲家もない。勇者の仲間になる前は、本当に惨めな人生だった。そんな自分の命や人生をもって。勇者を責務から解放できるのなら、安いものだ。
「(そう、私は……あなた方を、あの神の呪いから解放し……。人に戻すために。その身をささげるのです)」
それは、彼女の言葉を借りれば……。生贄というものだった。神に許しを請うための贄。これから自分が行うのは、神に見放してもらうための贄なのだけれど。同じもの。
そう、同じものだ。自分など仲間たちに比べれば、贄になるくらいの価値でしかないのだ。
「(風が強くなってきましたね)」
体に伝わる感覚。それを感じながら彼女は死出の道へ歩きだす。
だが、その最中であった。
ボワアッ……!
何かを、感じる。小さなものだけど、これは。魔力反応。しかもこれは……。
「……炎……!?」
森の中、魔力の天幕。その中を駆け回る、炎の魔力。それはふとした瞬間に燃え広がり……。辺り一帯を焼き尽くすだろう。自分が思い切り、やるように。
想像する。燃え上がる炎。それが一気に森を侵食し……。城の前へ、
寝ているであろう、勇者たちの周りへ……。
「……あ、ああああ……っ」
怖くなった。いてもたってもいられなくなった。どんな魔物だ。勇者の命を狙うのは、一体何者か! そんな存在など、赦せるものか。
「勇者様っ!!」
彼女は暗き闇を裂くように駆ける。森を走る。その向きはさっきまで行こうとしていた場所と反対方向だけれど、一心不乱で気づくことはなかった。魔力の反応は、向かっている場所に近づくうちに、だんだん強くなっていく。魔術師は魔力を聞き取り、感じる。その魔力に引かれて。ただひたすらに走る。
そして、その場所へと……。彼女はたどり着いた。
「……え」
たどり着いて、彼女は気づく。そこには、危惧していた異変はなかった。いや、それよりむしろ……。これは。
「森の木をいっぱい! それを運んで、組んで!」
「本来は小さい無数の弓矢なのでしょうけど難しいですから、大きい一本の柱でも構いません。とにかく砲台、触媒になるものを。永田先生、風の魔力は……」
「まだまだいっぱい流せますっ。先生がんばりますよ~~!」
騎士と、冒険者と。多くの人間が、一つの場所に集まって……。
「あ、カトレアさん!」
「カトレア!!」
何も言葉を発せずにいた赤の魔術師、カトレア。彼女に輝美が声をかける。瞬間、勇者たちがはせ参じた。
「これは一体、どういうこと……どういうことなのですか」
呆然としていた中、カトレアは口を開く。魔力の反応。確かに自分は……その反応に引かれてやってきた。炎の魔力だ。それを逃せなかったからここに来たのだ。
「……貴方様方は……一体、何を。それにここは……」
「炎の魔力。やはりそれに引かれてきたか」
「ええ、作戦通りですわ」
そう言いながら、二人の人物がカトレアの前に現れる。
「申し訳ありません。私は商人、基本的に勘に従う人間ですので……。こんな悪いことだって、できてしまいますわ。ほほ」
「拠点の危機、ひいては勇者の危機。それらには必ず馳せ参じると思った。貴女を信じたからこの作戦を打てた……。悪い人だったら、この案を考えようとさえしない」
青年と狐のような女性。二人はカトレアに告げた。この作戦の意味を。
「この炎はまさか。道理で馴染むと思いましたが」
一瞬首を動かして、カトレアは理解した。ここは、自分が拠点としていた場所だ。
「なるほど……。風の魔法で、炎の魔力を私の方向へと飛ばして」
「はい。私がそれを」
そう言って振り向くは、茶色いウェーブの髪の毛をした女性だった。彼女は杖を軽く木に突き出しながら言う。
「私は魔法使い……貴女と同じ魔術師でして。炎ではなく、風の魔法をよく使うのですが。だからあなたの魔力を感じることができたのです」
「……」
「同じ魔術師として、貴女が最初に言っていた魔王の闇を打ち払う魔力の矢。それに興味があったのです。それを私ができたら……相当すごいことになれそうかなーって思って」
カトレアは黙る。輝美の言葉に、触れようとさえしない。それを輝美も分かっていたようだ。回答も聞かずに続けた。
「でも、ダメみたいです。風の魔法による魔力充填はいくらでもできますけれど。魔力の矢を起動するには足りないみたいで。
先客がいるんです。この場所には。すでに。炎の魔法、それで満ち足りてしまっているから。炎の魔力による鍵がないと、その矢をつがえることさえできないんです」
輝美の瞳が、眼鏡越しに。赤の魔術師を射抜く。その瞳に見つめられてもなお……。カトレアは黙ったままだったが。
「私に。どうしろと?」
ようやく口を開いた。諦念の口調では、あったが。
「私は……。勇者様のために。何もできない。それどころか……足を引っ張っていた。魔王と密通までして。そんな私に、何ができましょう」
「何もできないということはなかったと~~。勇者様や周りの人たち、言ってましたよ。カトレアさんは、とっても素晴らしい魔術師で、あなたがいたから助かったという場面も多々あったと聞きました」
「私の貢献など……勇者様に比べれば、そんなの!」
「卑下したくなる気持ちは分かります。生まれも育ちも、不幸だったのでしょうから。でも、周りの人間の評価はわりと正確なのですよ?」
「そうかもしれないけれど……もう、もう遅い。私は……だって私は!」
「こっちを向いて、カトレア!!」
その名を呼ぶ。言われたとおりに、振り向いた。
「遅くない。ちゃんとこうして、カトレアは来てくれた。僕たちのもとへ、帰ってきてくれたんだ」
「……っ……!」
ハミルだった。カトレアをその手で抱き寄せて、そう告げる。
「手放すのは嫌なんだ。この前もこうやって、手を伸ばしたかった。君の手を掴みたかった。でも……手を伸ばしきれなかった」
優しい口調で、ハミルは言う。
「君がずっと傷ついてたなんて、知らなかった。ダメな勇者だと思う」
抱きしめているその腕は、どこまでも優しい。その手の暖かさが。カトレアを包む。
「だけれど……、聞いてほしい。聞いてもらえないなら、何度でも言う……」
瞳が、カトレアをしっかりと見つめた。そして告げる。
「そんなダメな勇者だからこそ。僕は、君がいないと駄目な自信がある! カザハナもミミットも、もちろん。皆含めての勇者なんだ!」
「………」
「だから……勝手にいなくなろうとしないで。傷ついたら……僕たちに言って。四人だったら、何とかなるから。何とかするから」
ギュッと抱き締められて、そんな言葉を言われると……。涙腺が緩くなってきてしまって。
「……あ」
涙が、出てきた。その涙を隠すように……。彼女は口角を上げる。
「あ……は、あははははっ! あっはっはっは!!」
自然と笑い声が、飛び出した。辛かったからじゃない。目の前の勇者様の言葉が……心に響いて。怒りも、全て。昇華されていったからだ。
「……少し取り乱しました。勇者様、杖を」
「うん!」
勇者に長い木の杖を渡され、すぐにくるくると回す。そして目の前の木へと突き付け……叫ぶ。
「ええ、ここは既に私の魔力が充満している場所。それを矢として放つには。解放する鍵がないといけないでしょう。風の魔法と、鍵となる炎の魔法。それを繋げます!」
そう叫ぶと、木の先から放たれた炎が、柱にぶつかり……。風と炎。二つが一気に中で混ざり合った。
「おお、とってもすごいですねえ~~」
「……私は吹っ切れました」
カトレアはそうはっきり告げる。
「もう遠慮なんかしません。隠すこともしないでしょう。持てる全力を使って……魔王を倒すために全力を誓いましょう!」
そう言って、初めて彼女は……心の底から、笑うのであった。
以上が九日目の夜。
すぐにこの夜が明ける。そして……。
全てを賭けた戦いが、もうじきに始まるのである。
話の都合で没にしたのですが、琥太郎たちが仕事している中魔物を押しとどめていたのは少数の騎士たちと青葉と戦った公国最強の騎士の一人ビルへスです。
添え物として覚えておいてくれると嬉しいです。
そしてそろそろ決戦です。お待たせしました。
駆け足で行きます。
1/2にあげられるかな…




