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赤の魔術師、その涙

今回と次が、カトレアの話になります。

いまだに話の区切り方が分かりません。

「魔物を倒した形跡がありますわね。おそらくこの近くでしょう」


 森の獣道を歩きながら、エトワールが周りを見渡す。森の木に、炎が燃え移ったような跡。真っ黒な燃え滓が地面に落ちて、この場所でどんな戦いが起きていたかと言うのが、戦闘の素人でさえも理解できる。


「どう? 感じるかしら?」

「あ、はいっ! 魔力反応ありですっ。炎の魔法を使ったんだと思います」


 シエテが輝美に問いかけた。彼女はその燃え滓を見てすぐにそう答えた。魔力反応が地面や空気に残っている言うことは、どこかで誰かが、魔法を使用した可能性があるということだ。輝美はそれをすぐに探知することができる。


「カトレアさんは炎の魔法が得意と聞きますから、もう少ししたら会えると思いますよ!」


 輝美はにぱっと表情を輝かせた。流石に勇者パーティから著しく信頼を得ている彼女だ。その魔力はトップクラス。


「会ったら色々聞かなきゃいけないと思いますね。メモはちゃんと持ってます!」

「準備万端! ま、まあ私も何かするときは記録取るし、それは当然のことよね。うん」


 服からメモ帳を取り出し、輝美はいう。そして、そこから1、2分ほど歩けば。一際魔力が大きい場所がそこにあった。おそらくカトレアの、魔力だ。


「強大な魔力反応がありますっ。おそらくですけれど!」

「よーし、行きましょう! 一人よりは二人作戦開始……」


 その魔力反応に導かれて輝美たちは歩き出し……。そしてそこで、



「……あら……これは」

「なによこれ……本当に反応あってるの!?」

「はい! 活動の形跡があるのでここだと思います!」

「嘘でしょ……それじゃあこんな……。はなから何もしてなかったってこと?」


 ばっちりと両目で、衝撃の瞬間を見たのであった。


「……ということがあったのですわ。私の勘はよく当たるとは思いますけれど。それにしてもですわね」

「私たちを騙してたのと同じじゃないのよ、あいつ!!」


 エトワールの言葉にシエテが呼応する。怒りは尤もだ。自分たちが頑張っている中、離れで一番大事な部分を担当するはずのカトレアが、その部分を怠っていた……というもの。その怒りや困惑、衝撃はとっても大きなものだ。


「私たちが全力で戦っている中でサボってましたーなんて、許されるわけないわ! だって、これじゃあまるで魔王の一員のようなやつじゃないのよ! だから私が女神として、勇者に問いかけようとして……」

「絶対違う!カトレアがそんなことするわけない!」


 声を上げたのはミミットだった。やってきた彼女は、真剣な表情、大きな声で。全力でそれを否定する。


「カトレアはハミルたちとずっと一緒に戦ってきたんだ……。それこそ、昔からずっと四人だったんだ。今更裏切ったりするわけがない!」

「……ミミ……。うん、僕もカトレアが何かして、敗北に導こうだなんて思ってない。僕らにとって最高の魔術師であり、軍師で……。それがカトレアなんだ」


 勇者であるハミルが、ミミットの言葉に同調した。ミミットのいう通りである。彼女とは、ずっと一緒にいた仲間なのだ。炎の魔術師であり、軍師であり。救われた経験は山ほどある。それを知っているからこそ。裏切ったなどと思えないのだ。


「カトレアが誤解を招く性格なのは知ってる。自分のことを周りにあまり言わないから。だけれど……それでも、今までやってきたことを裏切ることは、絶対にしない」

「……確かに、その言葉には一定の説得力があるようだ」


 誰かが背後からやってきて言葉を乗せる。低い爽やかな声で語るは、白銀の鎧の騎士だ。


「私も、彼らの言葉に賛同できる。彼女の行動が我々を欺くことであるならば、とっくに手は打っていよう。長々と欺くのは不自然だ」


 アイヴァンは、カトレアの今までの行動を考えつつ、そう結論づけた。騎士としての勘が、そこにあったのだろう。


「事実。私たちはあの軍師の手腕によって助けられたようなものである。彼女の草案によって、ここまで魔物を撃退できたと言ってもいいだろう。騎士や冒険者の奮闘もあるかもしれないが、それを活かす軍師の腕。それによって自由に動けたのは事実だ」

「言いたいことはわかりますわ。確かにカトレア様によって、救われたことは間違い無くあるでしょう」


 エトワールはううむ、と首を捻った。商業ギルドで前線では戦わなかった彼女にとっても、カトレアの行動は救いではあった。魔物が領域まで侵入して来なかったのは、間違いなく、彼女の功績ではあった。


「救われた可能性があるからこそ。白黒はっきりつけたいと、私は思うのですわ。勇者様や騎士様、冒険者と違って……私たちは戦えないわけで」

「実際一言でも話してくれればいいだけの話なのよね。私たちの不安を煽るのって、なんかおかしくないかしら?」

「……確かに」


 琥太郎が、シエテの言葉に頷いた。


「カトレアさんの作戦。それは魔王の根城への直接攻撃なのだから、最後まで隠さないといけない。それは理解できる。ただ……」


 ただ、と琥太郎は思った。

 

 魔王の根城にある闇を晴らすため魔力の矢を生成し続け、撃ち抜く。それがカトレアの作戦だった。それは一時でも、敵にバレてはいけないもの。それが魔王側に伝わったとなれば、一巻の終わりとなり得る非常事態なのだ。


 それを考えれば、安易にべらべら話すわけにもいかないし、徹底的な秘匿を行わないといけないのも、頷ける。


 それが徹底的すぎたのだ。とにかく隠し続けたのだ。


「カトレアさんは、何も見せず、何も伝えずの状況だった。大々的に見せるようなものではないにしても、せめて周りの仲間にだけは伝えておくべきではあったとは思っている」

「でしょ!? 色々隠しすぎなのよね。だからこそ怪しいと思われるというか……」

「それは……もうカトレアの癖だと思ってるから……」

「なるほど、それで損をしたことが少しばかしありそうだ」


 琥太郎はハミルに言う。ハミルは小さくだが頷いた。


 だがすぐに顔を上げて、真剣な表情でいう。


「カトレアのことをあまり知らない君たちに分かってもらうのも、酷かもしれない。だけれど……これだけは言っておきたい」


 それだけ言うと、呼吸を整えるために、一旦言葉を切る。そして。


「カトレアは悪い人じゃない。僕達はそれを知っている。秘密を隠しているのは……褒められたものじゃないけれど。でも、それは……」

「……これ以上いう必要はありません」


 そんな中で、声が聞こえた。思わず皆、そちらの方を向く。


 その声の主には聞き覚えも、見覚えもあった。


 と言うよりも、彼女は。


「えぇ、やっと来られましたね。


 エトワールが小さく言う。


「森から近くまで来ていました。ですが……私の話で盛り上がるとは、と。いてもたってもいられずに、飛び出したのです」


 歩きながら、小さく、しかし確固たる声を……あげる。


「この話をしていると言うことは、やはり。誰かが……踏み込んでしまったと言うこと。気づいてしまったということなのでしょう」

「……ええ」

「……やはり? やはりって……まさか!?」


 ハミルが叫ぶ。その言葉の意味に、気づいてしまいそうになったから。


 そして彼女は……いつものような赤い服と帽子を着こなして、皆の目の前にたった。


 目の前に立って……つげる。


「申し訳ありません、勇者様。全て……お話ししましょう。そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それが赤の魔術師、カトレアの……爆弾であった。




「カトレア……!」

「そんな、嘘だって……。嘘だと言ってよぉ!?」

「そうじゃ、わっち達はずっと、そうだっただろう!?」


 カトレアの言葉。その言葉に……勇者達は狼狽する。今までずっとやってきた仲間の、告白。


 わざと手を抜いた。何も行っていなかった。それが事実だと言うことが明らかになって……。それで狼狽えないわけがないのだ。


「……やはりでしたか。勘は良く当たりますわね。して、その肯定はつまり……あなたが魔王の」

「違う!みんな聞いて! カトレアはそんな子じゃない!!」


 エトワールが言おうとしたのを遮って、ミミットが叫ぶ。きちんとカトレアの目の前に立って、庇う姿勢だ。


「ミミ知ってる!カトレアは人と話すの、あんま得意じゃないし、ミミだってカトレアの言うこと、全然分からないから! いっつも話してくれないけど、ちゃんとやってきてくれた!」


 叫ぶミミットの顔は、涙交じりだった。信じられないという心と、それでも信じようとする心がせめぎ合っているのだろう。


「それに、カトレアってハミルのこと大好きだもん! ミミだってカザハナだって、ハミルのこと大好きだからここに居るんだ! 今更ミミたちを裏切ったりなんてするもんか!」

「そう、ミミットの言葉は極端だけど……。ずっと一緒だったんだ……」


 ミミットとハミルは、弁明するように皆へ言う。カトレアが、そんなことをするわけがないと。裏切るような人間ではないと……はっきりと否定する。


「……そこまで思われていますのね、なるほど」

「そこまで思ってるさ、仲間だから」

「わっちも衝撃的じゃ、故に信じていたくないの」


 仲間が、全力でカトレアを庇う。信じている。


「……勇者様、皆様。あなた方は本当に……優しいのですね」


 その光景にカトレアは……そう小さく、ぽつりと呟く。


「そう、優しいあなた方だからこそ……私は」

「私は?」


 シエテの耳にそれが入った……すぐにそう問いかける。


「事情があるのね。話してもらえるかしら。もう、話さないわけにはいかないでしょう?」

「……女神様に言われましたら。そもそも、もう隠すことも……できないでしょうから」

「カトレア……」


 ハミルの心配するような呟きも、耳に入っていないのか。決意を固めたのか……。彼女は、ゆっくりと前を向く。


「……全ては、勇者様の為でした。私の今回の行動は……全て勇者ハミルさま、あなたを思ってのことだったのです」



 

カトレアの話と、その後の話。

次は割と長くなるかもしれません。

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