紅の衝撃と青年の帰還
事態は数十分も前に遡る。城の前ではちょうどゴウスやミミット、公国の優秀な騎士や冒険者たちが、魔物と戦っていた時である。
城の前の戦い、その間隙。
彼らから少し離れた場所で、それは起きていた。
「森の中とは、よく考えたものですよね〜〜。何かを隠すというのに最適です」
彼女……輝美が周りを見渡しながら歩く。土でできた道を踏みしめつつ、興味津々な感じを隠さなかった。
「それにかなり大きな魔力を感じます。私の中にあるもの……とは違うのでこれは……自然から与えられたものなのだろうと」
ゆっくりと手を伸ばして、虚空に触れる。うんうんと頷きながら言葉を紡いだ。魔法使いである輝美は、魔力がどう性質を持って、どう違うかを体感することができた。自分の魔力とは違う。あまり混ざらない、自然の魔力、それを感じている。
「そこまで感じていられるわけ? 私も魔術師だけどぼんやりとしか感じられないんだけど……」
その隣でそんなことを言うのはシエテだ。輝美の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべている。
獣道を歩いているにも関わらず、腕出し足出しの格好。
それしか衣服がないから……とはシエテの談だ。彼女は女神であって、あまり服が汚れないのだろう。
「はい! 私は今、魔法使いですから。周りの魔力や、どんな魔法を放ったかとかは、だいたい把握できるんですよ♪」
「私にはできないんだけど……。アンタもそうだし、琥太郎の関係者ってみんなすごいわね……いや神の加護のせいだと思うのよ。思うんだけど……」
こうも神の加護に恵まれた者たちがいると、一体なんなんだと思いたくもなる。思いたくなるだけ。自分は女神なのだから気にする必要はないのだ。と心の中で考えるシエテ。
青葉や玲に、輝美と。やってくるものはすごく優秀だ。優秀であるからこそ……動画の映えとかはいいものになる。多分。そう思うことにした。
彼女は女神であり、Gotuberである。動画の軌道が乗りつつある今、歩みは止めてられないわけだ。
「私に加護をくださった神様がいればお礼を言いたいですね〜〜」
そう言ってニコニコ笑う輝美。きっとそれは本心からの言葉なのだろう。
「素直ね、ちゃんとしてる。私に対して駄女神駄女神言うあいつらとは大違いね……私じゃないのが癪だけど」
「だって、今の私はその神様のおかげと言っても過言ではありませんから! 私は一度命を失ったかもしれないですけれど〜〜。雷がどーんってやってきましたからね〜〜」
「ポジティブ。まあ、今が楽しかったらいいんじゃない? 女神である私が保証しましょう」
シエテはそう言う。
琥太郎の最期の記憶。それを覗いた時にいた一人だ。青葉といい、玲といい。そしてこの輝美といい。琥太郎のことを、ずっと案じていた一人。
そして彼女たち雷に打たれて……ここにいる。
琥太郎とほとんど同じ状況。と言うことはつまり彼女たちは……。
「ポジティブな私でも、悲しいことはありますけれど」
シエテの言葉に呼応するように、輝美は告げる。しっかり相手の方を向いて、小さく笑みを浮かべた。
「それでも、それが運命であるなら受け入れることにしているんです。私は大人ですから」
相丘くんや高坂さん……宮川さんには内緒ですよ? なんて言葉を付け加えて、輝美は言った。じいんとさせるような、そんな感情を揺さぶる言葉だった。
ポジティブと、大人の余裕と。それらが合わさって、最強に見える。先生とはまさにこのことだろう……とはっきり思えてしまう。
琥太郎も青葉も玲も、同年代の青年たちだ。年相応。だからこそ……大人で、先生で。彼女の言葉が必要になる。
「……アンタ……」
「それに、相丘くんがここにいましたから〜〜♪今はそっちの方がいいです♪」
「ってアンタもそっち側!?」
「そっち側っていうのが気になりますけど〜〜ふふ♪」
ずっこけそうになった。さっきまでの感情を返してほしい。
「色々面白そうな話をしていますわね」
「私は面白くないし……ってちょ、誰!?」
「あらあら?」
そんな中で声が聞こえた。驚いた様子でシエテたちが振り向く。最悪の状況を想定して、杖と旗を構えて……動く。
「……ってアンタはたしか……」
「えぇ、そうですわ……。私はただの商業ギルド長。
。魔物ではありませんのよ、ほほ」
だがそれは魔物ではなかった。
振り向いた先にいたのは、銀の髪をたなびかせる、古風な喋り方をする女性。
商業ギルドのリーダー……エトワールだった。
「エトワールさんですね、色々後ろでお世話になってます〜〜」
「ああ、最近琥太郎とちょくちょく会話してた、狐っぽいやつね」
「狐っぽいは褒め言葉ですわね。目敏く、鋭く、抜け目なく……ほほほ」
扇子をばさっと広げつつ、エトワールは小さく笑い声を上げる。
シエテたちにとって……狐のような女という彼女の第一印象は、全くと言っていいほど変わらなかった。それは見た目や雰囲気から、その中身まで。まさにその通りであったからで。
そしてそれは商業ギルドのリーダーを務めるこの女にとって褒め言葉の一種でもあった。狐のように聡い女。それがエトワールだ。
「それで、アンタはどうしてここに来たわけ? 冒険者の人たちと違って、商業ギルドは戦わないんじゃないの?」
「その質問はごもっとも。ですが……どうしても確かめたいことがございましてですわ」
「確かめたいこと?」
シエテの問いかけに、はぐらかすように答える。確かめたいこと。商業ギルドのリーダーたるエトワールが、わざわざ危険を冒してまで、確かめたいことがあるという。
「少しだけ言えることがあるとするなら。狐の女まあ、私は人間ですけれど──としての勘。それが働いたまでのことですわ」
「勘って……」
「勘をバカにしましたわね?」
閉じた扇子をシエテにつきつけて、エトワールはピシャリと告げる。
「勘は流行や異変に対する最も早い反応の一つ。その精度は簡単に高めることができ……。極めれば百発百中、ともすれば予言と間違われるほど!」
「なるほど、流行や異変を見極めるのは商人としてはかなり大事な能力の一つではありますよね〜〜」
「そちらの方はよくお分かりで。……とまあ、そういうことですわ。貴女は女神と聞きましたが……女神は経済活動を全く知らないのですね」
「何をーーっ!」
バカにするような口調で、シエテを煽るエトワール。かなり肝が据わっている。
「話を戻しますけれど、私の勘はやけに当たるのですよ。拐われた方……確かアイオカ=コタローというのでしたよね……その方とも色々話していたのですわ」
「色々、ねえ……」
特に詮索することではないので、シエテはそれ以上語ることはしなかった。
「なるほど、エトワールさんがどうしても調べたいことというのは、もしかして……私たちと関係あったり?」
「そう、そのもしかしてなのですわ」
エトワールが小さく頷く。輝美たちは一瞬だけ押し黙るが。すぐに答えを出した。
「それから構いませんよ! 私達も同じ感じ。実は色々教わったのです! ほんの少しですけれど!」
「え、マジで!?」
「シエテさんも一緒に教わってましたよ〜〜?」
「そうだった……かしら」
シエテはごにょごにょと小さく口どもった。どんなことを言われても靡かないつもりではあるが、大人である輝美に言われると、かなり効果がある。
「ええ、ありがとうございます……。大丈夫、悪いことはしませんわ……。ある意味悪いことになってしまいそうではありますけれど」
そう小さく告げながら、三人となったパーティは歩き出す。
その場所で……。彼女たちはとんでもないものを見たのであった。
「脳に響くのう……ダジャレではないのじゃが」
城の安全圏内で一人『鏡』を展開していたカザハナは、そうポツリと呟いた。
『鏡』は何枚も立て続けに展開していくものではない。体や脳を削る力。その小さな身においては有り余るレベルのものであった。
今も脳に響く苦しみを和らげるために、ちょくちょく甘いものを摂取している。糖分が必要になる。
「まあ、わっちはわっちにできることをする……。そうでなければ、勇者殿や皆に報うことにはならん」
この能力の真髄は……反応探しだ。『鏡』はどの反応も、姿も映し出す。魔王の反応の探り出し、魔物の出現時間の特定。ありとあらゆるものに使ってきた『鏡』。人を探すのにも、使える。
「倒れるまでは、しっかりとやらねばの……。保ってくれよ、わっちの体……!」
そう小さく呟いた時だった。
「……!」
鏡に、小さな反応が一つ。そちらへと向かってくるもの。それは間違いなく……。
「来た! 勇者殿、皆!」
その声に伴って、背後から多数の足音。
「カザハナ! それってまさか……!」
「もしかして……!」
「のうのう! そのまさかじゃ!」
パチンと指を叩いて、カザハナは言う。
「拐われたものが戻ってくるのじゃよ!!」
その言葉を最後に……。むこうから、現れるものが一人。その姿はまさしく……。
「………こ」
──こたろーーっっ!
相丘琥太郎、その人だった。
「……闇が晴れたらここにいた。ということは」
「こたろー!!」
琥太郎を包んでいた闇。それ晴れて早々、ドンっと音を立てて飛び込んでくるものがいた。
琥太郎が聞いたその声音は間違いなく、彼女……幼馴染の声だということがわかった。
「こたろー……良かった」
「……青葉」
青葉がぎゅっと抱きしめつつ、小さく声を上げる。顔は見えないけれど、ともすれば泣いているかもしれなかった。当然だ。幼馴染が消えて、どうなっているかわからないかもしれなかったからだ。そんな彼が五体満足で帰ってきたのだ。巻極まるのも頷けよう。
「……心配はいらないと言っておきながら、迷惑をかけました」
青葉をくっつけたまま、ぺこりと頭を下げる。
さらに、真下の幼なじみの方向へと目線を向けた。
「……すまなかった。心配させた」
「……ばか。ばかこたろー」
「ああ、馬鹿だったな」
「……でもいい。ちゃんと帰ってきたから」
明らかに彼女は涙声だった。嬉し泣きと悲し泣きと。入り混じって、感情がどうにかなっている。そう琥太郎は読み取れた。
「おっと、少しだけ時間をくれるかの? ほんのちょっとじゃ」
そんな中で白い童女が近づいてきた。琥太郎に手をかざす。頭の中を読み取るように、その手を顔に向けた。
「ふむ……闇による影響はないの。問題なしじゃ」
「本当かい!? よかった……」
そう言われた冒険者や勇者たちは、ホッとする。仲間がちゃんと帰ってきてくれた。それが嬉しい。
「特に何もなかったです。魔王の部下、そして魔王と少しだけ話しただけで」
「……話した?」
青葉が問いかける。
「ああ、魔王の部下は、よっぽど魔王のことを信頼していたし、狂信していたように見えた。それは怖いぐらいに」
「それは……まあ間違いなく、魔王の配下だったらそうなるの。奴らはそういうものじゃ」
「そういうもの?」
「うむ!」
カザハナとハミルは頷いた。
「魔王からは仲間になれと。そう言われた……まあ断ったけれど」
「琥太郎だったらそうすると思ってた」
「裏切るなんてRPGでもやったことないからな。そうしたら用済みとばかりに帰してきた。あ、でも……」
「でも?」
疑問に思ったものが一つあった。琥太郎はそれを口にする。
「最後に、りぃんと鈴の音が鳴った。小さな小さな鈴の音だった」
「鈴……? 鈴って楽器の?」
「その鈴。それと小さくだけど、声も。女の人の声だったけれど」
最後に聞こえたのは、そんな音だった。それが耳に引っかかって、どうしても離れない。
「だから鈴関係の敵がいたら……って勇者に聞こうと思ってたんです」
「なるほど……」
その言葉を聞いて、だが勇者たちは困惑したように言った。
「だがすまない……魔王の配下にそう言った人物はいなかったと想像する」
「わっちも鈴は聞いたことなかったの……」
「……分かりました」
勇者の問いかけは否定だった。謎ではあったが、少しだけ納得する。
そんな中で、少し怪訝そうな表情をした幼馴染が目に入った。
「……青葉?」
「鈴なりだったら……私は一人知ってる。鈴がとっても大好きな人」
「……青葉が知ってる人か」
「うん。多分だけど。……こたろーも多分すぐつかめると思う」
「……?」
青葉が小さく告げた。その声だけがどうしても聞き取れなかった。
疑問に思った瞬間だった。
「勇者は! 勇者はどこ!?」
「待ってくださーい! 確証は、確証は取れてないです〜!」
そんな叫び声と共に。ダダダっと走ってきた一つ……いや二つの影があった。その声には聞き覚えしかなく。
「シエテ? それに……」
「琥太郎!? 戻ってきてたのね!? いやそれどころじゃない……!」
「相丘くん、おかえりです〜♪」
「永田先生! 迷惑をおかけしました」
シエテと輝美だった。二人はすぐにこちら側へ辿り着く。
たどり着いたシエテは、いつになく取り乱したような様子だった。一方で輝美は、何も変わっていない。
「君たちは……森にいたね? 一体何が大変だったって?」
「大変も大大変なのよ! 本当にやばい感じだったんだから!このままじゃ……!」
「落ち着け、語彙が大変なことになっている」
琥太郎が取り乱すシエテにそう言い放つ。
「ここから先は……私が話しましょう。女神様は、話すのが得意ではないようですので」
やや遅れて、ではあるが。一人の女性が歩いてやってきた。
商業ギルドのリーダー、エトワールだった。
「君も森へいたのか……教えてくれるかな?」
「えぇ、もちろん……その前に。赤髪の魔術師……カトレア様を大至急連れてきてくださいませ」
そういうと言葉を切って……。彼女は言い放った。
「単刀直入にいいます。カトレア様が作っているとおっしゃっていた魔法の矢の発射装置ですが……何一つ作られておりませんでした」
「つまり。彼女は何ひとつ。我々のために動いていなかった。そういうことになるのです」
赤の衝撃。
赤い魔術師であるカトレアに対する、衝撃の疑惑でした。
前話における最後のセリフは、シエテの叫び声だったわけですね。
対魔王戦。最大の波乱が……ついに発生することになります。




