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青年は新しい世界へと飛ぶ

毎日投稿をしている方を見ると本当に尊敬します。

「……思い出したようね。これがアンタの最期の記憶」


 全てを思い出した。前を見据えた琥太郎にシエテは小さくそう告げる。目の前にあったのは、大きな白い幕。プロジェクタースクリーンのようなものだろうか。恐らくさっきまでそこから出力されていたものを、そのまま見ていたのだろう。やけに鮮明に映っていたのはそのせいだと、琥太郎は思った。


「記憶というか、実際に起きたことね。アンタはあの時、子供を助けようとした。その結果、そのまま暴走車にはねられて全身を強打して死亡。犯人は逮捕され、そのまま拘置所へ……。って感じよ」

「……そういう感じか」


 自分の死を知っても、琥太郎にとって、それはあまり身近に感じられないものだった。自分に襲い掛かった痛みも、感覚もすべて本物だ。だけれど、それがどこか遠いもののように感じられる。


 元々、自分についてあんまり考えたこともなかった。だから、その自己はあまり大きなものじゃない。母親である撫子を含めた家族とか、青葉とか玲とか……先生とかクラスメイトとか。そういった者たちに支えられてこそいたが、それが周りからなくなればこんなもんだ。自分の存在は、感情は、そんな濃くないもので。


「そういう感じか……ってすっごく薄い! 反応が薄い!? 普通死んだってなったらもっと、こう……叫んだりするものじゃないの!?」

「別に叫ぶようなもんじゃない。ああ、死んだんだなって思うだけだ」

「自分の最後に無関心!? ちょっと待って。今の普通ってそんな感じなの……?」


 シエテは頭を抱えた。目の前の青年の考えはとんでもないものだったからだ。なんというか、こんな状況になっても驚かないし、叫ばない。


 昔見た異世界転生の動画では、死んだ人間は思いっきり叫び、絶望し……。神から力をもらって転生する……。そんな筋書きだったはずだ。シエテもそれを考えて色々練習してきた。それらが無駄骨になるかもしれない。シエテの頬に、冷や汗が浮かぶ。


(悟ったような感じだしてんじゃないわよ……アイツ、僧か何かなの?)

 思わずそう考えてしまいそうなほど、目の前の青年は色々薄かった。


「あぁ、それで。改めて言うんだけど。俺は交通事故で死んで……。死んだんだよな?」

「えぇ、現世では完全に死んだわ。骨も内臓もぐちゃぐちゃ、生きている方が奇跡なレベルだけど……」

「それじゃあ、死んだあと……俺はどうなるんだ? どういう感じのスタンスになるんだ?」

(きぃたあああぁっっ!) 

 その言葉を聞いて、シエテは思わず心の中で叫んだ。


 説明しろと言われれば、練習したパターンが使える。いわゆる動画でよく見た、異世界転生もののパターンにはっきり当てはまっている。それができれば、しめたものだ。


 低くなったテンションを元に戻す。


「よくぞ聞いてくれたわね! 私すっごくうれしいわ!」

 胸を張って誇らしげな表情をつけて、シエテは叫ぶ。今までのうっ憤を晴らすかのように。


「選ばれしもの、相丘琥太郎。今これより……貴方にはある場所へといってもらいます。そこは貴方が今まで行ったことのない世界。つまり異世界。そこへと転移してもらいます」


 凛とした表情。そして女神然とした雰囲気を作って、シエテが語り始めた。


(し、失敗しないように……噛んだり崩れないように……頑張れ、頑張るのよ私……!!)

 その体や心の中は、緊張からかかなり震えていたが。


「ある場所と来たか……?」

 琥太郎は首をかしげた。話を全く聞かない。機関銃のような話口で、シエテは続ける。


「えぇ。とある場所よ。そもそも、今私達がいるのは、天より上の世界、私達の言葉ではそこは神界というのだけど……。神以外の種族が住んでいる……。アンタたち人間の住んでいる人間界とか、そういった世界っていうのはね、神界の下に、何層もの世界が重なって、その結果作り上げられているのよ。

そしてその世界すべてを見て管理しているのが、私達神ってわけ。神っていうのは、普段は神界から下を見下ろしつつ、いろいろな世界を管理したりするんだけど……。上下に何層も積み重なってたり、めっちゃくちゃ世界が広かったりして、どうしても管理しきれない世界というものは存在していてね。その世界にはどうしても歪みが生まれてしまうわ」


 シエテが言うそれは歪み、というにはいろいろ単純すぎる問題だ。管理が及ばない世界は、どうしても好き勝手するようなものは現れてしまう。管理者がいないと好き勝手するのは、当然のことだ。それを潰そうとするのはなかなか根気がいるし、どんな神にも限界はある。全知全能でなければ、全てを見ることは不可能だ。


 そして、歪みができていることをわざわざ言うというのは……。そういった全知全能は、結局存在しないことなのだろう。それか、いたとしても忙しすぎるのか。


「歪みが生まれるか。それはそうか。世界というのは得てして、そういうものなのかもしれないからな」

「その届かない歪みを潰すために、何をするか。それは……神の代理人を選定して、それに頑張ってもらうこと。つまり……」


 いったん言葉を切る。次の言葉を強調するため。


「……貴方には勇者になってもらうわ。世界の歪み……世界を混沌に陥れる存在を倒すためのね」



「……勇者と来たか。まるでゲームか……」


「えぇ、勇者よ。それでえぇと、この世界……。アンタがいくことになる世界はね……。良し、繋がった!」


 琥太郎の言葉にシエテがそう返すと、カタカタとキーボードを操作した。プロジェクターに映像が映し出される。


「貴方が今から行く世界。その世界の名前はアルヴィレア。四つの巨大な大陸に無数の国がある、そんな世界。自然も豊かでいろいろな動物や種族の者たちがいる……。いわゆる人間たちが、異世界と聞いて思い浮かぶような場所で、だからこそ生活を送りやすい場所。けれど、このアルヴィレアは色々広すぎて、世界すべてを見ることがどんな神でさえできない。だから様々な場所で対立が起こったり災害が起こったりして……。常に大小さまざまな混乱が存在している。当然そんなの看過できるわけがないから、神はその都度勇者を作っていったのだけど……それでもまだ平定はされていないわ。貴方にはそこへ行って、生活を送ってもらいます。いいかしら?」


 言えた。しっかり全部言えた。心の中でほっとする。イメージ練習はしてきた。その練習の成果が出ている。自分でもほれぼれするぐらい、完璧な言い方だったと思う。


「……なるほど。つまりはこういうことだな。貴方は死んでしまったから、新しい世界でいろいろしていろ……と」


「そういうことよ、よくわかってるじゃない! では今から……」


 ぱあっと表情を輝かせるシエテ。だが、琥太郎は表情を変えずに、

「考えた結果。お断りということでお願いしたい」

「何でよ!?」


 予想に反した内容が返ってきた。思わず表情が崩れる。


「何でと言われても、自分は死んだのだろうからな。今更やり直すことはない」

「いや、それでも……アンタ十何歳で死んでるんだけど!? そんな人生、短くていいの!?」

「その時が来たってことだろう。受け入れるよ俺は」

「悟りを開いたような僧みたいなセリフ言うんじゃないわよ!? そう、例えば……いろいろな女の子と触れ合えるわよ!? ハーレムよ!?」

「そういったものには興味ないな」

「この超草食系!! えーと、じゃあじゃあ……チート! 完全無欠の英雄になる権利とかあるわ! 今なら無料で!!」

「普通が一番だからなぁ」

「普通!! 普通って!!」


 取り付く島がほとんど消されていく。権利とか、ハーレムとか。魅力的なものを跳ねのけていく。本当に悟っている奴を相手にしているようだった。


「もー……だったら! だったら……何でも一つ、アンタにあげるわよ! だからお願いします!」

「……何でもか」


 ついに懇願に走った。頭を下げて、完全に全てを相手に投げ出す。女神とは明らかに程遠い姿だった。


「……えぇ、なんでも。なんでもよ……私とかでもいいし」

「なら、あとで一人で暮らせる分のお金だけくれないか。先立つものは欲しいからな」

「……それだけでいいわけ? 『欲しいものはお前だ!』とかじゃなくて?」

「要らない。たとえ女神でもいらない」

「たとえじゃなくて本当に女神なんですけど!? それじゃ、分かったわよ……!アルヴィレアで通用するお金だけあとであげるわ! お金だけあげるから……とっとといけコノヤロー!」


 そうはっきり叫ぶと、シエテは巨大な杖を取り出した。その杖を琥太郎の方へ振るう。


「『天上より天下へ。汝。その姿を写さん!』それじゃ、行ってらっしゃい!」


 振るいながらそう叫ぶと、一瞬で琥太郎の姿が、神界より消え去った。


「……よし、成功ね……。いろいろぐだぐだだったけど、一応完全に成功したわ……。あとはこれから見通さなきゃ、神様として……。そしてうまくいけば……ヒヒヒ」


 数分後。バナナを食しながら機械を弄るシエテの姿があった。全て食べ終わって、ぽーいと皮を捨てる。


 神様としては褒められない態度だが、今はこの世界に自分だけ。お小遣いを使って、ホールを貸し切りにしたかいがあった。せめてこの動画が、注目を浴びれればいい。


 そして注目を集めて、アワードを取ってしまったらいい。


 そうしたら……いつもドヤ顔で電話してくるクソ女神を土下座させることができたりするのだ。心の中で、その光景を映写して、満足する。


「よーし、生放送は終わり。気分転換でちょっと飲み物でも……」

 シエテは立ち上がり、歩きだす。


 そんな彼女の前にあったのは、さっき捨てたバナナの皮。

「うわっ、どしてバナナが……あっ、滑るッッ!!」

 靴ごと持っていかれた。つるんとした感覚と共に彼女の体は宙を舞い……。

 そのショックで、巨大な杖がかたんと傾いて、シエテの姿を捉えた。


(……あ、電源消し忘れた……)

 そう思う間もなく、術が発動する。まばゆい光がシエテの姿を包み……。その姿を消し飛ばした。


 そして誰もいなくなった場所で、杖はくるくる回る。


 そして杖は力を失い、地面に映っていたとある場所を指し示すように倒れる。


 ───その場所は間違いなく、日本のとある場所を指し示していたのであった。

プロローグは終わりました。

次より異世界です。


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