青年は魔王と邂逅する
遅れました。
申し訳ありません。
暗い。
琥太郎が目の前を見て初めて感じたのはそれだった。
暗くて何も見えない、真っ暗だ。歩けば自分の目が全くもって役に立たなくなるぐらいの、そんな感じの雰囲気。
それでもなお琥太郎がそこへと行くことができるのは、何者かに運ばれているからだ。ただ、その何者なのかは、彼にとってはしっかりと理解できる。
「貴様はこれより我が魔王へと引き渡される」
隣より声が聞こえた。自分を抱き抱え、運んでいるものの声だ。
「我が魔王の考えは我の理解など及ばぬところにいる。貴様がどうなるかわからんものだ。即首を刎ねられることもあろう。……怖いか?」
「……そりゃあ怖いさ」
「怖いか。そりゃあ怖いだろうなぁ! 元来人間は自分が可愛いもの。その態度は好意を持てる」
連れ去ったもの、ガーゴイルのアルケイオン。鋼鉄の腕に抱かれて、青年……琥太郎は暗闇の中へ入っていく。
魔王の領域に入って仕舞えば視界や聴覚が拒絶される……。と勇者パーティの一人は言った。その言葉の通り。暗闇の入り口へ入ってすぐでも、その感じは感じられた。自分の前にある光が、急に遠のいて、意味を失っていく。そんな感じ。
「(……魔王とやらの自信はこう言う理由もあったか)」
琥太郎は思った。言葉にするよりも、実際に体感した方が伝わる。こんな場所へ自ら向かうことはあってはならないと思った。これでは自ら死地へ向かうような物だ。
「それに……我が魔王を前にすれば怖がるのも当然よ」
「そこまで魔王を評価するのか」
「当然よ! 我が魔王こそ我が考える最上のお方!」
アルケイオンは琥太郎に問いかけられて高らかに言った。
「冷淡冷酷の権化にして……自己の確立のできたるお方なのだ。我はそれに心より敬意を払う。醜い勇者やその周りの連中とは違う、違うのだ!」
「そんなことを前も言っていたな」
「ああ何度でも言ってやろう。奴らは醜い、醜い醜い醜いと! 光輝たる輝きを決して忘れずに、自己を失して戦えるのだ! 我ら魔はそこに嫌悪を覚えたり!」
アルケイオンはそう言った。そこには歴然たる違いがあった。魔王を含めた魔は、自らを最上のものとして、周りを顧みずに進み、蹂躙するもの。
一方の勇者は、自分のことを二の次に考え、皆のために戦える者だ。少なくとも自分が見てきたあの勇者は、そう。それは勇者の周りを固める女性達も同じだ。
カトレアもミミットもカザハナも。自分を顧みずに他者のために進む勇者を見て、勇者を感じてともに歩むと決めたのだ。
「嫌悪を抱くのも当然だ。お前達と勇者達はあり方は正反対ではあるが、その実似た者同士だもんな」
「貴様……いや、貴様が言い分もわからんではないか」
アルケイオンは琥太郎の言葉に一瞬憤慨した様子を浮かべたが、すぐに頭を落ち着けてその言葉を概ね肯定してみせた。
よく考えてみればそうなのだ。魔王に付き従うアルケイオン、勇者ハミルと共にある三人の女性達。その立場は全くと言っていいほど正反対の存在だ。されどその中にある芯は、ある意味で似通っており、ともすれば同じとも取れる。鏡に合わせて見てみれば、彼らが同じ領域にいるのはしっかり見れるのだ。
悪魔も勇者の仲間も、従い歩む相手がいる時点で、その立ち位置は似ているのである。
「だが……似通っているだけよ」
アルケイオンは感情を打ち消すような感じで淡白そうに言った。それ以上感情を込めると、色々なものが入ってしまいそうになってしまうからだろう。
「先の言い争いなど、我は起こさん。我が魔王に対して我は絶対的な忠誠を誓い、我が魔王からも信を得ている。あんな下らん言い争いなど起こさぬ」
「すごい自信だな」
「当然よ!」
琥太郎にそう言われて、アルケイオンは再び声を張り上げる。そういった行動をとる時、彼は異様なほどに仰々しい演技を行う。
「臣下が上の存在を疑うことは、少しでも疑心が残っている証拠! 我のような忠があれば、上を疑うことなどなし! 我は地であり、我が魔王は天である! その差はあまりにも高く大きい!!」
声を大きく上げ、魔王を絶賛する。
「……ここだけでも人間とは違うことがわかる。貴様もいづれ理解する」
彼は得意げに言った。我が魔王の最高さを、しっかりと伝えることができた。そう言いたげだ。
だが琥太郎は、アルケイオンが口を開けば他の存在、とりわけ勇者への批判と、我が魔王への絶賛ばかりなのが気になった。
人は喧嘩をするし、仲違いをする。されど一度喧嘩しても仲直りをして進んでいくのも人間である。むしろ、喧嘩や仲違いがずっとなくて、友達のなあなあの状態が続いて。その関係が決壊を迎える瞬間が一番恐ろしかったりする。
アルケイオンと我が魔王とやらの関係にはそういったものが見え隠れしてならないのだ。絶賛の言葉は吐くが、それ以外の言葉がない。
そのくせ、その中身が薄っぺらい。飾り物のように、深いところまでは触れない。カトレアたちの話を聞いてきたから、尚更。
この悪魔は何かおかしい。即ち我が魔王というのも……割とおかしいのではないか。
琥太郎がそう思ってしまうのも当然であった。
「……はっ」
そんな中で移動し続けていたアルケイオンが途端に立ち止まった。琥太郎は疑問に思う。
「あ……あぁぁぁ……!」
すぐに感動した様子でアルケイオンは遠くを見た。
「感じる……感じる……我が魔王の気配だ!」
「(……見えん)」
心の中で琥太郎はそう答える。歓喜する相手をよそに、冷え切った様子だった。
目で見ることは叶わない。真っ暗闇で、視界はほとんどない。視界で感じることができないなら聴覚だ、と思ったが、耳も暗闇に塞がれている。
だが、自分を攫っているものがそういうのなら、そうなのだろう。
「我が魔王……持ってまいりました! 我が魔王への供物をこの手に!」
アルケイオンが叫ぶ。次の瞬間であった。
ブワアッ!!
「っ……!」
暗闇が突然、舞い散るように消え去った。それと同時に、世界が明るく灯る。
暗闇が晴れれば、そこは薄暗い場所。ごつごつとした岩肌、削られた跡。
「ビンゴだ……。やはりここは」
琥太郎が呟くように言った。
採掘場だ。薄暗く埃っぽい場所……。そこにアルケイオンは、琥太郎を抱えて立っている。
「これは我の力の一端でしかない。何をするまでもなく……ただ纏っていた幕を剥がしただけのこと」
深く、低い声が前から聞こえる。荘厳で威圧感かつ、偉大ささえ感じさせるそんな声だ。
そんな声で、自らの力を誇る。自分の力が……一部でしかないと告げる。
「どうだ、素晴らしい場所……素晴らしい我の力だろう。故に我は我たるものよ」
アルケイオンは歩き出す。琥太郎を連れて。
歩き出して十数歩、その姿が見えた。
「おお、おおお……! 人間や勇者などには感じぬ、強大な魔力。目の前にすれば……!」
立ち止まり、彼が叫んだ。その姿を、琥太郎は捉える。
「目の前にすれば! やはり最高の極みと見える! 人間よ、拝謁せよ! これが……! 我が魔王! 我が魔王ラクシャータであるぞ!!」
琥太郎が目線を上げれば……。そこには。
銀の髪、金の鎧……。荘厳さに身を包んだ、魔の王。
ラクシャータがそこにいたのであった。
「お……おおおお! 我が魔王……!」
衝撃を受け、心底痺れた様子。それを隠さずにアルケイオンは言った。心酔、それは当然のことだろう。魔王の配下という立場は、このガーゴイルにとっては非常に大きい。少し前の、一方的に幕してたるその姿から、琥太郎も知っている。
「ご苦労であった、ガーゴイルのアルケイオン。どうやら最上の効果を得たようだ。あとで褒美をくれてやる」
「感謝の極み! 戦利品を人間から頂いた甲斐があったというもの!」
アルケイオンはそう叫び、琥太郎を地面に叩きつけた。
「……ほう、やってくれた」
琥太郎を見つつ、低い声でアルケイオンへそう告げる。金色の瞳が、琥太郎を見通す。
鋭く冷たい瞳だった。闇を凝縮したような、ハイライトは宿っているもの、そこに大した感情はない。生物に対して、意味を持つことはないと……心底考えている瞳だった。
「よい、アルケイオン。貴様は去るといい。体に負った傷を癒すといい」
「ありがたき幸せにて!」
そう言われるとすぐにアルケイオンは消える。残りには魔王と琥太郎のみ残された。
炎も灯りもない薄暗い場所で、生暖かい空気だけが満ちている。風も届かぬそんな場所では、空気の循環も滞る。
「……人間」
少しの静寂ののち、魔王は再び口を開く。おそらくそれは、琥太郎を呼ぶ声。
「……ああ、人間だ。我の目の前に人間がいる」
「確かに俺は……人間だが。人間である以前に名前がある」
「名前……ああ、個体を識別するために使用する」
魔王は琥太郎に対してそう告げた。そして言葉を切って続ける。
「だが我にとっては貴様は人間でいい。我が必要としているのは我と、配下なるもののみ故にな」
「……流石魔王。傲慢さはトップクラスだと思う」
「傲慢は褒め言葉よ。我はそういうもの故にな」
そう言いながらも魔王は、琥太郎を冷たい目で見続ける。まるでそれは品定め、見定めのようだ。それでいて、とてつもなく興味のない感じ。
「……それで、魔王は俺を」
「……人間」
琥太郎が問いかけようとした瞬間であった。冷たい感触が、首へと当たった。知覚するは、さらに鋭い感覚。
見れば、魔王はいつのまにか鎌のようなものを手に持っていて……その刃を琥太郎の首へと突きつけているのだ。
「他者への問いかけは許さぬ。我に問いかけを許すは、我とその配下のみ。それ以外の口答えは許さぬ」
冷たい声で、低くそう告げた。刃は首へとぴったりとくっついて、ともすれば皮膚や肉さえ切り裂かれそうな恐怖がある。
魔王が少し腕を動かせば。真っ赤な血の華が、思いっきり溢れ出しそうである。琥太郎は押し黙るしかなかった。
「これは脅しなどではない。貴様の首如き、簡単に斬れよう。我は『黒刃』。『鋼棘』よりもはるかに鋭く硬いものを持つ故にな」
「……」
やはり魔王、話は通じない。そう思わざるを得なかった。黒の刃、死神の鎌。着実なる死が迫っているようだ。独裁、恐怖政治とはまさにこのことなのだろう。
悪魔とは、仲間には情があるが敵対者には必ず死をもたらす。昔聞いたことを思い出した。配下である相手に言葉を許しているのがその証拠。
傲慢で、プライドの塊。そういう奴は仲間には優しい。仲間さえいなかったら完全にひとりぼっちになってしまうからだ。
「我の言葉、行動は絶対よ。特にここでは」
そうはっきり言い放つ魔王。素でそういうことが言えることが、とんでもないと琥太郎は思った。
「……とまあ、色々言って……傲慢でとんでもないと思ったかもしれぬ」
「(心を読んだか!)」
急に心を見透かしたかのように告げられる。琥太郎は一瞬焦る。
魔王はすぐに続けた。
「だが……我は貴様のような人間と仲良くできると確信している」
はっきりとそういう。根拠を知りたくなった。
「……根拠を」
「そう、我も元は人間だった故にな」
魔王は先読みするように、そうはっきりと告げた。
「驚いたか、驚くだろう。人間であるものがなぜ魔王として成立するか……。なぜそんなことをしているか。疑問を抱くのも当然」
「……」
琥太郎はなるべく動かさないようにしながらも……頷く。
「そう、我は元は人間だった。しかし……。我は知った。人間の傲慢さ。醜さ。それに絶望し、狂い……気づけばそうなっていた」
魔王は思い出すようにしながら、低い声で話す。
「だから貴様のような存在の考え方は……しっかりとわかっているのだよ。元人間であるからこそ……。人間を知っている」
「……そうか」
「そうだ」
魔王は静かに呟くように首肯した。
「……人間。貴様は……我の配下になれ」
そして、魔王は琥太郎へそうはっきり告げる。
「人間のことを……我ははっきり知っている。それでいて、配下として。しっかりと認めてやろう。そう。我は貴様を認めようというのだ」
押し黙る。琥太郎はその言葉をぶつけられて、押し黙る。驚きはなかった……と言えば嘘になる。魔王が自分に対してそういうことを言うのは、驚きを持って迎えられるべきだ。
しかしその驚きの感情が、相手に対してどう働くかが……分からない。だから押し黙る。
「人間よ。勝てぬ戦いをするよりも……こちらで力を振るう。悪い話ではあるまい」
そう言って魔王は、小さく笑う。しかし鎌の刃は首へと触れたままだった。答えは、実質ないようなものなのかも知れない。
「……そうか」
琥太郎は、刃を知覚しながらも……魔王をしっかり見据えた。そして、告げる。
「なら答えるしかないな……。断る!」
「……ぬ」
即答だった。しっかりとした拒絶。それが琥太郎の答え。
「なぜだ?」
「俺はれっきとした個人だ。ちゃんと相丘琥太郎という名前がある。それを無視して人間という名前で呼び続ける相手と一緒に仕事をしたくない」
まずそれが一つ。目の前の相手の傲慢さ、人間と呼び続けること、それによってあらわになっている相手への優越感。それら全てが、琥太郎には我慢ならないことだった。
「それともう一つ。これは俺の想像で、また聞きで。違うかも知れないからいうが……元人間という言葉も、嘘だろ」
核心をついたかのように、魔王の動きが止まった。
「魔王は歪みから生まれると聞いた。それは真っ暗な闇で、澱んだものであるとも。俺は……そんな場所で生きてきた人間が、人生においてそこまで余裕がないことを知ってる」
そう、余裕がありすぎた。この魔王の言葉は……この澱んだ場所に居を構えたりするものにしては。とても余裕がある言葉なのである。
人間は環境に支配される生き物である。と誰かが言った。そんな環境でひとりぼっちの人間は……。言葉は悪いかも知れないけれど。
そこまで傲慢に振る舞えないと思ったのだ。
「それに……人間という種族は個人名があるんだ。それを忘れて、一括りにするなんて。それは人間ではなく……別の何かの考えだ」
別の何かの考えだ。そうはっきり言われて……魔王は黙った。だがすぐに。
「っか……っはははははは!!」
高らかに大きく笑う。相手のことなど微塵も考えてない、そんな下品な笑い方で。
それが魔王の本質なのだ。そうはっきり思った。
「……そうだ。元人間というのは……嘘だ。我に特定のものなどない。魔王はただ魔王なのだ」
魔王はただ魔王。その言葉、その考えが魔王の最も言いたい言葉なのだろう。
虚言、否定。そして凝り固まった傲慢たる考え。それが見え隠れする。
「……人間、貴様は帰るがいい」
そんな中で、魔王は琥太郎へ告げる。それと同時に、鎌が引いた。冷たい感覚が消え去る……。そして視界がゆっくりと暗くなっていく。
「どうせ人間は我には勝てぬ。そう我には……勝てぬよ。なぜなら……ク……ハハ」
暗くなっていく視界。瞳は何も写さず意味をなくす中。
魔王の哄笑の声が、しっかりと耳に届く。
そして。
「……さん、ふふ」
───りぃん。
最後に響いたのは。小さな小さな声と。鈴なりの音。それを最後に……全てが黒くなっていった。
「そう、人間は魔王に勝てぬ……我は、全てを知っている。これは決定事項である……」
魔王は小さく言う。独演会をするように。
「……アルケイオンだけではない、我には策もあるのだ。全ては予定通りに……進んでいる」
そう言いつつ魔王は……小さく笑った。
話がゆっくりと進み始めています。




