青年の騎士、激昂
タイトル通り、連れ去られた後の話です。
「こたろーが攫われたってどう言うこと」
そんな声が聞こえた。あたり一面が、緊張感に包まれる。
「こたろーが攫われたってどう言うことなのかって聞いてるの!」
つかつか。歩いてきた少女が、目の前の相手たちへ声を張り上げて叫んだ。青葉だ。周りにも聞こえるような声で威嚇するような声を上げるので、思わず振り向いてしまうほどの恐ろしさを放っていた。
だがそこに声は上がらない。雰囲気に皆飲み込まれている証拠だ。
「……すまない」
青葉に詰められて、青年……光の勇者ハミルが項垂れた様子で答えた。その表情には大きな悔恨が見て取れ、悲痛な思いを感じさせる。
「……すまないで済むなら何も必要ない。勇者だって」
「そうだ……僕は勇者だ。拐われた人一人さえ、取り戻すことさえできないダメな勇者だ。殴ってくれても構わない」
「……わかった」
「勇者サマちょっと待ってくれ!? 青葉も拳を握るのをやめろっての!」
思わず制止したのは玲だった。怒りの表情を浮かべていた青葉であるが、拳は収める。
魔王迎撃戦、第五日目。迎撃が終わって仲間たちの元へ帰ってきた彼らが、仲間たちへ告げたのは最悪の知らせだった。
魔王の配下たる悪魔が突撃し……多くの被害を出した。吹き飛ばされ蹴り飛ばされた多数の怪我人は、今現在後ろに控えて治療を受けているし、彼らはもうこれ以上戦うことは叶わないだろう。騎士にも、冒険者にも多くの負傷者が出た。
そして、一番の問題は。
「青葉も暴走したくなる気持ちもあるが抑えてくれ! まだあたしたちは持っちゃいないんだ、琥太郎の取り返し方は!」
相丘琥太郎、彼が魔王の根城へと連れ去られたことである。
その知らせを聞いた瞬間に、青葉は暴走し、周りの冒険者たちも騎士たちも、自分たちの仲間が魔王のところへと連れて行かれたことに対して、驚愕と絶望を得た。魔王が連れ去ったやつをどうするかなんて誰もわからないのだ。
危害を加えられるかもしれない、殺されるかもしれない。はたまた改造? 洗脳? 可能性は無限だ。嫌な考えは多く脳裏に浮かんでいる。
「琥太郎は心配いらないって言ってたよ……大丈夫とも。あいつらしいとは思ったさ」
「心配いらないわけがない!」
青葉は張り裂けそうな胸をギュッと掴んで叫んだ。そんなこと思うわけがないじゃないか。
「いつものようにそんなことを言うけど……心配しないわけがない。この……っ」
とある言葉を言おうとして、押し留める。押し留めることはできたけれど、言いようのない恐怖と、怒りと、絶望と。それに包まれていた。
「ちょっと、どこいくんだよ?」
そして青葉はゆっくりと足をすすめた。剣をゆっくりと抜いた姿を見て。思わず玲が問いかける。
「こたろーを救いにいく」
「正気かよお前!」
いかにも当然だとする真剣な表情で、青葉はそう言った。魔王の根城へ乗り込むと言っても過言ではない。
「勇者でもダメだったんだぞ、それに根城にはやばいもんあるって言ってたさ! あたし達にどうしろってんだよ!」
「止める気? 」
「あぁそうさ、止めるんだよ! お前がヤバいことやる前に止めるんだ!」
「拒否。そんなことしてる間にこたろーに危険が迫ってるかもしれない。相手は歪みらしいし、何かされない確信はないから」
「確信は取れないけどさ……あぁこら、行こうとすんな! 誰か見てないで止めてくれーっ!」
ナイフのような鋭い目だ。鋭い目と口調で、ザクザクと言葉の刃を突き立てていく。
「こたろーに危害が及ぶ。私が一番恐れてること」
「そんなこと知ってる!」
知ってる。ちょくちょく聞いてる。青葉はそういう人間だ。
「だったら。今すぐ行かせて欲しい。こたろーのことを考えないなんて、玲はこたろーのこと心配じゃない?」
「んなわけねぇだろ馬鹿!!」
そう言われたら我慢できなかった。玲は友人へ全力で怒鳴る。
「あたしはあんな言葉を直で聞いたんだ! 心配いらないって! 拐われながらだぞ! ……あんなもん、強がりにしか聞こえないから。心配にならないわけがねえだろ」
「……玲」
間近で琥太郎の言葉を聞いた玲。はっきり言って仕舞えば、心配いらないなんて言葉は絶対嘘だ。琥太郎も本心で出た言葉ではない……はず。
はずとしか言えないのは、琥太郎が本気で言っている可能性も捨てきれないから。後ろから見ているわりに、積極的に何かに関わって行動を起こそうとする、ああいう性格だからなのだ。
玲の言葉を聞いて……青葉の動きが止まる。
やっとわかってくれたかと玲がホッとしつつも……青葉は口を開いた。
「……じゃあ止めないで。こたろーの言葉の真意を確かめにいく」
「ダメか! くそっ……!あたしの言葉だけじゃ伝わらねえ!」
そのまま歩いて行こうとする青葉。まるでギャグのようにしか見えなかった。
どんだけ好きなんだよ、琥太郎のこと! 玲は心の中でそう言った。自分も確かに琥太郎のことは好きなのだが、青葉のそれは今はもはや異常だ。
今にでも飛び出しそうな勢いの相手を、どう宥めればいい。自分はカウンセラーでもないから、方法が見つからない。
「ちょっとストップです。私の教え子同士で言い争うのはちょっと見たくないですね」
足りない頭で考えようとした時、何者かのセリフが聞こえた。
直後に青葉の体を後ろから抱き止めたのは輝美だ。担任教師が、いつの間にかそこにいたのだ。
「……永田先生」
「王女様が呼んできてくださいました。同じパーティで、年上で。だから私が一番いいんじゃないかと」
「第七王女サマか……あたし達のことよく知ってるこんな」
第七王女、シュルツェンのことだ。この場にはいないが、彼女の行動なら理解できる。シュルツェン、彼女はどんな相手が効果的か、ちゃんとわかっている。
「高坂さんの気持ちは分かります。むしろ言って、動いて当然だと私は思ってます」
「……」
「ですが……よく考えて欲しいのです。特に相丘くんのことを」
輝美は諭すような口調で青葉に言った。
「担任としての勘もそうですが、かなり危ないと聞いています。そんなところへ一人で行くのはやっぱり危ないと思うのです」
「……危ないのは承知。だけど」
「それに……。高坂さん。貴女は重大なことを見落としています。それは貴女自身です」
「私自身?」
目を丸くした様子で、青葉はそう言った。気づいてなかったかのかよ、と心で玲は突っ込む。
輝美は続ける。
「相丘くんのために危険を顧みずに行こうとした。それはいいこと、なのかもしれません。でもそれは……高坂さん自身を顧みてないからできることなのです」
例えばですけれど、と前置きをしつつ輝美は言う。
「もし相丘くんが明日あたりに無事に帰ってきたとして。代わりに高坂さんが傷ついて倒れてしまっていたら。相丘くんはどう思うでしょう?」
「……こたろー……!」
そう言われて初めて、青葉は考えた。戻ってきて。自分が倒れているのを目撃して。しかもそれが自分のことが原因だったと知る。
間違いない、琥太郎も惨めな気持ちになる。それを、自分がさせてしまっていいのか?
あり得るものか。と青葉は思った。自分は琥太郎の騎士であり、琥太郎のことが大好き。
大好きだからこそ……自分を顧みずに頑張れるけど。それで何もできなかったら?
「大好きな相手が自分のために倒れてたらとっても悲しくなります。もちろん私もですよ? 教え子が傷ついてる姿を見て悲しくならない担任はいません」
輝美は青葉を抱き止めて、そう言った。担任教師に言われて、青葉は押し黙る。考えは渦のように渦巻き、まとまりが掴めない。
「……じゃあ」
「……」
「じゃあ……どうすればいい」
なんとかして絞り出した言葉は、問いかけだった。
「とりあえず今は休むか。明日以降も……魔物はまた来るし。まずは言われた通り……ここを守らないとな」
玲がそう言う。
「琥太郎はそう言うさ。自分よりも他の人間……あの時だってそうだったろ?」
宥めるように告げた。青葉は落ち着きを取り戻した様子で玲を見る。そして、
「……ん」
小さく頷いて、剣を納めた。
「わっちも『鏡』を総動員して見てみるかの……。ひょっとしたら脱出している可能性もある。それぐらいは許されるかの、勇者殿」
「当然。分からないままで終わらせたくない。奪還できるんだったら、その方法を探る。君の『鏡』だったら色々な場所を見通せるから。無茶なことをさせるかもだけど、大丈夫?」
「ふふ、わっちをみくびっては困るの……。誰かのためにやるから力が湧いてくるんじゃよ」
「ミミもそんな感じ! 言われる前に体が動いてるから!」
勇者達も協力を約束する。そう高らかに言う彼らの中に……。赤髪の魔術師はいない。
「あら、そう言えば赤い髪の……カトレアさんはどうされました?」
『!!』
輝美が問いかける。
問いかけただけなのに、勇者達は厳しい表情をする。
「あ、あの〜〜?」
「ぼ、僕が代表して話すよ」
困惑する輝美に対し、勇者ハミルは代表して告げた。
「カトレアは……あの後すぐに離れた。きっと魔王の根城へ攻撃する魔術作りに戻ったんだ」
そう言うハミルのセリフは、かなり重たいもので。
「彼女もまた……責任感がとっても強いから」
「そうなんですか? 頼ればいいんですけれどねえ」
「カトレア並の魔術師が居ればのう、わっちはプリーストで専門外じゃ」
「ミミだって専門外だもん、それにいたら気が散るって言われるから……」
「あとは勇者殿じゃが……勇者殿は前線に立つお方じゃからのう」
うーんと頭を捻る勇者達、すると。
「あっ、それなら心配いらないですっ」
ぽんっと手を叩いて、彼女が……輝美が言う。
「素晴らしい魔術師ならここにいますっ!」
カトレアにも秘密があり、勇者にも秘密がある……。
秘密だらけのパーティ。だけれど仲がいいんですよ。




