青年の騎士、本物と剣を交える③
体調悪化警報発令……。
早よ休めアホということですね。
「何ぃ!? それは本当なのか!」
「本当も本当だって!」
その瞬間、若き騎士たちは皆訓練も放り出して走りだした。強くなるための毎日。その一日を投げ出すほどの価値を、さっき聞いた言葉に見出したのだ。
「ビルヘス様の剣が見れるなんて! しかも一対一! 剣を振ってる場合じゃない!」
ビルヘス……。フラーレン公国の騎士の中でも特に偉大な男。一回の剣士としても最高の強さを持つもの。若き騎士においても、雲の上の存在。
そんな彼が冒険者と剣を交えるという。そんな滅多にないものに、集中してしまうのは当然のことだった。
「鍛錬場へ急げ! きっと満員になっちまうぞ!」
走りながら青年はそう言った。きっと、考えていることはみんな一緒なのだ。いの一番に、吾先に。できるだけ前で見たいという考え。
「逃したらいつくるか分からないからな、当然だ!」
そう、いつくるか分からない。次がいつなのかは誰にもわからない。だからこそ、走ってそれを見なければいけない。それほどまでに、今回に関しては希少だ。
へとへとになるまで走っていると、ようやく一際大きな建物に辿り着いた。ほっとした様子で、男が叫ぶ。
「よかった、鍛錬場だ……マジかよ!!」
しかしその言葉も驚きに変わった。目の前の鍛錬場には、すでにたくさん人が集まっていたのである。どれもこれもみんな、ビルヘスの剣が見たいものばかりだった。
「そりゃあそうだよな……わかってるよ!」
少し出遅れたことを後悔しながらも、後ろに立って見ようとする騎士たちだった。彼らは奪い合いなどしない。奪い合いをするのは、騎士道に反するからだ。
話しながら、その戦いを待つのである。
「ビルヘス様の剣戟……初めて見ます」
「えぇ、アイヴァン様の師匠でもある……」
「あのアイヴァン様の師匠……どれだけ強いのだ」
「そしてビルヘス様の相手は一体何者なんだ……?」
鍛錬場の真ん中。人の群れからぽっかり空いた戦いの場には、二人の剣士がいた。
一人はフラーレン公国騎士団の一人、ビルヘス。剣をすでに抜き、地面に突き立てて雄々しく立つ。直立不動、仁王立ちで、しっかり相手を見定める。
その反対側に立つのは、対戦相手。
「お……おいおいおい嘘だろう……?!」
「……信じられん!」
対戦相手の姿を見た若き騎士は、驚いたように声を上げた。しかしそれも当然の話である。なぜなら。
「あ、あれは女じゃないか! ビルヘス様の相手を務めるのはあの女なのか!」
「一体どういうことなんでしょう! ビルヘス様があの女子を認めたということなのでしょうか……」
「ただの女が騎士の、それもビルヘス様の剣を受けられるわけがない。きっと特別なのだ」
ビルヘスの相手として立つ相手の姿は少女だったのだ。彼女はあの偉大なる騎士の相手として認められたかのように、しっかりと対峙している。騎士からしたら全くもって信じられないことなのだ。
騎士たちは大きくざわついた。目の前の光景自体が、彼らにとってはあり得ないこと。ビルヘスという人物を尊敬しているがゆえに、そのあり得なさに驚くしかなかった。
「よーくざわついてんなぁ」
その姿を見ていた少女が一人ごちた。その声音は嬉しそうではあった。
「まぁそりゃあ信じられんだろうさ。あたし達にとっては当然だろうけど、騎士様達には」
「そうだな。この姿はなかなか信じることができないだろう」
「そりゃあな。あの場にいたらあたしも信じらんねぇ」
少女と青年……玲と琥太郎はそう言って、前を見る。前にいる少女は、彼らの仲間であり友人だった。
青葉。彼女が本物の騎士と対峙している。これもまたありえない光景ではある。
だけれど、それを信じる余地がある。
「嬢ちゃんなら心配いらんやろ。兄ちゃんもよくわかっとる」
「ですね。青葉ならきっと倒れない」
ゴウスが理解者ヅラをするようにうんうんと頷いた。彼らは知っている。ただの少女が、こうやって騎士と戦うに相応しい相手なのだと。
「……剣戟を受けた事感謝する」
「ううん、感謝しなくて良い」
そんな中、騎士二人は話しだす。
「剣や技は自由。我は本気を出す。貴殿も本気で戦うがいい」
「ん。なら……これを使う」
そういうと青葉が剣を抜いた。身の程のある大きなそれをしっかり両手で持つ。
ツヴァイヘンダー。彼女の持つ巨大な剣だ。
「見ろ! あの大きな剣をその腕で……!」
「認めたというのも本当かもしれない!」
騎士たちは湧き立った。己が持つ剣とは明らかに違うソレを見ると、盛り上がってしまうのが彼らの性である。
「剣戟のルールを確認します」
青葉とビルヘスの間に立つ一人の青年が、手に持った小さな時計を見せつつ告げた。
「制限時間はこちらで測った5分となります。単純な剣術のみの勝負となり、魔法やその他の武器の使用。そして相手の殺害は認められません。それでよろしいですね」
「構わん。もとより剣術のみである」
「私もそう」
「かしこまりました。それは厳格に適用されます。ビルヘス様であっても、冒険者であっても。例外なく区別なく審判する事を宣言しましょう」
審判を務める男は、二人の顔を見つつ真剣な表情で告げた。
「貴殿と我に……それ以上の言葉は必要かな」
「ううん、要らない」
「……では、な」
二人の剣士には、言葉もいらないようだった。互いに剣を抜き……構える。
「流石にこれには立ち入ることはできませぬ」
「命を捨てることになるだろ、こんなの」
鋭い刃のような緊張感が漂う。周りで騎士たちが言う。命を捨てることになるという言葉は、騎士たちからしても事実になることかも知れなかった。
「剣戟を宣言します」
青年が手を上げた。次の言葉を待つ。
そして。
「それでは……はじめ!!」
その言葉と共に……二つの白刃が一気にぶつかり合った。
ギィン!
甲高い金属特有の音が、あたり一面に大きく響いた。
方や歴戦の騎士が持つ、幅広の直剣。方や少女の持つ、刀身1m近い、重厚な両手剣。一切のブレも乱れもなく。剣同士が激しくかち合う。
ぶつかり合った剣が離れた。
「かあああっ!!」
叫び声と共に、ビルヘスが斜めに刃を振り下ろす。力を生かした高速の斬撃。それを青葉はひらり。体を捻って回避する。
「やっ!」
「ぬ……っ!」
その回避の勢いを使い、横凪一閃。ツヴァイヘンダーの長い刀身は、ビルヘスへ直接向かう。それを見たビルヘスは冷静だった。後ろに仰け反り、剣の届かない範囲へ。
「かあっ!!」
そのままツヴァイヘンダーの刀身を、先端でかちあげる。
ギィン! 刀身が上に行き、青葉は一瞬、無抵抗な姿を晒す。それを見過ごす、ビルヘスなどではなかった。
「そこよ!」
「っ……!」
彼女の胸へと放たれた突きが、一気に迫る。身を守る武器などない、そんな状況。
そんな中で少女は、考える。自らの今の状況を。自分の後ろにいるのは……誰だ。
「(こたろー……!!)」
幼馴染がいる。後ろには彼がいる。そんな状況で、負けられるわけがない。
「(私の負けるところを……こたろーに見せられるわけがない──っ)」
そう考えた瞬間、青葉の体が動いていた。
青葉は、跳んだ。突きをかわすように、軸をずらすように、前へ、一気に跳躍する。
突き上げられたその直剣を、軽く足で踏んで。それを踏み台に。そのままひらり、舞い踊る。くるりと体を反転させて、そのまま着地。
「たあっ……!」
ガンッ!
ツヴァイヘンダーの刀身の先と同時に右足から着地した彼女は、その勢いのままくるりと一定の距離を再び保つ。
あまりにも近づきすぎたから、ツヴァイヘンダーは攻撃の材料には使えない。それでも役に立った。長い刀身はこう言ったときに役立つのだと教えた。
「騎士にはできんな、これは」
目撃した歴戦の騎士であるビルヘスがそう唸るほどに、動きは正確かつ流麗だった。
「何という強さ……それに可憐さ」
「ビルヘス様は間違っていなかった、あのもの……相当だ!」
若き騎士は、少女剣士の強さに思わず声を上げた。目の前に、唐突にとんでもない強さの剣士が現れたのだ。強さに貪欲な若者は、一気に引き込まれる。
「やるじゃん青葉。あいつらのこと、一気に魅了しちまった」
見ていた玲が嬉しそうにそういう。琥太郎は感慨にふけながらも、答えを出した。
「彼らは騎士だから。ちゃんと分かるんだよ、青葉の強さが」
女であるからと言って、驚きこそしたものの決して愚弄をしなかった騎士達のことを思い出す。
そんな彼らだからこそ。ちゃんと、ビルヘスの眼が正しかったことを、はっきりと自覚できたのだと。
「だから青葉もまた、手本の一人になると思う。それこそ俺じゃないみんなの手本だ」
「そんなこと言うけど、琥太郎アンタ、幼馴染取られそうで焦ってない?」
「……焦る必要は……ない気がするが」
「やっぱ焦ってるじゃない!」
シエテが茶々を入れてきた。焦る必要はないと答えた琥太郎ではあるが、気が気じゃないことは、割とばれているように見えた。
「大丈夫だろ」
呆れたように玲は答えた。
「取られないだろ。だってあの青葉だからな」
「どうして分かるのよ」
「友人として長く関わるとそう言えるのさ」
ふふんと小さく笑みを浮かべて、玲は言う。
そんな話の中でも、剣戟はさらに続く。剣士同士の戦い、剣のぶつかり合いは、さらに盛り上がる。
一挙一動が、あたり一面を動かし、盛り上げていく。
いつまで続く? いつまで見ていられる?
「素晴らしい、一生もんだ!」
「5分とも言わず……ずっと見てみたいぞ!」
騎士たちは大盛り上がりで、そう言う声が口々と聞こえた。
何度目かの刃のぶつかり合い。互いの攻撃は、一度も当たらず。歴戦の騎士と、少女剣士。その立場は違えども、その剣の腕は互角だ。
「……あえて聞こう」
ビルヘスはそう問いかけた。青葉はじっと相手を見る。
「貴殿の名を問おう。名は?」
「……高坂青葉」
「アオバ・タカサカ……」
少女が名乗った名前を繰り返しつつ、目を細める。
「……その名を覚えた。我々にとって最大の幸運であり不幸であるもの」
「?」
「だってそうだろう」
首を傾げる青葉へ、騎士は笑っていった。
「貴殿は、我らの騎士にならんのだろう? いつか襲いかかってくるかも知れぬ」
その言葉は、聞けば騎士は身震いするかも知れない。だからビルヘスは、小さな声で。少女にしか聞こえないような声で言ったのだった。
「強者は歓迎されぬ。我ら騎士として……仲間に引き込みたいものだが。どれだけ言っても、仲間にならぬものもいよう。それはあのゴウスというものがそうであり……」
目線を一瞬周りにいた一人の冒険者へ向け、すぐに居直る。
「今回の剣戟により、そこに一人追加されたのだ。不幸と言わずしてなんと」
「うん。分かってて嬉しいと思った」
ビルヘスの言葉を遮り、少女は。青葉は目線を翻した。
「(……青葉)」
その目線は当然の如く、琥太郎に向けられていた。
「私はたった一人のための騎士。誰のと言われたら……こう答える」
そして少女は息を吸って、言い放つ。
「私は高坂青葉。こたろー……相丘琥太郎の騎士である」
それは、凛とした響きとして、すべての場所へと届いた。それは琥太郎にも。騎士たちにも。当然、ビルヘスたちにも。届くのであった。
「……そう、か」
ビルヘスは淡々と言った。しかしその声には、喜色を隠しきれなかった。
「やはり幸運であり不幸である。貴殿が襲いかかってくることを考えると……」
ビルヘスはいったん言葉を切る。
そして。
「貴殿の主君には、危害を加えようと思わない方が良いな。後が怖い」
冗談めかした口調で、青葉に告げる。
「当然。全力で潰れる」
「そうはなりたくないとも……」
「申し訳ありません、お言葉ですが……!」
「そうだった。そうだった」
青葉の言葉にそう返した後で……。青年が割って入った。ビルヘスは気づいたようにハッとして、周りに言う。
「5分経った。剣戟は以上とする。冒険者の皆は、城に戻り、明日のために体を休めるといい。騎士たちは励め。手本が一つ、増えよう」
その言葉を最後に、剣戟は終わる。
外はすでに暗く。夜になっていた。
そしてコレが公国を包む。嵐の前。最後の夜となる。
長かった……。
明日からとうとう魔王軍戦です。
いろいろありますが、お付き合いください。




