青年の騎士、本物と剣を交える②
ごめんなさい、戦闘ではありませんでした。
鍛錬場。大広間から少し離れた場所にある、小さな建物。そこは丈夫な床や壁に囲まれ、たくさんの剣が置いてある。騎士は毎日ここや外で鍛錬を行い、日夜国を守る強さを磨くのである。
「……かあっ!!」
気合いを入れるような叫び声と共に、ブンッ!と風を切るような音が響いた。男が全力で剣を振っているのだった。その目線は、とにかく険しい。
熟練された騎士の一人、ビルヘスだ。
「……ビルヘス様は、いつもより気合いが入っておいでですな」
「これから冒険者の一人と剣戟を行うそうなのだ。しかも本気で打ち合うつもりらしい
「ビルヘス様がそこまでのものを……? その冒険者が気になるものです」
鍛錬場の外において、若き騎士たちが話す。
「何を見ているのだね」
「も、申し訳ありません!」
声をかけられて、騎士たちは直立不動になった。偉大なる騎士から声をかけられたのだ。ビクッと体を跳ねさせて、硬直せざるを得ない。
「こ、これはビルヘス様、申し訳ありません……!」
「これはサボりではありません! すぐにでも鍛錬に戻り……!
「良い。我はそこまで目くじらをたてはせぬ……」
「ビルヘス様!」
直立不動のまま、彼らはほっとした声あげた。彼らは騎士。その中でも騎士団長に近い、ビルヘスへの高い敬意は常に忘れることはない。
偉大で己を律することができて、しかも強い。同じ騎士であるアイヴァンほどではないが、憧れを持つものも多いのだ。アイヴァンより低いのはその立場が、彼より高いからだろう。手が届くかどうか、わからない。
その点で言えば彼らは運がいいと言えるのかも知れなかった。ビルヘスから声をかけられるなど、滅多にない。
「それよりも、だ。このまま鍛錬場へ残るつもりはあるか」
「鍛錬場に残る、ですか?」
「いいものが見れそうである。全騎士に見せたいものが」
「……まさか!」
ビルヘスがそう告げると、青年は思い出した。
おずおずと、問いかける。
「今回のビルヘス様の剣戟を、間近で見させてもらえるのですか!?」
「……うむ。我の全力の剣戟をお見せしよう」
ビルヘスは約束した。全力の剣戟。それを彼らに見せることを決意したのだった。
「不満だろうか」
「いいえ、光栄の極みでございます!! ビルヘス様の剣など、ほとんど見る機会がありません故……」
「なれば騎士全員を呼ぶがいい。すぐ集まろう」
「かしこまりました!」
青年は言葉を最後に走る。騎士たちを呼ぶために。最高の戦いを見せようとするために。
「……そこまで言われると、我も沸ると言うもの」
ビルヘスは呟くように言った。そして再び、剣を強く握る。
「かあああーーーっっ!!」
グアンッッ!!
たった一撃で、金属の兜が破壊された。太い腕、硬い金属の剣。そして集中。それら全てによって放たれたその一撃、斬鉄の如し。真っ二つになった金属の兜を眺めながら、男は周りを見やる。
「(さて、そろそろであるか)」
男のその思念が届いたかどうかはわからないが。
ガチャリと、その扉が開いた。
「えええええ!? ビルヘス様と剣を交えるのですか!?」
フラーレン公国の第七王女が思い切り驚いたような声で叫んだ。
話は数分前に遡る。
騎士と貴族、冒険者たちの大広間での会話と、その後の剣戟の話す。それらがが終わったのち、シュルツェンたちと話していたときのことである。控えていたシュルツェンと合流して、何があったのかなどを伝えた。
あの場に王女たちがいなかったのは、公国の象徴たる王族の者たちがその場所にいて、何かあった時に巻き込まれるかもしれないというリスクを考えてのこと。
私も本当は聞きたかったのですが……というのはシュルツェンの談だったが、琥太郎はその言葉を制止した。
それは危ない。ああいうことがあった……と。
王女として、彼女はとにかくアグレッシブに動く。以前もそうだし、今もそう。だからこそ、逆にこの状況は危ないと思った。
勇者と魔王の配下がいて、しかも魔王の配下が騎士に化けていたなんて。誰にも気づかないまま通されていたし、それが原因で王族関係者が傷つくなんて、色々大きな問題になってしまうのである。それは誰もが避けたいことだ……。
そう言ったら、シュルツェンも納得してくれた。彼女は聞き分けが悪いわけではない。責任感が強いだけだ。
そして、話の続きを……となって、最初の言葉に行き当たるのである。
「……そんなに?」
「そんなになのですよ! アイヴァン様を含め、あらゆる騎士の師でもあるのです……!」
青葉の言葉にシュルツェンは目を見開かせて言った。その目には敬意とそんな彼と戦うことに対する驚きが見えた。
「その剣の一撃は金属を真っ二つ……綺麗に分かれた練習用の兜の山を積み重ねてきた……」
「……真剣用の巻藁みたい」
「それでいて! 高潔かつ部下への配慮篤く! 騎士団長様よりは立場は下なのですが、それでも次の団長様はあの方が一番相応しい……とされている方なのです!」
「完璧超人じゃねえか」
「そうなのです!」
シュルツェンが玲にそう返すからには、本当に完璧超人なのだろう。
「すごい人だってことは伝わった。シュルツェンが言うほどにすごい人だって」
「はい! そんな方と剣を交えるのですから……本当に名誉なことなのですよ」
「……そう。それでも」
青葉は淡々と答える。武器のツヴァイヘンダーは腰に携えている。それがガチャリと音を立てた。
「……私にはあまり関係ないと思う。よく分からないし」
「それはそうなのですが……うう、それでもやっぱりビルヘス様は偉大な騎士、このことを伝えずにはいられなかったのです」
「……それはわかってる。けど」
シュルツェンの言葉を切り伏せつつ、青葉は続けた。
「私にとっての一番は、こたろーただ一人。どれだけ偉大な人物が相手だろうと……それは変わらない」
そう言い放つと、彼女は琥太郎の方を向いて小さく微笑んだ。
「……ほわ……っ……」
その姿を見たシュルツェンは膠着していたが、やがて小さく声を上げる。そして、
「ほわああああああぁぁ〜〜っ」
鈴の鳴るような、甲高い声で感動の声をあげたのだった。目の前の相手に、青葉の言葉が琴線に触れたのだろう。
「すまないなぁ、シュルツェン様。そう言うやつだ、青葉ってのはさ。あたしはよく知ってる」
「高坂さんは相丘くんのこと、ずっと見てたみたいですから〜〜。私もそうでしたけど〜〜」
「嬢ちゃんはそうじゃったのう! にいちゃん達が偽の依頼に騙された時も真っ直ぐ!」
「はいはいっ……はいっ!」
玲達が次々にそう言う。聞きながらも王女はうんうん大きく頷きながら感嘆する。
「とっても大好きなんだと言う感情が、いっぱい伝わってきました! とっても感動的です! 心がほわ〜〜ってなっちゃいます!」
胸に手を当てる。青葉達の言葉に、シュルツェンの心があったかくなった証拠。
「ずっとそう。だから」
そういわれた青葉はしかし淡々と、さも当然のように歩き出していく。
「こたろーのために……こたろーの騎士として戦う。それはずっと」
「……青葉」
歩き出す直後に、そう呟くように答えた。
その言葉を受けて琥太郎は、
「頑張れ。応援してる」
「……! 頑張る」
同じように、小さく告げた。それが耳に届いて、青葉は嬉しそうに口角を上げた。
その言葉だけで、頑張れる。そう言っているように。
「それじゃあ行きましょう! 私も、応援しますっ!」
そしてシュルツェンも走り出す。
そしてこの話は……とある瞬間へとつながる。
まさにそれは彼らが鍛錬場へとつく、その瞬間であった。
次回、本当に戦闘回です。




