青年たち、貴族と騎士の喧嘩を摘む
「ごめんなさい、随分寝てしまってまして……!」
「構わない。私も含め皆怒ってはいない」
大広間。一人の騎士が頭を下げていた。遅れて入ってきた、あの騎士だ。褐色の上は金の髪。その姿は、紛れもなく、消えた『彼』と同じだった。
魔王の配下であるガーゴイルが化けた人物だ。だとするとこっちは間違いなく、本物の彼なのだろう。
「何が怒ってないだ、こちとら怒ってんだ!」
しかし、それを切り裂くように怒鳴り声が聞こえた。手前にいた一人の貴族だった。
「こっちはな、魔王の脅威を知ったんだ! お前の顔してた奴だ……思いっきり笑ってやがった!」
「そのせいで俺たちは死ぬかもしれなかった!騎士様であっても許せるものじゃないんだ!」
「ひぃ、怒ってるじゃないですかアイヴァン様!」
「案ずるな。怒りの正当性はある。だがお前に向けられてはない」
近くにいた貴族たちが口々に怒りを浴びせた。震え上がる青年を、アイヴァンが庇うように告げた。
罵声に怒りをぶつけるのも、当然ではある。彼らは脅威を知った。悪魔は要件を伝えて姿を消したが……。あの場で殺されていてもおかしくない状況だったのだ。
「(醜い……しかし。彼らの意見は一理あって、それはそれで可哀想でもある)」
それを奥で聞いていた商業ギルドリーダーの女性、エトワールは、心の中で貴族たちの暴走を嘲笑いながら、それでも同情を示した。騎士だけではなく、貴族に。
騎士も貴族も、どちらも可哀想な存在だと。魔王に騙された哀れな存在だと哀れみを送った。もちろん、自分たちもそうだと、思ったまま。
「(この場で認識できていたのは勇者を除けば……あの冒険者と、女神たちだけですわね)」
「(……?)」
琥太郎は視覚を認識した。誰かに見られているとそう思った。
「こたろー?」
「見られてた」
「誰に?」
「あっちの方だ」
青葉が首を傾げつつ、問いかけた。誰かが見たようだ。と琥太郎は答える。その方を向けば、商人ギルドのエトワール。
「……へぇ」
青葉は興味なさそうに目を伏せたが、琥太郎は心の奥底で、エトワールという女性に推測を立てる。
「(何か気付いたか……? その場合……話す必要は? 迷う)」
とりあえず今はやめよう。琥太郎は目線を戻した。
「私は、お前たち貴族の怒りをはっきりと認識するし、騎士も怒りを認識している。だがここは引いてもらいたい。魔王の思うツボであるかもしれないのだ」
「しかし……アイヴァン様でも引けないことがあるのだ!」
「そうだそうだ! 状況だ、状況を説明しろ! あの悪魔が変身していた姿は、確かにあなただった……。説明されなければこちらは、信頼ができないんだ……」
アイヴァンが仲裁にはいったが、止まる気配はなかった。貴族の男が言った。信頼できないと言う言葉が、あたり一面につきささった。
「(信頼ができない、か。分かるな)」
彼らの言葉を聞いていた琥太郎も、心の中で首肯した。魔王の配下が、城の中にやってきていた。しかも騎士に化けていたと言う状況上、何も言われずに信用しろなどできるはずがないのである。
「埒があきませんわね、騎士様に貴族様」
そんな中で、声を上げたのは……一人の女性だった。
「お、お前は勇者の仲間と名乗った……!」
「えぇ、そのうちの一人、軍師カトレアですわ。このままだと暴走が止まらなさそうですので、声をかけさせていただいた次第です」
「あっ、ミミも行くよ!」
「わっちもじゃ!」
「僕も……!」
「皆様は来ないように。私だけで十分です」
勇者ハミルに他のパーティがやってくるのを制して、カトレアはすぐにツカツカと歩き出した。騎士たちと貴族たちの間に入って、声をあげる。
「両者の言い分は分かります。もしかしたら魔王が襲うかもしれない、しかも今し方強大な力を見せつけられたから、どうなるかわからない……。それに騎士様は貴族様に静まってもらいたい。鎮まらないと守れない。どちらの言い分は分かります」
話し始めたカトレアは、まず両者の言い分を言い並べた後、その両方を肯定した。しかし、すぐにその表情は険しくなる。
「しかし、対立は対立を生み……また新たな脅威を生むと思うのです。もしそうなったとき笑うのは、魔王だけなのです……。騎士様も貴族様を守れず、貴族様も命を守れず。両者悲しみながら斃れるでしょう」
「そ、それはそうだが……」
「しかし! 不安に思うのも事実でありましょう! すでに国の中まで入ったのですから……」
「ですから。私はこう進言するのです。私が伝えるのです。魔王は今すぐ来ることはない!」
「あ……なあっ!?」
貴族たちは驚愕した。いや、貴族たち以外もそうだ。周りにいる人物はほとんど。カトレアが言い放った言葉に、衝撃を覚えたからである。
「……も、もう一度言ってもらえます?!」
「えぇ、魔王は今すぐにはこない。言葉通り、今日一日の猶予ののち、翌日より配下の魔物による攻撃を行い……十日後、魔王の城で立ち上がった敵を迎え撃つ。この言葉そのものが、貴族様の心配を払拭する証拠になりうるのです」
「し……信じられない……!」
大広間がさらにざわついた。
カトレアの言葉は、何言っているんだと言うふうに取られたのだろう。琥太郎も、驚いている。
「………なるほど、ねぇ」
「……シエテ。お前は……」
ただ一人だけ。琥太郎の周りでは、女神だけがその言葉に頷くようなそぶりを見せていた。まるでそれが最初からわかっていたかのように。
「り、理由は!? 詳しい理由がないと理解できない!」
「理由を教えましょう。それは、この行動が魔王の決まっているルーティンだからです」
「ルーティン?」
「はい」
カトレアはさらに続ける。
「魔王は思考、行動においてそれぞれ、優先的に実行されるプログラムにようなものを持っています。一対一を好む魔王がいれば、多対一で相手を蹂躙することを好む魔王もいるのです。そしてそのプログラムは、ほとんど変わる事はない」
「つ、つまりは……」
「つまりは、あのガーゴイル……アルケイオンが言った行動は、魔王がこれからする行動そのものを告げているにすぎないのです」
「うむうむ」
カトレアは理路整然とした理屈で、そう告げた。勇者を含め、仲間たちは、静かに頷いている。
でまかせを言っているつもりでは、おそらく無いのだということがわかった。
「私たちはその言葉を聞いて……すぐに確信しました。彼ら魔王が今回。公国内で直接暴れ回る可能性はほとんど無いといえましょう」
「なるほど……」
「そういえば、実際何度か魔王と戦っている勇者はそうやって対策を取るのよね」
貴族が納得し始める中、割り込んだのはシエテ。カトレアの言葉につづけて、話し始める。
そういえば女神だった。と琥太郎は思う。そう、女神なのだ。女神だからこそ、そういう世界のことは、はっきり分かるのだった。
「勇者たちは情報を集める。民や王様、はたまた敵の幹部など。色々な人物や魔物から得た情報をもとに、魔王の行動パターンを分析、一気に殲滅するってわけ」
「えぇ、そうです流石女神様。分かってくれて嬉しいです」
「だって私は女神だし? 一応天上に降臨するシステムだしぃ? 分かって当然だっていいますか〜〜?」
おだてられると、褒められると思いっきり調子に乗る。とてつもなくハイテンションで煽る煽る。これではいけないと、琥太郎は悟った。
「女神が調子に乗っているからここから先は俺が言う。相丘琥太郎という者だ」
そうして琥太郎も会話に入って、話しだす。シエテの言葉や、カトレアの言葉。それから察することはできる。
「みんなの意見をまとめるとつまり、魔王は自分が一番やりたいことを優先するから、その行動を全力で自慢するし、全力で遂行するし、他の可能性を考えることはほとんど無いんだな」
「……そういうことです。補足ありがとうございます」
「考えをまとめることは、昔から得意なんだ」
カトレアの感謝の言葉を聞きながら、琥太郎は答えた。
幼馴染や友人や、家族や。最近では女神か。彼女たちの意見や言葉を聞いて、自らの意見を練り上げる。ずっとやってきたことだ。
「なんだ……攻め込まないのか、考えて損したなぁ」
「脱出を、避難をと思わなくてよかったか……はぁ」
貴族たちは、口々に安堵の言葉を告げる。現金なやつらだ。とそう思いながらも、意見をちゃんと曲げてくれたことは、ホッとした琥太郎だった。
「ですので貴族様たちは是非是非勇者様や騎士様、それに冒険者様にお任せくださいませ。大丈夫です。私たちには幸運の女神様もいますことですし」
「幸運の!? 女神!!?」
それに過剰反応したのが、一人しかいない女神だった。目を輝かせて、うっとりしている。
「駄女神、よだれ」
「頬もだるっだるで完全にとろけてるなァ……」
「今は幸せそうですので放っておきましょう〜〜♪」
青葉たちの呆れるような声も届かないだろう。輝美の放っておこうという言葉も、間違いではない。
「それでよろしいですわね、騎士様」
「うむ。お主たちは、後ろで控えておくといい! 我ら恐るるに足らず!!」
「ありがとうございます……!」
貴族と騎士たち。二つの対立が、一瞬で収まった。この軍師、なかなかやると感じた。勇者の仲間であるという言葉は……間違っていない。おそらく。
言葉一つで相手を導く。それこそが軍師なのだと、琥太郎は心に刻むのだった。
「さて……貴族との話が済んだところで、騎士と冒険者の話をしよう。近くへ寄れ」
「おう、俺たちゃそうさせてもらうでぇ」
貴族たちが満足して離れて行った後、騎士と冒険者、そして商人だけになった大広間にて、一つの会話が交わされていた。
「騎士も冒険者も、武器を交える者だ。それは分かるだろう。そしてそれが、魔王や魔物に負けるものはいけないのだ」
荘厳な低い声で、そう告げる騎士の男。
それを聞いた瞬間、冒険者の男の……ゴウスの体が震えた。
「アンタがそういうってことは……まさか……そりゃあ……!」
恐怖? いや違った。その奥に隠れた感情は楽しみ、武者震いであった。
「さすがだ、ゴウス……。お前には分かるか。いや、分からなかったら困るが」
「当然やのう。王都に来たらずっとこれをやってるんや。これァ……本当に魂を震わせてくれるんやからのう!」
吼えた。思いっきりゴウスは吠えた。それを見て目を細めながら……騎士の男は言う。
「そう、我々の恒例行事だ。魔王と戦う前に……剣を交える事にする。これより……騎士対冒険者、代表者一名による、剣戟を開催する!」




