間話 魔王の場所はどんよりと黒く
今回は別視点です。
魔王側の視点でございます。
そして最後には……うん。
そこは真っ黒に染まっていた。
光も全く届かない、どんよりとした場所。草木も生えず、無機質でゴツゴツとした地面だけがそこにある。生命に満ち溢れている情景とはまるで真逆の、闇の重さに満ちた世界。
ここは闇が満ちる場所。魔王の現れる根城、そして世界の歪み。
アルヴィレアという世界の、フラーレン公国という国に生まれた、対処しなければならないエラーそのものである。
「ガーゴイルのアルケイオン、我帰還しました。旨は全部伝えたかと……ッハ」
魔王の臣下が一人、ガーゴイルのアルケイオンが現れたのは、その根城であった。人間側に斥候として現れ、我が魔王の考えを伝える役割。その大役を担った。
「ご苦労だ、ガーゴイルのアルケイオン」
ややあって、低い声が聞こえた。何事にも動じないような、鋭く響く……プレッシャーを与えるような男の声だ。
声のする方向に目線を向けてみても、そこは闇に隠れ、見えない。ただアルケイオンだけが、闇の虚空へ話している感じにさえ見えた。
「そのお言葉一つさえ、我にとっては感謝の極み! 人間どもへ託を告げることは難しきこと、ですからな」
「良い!」
感謝の言葉を受けて、アルケイオンは目を細めた。悦楽と。嬉しさがそこにあった。敬意を表する人物たり得る。
「さて……。アルケイオンに問いたい。貴様は公国を見てきた。この世界の人たるものを見た」
「えぇはい。しっかりとその目で見てきました」
「彼らは見てきた貴様の目にどう映る」
「んん、それはそれは……遥かに!」
闇の向こうより問いかける声。それに対し、嘲るように小さく唸ったアルケイオン、すぐに仰々しく手を広げて……熱弁する。
「遥かに! 今までの生命の中でも特に遥かに! 惰弱で貧弱! 魔王様の手を煩わせずとも! 足労なく、あっけなく倒せるかと! 驕り高ぶる者多く、我がいても彼らは何もせず! この様ではすぐに尸の山が作れよう!!」
惰弱で貧弱。遥かに弱い。アルケイオンが下した、公国の民への評価。それは一方では正常かも知れなかった。
「……一人の騎士には不覚を取られましたがね。剣を咄嗟に掴まねば斬られていたでしょう」
しかし同時に一人の騎士……男も姿を浮かべた。あの気迫、一撃。ダメージを負ったかもしれなかった。
「そうか……そうかそうか」
その発言を受けて、闇の中の魔王は小さく押し出すように言った。
その言葉はやがて哄笑に変わり、そして、
「ふは……ははははは!! その言葉、まさしく僥倖なり! 民は一部は強くとも……その多くは搾りかすと見た! ラクシャータの生において、これほど易き者どもも居らんよ!」
魔王は叩きつけるように、大声で叫んだ。魔王ラクシャータ、その考えは嘲りと誇りをもつ者であった。強きものと戦うという意思は持ちながらも、それはそれとして全体的に易しいものがいい。それが彼の考えであった。
「一日の猶予、与えて良かったと言えよう。選別にもなりえ、準備期間にもなり得る時間よ。逃げるもよし、立ち向かうもよし。我ながら……ああ我ながら!よしと思えよう!」
「奴らにとっても刺激になり得ましょう。素晴らしき考えで……」
アルケイオンも、その考えにどっぷりと浸かった人物であった。巨大な爪と翼を持つガーゴイルは、それを血に染める日を想像して昂った。
「それに……我には」
さらに言葉を続けようとして、思いとどまったかのように言葉を切った。
「いずれにせよ楽しき宴になる、蹂躙となるか、健闘となるか。どちらにせよ……楽しいだろう」
「楽しきことに混ざるのは優越の極み。しかし……」
魔王はその闇の中から、楽しさを抑えきれないような声で言った。
そんな中で、話題は映る。
「ところで……落ちてきた女は。奴は来てないので?」
「女……奴は来ておらぬ。今頃は一人よ」
「なるほど、アレですか。しかし」
アルケイオンは意地悪く笑った。
「魔王様も人が悪い……。新しく落ちてきた右も左も分からぬあの女。それなど血を与えて眷属にして仕舞えばいいものを……。強さだけは、あったのですから」
「なに、我が血を与えるべき存在ではないとのこと。貴様ほどは見込めぬ。それに……」
そう言うと魔王は言葉を切って、押し出すように言い放った。
「眷属となれば姿形は変容する。あのような美しき羽根も、悪くはあるまい」
しゃん。と一つ、音が鳴る。
深き闇の先にある小さき場所。誰かのために与えられた場所で、何かをかき鳴らすかのような、小さな雅な音が聞こえた。
「……これは、出会いの戯曲」
場所の主だろうか。奥から聞こえるは、静かな、小さき声。感傷に浸るような、はたまた感慨に耽るような、そんな声音。
「この終わりの音色……。良い音になったものです。だからこれはきっと、良い出会い。ふっ……ふふっ」
かと思えば、嬉しく悦に浸るように。声がころころと変わる。
「……もう直ぐ。もう直ぐ。その出会いの主と逢えましょうから。辛抱なのですよ」
声の主は、そう言いつつ……再び音に耽溺する。
きらり。滅多に見えない闇の中で。何かが怪しく光る。
それはまさに……烏の羽によく似ていた。
魔王について。
魔王は世界の歪みなのですが、それはつまり世界と共に生きるもの。世界がたくさんあればあるほど、魔王はたくさん増えていくのです。
そしてその正体は実質神と同じく、世界に寄り添って生きるもの。
どんな生物よりも遥かに長生きです。
だから自分ではとてつもなく長くいきたつもりでも、他の魔王や神々からしたら遥かに若造なのかもしれません。




