青年たちは少し燃える
青年たちは豪華な廊下を歩く。濃い赤色……えんじ色のカーペットが敷かれているそれは、その場所一つとっても、高級感があふれている場所だ。
(……できるだけ汚したくないな、これは)
心の中で感じながら、琥太郎は足を踏み出す。悲しいかな庶民である。だからそんなことしか思えない。高級そうなものを見ると、後で怖く感じてしまう。それが庶民の性であり、ともすればそれは、貧乏性。
「……こたろー、こんなの歩けないと思ってる」
青葉が隣に立って声をかけてきた。完全にモロバレだった。幼馴染の勘は恐ろしい。思っていることが、すぐにバレてしまう。
「こたろーはこたろーなんだから、ちゃんと歩けばいいと思う。誰も怒らない」
「そうは言うけどさ」
青葉の琥太郎に対する評価は非常に高い。いや元からそうだったけど、異世界に行ってから、それがさらに大きくなった感がある。
それは一瞬とは言え別離を。死を。もう二度と会えないかもしれないという絶望を。知ってしまったからかもしれなかった。今でもしっかりわかるけど、実力はかなり高いし、普通の人間である琥太郎にとって、幼馴染という立場でさえなければ……そこまで
口にすれば確実に否定されるし、怒られるだろうが。
「大丈夫。こたろーは誇っていい。こたろーは頑張ってるし、私は評価する」
青葉はそう言葉を口にする。誇っていいというのも、評価するというのも完全に本心、だろう。
「こたろーがいなかったら私はここにいないし」
「そこまでかな」
「そこまで」
さも当然のようにそう言葉をつなげた。あまりにも自然に、さらっというものだ。言葉と言葉の繋ぎ目が、全くなかった。最初からこの返答を用意していたと、思って差し支えないレベルで。
「やっぱ琥太郎に対して重くないかしら、アオバ」
「ずっとそうだよ、あいつは……」
シエテと玲が話し合うのが背後から聞こえる。友人の一人として、昔から付き合ってきた玲の言葉は非常に大きい。
「ずっとそうさ。あたしは琥太郎や青葉とは高校からだけど、青葉はずっと隣にくっついてたよ。幼馴染ってのもあって、最初は近づき辛すぎたもんさ」
「琥太郎に対してそこまでなのね」
「琥太郎に対してはあたしもそうだしバカにはできねえけどさ」
「でもわからないでもないわよ? 恋は盲目ですもの。私には恋愛とかないけど。いやほんとないけど……」
「恋愛というのは昔から危険と言われてましたからね〜〜。恋愛で命を削る、恋が命取りになる……色々な歴史で言われてたことです」
輝美も入ってきたようだ。世界史教諭特有の、歴史に関する知識でいろいろ言ってくる。
「……気にしない。全部事実」
「それでいいのか、青葉は」
「いい。こたろーはだめなの?」
「……別にいいか。一応、今は青葉たちが一緒にいることで成り立ってるのが俺だし」
「そう。今はそこまで邪魔者がいない。ふふっ」
小さく笑みを浮かべる。元から青葉は琥太郎のことに対しては、割と手段を選ばない方だが、さらに加速している……といってもいいかもしれない。
「あ、扉が見えてきたわよ」
「ということは話すのもおしまいですかね〜〜」
目の前の扉を指差す。木でできた茶色い扉は、やはり荘厳で、豪華な感じを醸し出していた。
「はいなのです!」
シュルツェンが嬉しそうに言う。
「こちらが大広間の扉……。今回の一大事、国を守るために集まった人たちがみなさまのことをお待ちしているのです!」
「俺ァあんまり人と集まりたくないタチやがのう……」
「荒くれ者で喧嘩腰、それじゃあ話題に花咲んもんじゃ」
「レッドヴィルの連中はみんなそうや! なあ!」
「……ウ……」
「おおう、すまんの……」
荒くれ者は不満げに声を鳴らした者の体を優しく撫でた。そうだ、彼がいたと思った。
オークたちだ。彼らはレッドヴィルでは、一人の立派な仲間だ。その意識は村でしっかり浸透しており、今回だって、置いていくことをよしとせず、一緒に連れて行くことを選んだ。一緒の仲間だから、連れて行かないことは妙だ。
「安心せいや、何か言われたら……俺らが守ったる。お前も、仲間や。立派な一員や。もし馬鹿にされたら抵抗してでも……。悲しませることはさせへん」
「オークであってもいい奴らじゃ! 化け物じゃない! 分かってくれとは言わんじゃがのう」
「ありがとなぁ! そう言ってくれると嬉しいんだよなぁ。当然! あたしも全力で護ってやる! 頭領として、仲間を護るのは当然のことさ」
彼らの意見は統一されていた。たとえ何を言われても、彼らを守る。彼らオーク、俺たちの仲間なのだ。大事な一員なのだ。
「準備も理解もできたか。それじゃあ……そろそろいくぞ?」
「ああ、一気に頼む」
パイがこちらを向く。琥太郎が代表して答えた。それと同時に頷いて……。一気に扉に手をかける。
「そーーらっ!!」
そのまま、扉を一気に解き放って……。
「みなさまお待たせしました!! シュルツェン・ファン・ヘルガフロウスト・フラーレン……お客様方をお連れしましたのです!!」
シュルツェンの言葉と共に、みんな広間の中へと一気に歩きだしていった。
城の大広間は、できるだけ多くの人間を収容できるようにしなければいけない。フラーレン公国は王と皇后、そして王女たちとたくさんの貴族たちで国を構成しているがゆえに、多くの意見が飛び交うことがある。例えばシュルツェンは第七王女。つまり彼女の上には最低でも六人の姉がいるわけで、それ以外の兄弟姉妹など推して知るべきだ。
故に彼らが集まる可能性のある大広間は、できるだけ広い場所を用意しなければならない。
しかし今回に限って言えば……この城の大広間は王族や貴族たちだけで構成されるわけではなく。もちろん彼らもいるが……。冒険者、商人、色々なギルドなど。バラエティに富んだ多くの人間が、この場に集まったのであった。
「一番遠いところからわざわざお疲れ様でございましたねえ」
嫌味を飛ばすかのようにそういったのは、ピンク色の洋装に身を包んだ女だった。扇子を手に取って、レッドヴィレの人物へとその鋭い目線を向けている。
「(……狐みたい)」
少女……青葉がそうこころのなかで呟いたように、初めて出会った人間にはそんな印象を抱かせた。
美女だ。その様相や姿は美しい。美しいがゆえに、別の生物に見える。
「商業ギルドの人間や。王都近郊におる」
「説明どうも、荒くれども」
「一度見りゃあ忘れんわ。変わらずイケすかない態度取るやつなど尚更や」
ゴウスが言った。商業ギルド。そういえば、と琥太郎は思った。最初商人として生計を立てようとしてたなと思った。
なるほど、彼女と最初顔を合わせる可能性があったのか。そう考えると今の道を選んで正解な気がする……そう思った。
「ムカつく……女神パワーでイケすかない女だってわかるわ」
特にこの女神がやばいだろうなと付け加える。
「商業ギルド「リンクスピアス」リーダー、エトワール。イケすかない態度を取ってるけど実力は確かな女じゃ。小さなギルドを王都近くまで持ち込んだがじゃ」
「ふふ、いい気がしますわね。褒められると」
エトワールと名乗られた女はドヤ顔を見せた。褒められる言葉は素直に聞くのだ。ふわりと舞うは銀色の髪と桃色の洋装。整った顔と鋭い雰囲気、おそらくこれでのし上がってきたのだろう。長所と短所がはっきりしている。
「荒くれどもには期待しているのです。それは本当。なぜならこれで守り抜けば……私たちの手柄になりますでしょうから」
「そうはならんと思うのう……俺らの手綱は大きくきついで?」
「あら、ゴウスさんにおかれましては……以前色々……。覚えてますわ、メモメモしているので私は」
「ぐっ……」
服の内側から綺麗な紙の冊子を取り出した。それをペラペラとめくると、ゴウスはタジタジになった。
これだけでわかる、因縁というもの。
「そんでもってメモ魔かよ……なんか全て記録してそうで嫌だな」
「……ま、まあ悪い奴ではないがじゃ……」
「それ以前に遅れになりますわ。みなさまもお座りなさいな」
「仕切り屋!」
「仕切ってナンボの世界ですから……。同じ女であるとは言え容赦しませんわ、おほほ」
玲が思いっきり突っ込んでしまった。大声が響く。それを流して、エトワールが言った。
「……あ」
「馬鹿、玲の馬鹿、山猿」
「悪かったよ」
玲の耳に青葉の呆れ声が響く。普段は全力で否定する猿という言葉も、今は受け入れるしかない。いきなり出鼻を挫かれると言ったところであるが、すんなり座ることにした。
「これでもまだ商業ギルドの方々や、他の冒険者、騎士様だから許されることなんですよ」
受付嬢……エルメスは言う。
「……いきなりね。ずっと喋ってなかったけど」
「だって王都とか騎士様とか全力で緊張しますから……!」
エルメスの声音は震えていた。レッドヴィルは田舎で、冒険者も荒くれ者揃いだ。だからこそ、フレンドリーな雰囲気で、話しやすいかもしれない。
特に冒険者ギルドの受付嬢で、バーの経営者で……。そんな立場のエルメスは、王都の任務を受けることもある。交渉係として、活動することもある。だからこそ、怖さを知っている。緊張しないといけないことも、知っている。
「おいおいおい! 一体これはどう言う風の吹き回しだ!?」
そんな会話をしている中、一人の男が立ち上がった。前方からツカツカと歩き出してくる。男はとある存在を指差して言った。
「なんでこんなところに、怪物たる存在がいるんだ!?」
指差した先には、オークの姿。前方からざわつく声が聞こえてくる。
「(やっぱりこうなったか!)」
琥太郎はそう心の中で思い、舌打ちをした。見れば彼はかなり豪華な服装をしている。貴族だろうか?
「俺ァ怪物なんか飼った覚えはありませんで」
ゴウスは冷静に、落ち着いた口調で言った。
「こいつは俺たちの仲間でして。貴族様におかれましては、どうか内密にしていただければ幸いでありまして」
「あたし達がしっかりこの目で見たのさ! ちゃんとして、ちゃんと生きてる!」
騒ぎ立てる相手にゴウスと玲が言い放つ。
シエテと琥太郎も、貴族の男の方を向く。しかし男の言葉は止まらない。
「オークがいるだけで気分が悪い! 暴れ散らかす存在だ! そうだろう?!」
「お言葉ですが」
琥太郎も黙っていられなかった。口を挟むように言い放つ。
「人間にも良い人と悪い人、色々な人がいます。良いオークだからこそ、彼はここにいます。居ていいでしょう? 彼は良いオークだから」
「良いオークって……そんな奴がいるか!? 怪物は怪物で、邪悪な存在! 五歳児でも知ってる事実だ!」
「それはあなたの世間の視線が非常に狭いからではないかと思うのです。それに……みんな……オークたちが黙っている中で一人喚き散らすあなたの方がこの場所においては暴れ散らかす存在で、邪悪だと思うのですが」
「言わせておけば!!」
「こたろー!?」
琥太郎相手へ、男は手を伸ばした。青葉が手を伸ばす。そのままつかみかかって……投げ飛ばすつもりだった。
しかし、その手は……空を切る。次の瞬間、男の体が宙を舞った。そのまま前のめりになって、地面に倒れる。
がたん!
大きな音が鳴った。うつ伏せに男が倒れ伏したのだ。痛みを堪えて、膝を押さえている。
「あら、偶然。足を伸ばした方向へあの方がやってきてしまいました」
声の主は淡々と、優雅に答えた。
「そしてその結果……自らの意思で倒れられたようなのですわ。前方しか見えていなかったので……躓いたのでしょう」
声の主……エトワールは、そう言って相手に対して、にっこりと笑う。それと同時に、大笑いの声が響き渡った。
「恥の上塗りをする前に戻ることをお勧めしますわ。多分、また転ぶでしょう」
「……失礼する! オークは嫌いだ!」
転んで笑われて、これ以上の恥辱、受けてたまるか。そう感じた貴族の男はそのまま立ち去る。最後に琥太郎たちへ睨むことを忘れなかった。
「おまえさん……」
「偶然伸ばした方向に足が当たっただけですわ。元気が有り余っているようでしたので、間違いなく転ぶと思いながら、ですが」
冒険者の言葉に意を解せず。彼女はいつもの調子に戻って、目線を落とす。
一色触発の雰囲気を、笑いに変えた。それがエトワール……彼女の実力なのかもしれなかった。
「騎士達が来るぞ!!」
そんな中で……一番前の貴族が言う。それと同時に、緊張感が張り詰めるのが見えた。
「今回は王様は来ないようじゃのう」
「お父様方は……忙しいので」
シュルツェンと冒険者の男が言葉を交わす。それと同時に、規則正しく、規律を持って、歩き出す男たちの姿が見えた。
彼らが一番前。大広間の先端に作り上げられた長机の前に立つ。
真ん中の男が、口を開いた。
「冒険者の精鋭諸君、貴族諸君……このために集まってくれたこと礼を言わせてもらいたい。緊急事態に備えるための、会議を始めるとしよう」
オークだって頑張ってんだよもー。
次回彼らが出るかもしれない。出ないかもしれないけど……。




