青年たちは『それ』を聞く
ちびちび書き続けていきます。
「それでですね、シエテさん。あなたの魔法、及び魔術は大体確認することができました。ちょっとした指導についてもできようかと」
『手合わせ』を終えた後、ケロッとした表情を見せつつ輝美はシエテに言った。
「まじでぇ? ほんとに、一瞬魔術を見せあっただけなのにぃ……?」
「はい!」
ヘロヘロになった状態で少女はいう。魔力切れ。激しい疲労と虚脱感は、その症状を表す。立ち上がるどころか、手を伸ばすことさえできない。こう草むらにへたりこんで、声を出すしかできなかった。
「私は今も昔も教師ですから。教える子供の特徴を見つけて、それに照らし合わせて子供達をがんばらせる。そして一緒にがんばる。学校の先生というのはそういうものなのです~~。相丘くん、高坂さん、宮川さん。私は教え子に対してずうっとそうしてきたんですから。当然あなたに対してもそうです。ぶいっ」
左指を二本。人差し指と中指を突き出して、輝美は微笑んだ。信頼関係と、生徒への認識、理解度。教師という仕事はそれが大事なのだと言わんばかりの言葉だ。今までの経験から、彼女ははっきりとそれを知っている。
「ですので魔法学園でもそう言った感じで過ごさせていただいています。自慢ではないですけど、学園の子供達や同じ先生からも、高い評価をいただいています〜〜」
「なるほど……。いつまでも変わらないな永田先生は」
「あ、相丘くんも!」
「……こたろー!」
そんな中で青年の声が聞こえた。すぐに幼馴染の少女が振り向く。
「こっちもちょうど終わったさ。覚えることはなかなか多いが、楽しいとは思ってるよ」
「ようやくきたか琥太郎。コイツ、こたろーこたろー大変だったんだぞ?」
「……それはそう。本気」
玲が揶揄う中むくれた様子で青葉は言う。
「わかりますよぉ〜〜、私。それすなわち青春なのです〜〜。高坂さんも相丘くんも好きな私ですから。あ、当然生徒みんな好きなので……」
「その姿勢が変わってないのは、本気で尊敬に値するよ。あたしもそうなりたいもんだ」
「宮川さんならなれます! みんなに優しい宮川さんならば!」
「そうか……? そう言ってくれると嬉しいよ」
先生からの太鼓判だ。頬をかきながら、玲は嬉しそうにつぶやいた。
「もはやオークという種族の頭領だしな」
「うん。それは私にはできないもの」
「琥太郎に青葉まで……」
玲の心の中がジーンと熱くなる感じがした。親友とクラスメイトと。彼女たちにそう言ってくれると、やっぱり嬉しいわけなのである。
「だからこれからもオークキングとして頑張ってほし……」
「おいコラ!!」
だから、だからこそ。続けて青葉が言い放った言葉には突っ込まざるを得ないのであった。
さて。と輝美は前置きしつつ、シエテの方を向いた。相変わらずの柔和な笑顔。彼女に手を差し伸べて、こう続ける。
「貴女の魔法に対する基本的素養……例えば魔力の質そのものですとか、それを魔法として発露させる実力……。そういったものは、本当に一流だと思います」
「そりゃあそうよ……私は女神ですもの……。あ、ありがと」
差し伸べられた手をシエテが軽く握ると、その体が引っ張り上げられる。魔力切れの体。自力で立つよりはこちらの方が気が楽である。
「ですがその分、もったいないなあと。問題は、質ではないと思ったのです。質でもないならやっぱり……量が問題かと」
「魔力の量は……まあ随分と問題になってたな」
琥太郎が首肯した。
そう。シエテの、彼女の唯一にして最大の弱点の一つは魔力量の少なさ。それは、かつてシエテの能力を鑑定したエルメスも指摘していた。彼女の魔力はトップクラスであるが、その魔力量は少なすぎて。その数値はかなり歪なものになっているとも。
実際問題として、琥太郎も何度も目撃しているのだ。今のように魔力切れで困窮しているシエテの姿を。
「シエテさんの雷の魔法、杖から放たれる電撃。その一撃は絶大。それは誰もが認めるところです。それは相丘くんもそうでしょう。ですがそれと同時に……もったいなさも出てしまっているのです」
「……うぅん……まあ、それはわかるわよ」
不満げな口調でも、納得しているような感じだった。この魔力量の少なさによる弊害は、自分が一番わかっている。魔力が切れるとこうなるのは、普通に辛い。
「量の少なさをカバーするには、節約が一番です」
「節約……?」
「はい。お金がない状態だと色々買えないから今あるものをちびちび使う。それと同じだと思うのですよ」
「う……クソ貧乏だった頃の思い出が蘇るわ……」
「なんの思い出がある」
琥太郎が言葉に突っ込む。色々あった。お金がないから資材も買えないし、遠くも行けない。そんな中で金持ちを見ているだけだった思い出。
「量を節約するために、小さな魔力で特大の効果を。逆に考えれば、大型魔法をあまり使わなくても、小さな魔法で対処すればいいのです〜〜。大丈夫です、シエテさんならできます! 何度も言っているように、魔力の質はかなり高いですから!」
「小さな魔法って……初級中級の!? いやでもそれじゃあ……!」
「それじゃあ、なに?」
「まさか派手派手じゃないからいやとでもいうつもりかぁ?」
「バレてる! まあそうなんだけど。動画的に映えないし! それGotuberとして致命的な弱点な気がするのよ!」
「いや、わかるさうん。あたしも派手の方が好きだしさ。配信者にとっても、派手なのがいいのは……わかるよ」
「……魔力切れで倒れられる方が面倒だし嫌」
「アオバは辛辣ね! 玲を見習いなさいよ!」
「辛辣じゃない。事実であり真実」
確かに、と琥太郎は思った。青葉はリアル思考だ。そしてその考えは、自分だけじゃない、他の相手であっても変わらない。それは昔からだ。良くも悪くも、辛辣な事柄をずけずけと、しっかりものを言うのが青葉である。
「実際の話、動画を撮るにあたっても。視聴者は倒れてる姿なんか見たくないのが本音。そうだと思うのだけど」
「ぐ、確かにそうね……。視聴者としたら、見たいのは体たらくよりGotuberの活躍よ」
少なくともシエテは嫌だ。見るにあたっても、何もないのは嫌だ。カタルシスとか、爽快感とか。いろいろなものがあった方がいい。
それに、アワードにも近づく。
「大丈夫ったら大丈夫ですっ」
そんな中で言葉を告げたのは輝美だ。ぎゅっとその手を取って、彼女は言う。
「私、シエテさんのこともまた、先生として信じてますので! 私の考えは基本、外れたりしませんから〜〜」
「ああ、やっぱりそうするのね!」
「(女神である私が押されてる……?! いやほんと強烈すぎないこの先生……! 私初めての遭遇……!)」
キラキラ光る、その目で見つめられれば。Noだなんて言えるわけがないので。焦って表情で輝美へそう返しながらもそのまま押し通されて、終わりそうな。自分でさえも捌き切れないような奴と出会ったかのような、そんな今日この頃であった。
「ただいまー! と言っても人あんまいないわ。私たちの宿だもん。つっかれたー……」
レッドヴィルに一つだけある宿屋。そこに戻ってきたシエテは一つ、そうぼやきながら歩き出す。やはり簡易的に、床と布団と、小さな机。あるものと言ったらそんぐらいな場所である。まあ休んだりインドア的な活動をするのにちょうどいい場所だ。だから拠点としている。
「アンタら毎日顔合わせてたのね、彼女と」
「まあな。でも慣れるし良い先生だよ、永田先生は」
「私も慣れるかしら。はいはい今日の更新更新……」
玲がそう答える中、シエテは通信器具を開く。女神として、Gotuberとして。そこは譲れない一線。
「あ、パソコンあるんですね〜〜。それに動画、ですか?」
「ああ、知らなかったわね。私のメインやいろんなこと」
パソコンに向かいながら作業しているうちに、背後からその教師がやってきた。背中で語りながらそう答える。
「私はそもそも、女神でGotuber……動画を作って公開する、そんな女神。で、これは玲の、オークのところにあったものよ。もっと最新型の物もあるけど、これもちゃんと使える……と言うかよっぽど高性能ね」
「あぁ、私やみんながいた世界でもありました。私もよく見てましたね、見てたのは教養系ですけど」
「そう言うものよ。教養系もかなり強いわね……私は見てないし、作るつもりはないけど……」
手にしたのはスマートフォン。それを機器に繋いで。動画を取り出す。チョチョイと動かせば、新しい動画の出来上がりだ。
「よしっ。更新!」
「おぉー!」
ばちん、とエンターキーを押す。動画がぱっと画面に現れた。投稿された証拠。
「いやぁ、ここ数週間、一気に動画再生数や高評価が増えたのよ。今がチャンスってやつね。ここから追い込み追い込み〜〜」
「応援しますねっ、先生として〜〜っ。ぶいっ」
「期待しててちょうだいな! こりゃあ私の名前も早く売れそうだ……ってなにかしらこれ? 赤文字? 運営からの報告?」
自信満々に答えるシエテだが、画面に映った、一つのサムネイルに目線を移す。赤い文字で書かれた報告。いかにもクリックしてみてもらいたいと言わんばかり。
「クリックして見てみましょうか〜〜」
「そうね、そうするわ」
そう言ってクリックする。
そして数秒後。流れた言葉。
その言葉にシエテは硬直する。
『全Gotuberの皆様。そしてGotubeをご覧の皆様。こちらは緊急で放送しております。私は、緊急事態を伝えなければなりません。先ほど神界より、歪みたる魔王が一柱。復活するのではないかという反応が察知されました』
「………」
「………」
「………へっ?」




