選ばれた青年(被害者)は、女神を名乗る奴と出会う
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その日、青年は夢を見ていたようだった。
夢の中では自分の体が宙を舞い、まるでスローモーションで再生されてしまっているかのように、非常にゆっくりとした速度になって、体が地面に叩きつけられそうになっていた。
しかし、遅れてやってくるその痛みによって、自分の状態がまさに夢じゃないことを感じ取る。全身で、その痛みを享受する。体が引きちぎられてしまいそうになるほどの、強烈すぎる痛み。それが全身に響いて、痛みだけで死にそうになる。ともすれば、狂い死にしてしまいそうなほどの状態。それでも、青年は冷静だった。ここまで激しい痛みを受け取ってしまえば、身体なんてもはや意味をなさないだろ
う……。そう思えて仕方がなかったのだから。
(ここまで痛いと、心は冷静になるもんなんだな……)
そう心の中で思いながら、首だけで目線を横に映す。
そこには、顔を真っ青にしながら駆け寄る少女たちの姿……。遠くからは、悲鳴も聞こえる。聞こえるが……本当に遠くからしか聞こえない。世界から隔絶させられていくのだろう。叫び声だって、聞こえてしかるべきかもしれない。けれど聞こえない。体が上空から地面へと近づいていくにつれて、自分の見る景色も、ぼやけていく。もやがかかるように、何も感じなくなっていく。音も、視界も。あまつさえ全身を支配していたその痛みも……。全て消えていく。感じなくなっていく。それは間違いなく、死に向かっている感覚だ。
(……悔いは、残ってない。残す義理も……あるか)
心の中でそう思い、呟く。そして、その言葉と共に完全なる静寂と暗闇に誘われる中……
カタカタカタ……という謎の音が耳の中に響いて、ぱちりと目が覚めた。
「えーと……こうで、こうして……こうやってあーやって……。あーもう、いつもやってるけど、なかなか難しいわね……起きちゃうじゃないのよ、相手が……」
目は覚ましたはいいが、周りは暗闇。カタカタという音と共に、小さく声が聞こえる。今感じられる感覚は、それぐらい。耳ですべてを知る。今できることはそれだけ。
「あ、こうで……。こうすれば……。よっと! せーのっ!!」
そしてターンっと音が響く。
「っ……!!」
それと同時に、パパパパっと辺り一面に光が点った。青年はまぶしさを感じて目を伏せる。明るすぎる黄色い光が、暗闇にいた目には鋭く感じられる。
「あ、ようやくついた……。私って天才ねー! って危ない危ない、うぬぼれてる場合じゃないわ! 世の中最初が肝心、肝心なのよー!」
明るい光が目に刺さり続ける中で、青年は声を聞いた。甲高い声だ。少女特有の、そんな声が耳に届
く。嬉しさを押さえられないような、そんな感情が見て取れるような声音。
「ようこそようこそ! さあさあおいでなすったわね、名誉なる挑戦者の青年よ!」
その声に引っ張られるように、青年は顔を上げた。光に目が慣れ始める。そうすればもう、楽なものだ。すぐにその両の瞳はその姿を捉えることになった。
綺麗な少女だった。金色の長い髪の毛を絹の糸のように垂らして、きらびやかな白い服を着こなす。美しさの化身のような少女。そして、その少女を見つめて……初めて気づいた。この場所には、自分と彼女しかいない。まぶしい光がまぶしくなくなれば、その視界は周りを捉えることができるようになる。
青年がいるのは、小さなホールのような場所だった。自分と目の前の少女一人だけだ。その少女の背後に、なぜか大量のカメラがあるのが気になるのだが。
「相丘琥太郎。20XX年生まれ。年齢は18歳。血液型はAB型。職業は高校生……。姉と母親がいる。合っているわよね? あなたの大まかな特徴だけど」
唐突にそう告げられて、青年……相丘琥太郎は少し目を見開いた。驚いた。すっごく驚いた。会ったば
かりの少女が、自分の名前をしっかりとした声で、はっきりと告げたからだ。初対面。当然ながら、教えた記憶はない。
「あれ、なんで分かってるか気になってる顔してる? 気になる? 気にならないわけないわよねえ? えぇ、その驚いた表情。気にしてないわけがないわ?」
見透かしてやったり。そんな表情を浮かべつつ、にやにやとした表情を浮かべる少女。いかにも自信満々で、何かを聞いてほしそうなのがはっきりとしていた。
「一応、ここにつれて来たって責任ってことで、その質問に答えてあげるわ。私がアンタのことを知ってる理由はただ一つ!」
彼女はびしいっと白い人差し指の先端を突き付けてそうはっきり叫ぶ。何も聞いていない。聞くつもりもないだろう。この少女、完全に自分の世界に入ってしまっている。
「私、シエテは……。アンタの世界のはるか上にいる神様って奴だからよ、私が!!」
満面の笑みを浮かべて、彼女ははっきりと自分の名前を上げた。指を突き付けたポーズのまま、胸を張って堂々と。しっかりと説明する。
その堂々とし過ぎている表情や姿は、琥太郎の目からでも
「崇めろー!私のことをすっごく崇めろー!」
と言わんばかりであって。
本当に独特な、自意識過剰というか、強烈な雰囲気を出しているようだった。
だから、だからなのだろう。琥太郎はその紹介を聞いてなお、
「……そうか。そうなのか。それで……もう帰っても?」
「ちょっと待ちなさいよ!?」
そんな気だるげな反応を出すしかできないのであった。
「……ちょっと待てと言われてもな」
ペタンと座った状態でずっとシエテを見上げていた琥太郎であったが、緊張がほぐれたのか、気だるげな表情を隠さないままで立ち上がる。
ぱん、ぱんっ。
座っていたことで付いた埃やいろいろな物を手で振り払い、体をシエテの方へと向けた。上は白のワイシャツ、下は黒のズボン。その背にはグレーのリュックサック。夢の前からそのままやってきたかのような格好だ。
「そもそもここにいる義理自体が、俺にはないんだけど」
リュックサックを背負いながら、青年はそう呟くように告げた。無表情。あえての無表情のように見えた。
「え? あのその……。女神よ、女神! 神様って奴! ゴッド! ゴッデス! こう見えても所謂立派! 崇めても、崇めてもいいんだから!!」
「女神に会ったからといって、何か変わるわけじゃない。自慢できそうにないからな。そもそも無宗教だし、家」
「おーまいがー!! 神を崇めない! そんなものがあるものかってのよてやんでい! 嘘でしょ!? 絶対神とか、世界作ったやべー奴とか……。そいつらも崇めないの?」
「所詮神話の出来事だと認識してるよ。神話は小説でよく読んでるし、好きなものは好きだけど……。神話に興味があるだけで、信仰自体に興味はない。無宗教の大抵の人間はそうじゃないか?」
「くっ……。なんか世知辛い世の中ね。崇めろーってばばーん!って言ったら、ははーって投げ出してひざまずくと思ってたわ、正直」
「というか、仮に宗教に熱心だったとしてもな」
そう言うと琥太郎は、言葉を切る。無表情は崩さず。頭を軽くかきながら、一息入れた。
「こんなダメそうな女神は、さすがに崇められないなって思った」
「うわーーーん!!! そこまではっきり言うなあぁぁぁ!!」
そして言葉が容赦なく振り下ろされる。その言葉に耐え切れず、シエテは絶叫した。どこまでもダメダメな、まったくもって威厳のない姿を曝け出す。泣きわめくその姿は、なんというか、思い通りにいかないで泣き叫ぶ駄々っ子だ。そうとしか思えないだろう。
「そんなはっきり言われるとめっちゃんこ傷つくんですけどー! こんな威厳も何もない奴の姿なんて誰が見たがるのよー!」
「安心しろ。俺もみたくない」
「フォローじゃねえ! とどめさしてるだけでしょうがこれ! あーもう、こんなバカげた姿見せるって……。こんなもんただの放送事故ってレベルじゃないんだけど……?」
「放送事故……放送事故?」
琥太郎が呟いた。放送事故という言葉。その言葉で導き出されるのは……。
「そう、放送事故よ……。だってこのやり取りは、すでに放送されてるんだもん」
その答えをシエテがはっきりと言ってくれた。カタカタと音が聞こえたのは、このことだったのか。琥太郎は腑に落ちた。
「……配信かよ。女神が。そういえば挑戦者って言ってたな」
「あ、よくぞ聞いてくれたって奴ね!」
その言葉に反応し、シエテはずいっとその顔を近づける。整った顔が涙でぐしゃぐしゃになってて、目も真っ赤。泣きはらしたのがバレバレなその姿でも、琥太郎の表情はあまり変わらない。黙ったまま、相手の言葉を聞く体制にする。
「前も言った話よ。挑戦者っていうのはね……。私ことシエテの配信の事。私はそもそも女神として『あるしえてチャンネル』ってのをやってて……。普通のチャンネルよ? ちょっと普通過ぎて、全然再生数伸びてないけどさ……。良いもん、これから伸ばすから」
聞いてもいないことを混ぜながら、シエテは喋りだした。それをじっと聞く。
「チャンネルってのがマンネリしてきたから、新しい企画をやろうって話になったわけよ。それが……異世界生活って奴。その挑戦者を選ぼうってなった時に、選ばれたのがアンタってわけ」
「……なるほど。何もないところへ移動してきたというのは、そういうことか」
そう頷いていた琥太郎だが、次の言葉に表情が変わる。
「そういうこと。でさ……一つ報告を忘れてたんだけど」
そう言って、シエテは言葉を切る。そして、真剣な表情でこう告げる。
「相丘琥太郎。貴方は死亡しました。それだけ報告します」
死亡しました。
その言葉を聞いた時、琥太郎は改めて思い出す。先ほどまで感じていた痛みは、本物であったという事実を。あの痛みと、叫び声と怒号と……いろいろな物を。
「その言葉だけで思い出しそうね。貴方の最期は……まぁ辛いけど、すごいものだったと思うわ! だから私は貴女を選んだと思うくらい!」
そうシエテが告げる。そしてすぐに……琥太郎は思い出す。
自分にとっての、最後の日の瞬間を。
これからもよろしくお願いします。