青年とダークエルフ、毒とナイフで交わる②
お待たせしました。
「さて。ここは森の中でも、少し開けた場所なのだが」
森を歩き続けて、数分。ダークエルフのパイが、立ち止まって言った。彼女が言う通り、木々が生い茂る中でも、少しだけぽっかりと穴が開いたように、開けた場所だった。
「何かを練習するときに、ここは非常に役立つんだ。短めの草木が大量にあって、それによって獣が音を出す。ためしに手足を動かしてみろ」
琥太郎は頷いて、手や足を軽く振るってみた。ガサガサ、と大きな音が聞こえる。目線を下へ落とせば、確かにそこには、やや緑の濃い、植物があった。
「なるほど、確かに大きな音が出る」
「それでいて、こいつらは背丈が短い。故に私達の動きを邪魔しないからな。それに……。そんなに暗くないのさ」
パイが上空を見上げた。琥太郎も一緒に顔を上げると、まさに開けた場所という言葉通りの風景が広がっていた。
「見ればわかる通り、太陽がさえぎられていない。背丈の長い樹がないからだな」
パイは太陽を指差してうんうんと頷いた。そして、続ける。
「私ならともかく……お前は経験がそこまでないと聞く。森の中で生き続けた私と、比較するのが難しいとは思うがな」
「そりゃあそうだ。俺を含めみんな、草原や洞窟でならちょくちょく戦った経験はあるけど、森はちょっと前に任務を受けたのが初めてだったからな」
レッドヴィレの街の立地が原因なのではないかと、琥太郎は思った。街の外へ出れば、目の前には草原がある。あの草原は広くて、魔物や動物がちょくちょく出る。それらと戦って倒していくだけで、戦闘の経験や実力などは、簡単についてしまう。
だけれど。一つの場所で戦いを続けていたら、その一つには慣れるけれど、他の場所で行動するときにはかえって不都合になりかねないと思う。冒険者として生きていくのなら、なおさら。
「そんな奴に薄暗い中で練習など、させられるものじゃない。お前を怪我させてみろ。周りの人間が飛んでくるぞ」
「……青葉とかな」
そんなことになったら即刻斬りかかってきそうな幼馴染がいる。彼女の姿を思い浮かべ、琥太郎は肩をすくめた。
「彼女に大剣を持って振るわれたら危ないな。何せ、獣を一撃で叩き斬った女だ。そんな剣筋、私でも避けられるかどうかわからないぞ」
そう言ってパイは小さく笑う。その直後だった。
ガサッ! ひときわ大きな音が響く。すると、パイはその音に反応し、動き出した。
「来るぞ、そして見ていろ!」
「了解!」
パイが叫ぶと同時に、左手で持ったナイフを、音のした草むらの方向へと向ける。琥太郎は、その姿を逃さないと誓った。逃さないと、答えた。
「せりゃあっ!!」
ひゅっと風を切る音と共に、左手からナイフが放たれた。このナイフは、鋭く、とても細いもの。それが、草むらへと一直線に入り込み。
───ピギャアアァ!!
「!! これは!」
瞬間、悲痛な声がわなないた。甲高く、辛そうな声だ。琥太郎は思わず叫ぶ。
「捉えた! ……待っていろ、そしてすまない」
ナイフを投げたパイが言う。だがすぐに小さく呟く。恐らくそれは、彼女の矜持にあったのかもしれないと、琥太郎は思った。この行動は、パイにとっては狩猟の延長線だ。だけれどそれは。結局のところ……命を奪うことに他ならない。
だからこそ。彼女は謝罪したのだと、思った。
奪われた相手に、奪った相手が。
その命や生き方に対して、敬意を示すために。
「ほら、見つけた。私ぐらいになると……一投で仕留められる」
音のした草むらへと、急いで歩いていくパイ。数秒後、彼女はナイフを抜き取って、琥太郎に「それ」を見せつけた。
血液も一滴も出ずに、眠っているかのように動かない。しかし、一目で命を絶たれているとわかる、そんな状態になっているウサギのような獣。
その姿、琥太郎も見覚えがあった。本で見た、確かあれは……。
「ブロウラビットだな。皮も肉も、なんなら骨も。使いどころに困らない動物だ」
パイが説明する。その目線は、命に対する慈しみで満ちていた。
「無駄にするつもりはないさ。たとえお前との特訓であるとはいえ、奪った命に優劣はつけられない。森に生きるものの価値観であって、それははた目から見れば。おかしいものだと思うがな……」
「……俺は立派だと思うよ」
「そうか。肯定の言葉が欲しいわけではないのだけれどな……」
そう言いつつも、パイは小さく微笑んだ。琥太郎の言葉も、間違いなく本心で出た言葉。
命を無駄にしない、血も一滴も残さない。そして何より、大きな苦しみを与えることなく。最低限の苦しみだけで、「狩る」。
それはまさに、ダークエルフたる彼女の獲った狩りの成果だった。
「さて、次はお前だコタロー!」
琥太郎に居直って、パイはそう言う。真剣な表情で、琥太郎は頷いた。
「といってもお前には投げナイフはまだ難しいだろう。経験もないだろうしな」
「投げは……ないな」
「だろう? 適材適所だ。それは訓練においても変わらない」
適材適所。同じようなもの、似たようなものを選択肢として選ぶ。それがあっている方が、都合がいい。
「私はダークエルフ。コタローよりは身軽で、動きも早いから投げる方がいいのだが……」
そういうとパイは琥太郎の方を見て、大きく頷いた。
「うん。やはりお前は、斬る方がいいかもしれない」
「……そうだな、持ってるナイフもダガーだ」
「それにその方がロストしなくていいからな」
そう言ってパイは苦笑する。経験があるのだろうか?
「まあ幸いにして、私は動きも素早い。動き方については教えることもできる」
ロストのことについては関係ないといった様子で、パイは動き方について、話し始める。
「そもそもにしてナイフ持ちは……常に動き続けなければいけない。剣士や他の連中より、とても短い距離を保たねば攻撃さえ届かないからな。そしてそれは……危険に繋がる。危険とは怪我や死の危険だ。それから逃げるためにも、常に、移動する場所を考えなければならない」
移動する場所を考えなければならない。パイの言葉を聞きながら、それを頭で噛み砕く。いつでもインプット&アウトプットできるように。地図を憶えるようなものだ。頑張って言葉を、脳に叩き込む。
「例えば……。目の前から魔物が襲ってきたとして。その魔物が拳を振るった時。剣士だったら強引に剣を叩きつけ、防ぐことも可能だ。だが……ダガーのようなナイフでそれをやったらどうなる?」
「ええと、ダガーは刀身が短いから……。まず叩き付けることができずに、吹き飛ばされる?」
「そうだ。正直言って、ナイフとは防御に最も向かない武器だ。だから自己を守るためには、体を動かして回避するしかない。ちなみに私はこの場合……振るった拳から回り込むようにして回避する。魔物は基本、周りを見ることはあまりないのだ」
「確かに。ブッカーに躾けられた魔物たちは……」
「一直線に向かっていっただろう? それは奴等の本能が、周りを見ることをしないからだ。相手が見えないところへもぐりこんだり回り込んだりして……斬りかかる。そして離れる。ナイフ使いにはこういった技術が求められる」
「技術か……。刀身が短いなら短いなりに」
「そう。短いなら短いなりにだ。足搔いてみせること。決して無力ではないことを知らしめるのだ」
真剣な表情で、琥太郎の言葉に答えるパイ。それは間違いなく、一人の教官であり、教師としての言葉であった。
「当然、最初はなかなか体が動かない時もあるだろう。それに……。たった一撃。それだけで致命的な攻撃を叩き込み、その動きを封じるのはなかなか難しい。私や、あの剣士の女のように行かないことは当然ある」
琥太郎は、黙ってそれを聞いていた。パイの言葉には重みがある。ずっとそうしてきたという、人生という名の重みがある。
「それでも……確実に倒せ。手負いを作ることはなく、倒しきることが重要だ」
「手負いを作ることなく、確実にか」
「命はもてあそぶものじゃないからな。お前なら分かってくれるとは思うが」
「分かるよ。パイの言葉や行動を見れば、分かるさ」
「傷ついたまま生き続けることは、命としてもつらいことばかりさ。心も体も」
狩人のダークエルフは、そう言って押し黙った。自分の過去、現在。人生そのもの。それら全てを振り返って、琥太郎に伝えようとしている。それが、琥太郎にも伝わってくる。それを、守り続けなければ。
命は大事にする。それこそ……いろいろな人から教わってきたことそのもの。親にだって、教師にだって、友人にだって。それこそ世間一般にだって、聞かされて、教わってきたこと。そしてその考えは……一人の狩人の言葉をもって、確固たるものへと変わる。
異世界における生活の中で、冒険の中で。それは漠然としたものではなく、しっかりとした考えへ。伝えていかなきゃ、実行しなきゃいけないものへと、変わった。
「パイが、君が俺の教官で良かった。その考えを……守っていこうと、本気で言える」
「褒めても何も出ないぞ。だが……私も一つ言えるな」
琥太郎の言葉をやんわりと否定しながらも、彼女は小さく笑う。それは今回何度も見せてきた……とっても柔らかい、彼女の純粋な笑顔そのもので。
「お前が、毒やナイフを学びたいといって。私を訪ねたことは……きっと間違いじゃないんだろうな。弟子ではないが、教える相手がコタロー、お前で良かったさ」
「そう言ってくれるのは、素直にうれしいな」
二人はそう声をかけるが、すぐにパイは真剣な表情へと変わった。琥太郎もそれに表情を合わせる。
「さて、実際に体を動かしてみることにしよう。ちょうど、獣や魔物もやってくるさ! まずは、とにかく動いてナイフを振るうことから始めよう、その後に余裕があるのなら、毒も少しだけ教えなければ。くれぐれも、私の言ったことを忘れるなよ!」
「了解した、師匠!」
そうして、少女と青年は互いにナイフを構え、動いていく。
二人のナイフ使い、その動きの練習が始まり、時間が流れていくのだった。
その成果が出るかどうかは、近いうちに現れることになる。
今回のテーマはダークエルフのパイという少女の生き方についてでした。
狩人にとって、獣や魔物は、ただ奪うものじゃないのです。同じ命の一部なのだから、リスペクトする。命を奪うことは、生きていくには仕方ないことかもしれないけど、それでも敬意を払うのです。
現代人である琥太郎にも、その考えはきっと理解できるはず。
そしてパイは、習うより慣れろ、行動を真似しろでした。
もう一人については、どうでしょう?




