青年たちは全てを完遂する
「……おわったーーっ!!」
倒れ伏した獅子男を見てすぐ、シエテが全力で喜びを表現する。腕を大きく広げて、開放の意思を示した。
「やれやれだ。ただの任務がこうなるとは思ってなかったさ」
「それは……謝罪する。お前達には大変な迷惑をかけた」
琥太郎がそういうと、パイはバツの悪そうな表情をした。そして思い切り頭を下げる。
自分が問題を大きくした。その自覚はあるのだ。だからこそ、心からの謝罪。
「謝らなくていい。それよりも……。今度は弟とちゃんと暮らすんだ」
「泣かすんじゃねえぞ、また!」
「分かってるさ。……もうしない、もう。私だけが犠牲になるという考え方は、もう捨てるさ」
琥太郎と玲に返されて、表情が悔恨から誇らしげな表情へと変わった。後悔も迷いも全部捨てて、晴れ晴れとした表情だ。
「おう! そんな顔だったら大丈夫だろ!」
晴れ晴れとした表情を見せつけられて、玲はニカッと笑った。素晴らしく満面の笑み。
戦いが終わって、和やかな、晴れやかとした雰囲気。
だがそんな状況下で、ただ一人、浮かれないで真剣な表情をしている人物がいた。
「何よアオバ。複雑そうな顔しちゃって」
「そんな顔にもなる。あの男たちを倒した、あの風は何?」
「あ!!」
青葉に告げられて、シエテは大事なものを思い出したように、びっくりとした表情を浮かべる。
「……そう、そうじゃん……。私魔法一応使えるけど。そんな私からしても、あの風相当やっべえやつなんだけど……」
同じ魔法使いとして、あの勢いの風は簡単に出せるものじゃないと知っている。
途端に焦るシエテ。
「あぁ、それは私のことですねえ~~」
そんな中、間の抜けたような声と共に、歩いてくる一つの人影。
その人影が、すぐにパタパタと走ってくる。
その走り方に、琥太郎たちは見覚えがあった。
手を振りながら、ゆっくりと走るその動き。どっからどう見ても、運動できるようには見えないような……その動き。
その人影が、ようやく近くに止まった。もう彼女の正体は、確定だった。
「あなたは……!」
思い当たる名前が、脳内にあった。
代表して、その名を琥太郎が呼ぶ。
「永田先生!」
「はい! お久しぶりです、相丘君。高坂さんに宮川さん!」
そこには服は違うけれど。見慣れた白衣ではなく、魔術師然とした青いローブを着こなしている姿ではあったけれど。
琥太郎たちのかつての担任教師、永田輝美の姿があったのだった。
「そうか……琥太郎の記憶を除いて見えた、最期の時にいた一人ね」
琥太郎と輝美、そして青葉たち二人の反応を総合して、シエテが結論を出す。
「コタロー様の昔のお知り合いでしたか! それはそれは感動の再会ですねえ!」
「そうなんですよ~~。あれは相丘君がいなくなり、高坂さん達と悲しんでいた時……。突然雷がドーンとおちてきて! 私そのまま死んじゃうかと思ったんです」
コンロンが乗ってきた。輝美が乗っかるように告げる。
あの人は、教師とは思えないくらいに行動が手早く、しかも直接的。とにかくしゃべる。よくしゃべる。
「でも目を覚ましたら、私は森の中にいました。道なりに沿って歩いていたら、おっきな建物について。それがこの魔法学園だったんです」
身振り手振りをしつつ、そう話し続ける。
「それでですね!! 私ここですごいことになったんです!」
途端にその身振りが大きくなった。表情も輝きが増す。
「なんと私、雷に打たれたせいかわからないんですけど……。魔法が使えるようになっちゃったんです! そりゃあもうばーんと! どーんと! 学園の偉い先生方もあんぐりするくらいに!」
きらきらした表情で、まるで子供に戻ったように、ぶんぶん手を振りまわしながら、輝美は叫んだ。嬉しさが、心の底から感じられる。
「魔法使いに憧れてた身としては感無量ですよ、きゃーきゃー! まさか大人になって初めて、すっごい魔法が使えるようになるなんて!」
「……それは、そういうことですかね」
「ああ、間違いないねーな」
「……うん」
琥太郎たち生徒は、輝美の喜びようと対照的に、冷静な様子で答えを出した。
これは、神の加護によるものだ。琥太郎も、さすがに三人目となれば、簡単に答えが出せる。
「今では私は非常勤ですけど、魔法学園で先生を務めてます。ここでも先生なんですよ~~。だから色々教えられます。あ、さっきのインヴェシオートは天的魔術のうち、風の中級魔法。会得率は40%ぐらいの、ややむずかしめな魔法です。威力は控えめらしいですが……」
「あれで控えめですってぇ!?」
控えめの言葉に大きく反応したのは、シエテだ。輝美の言葉へ、噛みつく。
「控えめ、でしたが……どうしました~~?」
「彼女はシエテといって。魔法使いなんですよ、永田先生」
「そうだったんですねえ~~。同じ魔法使い仲良くしましょうね~~。私、教えられることなら一杯教えますから! 先生ですし! ……しえてさん? もしもし?」
輝美がシエテの目の前で手を振るが、当のシエテ本人は気づかない。
「(冗談じゃないわよ……神的魔術も天的魔術も。威力自体は己の中にある魔力に依存する。そう考えるとあいつとんでもない魔力量よ。それに……あんなの撃ってもケロッとしてるし。私と違って体力あるタイプ……。人の身でありながら、神を超えるってマジ……!?)」
ぶつぶつ呟きながら、シエテはめちゃくちゃに考える。
「シエテさん?」
「っぁう!!」
気づいたら目の前に顔があった。思いっきり後ろにのけぞる。
「気づきました気づきました。よかったです~~。仲良くしましょうって話だったのですが……」
「な、仲良くね……。仲良くしましょうか」
輝美が手を差し出す。シエテはその手を握った。
「あ、ところでなんですけど……。こちらの方のお知り合いはいます?」
ふと、手を握ったままの状態で、輝美がそう告げた。すぐに彼女は手を振るう。
すぐに、不平を告げる、男の声が上がった。
「えぇい、一体何なのです! 私が捕縛されるとは……!」
果たしてキツネのように細い目のした男が、引っ張られてこちらへやってくるのが見えたのだった。
「……誰だ?」
「……さあ」
その姿に、皆首を傾げた。
「っく……これは捕縛用の……バインドか! ぬ、抜け出せない……! クソ、私に魔術の心得があればここまで……!」
男がじたばたする。光の輪が腰と両手を挟んでいた。これじゃあ全く以て、動くことができやしないだろう。捕縛用とは言っていたが、これほどの威力である。
「……俺達の知り合いではないですね。青葉は?」
「……憶えがない。玲」
「いや、知らないぜ?」
三人否定する。この男の正体を、全く知らない。
「それは私たちなのですっ!」
ふと声が響いた。澄んだ鈴のような声。その声の主は
「……コンロン」
水色ドレスの少女だった。運転手の男も隣にいる。
「……俺たちの知り合いでさあ、知り合いってわけじゃないですけども」
運転手はコンロンに続けていった。瞬間、細い目をした男の顔に、大量の冷や汗が浮かぶ。
「……ぁ、く……貴方様、は……!!」
「何よ、コンロンと知り合い?」
「お前達は、お前達は知らないのか……!?」
シエテがこう返すと、恐怖を前面に押し出すような声で……言った。
「あの女は……。いや……あのお方は……シュルツェン第七王女……!」
「は!?」
「なんだと……?」
その言葉に、琥太郎たちは、驚きを隠しきれなかった。驚愕の表情で……。コンロン、いやシュルツェンを見る。
「……隠すつもりはなかったのですよ」
彼女は言った。落ち着いたような表情で。
ちょうどクーナに大丈夫であると言い放った時のような。そんな雰囲気。
「……私は、最近多発する強奪事件の調査のために……あえて馬車へ乗りました。任務自体が、怪しかったのです。場所は国立魔法学園……。森に囲まれた場所ですから。奪いやすく、逃げやすい場所を目的地に置くなんてありえないと思ったのです。で、クーナ様の言葉を聞いて。核心をもちました。この依頼は罠であり……盗賊団とつながっていた人間による、王国転覆の準備だったと!」
「王国転覆の準備だって!? じゃあそれはこいつが……!」
「えぇ。この方は中級貴族の方の一人。グラッツァー様。あの方が独自に、別の依頼を盗賊団に出して……彼らが乗った。それを、クーナ様は。パイ様から聞いたそうなのです」
「……金払いがいいって。ブッカーが喜んでいたよ。私は知らなくてな」
パイがシュルツェンの言葉に首肯する。
「だから私達は来ました。この方を捕まえるために!」
シュルツェンは気丈にそう言い放つ。狐顔の男は、顔面を蒼白させるが、それでも……動じない。
「……ふざけるなよ……。降って湧いた好機なのだ、逃がせない! 私は、この状況でも逃げ切ってやる!!」
そう叫ぶと彼は、十分に動けない状況でありながら……踵を返して逃げ去ろうとする。
それよりも、シュルツェンの声が早かった。
「お願いします!」
「了解でさあ!」
動いたのは、運転手の男。
「……馬車の運転手ってのも嘘でさあ。いや馬車は操れるんですけどね! 本当は近衛騎士!」
「く、くるなあっ!!」
「傷つけずに捕縛するのは……得意分野なんでさあ!!」
後ろから加速。前に回り……。剣を突きつける。
これでもう男は、動けない。
「……おしまいだ……くそう!」
彼は観念したように、うなだれた。
「……改めて名乗ります。私の名前はシュルツェン・ファン・ヘルガフロウスト・フラーレン。第七王女という立場にあります。あなた方を騙してしまうことになってしまい……大変申し訳ありません」
男が捕縛された後。改めて少女が名乗る。不釣り合いな水色のドレス、高貴な雰囲気。それら全てが、ピースとしてパズルに噛みあった瞬間であった。
「いやあ、騙されたと思ってはないし。謝ることじゃないわ」
「……事情があったわけか」
「はい。王女は皆、こうやって……国を守ることを義務付けられています。姉様も、妹もみな」
シュルツェンは告げる。それこそが、彼女達に課せられた仕事の一つなのだと。
「それでこんな危険なこと……。他の人には言わなかったわけ?」
「いえ、これは私が一番最初に気づいたこと……姉様も忙しいですし、私がやらなければと思ったのです。グロックだけは、一緒にやるといって聞きませんでしたが」
「俺はシュルツェン様の近衛騎士ですしねえ。気づかないわけにはいかなかったんでさあ」
運転手だった男……グロックはそう言って顔をかく。
「すごくいい働きでしたよ、グロック。……さて」
グロックへと微笑むと、シュルツェンは目線を向けた。その目線は……ダークエルフの少女。
「……パイ様。盗賊団に与した、貴方の件ですが……」
「……分かってる」
「しっかりと決めました……」
「……さっさと言ってくれ」
「では。不問に致したいと思います!」
「ああ分かった……って、え?」
パイが目を白黒させる。言い渡された言葉に、彼女の理解が追い付いていない。
「ですから、不問にしたいと思います。貴方は暴力や言葉で脅されただけですから。首謀者はブッカーであり、あなたは彼に買われた立場。行動に選択権がなかった……。故に不問なのです」
「不問……それで、通すつもりなのか」
「はい!」
呟くように言って、パイはシュルフェンを見上げる。
そんなシュルフェンもまた、変わらないといった様子だった。
「……受け入れます。第七王女陛下」
最終的に受け入れた。跪いて、パイはそう告げる。
「はい! よかったです! これで一件落着!」
「あ、もどった」
青葉の言う通り。シュルフェンの雰囲気が元に戻った。
その変容は、やっぱりこっちが素なのかもしれないと思わせるには十分で。
「あ、あのところでなんだけど……!」
「どうされました?」
「任務は、どうなったのかしら?」
「はい、それはもちろん……」
シエテがシュルフェンに問いかけた。彼女はにっこり笑って……言い放つ。
「完遂を確認しました! 大変お疲れ様、なのです!」
『色々なことがあった。本当に色々なことがあった。
成り行きで異世界に行くことになって。私は初めて気づいたことがある。
私達って、結局一人じゃないことに。
ずっと一人で動画を作ってきた。大物になろうって思って、頑張ろうと思って。一人で必死にもがいてきた。
それでもダメだったから、最終手段を使ったんだ。
そうして、琥太郎や青葉、玲たちと出会って。知ったんだ。
みんなの力ってのは……。きっと大きなことなんだなって。
私達はこの世界で、まだ生きていかなきゃいけないんだと思う。
異世界で、冒険者として。
だけれど、一人じゃないって知ったから。私はこれからも強くなるし、伸びると思う。
これが無駄じゃないって思えるまで。効果が目に見えるときになるまで、私頑張るから。
だから、私は歩き続けたいと思うのよ!
胸を張ってしっかりと……人気Gotuberといえる日に向かって!』
───本日更新。あるしえてチャンネル公式ブログより。
これにて第一部は終わりです。
詠んでくださった方ありがとうございました。
シエテたちと琥太郎の話はまだまだこれからです。
実はここからが本番かもしれなかったり。




