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決戦、青年たちvs盗賊団

「っぐあ……!!」


 うめき声が聞こえた。それにややあって、何かが倒れ込む音。どすっという低い音が、反射されたように辺りに落ちる。


 倒れていたのは少女だった。顔面より血を流し、それを手で押さえ込んでいる。


 彼女が倒れていたのは石畳だった。土よりもはるかに硬い物質の集まり。そこへと体が当たったのだから、ダメージも相当である。


「うぐ……っ。まだま、だ……っ」

「もう一発!」

「がぁっ!!」


 少女……パイがふらふらと立ち上がるなか、その叫び声とともにもう一撃が入る。拳が頬へと入った。口の中で不味い味がする。恐らく口内が出血して、その血の味だ。体がふらふらする。それでも、パイは目の前を見据える。


「悪く思うなよう。ブッカーさんによぉ、お前のこといくらでも殴っていいって言われたんだよな」

「俺たち、一発一発心を込めて殴ってやってんだよな、避けないで受けて感謝してるぜぇ」


 男の下卑た声が聞こえる。暴力を叩き込む、男たちの声だ。その体の一部分には、誰もみな、同じ形の刺青があった。


 盗賊団の仲間という証。彼らは同じ盗賊団として、その固すぎる結束を示している。その結束に従って、行動を起こし、略奪する。それが彼らの流儀であり、行動理念であった。


「違反者は罰する。それが俺たちに課せられた役目だからな。ブッカーさんが決めた厳格な鉄則なのは、パイちゃんも知ってるよなぁ?」


「……知ってる……。私は、ブッカーに課せられた役目を果たせなかった……だから今、こうして殴られている」


 重々しく、口を開く。開くたびに切れた口が痛い。遠慮なく殴り倒されたことで、蓄積されるダメージがある。


「そうだろう? やくそく破れば百叩き。分かればいいんだよ、分かれば!」


 その叫び声とともに、新たな男がパイへと拳を振るった。男たちは周りでそれを見て、大きな歓声を上げている。


 国立魔法学園正門。その中庭。現在は授業中で、外に出るものはあんまりいない。そんな場所で行われる、歯止めの利かない一方的な暴力。


 その姿を、遠くから眺める者たちがいた。


「……ほほ、頭領はいい趣味をご持ちで」

「俺達は荒くれものでしてね……熱がどうしても籠っちまう。それは動いて発散するしかねえんですよ」


 二人のうち一人は精悍な獅子の貌を持つ男、荒くれものの頭領、ブッカー。


 そしてその隣で手を顎に当てて見ているのは、細い目をした人間であった。どこからどう見ても柔和な笑みにしか見えないのに、そこにかすかな歪みがあるような。そんな表情をしている。中肉中背ながら、その背筋はピンとして。高級そうな紫の服を着こなしている。隣の荒くれものと比較しても精錬されていて、その場に相応しい人物とは到底言えない。


「しかしですねえ、この余興は私心底お嫌いでございますですよ」

「そうですかい、いやしかしですねえ……」

「私としては、何もなかったことにして構わないというのですが? ただ余興を見せに来たわけでは……ないのでしょう?」

「やめてくれそれは困っちまう!」


 ただでさえ細い目を細めて、男は威圧するように言った。ブッカーはそれに慄く。


「……私が口利きしようというのです」


 男は続けて口を開いた。よく口が回る。


「本来は道から外れて何も生み出さない……貴方方荒くれものの盗賊共を、いつか警邏として国の中央へと配置する口利きをね」

「それは分かってますわ。ですからそのために……」

「そのために、言ったのですよ。しばらくの間。旅人共から荷物を奪えと。その働きを続けなければ報酬は無しと」

「ですが、パイの野郎がやらかしまして」

「なんということ、貴方は一人の責任にするのですか!」


 指を突きつけて、男はブッカーへ叫んだ。獅子男の体が、大きく震えあがる。


「いくら私が肝要であるとはいえ。物事にも限度があります」


 その言葉は、最後通牒のように聞こえた。それくらいの威圧と重みがあった。


「私の機嫌を損ねれば、貴方方は未来永劫永遠に屑のまま……。それが嫌だ、だから上げてくれと。私に頭を下げた。それは重々承知ではないですか」

「……えぇ。はっきり分かってますわ」

「なれば真面目になさい。真面目に、与えられた命令を果たしなさい。もとより屑など、嘆願がなければすぐに見捨てていましょう。特に……身なりも行動も汚く、挙句こんな余興をよこす屑などはね!」

「……仕方ねえ。やめさせてきますわ」


 すっかり気圧されて、意気消沈といった感じで。ブッカーは部下たちのもとへと歩いていく。去り際、男の姿をちらと見て、呟く。


(なんて恐ろしい奴だ……。自分が上にいて当然と思っていやがる。これが国の政治を担うやつか)

(俺はずっと恐ろしい屑をやってきたつもりだが。俺よりも恐ろしいぜ、アンタは……)


 だが、気づかれないようにすぐに首を元の場所に残し、仲間のもとへ向かいだした。後には、男一人残される。


(……ふん。これで獣臭いあの汚らしい口も見ずに済む)


 男が、心で言い放った。隣にいたブッカーへの、最大の侮辱であった。


(見てくれも汚く、下卑たこの荒くれ共のことなど、私は知らぬ。私はただ……私腹を肥やせればそれでよし)


 男は心の中で続ける。目の前では獅子男が女と男の間を割って、行動を止める姿が映る。


(屑に対する義理など、私は端より持ち合わせておらぬ。私の目的のために、せいぜい使われてくれよ。屑共。屑共を使い続ければ……ものはいくらでも奪える)


(そうして奪ったものを使って……。そうだ、そうすれば私は……中央の一貴族ではなく、もっと上へ上れるのだから!)


 男の細い目には、欲望と野望の炎が点っていた。心の中で思いを考える。考えることは、もっと上へ。


(起こさねば! 私が上へ立つための闘争を! 全てはそのための投資なのだ……はははははは!!)


 心の中で高笑いしつつ、男は散らばった荒くれ共を見る。


 完璧な布陣、完璧な計画。


 だが、それを。


(みーちゃいました、聞いちゃいました。さあてどうしちゃいましょうか~~。そうだ、誰かが来たら行動起こしちゃいましょう!)


 一人の白衣を着た女に聞かれている。


 それは、まだ誰も気づかない小さなほころびでもあったりするのだった。




 新しい仲間を得て、馬車は勢いよく走る。


 意気軒昂、馬のテンションは高く。パカラ、パカラと音を立てて続けては、全速力で森を駆け抜けていく。それはおおよそ、人に出せる速度ではない。その勢いはまさに、馬の力によるものだ。


「道は知ってますからねえ! このまま道なりに進めばいいんですわ!」


 運転手の男は、鞭を入れながら、独り言のように叫んだ。ついついテンションが、上がってしまう。リズミカルに手に持つ鞭を振るう。


「……すごいハイテンションだ」


 馬車の中で椅子に座りながら、琥太郎はそう呟いた。森なのだから、風景にさほど違いはない。だからただ走り抜けるだけだ。


 だが琥太郎には、その走り抜けの時間の中で、考えることがある。


 隣に座る、少年のことだ。


 クーナ。パイの弟であり、キーパーソン。家の中では口数も多く、かなり過激なことも言う少年だった。だが今はどうだろうか。琥太郎の隣で押し黙って、小さくなっている。まるで緊張しているかのように、注目から隠れるかのように。


「……ほんとに」


 ぽつりとつぶやいた。少年の声は、不安の色を隠し切れない。


「本当に大丈夫かよ。ついてきちまったけど、俺は……まだ信じきれないからな」


 弱弱しい言葉だ。無理もない。ずっと駄目だったのに、今更だ。強気な口調だって、言ってしまえば子供の強がりだから。強がりだから簡単に言えるのであって、その皮が剥がれたら、真の姿があらわれる。


 年相応の子供なのだろう。この少年は。ただ特殊なだけの子供なのだ。


「きっと大丈夫です。いや……絶対大丈夫なのです」


 そう言い放ったのは、コンロンだった。ふざけで言ってるわけではなく。場を和ませるために言っているわけでもなく。真剣に。


「……何でそう言えるんだよ」


 当然の疑問だった。クーナは彼女へ目線を向けて問いかける。


「大丈夫だって言えます。何故なら私は……一度言ったらかたくなにそれ以外信じない性質なのです!」

「……なんだよそれ」


 胸を張ってそう言い放つコンロンに、クーナはあきれ顔で答える。


 しかしながら、その表情には嘲るような、しかし悪い気はしてないような。そういった笑いの表情が見えていた。


「……シエテと一緒だな」

「そう思ったわ。似てるのよね、私達」


 琥太郎とシエテはそう考えて互いに肯定する。雰囲気や動かし方が、かなり似ていると感じたから。


「合ってるのは雰囲気だけだけどな」

「……貴方は単純馬鹿の駄女神ってだけ」

「なっ、なにをー!?」

「まあまあ、あたしはそういうの好きだぜ」


 琥太郎と青葉が言葉をぐさり。反応するシエテに対し、玲がなだめるように告げる。


「誰だって前向きな奴と働きたいもんさ。そのままでいいよ、女神様は」

「……アンタだけよ……。ちゃんと私のこと理解してくれるのは。それにひきかえこいつら!」


 玲と友情を確認した後。きしゃーっと牙を剥いて、シエテは叫ぶ。


「玲と駄女神。いろいろ波長が合う」


 当の青葉はうんうんと頷きながら、まるで他人事のように言った。完全に言葉を流している。


「そろそろ森を抜けますわ! 森を抜けたらすぐ学園……! 準備、していてください!」


 と、運転手の男は言った。その言葉に、皆の表情が真剣になる。琥太郎も、青葉も。玲もシエテも。己の武器を確認し、完璧であることを感じる。


「ホントにやるのかよ!」

「やるのです!」


 クーナが絶叫した。それにコンロンが言葉を叩きつける。


 そういわれた少年は観念したように、やけになったように告げる。


「なら……ならちゃんとやれ! 俺は頼んでないけど……! 頼んでないけど、やれ!!」

「……! ぜひとも」


 そう言われて、琥太郎はそう返した。やってやるだけだ。任務のために、行うしかないのなら……。


 貫き通す。それが、相丘家の家訓であり、相丘家の信念だから。


 そして馬車は、森を抜ける。




 まだ授業中の国立魔法学園中庭。静かな風が、ゆっくりと吹き付ける。正面を森に囲まれたこの学園は、行くのも逃げるのも、そこまで簡単ではない。その立地から、どれだけ魔法を使っても。魔法で大惨事が起こっても。国全体に影響が及ばないようになっている。


 しかし国全体に影響が及ばないということは。それはつまり、何か事件が起こっても、拡散される要素がそこまでないということ。


 故に、事件が起きても、あまり気づかれない。


 襲撃されて、人が死んでしまったという、目撃者のない事件ならば、なおさら。


 そんな戦いに向いている、向きすぎている場所。


 そこに少女が立つ。パイだ。深く、深く深呼吸して、心を落ち着ける。紫色の服が、呼吸の度に大きく揺れる。


「はっきり言って、お前には期待しているんだぜ?」


 ブッカーが肩を抱いて告げた。


 ジワリ。体の中から汗が流れる。その液体は、重さをもってパイにまとわりついた。


「俺達はクズだ。とんでもないクズだ。いつだって奪い続けてきた、とんでもないクズだ」


 言葉を連ねる。深く刻まれた皴を隠そうとせずに、ひときわ低い声で言葉を述べる。


「だが大きくなる。誰にも止められない存在になる……。誰も俺たちに逆らえなくなる……そんな世界は最高だ!」


 そこまで言うと、ポンポンと肩を叩いて、パイに言った。


「毒もナイフも。身のこなしも。お前はとんでもねえ力を持ってる。それを信じて俺はお前を買った……。何をすればいいか、分かるよなァ?」

「……分かっている」


 そうとだけパイは告げた。


「分かってればいいが……もう一度言ってやる。任務を遂行しろ。殺してでも奪っちまえ。そうすれば俺たちは……一生奪って暮らせるんだからな」


 ハハハハハ!


 獅子男の高笑いが聞こえる。その言葉を耳で聞きながら、さらに深呼吸を続ける。


 落ち着け。落ち着け。


 落ち着かせないといけない。そうしなければ……できない。


 脳裏に浮かぶは、年の離れた弟の顔。


 守り通さなければと、誓ったものの顔。


「頭ぁ! 何か突っ込んできます!」

「アレは馬車だ……つまり!!」

「よし来た、行くぞ野郎ども!!」

「うおおおぉぉ!!」


 男たちの野太い叫び声が響く。


 それを聞きながらパイは……。決意を新たにするのだった。




「森を抜ければすぐって本当なのね!」


 シエテが言う通りだった。暗い暗い森を抜ければ、巨大な建物が見えた。道も土から、石畳へと変わる。


 国立魔法学園。目的地に着いたのだ。開けた視界に、青い空が映る。


 琥太郎をまぶしい光が襲った。森にいたからか、太陽の光が目に触れる。


「このまま……このまままっすぐ、たどり着ければいいんですけど!」

 運転手は馬に鞭を打ちつつ言った。学園の目の前へとたどり着くまでに、距離もそこまで遠くない。


 もう少し、本当にもう少しであるといった様子。


(あの獅子男のこと。何かないとは思えないが……)


 琥太郎はそれでも警戒を止めない。もう少しであればあるほど、何か起きることだ。自分にとって、あの日がそうだったじゃないか……と思いだす。


「っ……なにしやがる!!」


 そんな中で、運転手の叫び声が響いた。馬の鞭を引いて、馬車を停止させる。


 さらに舌打ちをしながら、イラついた様子を見せる。


「いったい何が起こったのです?」


 コンロンが問いかける。


「石だ! 石を投げてきやがりました……! 馬には当たっちゃいねえですけど……」


 そう言って男が落ち着こうとした矢先。


「……! 前、前!」

「いや、後も横もだ!」


 青葉と玲が気付き、声を上げる。


「……やられちまった! 気づくべきだった……石を投げられた時点で!」


 天を仰いだ。


 そう、いつの間にか……男達が馬車を囲んでしまっていたからだ。しっかりと逃げ場を無くしている。


「まずいっすわ……。このまま進んだら、こいつら轢くことになっちまう。進むことも退くこともできなくなっちまった!」


 運転手が慌てた様子でそう言う中。馬車を囲む男たちは武器を持ち、皆一様に目線を向けている。獣のような、恐ろしい目だ。


「あの私を傷つけた者はいるか!!」

「!!」


 叫び声が耳に入った。クーナが目を見開く。


「行ってくる。彼女は……俺を所望している」

「こたろー! ……死なないで」

「何度もありえないさ」


 琥太郎は馬車から降りようと足をかけた。青葉はそうとだけ告げた。他の皆も、真剣な目で見つめている。


 その視線と言葉にうなずくかのように、琥太郎はゆっくりと、しかし確実に。馬車を降りる。


 果たして。目の前には……紫服の女性が立っていた。


「……確かにあの時の青年だ。間違いない」

「……久しぶりだ。よしみで引いてくれるわけは……行かないか」

「行かない。それどころか……。今回はもっと全力だ」


 紫の服から、女性……パイはナイフを取り出した。きらり、刃が鋭く光る。


「使えるものは何でも使う。ナイフも、拳も足も……毒も何もかもだ」

 そういうと腰の分に括り付けた何かを見せた。瓶だ。色々な色の液体が入っている。


「まさかこれが全部、毒であると?」

「いかにも。私はダークエルフ、そう言った知識はある。知識を教え込まれて生きてきた……。そして、今回使うのはその毒の中でも……死毒!」


 そういうと、括り付けた中から透明な瓶を取り出して、突き付ける。


「この毒は触れたものを一瞬で殺せる……毒の中でも最も強い毒だ。私が本気だという証拠に……なっただろうか!」

「……なった」


 そう言いつつ、琥太郎は腰につけた鞘より……武器を取り出す。ダガーナイフだ。


「……そうか。そういってくれるのならば!!」


 そういうと、パイはナイフを横に振るった。逆手に持って、構える形になる。


「今度こそ、完全に奪わせてもらう!」


 そして、ダークエルフが……琥太郎へと飛び出していった。


「せあああっ!!」


 ナイフが、琥太郎の首狙って横へと振るわれる。琥太郎はそれを後ろに飛んでよけつつ、攻撃に転じる。


「誰かのお返しだ!」


 投石だった。先のとがった。片手で握れるくらいの石。それをパイの顔面へと投げて、牽制を行う。


 攻撃に集中していたパイはそれに気を取られるか……あるいは。といったものを狙った攻撃だ。


「甘いなっ!」


 だが、パイはその石を、弾く。ナイフで弾いてみせる。


 そして、琥太郎の着地のスキを狙って。ナイフを投げた。


 目標は、琥太郎の着地したばかりの足。


「っ……!!」


 それが、靴を貫通して左足へ刺さった。痛みに体が呻く。


「うおおおぉぉ!!やっちまえええ!!」


 男たちの声が響く。


「っ……こたろー!」

「行くな!」


 青葉が我を忘れて馬車から飛び出そうとした。それを玲が止める。


「琥太郎の考えを無碍にする気かっての!」

「無碍にしてもいいから止める……!!」

「ばっきゃろう!! それでも琥太郎の幼馴染か!!」


 玲が怒鳴る。青葉を引き留めるその手は……震えていた。


「……貴女も」

「……当然さ。でもあいつにはあいつの考えがあって……それを行おうとしてる。無駄にしちゃいけねえだろ」


 その言葉で、青葉が押しとどまる。飛び出そうとする体を……抑えた。


「琥太郎を信じろ。やるときゃやる男だ。大きなことをやるかもしれないんだぜ?」

「……ん」


 ぱっと手を離しつつ、青葉はそう頷く。


「……馬車では大惨事だな」


 そんなことを見ていたのか。馬車の外で、パイは琥太郎にそう話しかけた。


「……そうとは思わないさ」


「足に刺さったナイフを引っこ抜いて、そう答える。

「青葉も玲も。ちゃんと俺のことを……理解してくれてる。だから、阿鼻叫喚のうちには入らないさ」


 引っこ抜いたナイフを手にもって。逆手に構えた。足にまだ痛みはあるけれど。目の前の相手を見つめる。


「言っておくが」


 パイはあくまで冷静に、そう告げた。


「言っておくがまだナイフだけしか使ってない。私は死毒はまだ使っていない。お前をしとめる算段ができた時に初めて。ふるまってやる」


 そう言いつつ、パイは琥太郎との距離を縮めた。


 右足を……ミドルキックの要領で琥太郎の体へ叩きつけようとする。


「その死毒はどういったものだ!」


 今度もまた、琥太郎は避けた。スウェー。姿勢をずらして。その蹴りを回避する。


 足を元に戻したパイへ向けて質問を叩きつけて、ナイフを振るう。


「触れたら死ぬようなとんでもない毒……いきなり使えば俺ぐらい殺せただろうに!」

「死毒……それは目に見えない毒。それを使わないのは……今はまだその時ではないだけだ!」


 ナイフがパイの服を切った。褐色の右腕が見える。ダークエルフ特有の色だ。


「その時っていつだ!」


 追撃を行う。先ほど投げた石を拾って……。それを持って殴る。


 重いものをもって、拳を叩きつければ威力は上がる。


「っぐ……! それを言って何になる!!」


 がら空きの腹へと、それが当たった。ダメージで顔が歪む。それでも……琥太郎へと攻撃はやめない。もう一本ナイフを取り出して……振るった。


 振るったが。それはとにかく適当に振り回した。といっても差し支えないもので。琥太郎は簡単に回避することができた。


「一つ実感ができた! 考えていたことの確証が取れた!」


 そう言い放って、石を投げ捨てる。


「食らえ!」 


 そして、痛みのない右足で、その石を蹴り飛ばした。


「っ……当たらなければ!」


 それをパイは身体を反らして回避する。


 しかし。


「避けられたのは残念だけど……」


 右から声が聞こえる。


 パイが気付いて振りむこうとした時だった。


「本命はこっちだ!」


 走って横に回っていた……琥太郎が、ナイフを構えて立っているのに気づいた。


「このナイフを、返す!」


 そしてナイフを振るった先は……。透明な瓶。


 パリン!!


「なっ……!?」


 大きな音を立てて……瓶が割れた。パイは大きく目を見開くと同時に……。顔面が真っ白になる。


「お前!! お前お前お前……自分で命を捨てる気か!」


 真っ白な顔で、両手を伸ばして。琥太郎に縋りつくように。叫ぶ。


「死毒の入った瓶を……! 思い切り叩き割って……!! すぐ死ぬぞ、お前も、私もすぐ……!」

「ああ、死ぬかもしれないな」


 琥太郎はケロッとした表情で言った。すぐに言葉を付け加える。


「ただし、本当にその死毒っていうのがあればの話だが」


 その言葉の通りだった。触れただけですぐ死ぬ。そんな毒を解き放ったにもかかわらず……。一向に、死の瞬間が訪れない。


「死毒の効果を煽りすぎたな。色々と」


 琥太郎がパイを見つつ、こう告げる。


「だからこそ分かった。瓶には何も入っていない。死毒なんて存在しないってことが」


「………」


 パイは押し黙る。その沈黙こそが……答えだと感じた。


「……本当は奪いたくも、傷つけたくもなかった。すぐ終わらせられれば、それでよかった。だから……すぐ死ぬ毒を捏造した。そうすれば、俺達が退いてくれると思ったから」


「……その通りだ」


 パイは重く閉ざしていた口を開いた。


「……私だけが、傷つけばよかった。誰からも奪いたくなかった。言葉で煽るようになったのも……それが理由さ。私一人が犠牲になるなら、それだけでな」

「それ、本当にそうか?」

「……は?」


 琥太郎が言い放つ。あっけにとられるパイを横目に、何かが走り出した。


───姉ちゃん!!


「クーナ!?」


 叫び声と共に抱きついたのは、年の離れた弟だった。


「クーナ……どうしてここに! お前は家にずっといたはず……」

「私たちがつれて来たのですよっ」


 困惑するパイへ、皆が馬車を降りてやってくる。先頭には、ドレスの少女。


「この子はお姉さまを助けたがっていた。ですから私達はそれに応えたのです。この子のおかげなのです」


 少女、コンロンはパイへとそう言った。クーナの思いのため。姉に対する想いに、答えたのだと。


 その少年は抱きついて、泣きじゃくる。


「姉ちゃん……ホント……俺……!!」

「何も、何も言うな……クーナ……!」

「いやだ、言い足りねぇ……!! 俺のために、俺のために無茶すんなあっ!」


 抱きついたまま、叫ぶ。思いのたけを叫ぶ。


「俺貧乏のままで良かった……。生活は辛いし、お金なんてないから物も買えなくて。動物を狩ったりしまくってたけど。姉ちゃんと一緒にいるから、それだけで幸せだったんだ!」

「……」

「その幸せを、俺から奪うなよぉ……!」

 

 それが、クーナの答えだった。二人きりの生活の方が、クーナにとっては希望だったのだ。幸せだったのだ。


 その言葉を聞いて、パイは……さらに弟を抱きしめる。


「私が間違ってた、か……。私一人の犠牲で、クーナが幸せになれば、と思った。だが実際は違った」


 抱きしめたまま、パイは目の前の。琥太郎たちを見る。


「……私は、改めてクーナを守る。いや、クーナだけじゃない。私たちを……守ってみせるさ」


 そう言って、力強く宣言した。

 



「待てよォ。そんなことが通ると思ってるのか?」


 男の低い声が、パイたちをとどめる。

「……ブッカー……」


 獅子頭の男だった。鋭い眼光で睨みつけて威圧感を与えている。


「えぇいアンタしつこいわよ! 奇跡かなんかで灰になりたいの!?」


 シエテが敵対心を見せつける。ほかのものもみな、ブッカーを睨みつけていた。


「……最低男なのは、聞いてた」


 青葉はそう言い放つ。だが、ブッカーは動じずに、


「おいおい、俺を睨みつけるとか……まさか……な?」


 その言葉とともに、今まで囲んでいた男たちが動く。 


「まさか、やろうってのか! 俺たちと!」


 周りの者たちが、一様にブッカーの周りへと、固まり始めた。


 そうしてすぐに、獅子男と屈強な男たちの、壁が出来上がる。


「こんな大量の、しかも屈強な男たちと……殴り合いでもしようってか!? なあ!」


 高らかに叫ぶブッカー。下卑た笑みを浮かべながら、男たちは武器を構える。


「こいつら好きにしていいんですかね!」

「当然だ。裏切り者のクズと、後ろにいるクズたちだ! 好きにしろ!」

「うおおおぉぉ!!」


 歓声が上がる。太い歓声だ。


「……好きには、されない」

「アイツらのような奴は。あたし受け入れねえ」


 青葉たちも、武器を用意する。


「あいつら腕が立つぞ……気を付けろ。クーナ。私の後ろに」

「……ぼっこぼこにしちまっていいよ!」


 弟を隠して、パイも立つ。数は圧倒的に不利。それでも……無理を通すつもりだった。弟のためならば。


「……それでは。いざ……」


 動こうとした瞬間だった。


───インヴェシオート!


 ゴウッ!!


 叫び声とともに、何かが吹き荒れ、辺り一面を襲った。


「っ……!? 何だこれ!?」

「風の……刃!?」

「……魔法よ! でも普通じゃない魔法……! 大魔法師レベルよ! とんでもない威力よ!」


 シエテがそれに気づいて叫ぶ。


 風は、一瞬で止んだ。


「……一体何だってんだ……は?」


 ブッカーが怒りを憶えながら周りを見渡す。


 異変に、すぐ気づいた。


「な。なんじゃこりゃああ!!」


 周りにいた部下たちが、皆いなくなっていた。彼らは、散り散りになって、倒れている。


「……よくわからないけど……部下たちは皆いなくなった。それでも、やるか?」


 震えるブッカーに対して……パイは言う。それを見て振り向くと、


「上等だ……。てめえぐらい、俺一人でやってやらあああっ!」

 

 爪を構え……全力で走り出す。怒りのこもった目が、相手を捉える。


 だがしかし、それでもパイは冷静だった。ナイフを構え……。


「そうか」


 そう呟いて、一閃。


 一瞬。動きが、止まった。


 時が動き出したとき。獅子男の体がぐらり、崩れ落ちていく。


「……テメ、ェ……」

「安心しろ、催眠毒だ。お前には寝てもらうだけだよ。捕縛されるまでな……」


 パイが優しくも、しっかりと告げる。獅子の体がだんだんと地面に近づいていく。


「……今までありがとう」

 

 そのお礼を最後に。獅子男は完全に地面へ倒れ込み。沈黙した。


 盗賊対冒険者の決戦は。ここに決着したのであった。

魔法の持ち主はいったい誰なのでしょうか。

初めての任務も。そろそろクライマックスです。

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