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青年たちVS謎の盗賊

ずいぶん長くなりましたね。

色々と。申し訳ないです。

───貴様らには奪われてもらう!


 女性の甲高い叫び声が響き渡った。その叫び声を合図にして、魔物が散り散りになっていく。まるでそれは草原をかき分けていく波のように、勢いが激しい。間違いなく、野生の魔物をあてがっているわけではない、そう感じられるほどだった。獣たちはかなり統制が取れているようだ。


 四本足で駆ける赤狼を先頭にして、その後ろを走るのは、異形人だ。まるで蜥蜴が人型になったような。そんな感じ。


 そして一番後ろに陣取っているのは空を飛ぶ、巨大な蝙蝠だ。凶暴な魔物が今、一台の馬車に迫っている。


「こたろーには……触れさせ、ない!」


 ツヴァイヘンダー。巨大な鋼の剣を両手で持って構え、高坂青葉は決意を叫ぶ。殺意を込めて両目で見つめるは、魔物の群れ。


「ば……っ。アオバはすぐに前に出るんじゃないの!」


 青葉が真っ先に行動を起こしたのを見て、シエテが叫ぶ。旗を取り出した。きらきらと光る杖に布のついた、聖なる旗。


「……魔法は使わない。こたろーじゃないから、もしへばったら見捨てる」

「森の中で捨てられたくないし、そうしますかっての!」


 青葉とシエテは、互いの目線を合わせずにただ魔物を見る。ただの獣の群れじゃない。姿かたちが違う中でもきちんと統制の取れている分、強さと恐ろしさはあるだろう。


 盗賊団、なかなか手ごわいかもしれない。


 だがしかし。


「……何一つとして通さない」


 恐ろしさはあっても、怖さはなかった。何故なら。彼女は……高坂青葉。


 幼馴染がいるなら、なんだって頑張れるのだ。


「だから、斬られていけ!」


 そう告げた瞬間だった。牙を剥けて、赤黒い口を見せて。少女の体へと襲い掛かろうとする……狼の頸を。青葉の刀身が的確にとらえる。


 ダン!!


 ツヴァイヘンダーを思いっきり両手で持って、首ごと思い切り、振り回した。遠心力と重い刀身と、その両方が襲い掛かって……。狼を思いっきり傷つける。


 そのまま近くの木へとたたきつけられた狼は。弱弱しくうねり声をあげて、だがしかし獲物を求めんと……よろけながらもその体を起こそうとする。


「せええのっ!!」


 だがそれもこれまでだった。起こすよりも前に青葉の剣が襲い掛かってきて……。その傷ついた体にとどめを刺すのだった。


「さて……」


 狼に剣を構え、止めを刺した。そんな青葉の姿を見ていた琥太郎だったが、決意を告げるように少女たちにこう言い放った。


「俺は馬車から親玉を引き離す囮になる」

「……どして?」


 戦いが始まったなかで、後ろにいた琥太郎は皆へとそう告げた。不安そうに青葉がそう問いかけた。


「青葉たちを信じる。恐らく……魔物は馬車には来ないだろうからな」

「確かにな。あいつら青葉のおかげで……ほら」


 玲が小さく笑うように目線を目のまえに向けた。琥太郎の言葉を示すかのように、魔物はじっと青葉たちを睨みつけている。


「盗賊団として人に飼われていても、本性は変わらないもんさ。あたしに聞こえるあいつらの声は、怒りや恨みつらみばっかでさぁ」

「そう。だからこそ馬車に襲い掛かってくることはない。だけれど問題は……」

「そう……! 魔物じゃない奴! あの女の人!」


 盗賊団の女性のことだ。彼女は恐らく、全力で奪いに行くだろう。そうなってしまえば、任務は終わる。


「だから俺は……馬車の壁になる。大丈夫だ。ナイフもあるし、道具もいろいろある」


 そういって琥太郎は腰に付けた小さなバッグを指差した。地図をはじめ、色々な道具を持っている。その色々が、役立つときはあまりないけれど。


「シエテのおもりや、依頼を受けたりモンスター倒したりで、この世界の生活も少し慣れてきたからな。倒されはしないさ」

「少なくともアンタにおんぶにだっこな駄女神じゃないやい!」


 シエテが旗を構えたまま不平を叫ぶが、琥太郎は無視する。


「……分かった。けどもう一回いう。あいつらこたろーには触れさせない」

「その案乗った。それにあたしは琥太郎がとちるとか、最初から思ってなんかないさ!」

「わがまま通してもらってありがとな。さて……俺は惹きつけに行く」


 琥太郎はそういうと、青葉達から離れ、馬車の裏に回った。


「さあて……あたし達は」

「こたろーが頑張ってるなかで、黙ってちゃいけない」


 青葉と玲はそういう。彼女たちの前には、魔物たち。仲間が殺されたことを雰囲気で感じ、大きく威嚇するように睨みつける。


 そこには純粋なる、殺意があった。その殺意にも、ひるまずに、それぞれ少女は武器を構える。そして……。


「よーし、いくわよ!」


 シエテの言葉が響き、少女たちも動いた。


 それと同時に……。狼が大きく吠えて、率いられた魔物の群れが襲い掛かる。


「……目の前にいるなら。断ち切る!」


 今度は青葉が先に動いた。狙いすましたように、大剣を縦振るい。ツヴァイヘンダーの巨大な刀身は、重さで相手をたたっ斬ることができる。それが柔らかい体へと直撃したら、ひとたまりもない。


 哀れ狼は、飛び掛かる前にその流麗な毛皮五と、身体を破壊されることになった。力を一気に失ったからだが、ひれ伏すように倒れていく。


 その青葉のがら空きの体を、蜥蜴人が狙っていた。蜥蜴人は巨大なひれがついた長い腕を持つ。その長い腕を遠心力と一緒に振るえば……。強力な武器になる。少女の体など、枯れ木を打つものだ。クリーンヒットすれば、簡単に腰を折ることができる。統率の取れた軍団に身を置いている彼なら、造作のない行為であった。



 だがしかし。それは……単なる何ももたない少女の場合、ではあるが。

「……胴!」


 ガキィン! と音が響いた。


 狼の体を切り裂いた直後であるというのに、青葉はすぐに剣を横へと振るい、その腕による攻撃を受け止めたのであった。


 剣聖もかくや、その動き。その動きに腕を止められて……。蜥蜴人の体はまるで凍結したかのように、止まる。


「駄女神!」

「こんな時にさえそう言うなっての!」


 青葉がそう叫んだ。不平を言いながらそう返すは……。旗を持った女神。片手でそれを持ちながら、一気に走り出す。


「この私の全力を込めて――っ!」


 シエテは気合を込めるように叫ぶと、旗の上の部分を蜥蜴人の頭上へと持っていく。

「殴打―――っっ!」


 そうして、止まっていた敵の頭上へと、一気にそれを叩きつけた。


 ガッ――!!


 大きな音が響く。体が大きく揺れる。頭はどんな種族でも。弱点になり得る部位なのである。


「二発目!」


 そのまま横に振るった。たった二撃で頑丈な体は吹っ飛ぶ。地面を滑って、動かなくなった。 


 気絶か、あるいは死亡か。その姿からは想像できない。


「魔法が使えなきゃ、物理で行くしかないでしょ。でもここまでクリーンヒットって……ふふん、流石私っ!」


 胸を張りながら、シエテは勝ち誇る。


「駄女神、まだ終わってない」

「そ、そうね! 勝利の美酒は終わってから……!」


 青葉に肩を叩かれて、調子に乗っていた姿を再び引き締める。

 すると、


「伏せろ――!」


 ヒュン!


「ひゃわっ!?」


 シエテの背後から風切り音が通り過ぎた。風の感覚に思わず体を震わせながら、声に従ってその体を伏せる。


「悪い。いきなりするべきじゃなかったよな?」

「あ、当たり前でしょうが……!!」


 シエテが振り向かずに声の主に告げた。その声の主は、玲。


「まあ、いきなり矢を放つあたしも悪いんだけどさ……。あいつらも悪いんだぜ? あたしの仲間、襲うつもりだったんだからさ」


 そういって玲が目を細めて言い放つ。その視線の先には。


 木に刺さった一本の矢で同時に貫かれて絶命した、哀れなる魔蝙蝠二匹が、まるで早贄のようにつるされていたのだった。


「言っただろ? 今のあたしなら野を走る子ウサギだって……、簡単に射抜けるってな。かくれずに襲撃しようとする蝙蝠なんて、的もいいところさ」

「うん。今の玲、弓使いとして……恐ろしく優秀だと思う」

「そりゃああたしは実戦経験がちょいとあるからなぁ。これでも、最初は当たらないどころかまっすぐ飛ばないんだ」

「慣れってすごいわよね。私だって最初は……動画づくりのノウハウさえないからなんもできないし」

「……誰だって最初は初心者ってこと」

「でーもアオバが言うのは違うんじゃないかしら?」

「……っと、話はそこまでみたいだ」


 盛り上がりかけた話題を断ち切るように、玲が告げた。


「野生の感ってやつだぜ。まだいる」


 その言葉を示すとおりに、立木ががさがさと音を立てて。再び、魔物たちがあらわれた。


「ホントにただの盗賊団!?」

「……うん。それも気になる。なんか、普通の盗賊団とは違う気がする」


 シエテと青葉が、武器を構えなおしながら疑問を告げる。


「ま、それは……。後で聞くか!」


 とりあえず今は、目の前の相手を。

 魔物の叫び声にひるまずに、少女たちは再び……戦いに身を投じる。



「ほわぁ……!」


 思わず感嘆の声を漏らした。

 その声の主は馬車の中に隠れながら、その姿を見ていた少女、コンロンだ。きらきらとした水色のドレスに身を包む少女は、その姿からは不釣り合いなほどに可憐だ。


「もしかしたらもしかしたら! あの者たちは勇者か何かかもしれませんで!」


 同じように声を上げたのは、運転手の男性だ。馬車は完全停止。されど手綱は持っている。いざという時に、逃げられるように。


 だけれど今は、とりあえず必要ないみたいだ。


「いや、はっきり言って勇者ってほどではないですよ、俺たちは」

「はっ、貴方様はえーと……!」

「琥太郎です。そう、俺たちは勇者という大それた存在にはなれない、ただの冒険者ですよ」


 馬車をしっかり護衛するために裏についた琥太郎は、運転手と話す。そう、自分たちは勇者なんてもんじゃない。勇者というのは勇猛なる者だ。RPGゲームの主人公だ。そんなものには、なれはしないのは分かっている。


「ただの冒険者としても! 私たちを守り通してくださるというだけで素晴らしいもので……!」

「護ります。それが任務だから。人から言われたものは、必ず実行しなきゃ。それで怒る人がいたんですよ」


 そういう口約束に、すごくうるさい人がいた。琥太郎の中に、ずっと生きている教え。


「それと……まだ動いちゃだめです」

「……なんですと?」


 琥太郎が呟くような小さな声で、馬車へと言った。男は聞き返す。


「動いたらとても危ない気がするからですね」


 そう伝えると、琥太郎は自らの手をポケットに入れ、何かを取り出した。鋭くとがった、されど小さな石。


 それを手で玩ぶ暇もなく、構える。


「特に……目の前に何がいるか……分からない今の時点では!」

 まもなく、彼はその石を自らと馬車の斜め前へと投擲した。投げられた石が、高速で草の茂みへと入り……がさがさと音を立てる。


「おおっと!? これはこれは!!」


 男が驚いたと同時だった。

 バサァッ!!


 ひときわ大きな音を立てて、茂みより影が姿を現した。その影は一瞬だけ視認できない速度になりながらも、その形を琥太郎の目が捉える。


「……見事だ、実に見事だ、そう思ったよ。さすがはあの女の子たちを束ねる頭脳、といったところか」


 女性が小さく口元を歪ませて、そう琥太郎へと語りかけた。全身を隠してしまうほどのゆったりとした紫の装束に身を包んだ女性。


 頭につけているのは笠か蓑か。その真下には、やや長く伸びた、やや褐色の耳。その長さが、確実に普通の人間じゃないことを思わせる。


「頭脳って程じゃない。むしろ足手まといにならないように頑張らないといけないのさ、俺は」

「それは、謙遜か? 足手まといとは言うが……」

「謙遜じゃない。謙遜なんかじゃないさ。青葉も玲も、俺より遥かに強くて、凄いさ。昔から……。シエテも、頑張り屋ではある。凡人の俺なんかよりずっと」


 それは心の底からの考えだった。特に青葉と玲。この世界では、ずっと大きな差がついてしまっている。琥太郎自身も気づかないわけがなかった。


「だから凡人は人一倍頑張らなきゃな。まあ、頑張ってできたのは、こうやって分断して、馬車に向かう数を減らすことぐらいだったが」

「あの魔物たちは全滅するぞ。他ならぬお前のその策で。まあその策を通すのは……お前の人徳があってこそだろう、ゆえに……」

「人徳ってまぁ」


 そう返しながら、琥太郎はいつも通りに考えた。考えて考えて、そして知覚した。目の前の相手の雰囲気が、ゆっくりとだけど確実に。剣呑な雰囲気へと変わっていくのに。


 だから、だからこそだろう。次のセリフは予想していたし、実際に言われても……びっくりすることなく、冷静でいられたのだった。


 ───お前を奪ったら、あの者たちはどうなるんだろうな。

「貴方様……!!」

「出るな!! 馬車から!!」


 振り向かずに叫ぶ、その瞬間に……。


 冷酷な盗賊の、殺人のためのナイフと、青年が構えた反応のナイフ。


 二つのナイフが、甲高い音と共にぶつかり合った。


「……簡単に奪われるつもりはないということか」


 彼女が小さく呟く。その表情には一切の変化も感じられない。ただ冷静に、琥太郎を見ている。


「少しばかり冒険者をやってきてるからな。攻撃を受け止めることぐらいはできるさ」

「冒険者ならばそれは、当然のことか!」


 女性は琥太郎に蹴りを見舞うと、すぐに離れる。左の脇腹。そこに一撃が入った。琥太郎の表情が一瞬歪む。

「あなた様……!!」

「出てはいけない。それに大丈夫さ。ただ一発蹴りを喰らっただけですから」


 馬車の上から身を乗り出す男を制して、自分の周りを見た。自分だって冒険者。幼馴染のようにはできないけれど、相手の攻撃を考えて……集中する。


「助けを求めた方が、良いのではないかな!」


 強がりに見えたのだろう。女は相手へと叫んだ。


 しかし、琥太郎は無視をする。聞こえないように、言葉をシャットアウトする。


「……見えた」


 そして、琥太郎は考えを口にする。


「そこだ!」

 琥太郎が見たのは右斜め前。そこへと集中して自らの武器……ナイフを構えた。自らのナイフを逆手に持つ。その手は利き手の右手。腰を使って、思い切り。勢いよく振るった。


 ピッと何かを切るような音と感覚。恐らくこれは、薄皮を切る音。この世界にやってきて以降冒険者として、何度も経験してきた。そんな感覚だ。


 だけれどそれで、動きを止めはしない。


「ぐっ……!」


 うめき声が響く。その声を逃すことはなかった。


「とおおおっ!」


 前に出したままの右腕の形を変えて、一気に突きだす。肘を前にして、思いっきりそれを叩きつけた。


「っぐ、ぁ……!」


 大きく声が上がる。


 琥太郎の肘打ちが、思いっきり入った。肘は人体の中でもかなり硬い部位でも知られる。勢いの入ったひじの一撃は、簡単に体を破壊してしまうほど威力の高いものだ。それによる一撃が、入ったのだ。目の前で女性が、ふわっと舞い、地面へと叩きつけられる。


 刹那、何かが服から落ちた。空をただようそれは瓶に入った液体のようで、きらきらと光ってるように見え、その光はとても怪しそうに感じられて……。


「っ……!!」


 それが意図せずに、琥太郎の方へと向かっていた。危機を感じて、後ろに退いて離れる。

 ガシャンと音を立てれば、瓶が破壊され、液体が地面に落ち、流れる。


「……これは!」


 琥太郎が顔をしかめた。それには目の前で起きた光景があった。

 地面に根を張っていた緑色の草木が、一瞬で黒く変色していたのだった。


(……毒か)


 琥太郎はすぐに離れていてよかったと思った。この毒を受けていれば、すぐに彼は行動できなくなっていたのだろう。


「驚いてるようだな……」


「!! コタロー様!」


 瞬間、少女が、コンロンが叫んだ。下に向けていた目線を一気に戻す。声の先に、何かがいる。その何かとは、分かってはいるけれど。


「私の種族には……。こういった技術がある。エルフの中でも、ダークエルフ。使えるものは何でも使う……」


 その目線の先にはふらふらとしながらも、立ち上がる女がいたのだった。ナイフの先端が顔を傷つけ、肘打ちを顔に受けた。顔は腫れ、血は流れて。それでも、よろめきながら立ち上がる。


「私は毒の専門家。ただ一つ殺すための毒は使わないが、それ以外だったらな」


 やはりあれは毒だったのだ。あれは偶然だとしても、触れていたら危なかった。そう思わせるには十分だった。


 そして彼女は再びナイフを構える。だが、今度はもう片方の手に別のものを構えていた。白い紙でできているそれは、強固に固められていて、簡単には壊れないようにできている。


 間違いない、あれもまた毒だ。琥太郎はそう推測した。


「一撃はくらった、身体も少しふらつく。だが……な。私はまだ戦える。ナイフもある、徒手空拳も使える。それにこれもある。次はどういった方法で……」

「……あのさ」

「……なんだ?」


 瞬間、琥太郎は言葉を遮るように問いかける。相手は目を丸くしつつ、それでも話を聞く体制になる。聞き上手、ではあるんだなと思った。


「もうやめないか? 襲われる立場の人間がそういうのはおかしいけどさ」


 そう口に出していた。だがそれは本心でもある。そもそも琥太郎にとっては、戦うつもりもない相手なのだ。


「ずっと考えてたんだ。青葉たちが魔物と戦ってる間も、君がやってきたときも。これに意味があるのか。それで分かった。この戦いには、意味もない。メリットもない。戦えば戦うほど、俺も君も疲弊する。きっと魔物もいなくなる。そこまでして戦う理由は……ここにはないんじゃないかって」


「言うな!」


 その言葉をさえぎって、女は言った。そして続ける。


「何も言わないでくれ。その言葉を言わないでくれ……。理由ならある、お前になくとも、私には理由があるんだ……!」


 琥太郎にそう告げた。そんな彼女の声は震えている。まるで心の中では抵抗しているかのような、だけれどそれを必死に抑えて告げているようなそんな感じ。


 その雰囲気にただならぬ予感を感じて、さらに口を開こうとした時だった。


「ここにいたのか、パイ」


 低い声が背後から響いた。その言葉に反応したのは、パイと呼ばれた女性だった。



「……ブッカー……」

「よしよし。そろそろ帰らないとな、いい子は帰る時間だ」


 そうして、声の主がパイの手に触れる。やさしい声音でそう告げるのは、大男だった。長い鬣を持つ、筋骨隆々の男。それは琥太郎の瞳には、ライオンの擬人化のように見えた。


「……関係者なのか?」


 琥太郎は当然の言葉を口にする。その男はすぐに琥太郎や馬車の方へと目線を向けて、


「いやはや、あなた方は旅のお方でしょうかね。この子がご迷惑をおかけしました」


 開口一番こう言い放ち、頭を下げた。謝罪。いきなりの初手が謝罪であったのだ。


「彼女は俺の関係者でしてね。色々あって、俺が引き取ってるんですけれども。いかんせんじゃじゃ馬すぎる」


 女性の頭に触れて、男……ブッカーはそう告げた。頭に触れて、ゆっくりと撫でる。


「これはいけないと。まずは謝罪をしないといけないと。申し訳ない。ほら、パイも謝罪を」


 そう告げるともう一度頭を下げる。女性……。パイの頭もしっかりと押さえつけて、深々と頭を垂れた。


 琥太郎は何も言わない。馬車にいる男たちも、何も言わずにいた。


「お詫びも兼ねて何ですが」


 頭を上げたブッカーはそう続ける。


「俺の家が近くにありましてね。大きな家だ、食事と部屋は出せる。それぐらいしかありませんが、あなた方をご招待したいのです。どうでしょう?」


 にっこり。精悍な顔を柔和に歪ませて、男は言う。


「……いい提案だよ、ほんとに」


 琥太郎はその提案に返す。だが、次の言葉は決まっていた。


 その言葉を告げる前に、獅子頭のブッカーから目線を移した。


 男があらわれてからずっと言葉を発さずに、ただ隣に立っているだけの、一人のダークエルフに。そのダークエルフ……パイは言葉を発さずに、しかしながらも一つの感情を隠さずに琥太郎へと伝えようとしていた。頭を抑えられて謝罪しながらも、ずっと隠さなかった感情。それが、彼女の蒼白している顔からしっかりと読み取れていた。


 そんな彼女は、ゆっくりと口を開く。言葉を発さないながらも、琥太郎はその言葉の意味を理解し

た。


 は、や、く、に、げ、ろ。


 そういっているのを理解したがゆえに、彼は。


「その提案に心を込めてこう返そうと思うんだ」


 言葉をためて、はっきりと言い放つ。


「……いやだね!」


 ピィィィィィ!!


 言い放った直後、琥太郎は自らの指を、口に当てて……思いっきり音を鳴らす。指笛。甲高い音は相手に少しの驚愕を与えるが、もう一つ大きな理由がある。


「こたろー!」

「来たわ! いいわよね、全力で殴り倒してやったけど!」

「アイツら全滅だ、もう誰もいないぜ!」


 幼馴染や、親友。それに女神。大事な仲間たちを呼び寄せるための口笛。


 音によって呼ばれた彼女たちの方へと振り向くと、青年は馬車へと飛び乗る。青葉たちもそれに続いた。


「馬車を! 今すぐ!」

「ほれ来ました! このまま行けばいいんでしょう! はいよぉ!」


 その言葉だけで十分だった。琥太郎にそういわれて、男は馬へと鞭を飛ばす。それにより、馬は甲高くわなないて、次いで響くはパカラ、パカラという蹄鉄の音。


 その音を最後のしるしとして、奥の道へと、馬車は一気に走り出すのだった。


「絶好調の馬二頭の全力疾走さ。いくら盗賊でも、追いつけはしねえ!」


 運転手の男がそう言葉を言い放つ。その言葉通り。男たちが、追ってくる様子はなかった。


「……俺も少しばかし役立ってよかったよ。ところで……」


 琥太郎は肩で呼吸をしながら、そう告げる。その直後だった。


「ぬぁくそ、せっかくチャンスだったのによぅ!」

「ぬぁぅ、誰です!?」

「誰だっていいだろ、くそ! ああくそ、せっかくの、せっかくの!」


 汚い声が響いた。声変わりしていない、少年の声でだ。運転手の男が、その声に振り向く。


 いつの間にいたのだろうか。彼の隣に座っていたのは、薄汚れた白い服を着た少年だった。そんな少年が、激しい剣幕でまくしたてる。


「せっかくの何よ、分かるように説明しなさい!」


 馬車越しにシエテが怒鳴る。瞬間湯沸かし器の彼女にとって、予期せぬ出来事は相性が悪い。


 その言葉に、少年ははっと気が付くと、うなだれながら、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 呟くように告げる。そして、


「……連れていく。案内するから……俺と姉ちゃんの家に。そこで全部話すよ」


 少年は弱弱しい言葉で、そう言い放ったのだった。

任務がだんだんおかしくなり始めました。

さて、琥太郎たちの任務はここからどうなるんでしょう?



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