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Gotuber、女神シエテの決断

毎日投稿を頑張ります。

それが私の目標です。

「はぁー……ぁ……」


 真っ黒になった画面を見つめて、少女……シエテは大きくため息をついた。鏡面の様に映し出されたその表情には、げんなりとした表情が浮かぶ。


 疲労感と、嫌悪感と、倦怠感。あらゆる悪意の感情を煮詰めたような、深い深い闇に染まったかのような、少女がしてはいけない表情。目の下には隈が浮かび、普段している化粧もほとんど取れて、色々やぼったく危うい雰囲気になっている。自慢の金色の髪の毛……長い長い、また美しい、糸のようなそれもガッチガチに固まって、ぼっさぼさのボロボロになってしまっている。そのまんまの姿で出たら、間違いなく通報されそうだ。


「……またダメだった……。アワード……」


 蚊の鳴くような小さな声が紡いだのは、そんな言葉。瞳が恨むように見つめるのは、真っ黒な画面。


 先ほどまで、シエテはこの画面で動画を見ていた。Gotubeマンスリーアワード。あの頭が痛くなるほどにテンションが高いアフロ男が、毎月面白く、ホットで、人気となったGotuberの動画を流し、褒めまくる。Gotuberにとって、毎月の楽しみであり、生きがいであり……。時間や体をなげうってでも、手にしたい名誉なのである。


そこで対象となり、アフロ男に激賞された動画は、全世界のGotubeを楽しむ者たちによって共有され、再生される。それによって得られる効果は、神界で過ごすGotuberには自分の行動が認められた証であり、最大の栄誉になり得る。金、信者、そして何よりも名声。あらゆるものの糧となり得るのがこのアワードなのだ。


 女神シエテはそのGotubeの中で『あるしえてチャンネル』という個人チャンネルを運営する、Gotuberの女神だ。


 今は神であっても所謂ゆとりの時代。神というものも時代の流れによって多様化しつつある。


 かつて授業で習ったとある絶対神や冥府神のようなすごい神は己の信念に従い、やれ世界を作りました。次に生物を作りました……そして繁栄をもたらしました……。なんてものはよく聞く。いや聞かされる。


周りの神だってその先神に倣い、立派な神になりなさいだの立派な物を作りなさいだの、すごく耳障りのいい言葉をおっしゃる。


とはいっても、家柄も学業も下級の女神である自分。大きな世界なんて救えないし何かを統治することだってできやしない。


 結局それをできるのは一部の連中であり、自分にはそんなものは無理だ。だったら自由に生きよう。


 そう思ったシエテにとって、動画一つで自由に自己主張のできるGotubeはまさに願ったりかなったりの存在だった。


Gotubeで有名になる。それ即ち世界中にいる多くの神が自分のことを立派だと認めた証。世界は作れなくとも、動画一つで未来は作れる。立派な物を作っている。


そんな証が欲しかった彼女が、Gotubeに飛びつくことは当然だったのである。


 最初の一回で、奇跡的にバズった。十万人ほど再生してくれた。チャンネル登録者も結構伸びていった。


それが嬉しくて、また味わいたくて。つづけていくことになった。好きなことで生きていきたかったから。


 だけれど、そんなチョコレートやスナック菓子のような甘っちょろい考えが広い世界で通じるわけもなかった。


すぐに再生数は頭打ちとなって、全然コメントもしてもらえなくなって……。そんな繰り返し。


今や再生数なんてほとんどなく、3桁は当たり前、4桁5桁も奇跡な、底辺Gotuberになっていた。


 そしてまた今月も、自分の動画が載るはずもないアワードを眺めながらため息をつく日々を送る。


「私の何がいけないのよ……。ただのヘタクソな歌手ともいえないような何かが、賛美歌を歌っただけの

動画がアワードに載って……。時間も手間もかけた私の動画が見向きもされないのは……何で……!?」


 シエテは恨めしそうにつぶやいた。その声は部屋の広さにかき消されて、すぐに聞こえなくなった。誰の耳にも入らない、言った本人しか聞けない呪詛のような言葉。長い時間をかけた動画が全くの無駄に終わり、それをいない筈の相手にぶつける。無駄な行為だけど、やってやるしかなくなっていた。そうすることでしか、自分を慰めることができなくなっていたから。


───プルルルルル!!

「うわああっ、いきなりなに!?」


 その時、少女の目の前で何かが鳴り響いた。特徴的な甲高い音は、自分の通信機器だ。


「とああああぁっ!!」


 シエテはすぐに右手を伸ばして拾い上げる。スマートフォン。神々の世界でも必要になったそれを手に取って、すぐ画面を見る。


 書かれた名前を見て、すぐに大きなため息をついた。こいつは、ヤバい。つーかこいつはウザい。それでも、かかってきたものは開かなければいけない。シエテは観念したような表情を浮かべつつ、通話ボタンを押す。


「ヤッホー、シエテちゃんは今日も落ち込んでるかしらー!?」


 電話をかけてきたクソ野郎は、開幕早々ありえないほどのハイテンションで、言葉をぶち込んできた。


「殺すぞ。今私はありえないくらい機嫌が悪いんだ……。アンタが対面にいたら激しくブチギレするわよ……エリセ!」


「あなたにブチギレされても何も怖くないよーだ。それより、今回のGotubeアワード見た? また今回も載っちゃったわー。そして何度目かわからない100万回再生、達成!いやー、人気者は辛いって奴ねー」


 自慢にしか聞こえないような、そんな声が甲高いキンキン声で響く。ただでさえげんなりしていたシエテの顔に、ますます険しい皴が刻み込まれるのが感じられた。


 電話の主、エリセはシエテと同じ時期にGotubeを始めた、いわば同期みたいな奴だ。最初は横並びのスタートだったけれど、いざ始まれば一気に追い抜かれた。


今は再生回数やチャンネル登録者も、圧倒的な差がある。自分が必死こいて作り上げたものを、一瞬で追い抜いていく。それがエリセとシエテの違いでもあった。そしてその違いは、シエテには全く分からない。


「大体、私は本気を出してないだけなのよ。本気って奴を……。そもそも私は最初の動画で10万回再生を行った女神よ。本気出せば100万再生ぐらいいとも簡単に……」


「いーや、そもそも動画センスも駄目、会話も駄目、ゲームスキルも演奏スキルもないシエテちゃんができるわけないじゃんよー。私知ってるよ? 最初の第一回の10万回再生って自己紹介の時にズッコケて、しかもその時たまたまノーパンだったものだから思いっきりあれが見え───」


「だあああああぁぁぁ!!! やめろー! 私から記憶を引き出すな―!!」


 思いっきり叫ぶ。封印していた記憶を思いっきり脳内から引きずり出され、脳内再生させられていく。心にひびが入るレベルの苦痛。


 放送事故レベルの、自己紹介。コメント欄で大笑いされ、面白いものを見たという風に思われて……。だが、これが最初で最後の10万回再生であるという事実が、重くのしかかる。


「つーかさー、どうしてGotubeにこだわるのよシエテちゃーん。ここまで長く続けて、再生数も伸びない、コメントもつかないって。ついでに言うとめちゃくちゃつまらない……。三重苦じゃーん。こんなの私じゃ絶対無理だわ。耐えられない」


「……うるせえわよ」


「悪いことは言わないにゃ―、時間を無駄にする前にとっとと引退して家に帰ったらどうかにゃー。少なくとも底辺生活するよりは遥かにマシでしょー。顔だけはいいんだから―」


「うっせえ! 黙れ!」


 叫びというよりは、怒鳴りつけだった。完全に八つ当たりである何か。怒りで体が震えている。その惨めさで涙が出てきた。


「私の未来は私が決めるっての……! アンタに言われる前に、最高の動画、何本でも作ってやるわ! テメェを見返すためなら何でもしてやるわよ……エリセ! 次の動画……とっておきのやつでアンタを倒す!」


「あー……。せっかくのアドヴァイスが無駄になったー。もうしーらねっ。面白い動画何も考えられないその頭と引きこもりの体で何かしてみせなー! もし、10万回再生以上……。ついでにマンスリーアワードに入ることができたらシエテちゃんのこと認めてやってもいいからー。出来たらコラボして土下座ってやるわー。ま、できるわけねーけどねー。そんじゃ、動画撮影に戻るから待ったねー。ばっははーい」


「言ったな!? 言ったわよね!! 了解!じゃあね!」


 ブツン、と電話が切れるとシエテはそのスマホを置いた。


「フフフフフフ……あのクソ女神……!! どこまで辱めを受けさせようかしら……。えぇ、これからが!すっごくこれからが楽しみね……!」


 一室の中で、ボロボロの姿となっていた女神の顔に生気が戻る。全てはリベンジのため。あのスーパー性悪Gotuberの鼻っ面をへし折りたいがため。シエテは笑う。もしそうなった時を創造して、笑う。


「さて……次の動画については、もう決まっているのよ……。このGotuberの動画のスタンダードにして……、最も再生数の稼ぎやすい奴……。そして一番面白いと言われるジャンル!」


 カタカタカタっとキーボードをたたく音が響いた。その音によって、文字が刻み込まれる。その文字にはこう書いてあった。


『ドキドキ! 初めての異世界転移物語!』


「人間が異世界にでて、どういう反応をするか。どうサポートしていくか、行動していくジャンル……。頼りたくなかったけれど、こいつを使わせてもらうわ……! 全てがチャンス、なりふり構っていられるかってのー!」


 そう叫ぶと、右手に棒状の何かを持った。木でできた杖に、人の顔のような何かがついている。


 よぶ夫という異世界召喚、異世界転移用の杖だ。10万回再生がされた記念で、親に買ってもらったもの。埃被っていたそれを、ついに取り出す時が来た。


「こいつを使わざるを得ないのは癪だけど……。買ってもらったものは有効活用! それが流儀! よし行くわよ、全部準備OK! これが私『あるしえてチャンネル』。未来に向かっての……第二章スタートー!!」


 決意を新たに、そう叫んだ。叫んだのはよかったのだが……。


───ドンドン!

「っひぃ!?」


 まぁ、一人ぼっちの部屋だから……。この部屋はとんでもなく壁が薄かったりするのであるので……。


(……まずは違う場所にしよう)

 さしものシエテでさえも、そう思わざるを得ないのであった。

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