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青年たちは初依頼で事故る

二重の意味ですっげえ長くなりました。

申しわけありません。


「……この先に、依頼人がいるのよね」


 少女が杖によく似た純白の旗を持っている。スライムを倒したときに使った、魔法が出る旗。彼女の本気を表す武器だ。


 少女……女神シエテが睨むは、街はずれの坂の上にある、小さな藁ぶきの家。ポツンと存在しているそこに用があるから、彼女はやってきたのだ。


 その坂の上は本当に閑散としていて、家以外何もないように見える。そんな家に住んでいる人は、相当気難しいか、一人を好んでいるか。シエテはそう考えた。


(それでも……。行くしかない。だって私達のためになるもん)


 旗を持って、真剣な表情で。彼女は目の前を見据えて……


「よーし、全力で行くわよ!」


 思いっきり突撃するように、進撃するように。今、偉大なる一歩を踏み出す……


「……待てこら」

「きゃああっ、何するのよーーってぐえっ」


 踏み出す前に、背後の琥太郎に服を思いっきり引っ張られた。ゆったりとした白い服。その服の首の辺り……ネックラインがちょうど首の部分へと当たって、ちょうど締まるような形になってしまった。蛙のような、なんともおぞましいうめき声を上げる。苦しい。


「勝手に行くんじゃない。武器を持って突撃する場所でもない」

 琥太郎は服から手を放しつつ、そう告げる。そう、この女神。琥太郎を置いていったのだ。琥太郎とシエテ。この二人は目的地は同じ。


「なーによ……。依頼人から言葉を聞いて、どかーんってやればいいだけでしょ? 冒険者の仕事って」

「あの時にあれを聞いた結果、得られたのがそんな認識だったら、お前は今すぐゴウスさんやエルメスさんに土下座して謝った方がいいな。良いか? 俺たちは初めて冒険者として任務に挑むわけだ。その最初の一回で大失敗してみろ。かなりお笑いになる」

「う……。それに……お金ももらえないから、今日の生活が……」

「そう。ジリ貧になるな。だから……お前の突撃は、この冒険では全く意味ないということになる」

「っく……人間の癖になかなかいうわね……」

「むしろ人間だから言うんだ。駄女神にはそう、言い聞かせるように言わないと無理だからな」

「まぁた言った! この世界に来てから何回駄女神と言い放ってるのよ!」


 ムキになってそう叫ぶシエテは無視して、琥太郎は何かに目を通す。彼が持っているのは一枚の紙。


 そこに書かれていたのは、大きな文字といくらかの文章だった。書き文字はあまり分からないが、ゴウスやエルメスと一緒に読んだから、内容自体は頭に入っている。

害鳥ニワトリ討伐。報酬、ニワトリ一体につき3000キュレル』


 キュレルというのはアルヴィレアで使えるお金の単位らしい。それが日本円でどれくらいなのかは、琥太郎にはわからない。


 だが、琥太郎の心には一抹の不安があった。


(エルメスさんはあぁ言うが、シエテは話を聞かずに行ってしまったし……あぁ、ちょっとばかし心配だな)


 紙から目を離しじっと上の家を見ながら、心の中でそう呟いた琥太郎。

 その不安の種は、この場所へとやってきた数分前、冒険者ギルドの集合所での出来事にさかのぼるのである。



「さーてーと……。ようやくこれで冒険者になったのだけど……うぅむ」


 疑問を口に出すかのように、シエテは小さく呟いた。カウンター側の長椅子に座り、小さく唸る。


 冒険者名簿に名前を登録し終わって、めでたく一冒険者になったシエテと琥太郎だったが、そこから先が八方塞がりの状態であった。何をすればいいか。少女の頭の中からはまずそこが抜け落ちていた。


「いや、目的自体は知っているし分かってるわ? あれでしょ。依頼を受けて、完遂してひたすらにお金を稼ぐこと。体一つあればできる仕事って、あのゴウスって人が言ってたし……」

「そうですねぇ。基本は、お金を稼いでいい武器や防具、道具を買ってまたお金を稼ぐ。そうして周りとのつながりを構築し、名声を得たりパーティを作ったり……。それが冒険者の理想の形だと思います」


 シエテの言葉に、エルメスが答える。生徒に教える教師のように、その言葉は鮮明で単純明快だ。


 彼女が言う通りだ。冒険者の目的はそういったもの。基本はお金、そして名声のために動くのが冒険者なのだ。


「一流の冒険者は、一回の出撃だけで何十、何百万のキュレルが動いたりします。ここレッドヴィレの街はあまり大きくないからあれなのですが、もっとおっきな都市に行くと本当にすごい人を抱えたギルドがたくさんあるんです! そういった人たちとお知り合いになるのが、実は小さな夢だったり……」


 きらきらとした表情で、エルメスはそう言葉を連ねる。


 エルメスさん。彼女の冒険者愛というのはすごく大きなものなのだろう。琥太郎は話を聞いていて本当に思った。話している内容に一切妥協はない。それに速度もゆったりではなく、早口で一定。好きすぎて周りが見えていない証拠だ。


「なるほど……。一流の冒険者になって多額の金を動かせるようになるのもいいわね……。つーか、今でも動かせそうだけど。私女神だし」


 お前に金を動かせるとは到底思わない。琥太郎はシエテにそう言いたくなる衝動を抑えた。昨日は確かに金を動かしたが、あまりにも惨めな方法だっただろう。と、酒に酔ってべろんべろんに潰れ切ったシエテの姿を追想する。それについて指摘することはないが。


「それで……えぇと、エルメスと言ったかしら?」

「はい。どうされましたか? シエテ様」

「冒険者になったから、さっそくこいつと一緒に任務を受けたいと思うんだけど。なんかいいものあるかしら?」


 琥太郎を手で引っ張って隣に立たせつつ、そう問いかける。「あっ、希望は金稼ぎのいい奴ねー」って、希望条件を押し付けることも忘れない。


「うーん……複雑ですね……。そもそも、冒険者の仕事にはいくつかランクが……」

「そんなに早く金稼ぎのいい仕事なんかもらえないで、姉ちゃん! 物事には順序があるんや」


 見かねて背後のゴウスが声を上げた。


「えー!? 嘘でしょ?!」

「嘘じゃないですよ。冒険者のランクについて、私と一緒に勉強しましょう、シエテ様!」

「……ふぁい」


 にっこりと満面の笑みで告げるエルメスに、シエテは何も言えなかった。エルメスはそのまま話し始める。


「そもそも冒険者というのは体一つで始められる仕事ではあるんですけれど、それを踏まえて大切な条項が一つあります。それは、一度受けた依頼は出来る限り成功させるということ」

「依頼は出来る限り成功させる……」

「確かに冒険者というのは夢のある仕事だし、体一つあれば始められるというのも間違いじゃないです。間違いじゃないんですけど……。やっぱりもう一つ大事なことがあると私は思うんですよ。無茶をしないという心が」

「無茶をしない心……。意外と堅実。勇気があれば何でもできる……じゃないんだ」


 シエテがぽつりとつぶやいた。琥太郎も少し思った。たいていの場合、新人はがむしゃらに行け、勇気を持て。と教わる気がする。社会に出た経験はないからわからないのだけど、自分の母ならきっとそういうはずだ。心に剣を持てと。勇気が全てを救うと。


「御伽噺だったらそうかもしれないんですけど……」


 こめかみに指をあてて、苦笑しながらエルメスはそう答えた。


「だけど、現実はおとぎ話よりもはるかに甘くありません。筋道のある物語とは違って、冒険者の道は荒れ放題だし、穴だらけ。何があるかわからないんです。初心者のうちから無茶をして、高い難易度の依頼や任務に挑んで死んでしまったら、すごくもったいないと思うんですよ」

「確かに、そうね……」


 大きくシエテは頷いた。琥太郎でもさすがに分かる。無茶をし過ぎたら命を縮める。自分がつい最近、経験したことだ。経験したから、今自分はここにいる。


「ですから。私達冒険者ギルドは、登録した冒険者の能力やパーティの総合力などに合わせて、受けられる任務を取捨選択する義務を負っているんです。所属、登録している冒険者がもし死んでしまったら、本人の責任だけではなく、それはギルドの責任になるんです」

「せ、せきにんじゅうだーい……!」


 シエテは呟かざるを得なかった。


「責任重大ですけど、登録した冒険者が成長してる姿を見ると、すごくうれしくなりますよ! 例えばですけど……」


 そういうとエルメスはごそごそと何かを取り出した。あの人の好さそうな、こわもての顔の絵と、大きくて包み込まれそうな手のひらは、一人しかいない。ゴウスだ。


「ゴウスさんは今4人パーティを組んでいるんですけど、あの人は6段階の評価の中では3番目のBランク。それは、都市の中でも十分通用するレベルなんです。この街の全ての任務や依頼を完全に受けられるようになるのはCランクから。そう考えると、一番強いかもしれません」

「ふおぉ……すごいじゃないのよ!」

「よせやぁ。俺ァただがむしゃらに生き延びてきただけやで。酒飲みたいためにな!」


 やはりあの体は間違いじゃなかったんだなと思わされた。興奮して叫び声を出す。ゴウスは謙遜するけれど、それでも誇っていいものだ。自分の力で勝ち取った栄光。それほどかっこいいものはない。


「ゴウスさんもそうですけど、例えばこの前入った大型新人さんは、あまりにも強かったです。おそらくAランク相当の筈です。けどあの人たちほどではなくても、レッドヴィレの街にはすごく粒ぞろいな冒険者さんがたくさんいるんですよ! みんな任務や依頼を頑張ってますよ! あ、依頼と任務の違いは、依頼が個人によるもので、任務は国や街から賜るものでして……」

「ヘイストップ! そこまで言う必要はないわ! えーと……私達よ! 私と琥太郎が受けられるもんはどこにあるわけ?」

「あ、そうですね。申し訳ありませんでした……。そうですね……」


 紙をぺらぺらめくって、エルメスは確認する。確認する場所は、琥太郎とシエテの冒険者の登録票だ。


「コタロー様とシエテ様は、まだ初めてなのでROOKIEランクとなっています。このランクは、最初の一回という中で冒険者が死にかけないようにまた死なないように。本当に簡単な依頼だけを受けさせる制度みたいなものなのです。例えば、壁の掲示板にかかっているものは最低でもEランクからなので、お二方は受けることができません」


 エルメスはそう言って壁を指さした。多くの冒険者が、そこに張られた紙を眺めている。


 そして壁から指を離すと、今度はテーブルの下から書物を取り出した。分厚い本だ。


「それでROOKIEランクのものは、こうやって書物になって綴じられるようになっているんです。今回はこちらからお願いします!」


 それをシエテの前に置いて、ゆっくりと開いていく。紙は綴じものではなく、幕のようなものに入れられるようになっている。


 そしてその紙に刻まれているのは、Rの文字。ROOKIEの文字。


「えーとなになに……?」


 興味を持ってシエテはその紙たちを眺める。するとすぐに、シエテの表情から光が消えていくのが感じられた。


「草原の草むしり、950キュレル。街の自警1時間1500キュレル……馬の調教1750キュレル……本当にこれ依頼ってやつなの?」 

「えぇ、れっきとした依頼ですよ!」

「うっすい! あまりにも薄い! 薄いし温いし何より報酬が安い!! もっとこれ退治してきて!とか、これ取ってきて! とか、色々ないの!?」

「さすがにROOKIEランクでそれは……。そういったものは最低でもEランクの方からで……」

「何が悲しくて冒険者じゃなくてもできるようなことをやらなきゃいけないのよ……もっとこう……ってあら?」


 怒りに身を任せてぺーじをぺらぺらめくったその先。ある一文がシエテの目に飛び込んできた。


害鳥ニワトリ討伐。報酬、ニワトリ一体につき3000キュレル……。これよ!」


 その内容に思わず、シエテは目を光らせた。それを取り出し、バンっと叩き付ける。


「これを求めていたわ……。私は! こんなのを求めてたのよ!」

「それですかぁ……。シエテ様にはいいかもしれませんねぇ……」


 シエテの想いっきりのよさに、すっかりたじたじになってしまったエルメス。


(……不幸だな。駄女神の勢いに飲まれるとは)


 心の中で琥太郎はその不幸を悲しく感じた。


「よーし、そうと決まれば私達の初仕事よ! いっくわよーこたろー! はやくー!」


 それを叩きつけた状態で、彼女は酒場から思いっきり出て行ってしまった。何も物をもらうこともなく。琥太郎たちを置いてけぼりにして。


「……シエテ様、コタロー様。その依頼を受理しました……」


 苦笑しつつも、エルメスはそうしっかり答えた。そこら辺はプロ意識の高さを感じられる。


「こちらがその場所の地図になります。あと、危なそうになった場合の羽笛の支給になります。羽笛は緊急脱出用に使えます。これを吹くと、最寄りの……パーティのお二方が集合した場所にたどり着くことができます。最後の手段として、お使いくださいませ。あの……コタロー様」


 おずおずと地図と羽を渡しつつ、エルメスは告げた。


「シエテ様には言えなかったんですけど……ご武運を。必ず帰ってきてくださいね?」

「分かった。そうする……。相当高いけど、大丈夫だと思うか……?」

「大丈夫……だと思います。いや、どうだろう……。分からないですね……。申し訳ありません。初めてのお仕事、行ってらっしゃいませ」

「……行ってきます」


 地図と薬草を受け取り、彼はシエテを負うようにゆっくりと酒場から出ていった。


「しかし、ROOKIEでこんな桁違いな任務が出るとは驚いたなあ」


 カウンターに置かれたままの紙を手に取って、ゴウスは呟く。その紙は、文字は。紛れもなく本物だった。


「はい。つい先日依頼が出たばかりで……。お金が有り余っている人か、本当に太っ腹な人だと思います……」

「つい先日か……幸運ってやつなんやねえ……って……ん?」


 ふと、ゴウスは目を細めた。紙の書かれた文字に目がとまる。


「どうされましたか……?」

「この場所、この依頼人の名前……どっかで聞いたことがあるんやが……。おい、おめえら」

「どうしたんじゃが? ゴウス」


 ゴウスの言葉に男たちが寄ってくる。ゴウスは手に取っていた紙を見せた。


「……おめえら。こいつのことぉ知らへんか?」



「あなた方がご依頼を受けてくださった方々ですねえっ! 本当に感謝しているんですよぉ!」

「どうも! 私達が害鳥倒しにやってきたわよ!」


 坂の上の小さな家の前にたどり着くと、やけにハイテンションな男が一人、シエテたちを迎えてくれた。ぶんぶんと手を掴んで振り回しながら、会えた喜びをかみしめるように叫ぶ。


「なぁ、本当にあの報酬でいいんだっけ? こちらの奴はたいして確認しないで出て行ってしまったが、俺は他の紙を見て相場とかも確認してる……相当高いぞ。あれは……」

「えぇ、えぇ! もし倒せたのでしたら……あれくらいの報酬を差し上げますよ!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべて、男は琥太郎へそう告げる。琥太郎はそれ以上交渉する能力は持っていなかった。そもそも相場の確認とかいうものも、自分にとってははったりのようなもの。無駄な指摘を受けるのは避けたい。


「あ、依頼の内容なのですが……」


 そう言って男が指を指した。坂の上は、木が生い茂っている。林の道と行ったらいいだろうか。そこを指差しつつ男は言った。


「えぇ、実はですね……。私はここで野菜を作っているのですが、よく奥の方からニワトリが害鳥としてやってくるんですよ。そいつらが作物を荒らす荒らす! 私の丹精込めて育てた野菜ちゃんが、とてつもなく可哀想になってしまう! そんなの耐えられない! だから私は、ニワトリを倒して、野菜ちゃんを守ってくれるような人を募集しているんでたんですよ! えぇ、とってもうれしいです……!」


 身振り手振り。大きすぎるリアクションをしながら彼は二人へと話す。自分の経験や苦労を、全て語りつくすような、そんな感じで。


「そりゃ、心を込めて育てたものが傷ついたらいやよね……。私も昔ウサギを家で飼ってたんだけど、ある豪雨の日、学校に行っている間に外へ飛び出して、そのまま雷に打たれて……」

「その話はやや気になるが、放すと長くなりそうだしここらへんで切らせてもらう」


 強引に話を打ち切った。そしてシエテに問いかける。


「……あの旗はあるよな」

「えぇ。私の魔術が炸裂するわよ」

「それはいいが、俺たちの力やお前の体力を考えて……ニワトリ一体が限界だろう。だからまずは目標として一体倒す。それから考える。良いか?」

「……ええ、了解」


 シエテがこくんとうなずいてくれた。すぐに男の前へと居直って、琥太郎がそう告げる。


「一応準備できた。このまま、まっすぐ道の方へと行けばいいのか?」

「えぇ、そうですよ? 私はこの家であなた方の報告を待っていますから。いい報告がもらえる時をね、しっかりしっかりお待ちしておりますから!」

「やってやるわよ! ちゃんとニワトリぶっ潰してやったわ的な報告するから……待ってなさい!」 


 最後までハイテンションな男を一瞥すると、二人はゆっくりと踵を返す。そして男の体を背に、奥へ奥へと歩いていった。



「すっごく嬉しいわ。なんというか、掘り出し物のお宝を見つけた気分よ! 貧乏になることはまずないわ……お金が一桁違うんですもの!」


 歩いてすぐに、木々が周りの太陽を隠す。それでも、シエテは上機嫌で。今でもスキップしそうなほどの勢いで歩く。何も怖くない。そんな感じだ。


 辺りは薄暗くなって、小さな動物が辺りを歩く。無害でかわいいが、それを楽しんでいる余裕は、琥太郎にはない。


「……早くすませたいんだが。冒険者になったとはいえ、こんなところに行きたくないのは当然だろ」

「なぁに? 琥太郎? もしかしてビビりかしら~~?」


 手を口に当ててにやにやするそぶりを見せ乍ら、シエテは琥太郎を煽る。


「そういうことじゃない。だが……エルメスさんの反応が気になってな」

「エルメスって……冒険者大好き女のことよね? 一体どうしたわけ?」

「めちゃくちゃ苦笑していたのと……。あとこれをもらった」


 琥太郎が見せたのは、首にかけている小さな羽だ。


「羽笛というらしいな。脱出用だとさ」

「なぁに、用意周到ね……私達が死にかけるみたいなこと言ってるわけ? あの女」

「そういうことじゃないだろ。そういうことじゃないだろうが……。あの時言ってただろ。エルメスさんが」


 冒険者好きなあのエルメスが、シエテたちに対して何て言っていたかを思い出す。


 筋道のある物語とは違って、冒険者の道は荒れ放題だし、穴だらけ。何があるかわからないんです───。


 その言葉に従うのなら、この歩き始めたばかりの道は荒れ放題で、何が起こるかわからない。シエテは早く冒険できて楽観的な憶測を出せているのだろうが……琥太郎にはそれは出来なかった。


 帰らなきゃいけないからだ。エルメス達との約束を果たして、帰らなければ。


「きちんと帰ることが一番大事なことだって言ってただろ。俺たちは死んじゃダメだ。だから……」

「うっさいわね……そこまで心配されるようなことじゃないわよ」


 琥太郎の言葉に即答して切り捨てた瞬間。


 ───ズウウゥン!! バキバキィ!


「!!」

「来たわ!!」


 琥太郎の背がビクン、と大きく跳ねる。木が揺れ、倒れる大きな音が周りに響いた。驚かされた。本気で驚かされた。


 対してシエテは嬉しそうに叫ぶと、くるくると旗を回し……右手で持って構えた。


「ふふん、ようやく来たわね……害鳥! アンタ、三歩で忘れるダメダメなニワトリだっていうじゃない! 私の魔法でチャチャっとぶっ潰して、あげるんだから……」


 そう胸を張って告げるシエテであったが……。


───ガアアァァァ!!


 ニワトリとは全くにつかない、甲高く恐ろしい鳴き声にその声をかき消される。するとシエテの表情が変わった。緊迫したような、張り詰めたような表情へと変わり果てた。


「な、なによあれ……全然違うじゃない……」


 シエテが震える声でそう呟いた。


───ガサガサ! バサバサァッ!!


 音は続いていく。木を、草を。切り裂いて。倒して。『ニワトリ』が姿を現す。


『ガアアアァァァァ!! ガアァァァ!!』


 そして、二人の前に鳥が姿を現した。でもそいつは、『ニワトリ』なんかじゃなかった。


 自分たちの今まで予想していたそれよりも、はるかに高く。重そうな体躯。黒く艶やかな羽毛。真っ青な首に、巨大なとさか……。


 そして何より。


 その体を覆うように色づくのは……赤。


 炎のように燃え盛る。真っ赤な色。


 間違いない。これは……ニワトリなんかじゃない。現実世界でもそれに似た鳥は、見たことある。飼い主を殺害するほど、恐ろしい爪を持ち……。獲物を切り殺すことだって可能な。世界一、凶暴な鳥と呼ばれるもの……。


───ガアアアァァァァ!!


 赤と青の悪魔が、二人の前に姿を現した。



「ゴウス……。あの依頼人やべえやつや……!」


 べしぃん! と依頼の紙を叩きつけて、男が叫んだ。


 冒険者ギルド。ゴウスの感じた違和感を解こうとした集団は、一人の男が導き出した言葉を聞いた。その瞬間、全員の顔に驚愕が浮かんだ。


「噂を聞いたんがじゃ……。新人さんが集団で行方不明になっちゅうという話を聞いて、もしやと思ったらビンゴだったがじゃ……。あの文章、行方不明になった奴等が見てたやつと一字一句おなじがじゃ!」

「ワシもそれ思い出したぞな! ちゅうこっちゃあ……。やっぱり坂の上のアイツじゃ……。 べらぼうに高い金で初心者を釣って、飼ってるトリの餌にしてるっちゅう糞みたいなやつや!」


 聞いていた冒険者たちが、一斉に声を上げる。噂になってしまうほどに、恐ろしい奴なのだ。あの男は。


「そんな……嘘でしょう……!? そんなの……全然、全然知らなかった……。私の、私のせいでおふたりが……!」

「アンタのせいじゃないがじゃ! わりいのは全てアイツがじゃ!」


 さすがのエルメスでさえも、驚きと悲しみを隠せなかった。送り出したやつが、とんでもない奴だった。やばい奴だったのを聞いてしまったからだ。彼女は涙をこらえられず、崩れ落ちる。


「どうすッペ……今からでも憲兵さんを……」

「阿呆! 間に合わへんしあいつら役立たねえ!」

「なら、冒険者である俺たちで何とかするがじゃ!?」

「全員で行く気か!? アイツに怪しまれるで!」


 予想外の事態に、狂乱の渦へと飲み込まれてしまった世界。誰が止めることができようか。誰も止められはしない……。そんな世界の中で。


「……私が行く」


 たった一人。たった一人だけ手を上げた。全身鎧に隠れた姿をした、男とも女ともつかない人物。


「あ、アンタ……アンタがなんとかできるんだったら大歓迎がじゃ……。そりゃアンタ……。Aランク相当だもんな」

「でも……どうしてアンタが行くんがじゃ? アンタじゃなくとも……」

「いいや、私が行く。あれを倒すのは……私じゃなきゃ」


 声が響いた。小さいけれど、よく通る声。まるで、美しいハープの音。


 美しい声を響かせた鎧騎士は、ガシャンと音を立てて立ちあがった。そして、呟くようにそう言い放って……ギルドを去る。


「理由なんて一つで十分」


───に危害を加えた。それだけ。




「ヒクイドリだっ! 俺の世界でも似てるやつがいるけど……とんでもなく恐ろしい奴だ!」

「嘘でしょっ!? アルヴィレアの動物って……下界のやつに似てるけど……。たいていすっごく凶暴なのよ!」


 大混乱。大恐慌。そういった世界に囚われたシエテと琥太郎の二人。そんな二人を、『ニワトリ』は、見下すかのように見据える。炎の塊のようなそれが、プレッシャーとなって襲い掛かる。


 全てがおれてしまうような、そんな感覚を得ている。


「……羽笛を使うしかないか……」


 観念した琥太郎が、首にかけていたその小さな羽を手に取ろうとする。


 だが、シエテが制した。


「ダメよ! あいつを倒さなきゃ、お金がもらえないじゃないのよ!」

「そんなこと言ってる場合か! 逃げるしかないだろ……。これはスライムとは違うんだよ」

「いいや、アイツに魔法を叩き込む! やられる前に……やる!」


 そう叫ぶと、目の前の相手に旗を構えた。


「お見せするわ……神的魔術!」


 そう叫ぶと、彼女は旗を突き付けた。純白の旗に、黄色の紋章が刻まれる。その紋章の模様は……鳥。

「鳥なら鳥よ……! 雷鳥よ……轟け! 『サンダーバード・フェニクス!!』」 


 そして、それを振るった瞬間。


 雷が轟き……。巨大な鳥が出現した。それが一気に加速して、『ニワトリ』へと迫る。


 しかし、『ニワトリ』は、全く持って動かなかった。動かないまま、叫ぶ。


───ガアアアァァァァ!!!


 その叫び声ととともに放たれたのは、右足による、蹴り技一閃。その一撃が、雷の不死鳥にぶつかった瞬間……。


 バリリリリリリィ!!!


 雷の鳥は、巨大な断末魔を残して、切り裂かれていた。すぐにその鳥の存在は、空気の中へとかき消える。


「そんな……何もかも、無駄だったってこと……? ふぁ……」


 瞬間、攻撃が通らず無駄足だったことを知ってしまい……。すぐにシエテの体が崩れる。


「シエテ!!」 


 地面に倒れ込む前に、琥太郎がその体を支える。彼女の体は、すごく軽い。体重が存在しないかのように、軽かった。


 そんな中で『ニワトリ』は、目の前で倒れ込んだ『餌』と、それを支える『餌』。そのふたつへと目線を向けた。


 あいつらは、非常においしそうだ……。よだれをしたらせた巨大な鳥は……。目の前の『餌』へ向けて……爪を光らせる。


 このまま蹴り上げれば、一撃で『餌』が手に入る。今までだって、そうしてきた。


 そのまま……一気に爪を……振り上げる……その瞬間。


 ピィィィッッ!!


 蚊の鳴くような、小さな音が空気を震わす。そして震わせた次の瞬間に……。


 琥太郎とシエテは。林の中から姿を消すのであった。

さて、シエテたちは生き延びられたのかな……?

そして鎧騎士の正体は一体!?



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