日常へ
まだ日が出てねえ朝も朝、空気は澄んでて肌寒い、昼になれば日も照ってさぞかし気持ちよかろうとは思ったが、とはいえ朝は寒いもんで、俺は布団にくるまっていた。酒は枕元にあるもんで、そんならツマミもいるもんだから、既にキャベツは拾ってきたな。
だからもちろん目は覚めちゃいるが、何もやる気が起こらねえのは仕方ねえもんで、今日も今日とて俺はよお、昼までウダウダしてんだろうなあ。寒いし、じゃあ酒でも飲むか、なんてチラチラ思うは思うんだけど、どういうわけか、飲む気にもならねえもんで、俺は暗闇の中、ただ思い出す。
あのダンジョンに果たして行くべきだったのか。
いや、言うて仕事だったもんで、断るはずもなかったけども、色んなことに直面したなと思ったもんで、あの日あのままダンジョン行かずに、ここで飲んだくれてたらよ、色んなことが違ってたのかと思うよな。
ブリ子にゃ名前なんてつかずに、何たらかんたらの戦士、みてえな変な呼び名のままだろうな。メウルの野郎もゴブリンたちも、いつかはブリ子と離れたとてよ、あの日じゃなかったかもしれねえ。
腹ん中では色々あっても、表向きは平穏で、あのまま暮らしてたかもしれねえ。
ゴブリンたちも災難だよな。
俺にメウルに殺されて、何の為に生きて来たんだ、なんて思ったヤツはよお、絶対にいただろな。
まあよ、普通はゴブリンってのは、人と相容れねえ種族。だから後悔なんてねえが、思うところもあるよなあ。何故ったらよ、ゴブリンの中には、ちょっと違うヤツもいる。ブリ子のヤツみてえなよ。
あの後、ブリ子は俺に別れを告げた。駆け寄って来るマオたちを見ようとせずによお、どこへともなくフラフラ歩いて、そのままいなくなっちまった。
色々環境変わっちまって、最初は俺やマオと一緒に来るつもり。だけど終わってみたらばよ、心に穴がぽっかり開いて、割り切れねえ思いになった。多分そういうことだよな。
気持ちは分からんでもねえよ。俺もそうだったんだから。いいや、俺だけじゃねえな。メウルもある意味同じだからよ。地元の為に歪んじまって、進んだ先はキツい現実。いがみ合って戦って、後味悪く終わっちまってよ、どうなんだって話だよな。
まあよ、何だかんだ言って、ボンボンたちは救出出来た。それでいいじゃあねえかなんて思ってるのも事実だよな。……なんて思っていたらばよ、いつの間にか日が出始めて、明るくなって来やがった。
俺の横にはグスマン寝てて、すぴすぴ寝息立ててるな。朝日に顔が照らされて、長い睫毛がキラキラしてらあ。俺に似てよお、いい顔してる。急な出産だったけど、生んでよかったと思ってるぜ。
外からはマオと両親の気配。畑仕事をやってらあ。マオの声で「また盗まれてるよ」なんつってやがるが、俺は拾ったの一点張りで押し通るんだから関係ねえな。マオの両親は「まあまあ」「いいじゃない」なんて言ってなだめて、「父さんも母さんも甘いよ」なんて言われてらあ。俺とグスマンが親子ならば、マオとアイツらも親子。ただし、ちょっとワケありだ。そう、ちょっとワケありなんだ。まあよ、今すぐどうこうなるわけじゃねえが、力が覚醒しちまったマオをアイツらはまだ知らねえわけで、果たしてこれから何て言うべきだろうなあ。俺も、そしてアイツらも、いつかこうなるとはよ、思ってたから、さあて、どうしたもんかなあ。まあよ、しばらく平穏なまま、この日常を過ごしてえが、どうなることやら、分からねえな。
俺が、ブリ子が、ゴブリンたちが、そしてメウルが到達したのは、日常の向こう側だった。だけどマオには、なるべく長く、平和な日常にいてほしい。グスマンもボンボンたちもな。アイツらはよお、まだ若い。だからこれから、辛いこともきっといっぱいあるんだよなあ。だけどなるべく歪まねえでよ、真っ直ぐ歩いてほしいんだよな。
だから、何かあったらよ、俺らがやるしかねえよなあ。全世界を救うだとかは今の勇者がやりゃあいいし、勝手に世界が頑張りゃいいや。俺は身近な手が届くヤツをのらりくらりと助けてよ、たまに街出て遊んでよ、この日常を守って行きてえ。そしたらいつかここがよお、俺の地元だっつって、終の住処にもなるんじゃねえの。
あーあ、真面目なこと考えて、何だかダルくなってきたな。こうなってくると俺はよお、酒をちびちびやりながら、キャベツぱりぱり食い散らかして、やっぱりこうなっちまうかあ、なんて思ったもんでよお、あくびひとつ、目を閉じて、昼まで二度寝でもするか、ってなもんで、これにて一旦終わりだな。




