もたらされたもの、割れたもの
「ねえ、やっぱりおかしいって」なんつってマオが言いやがるのは、グスマンの出産についてなんだが、これがほんとにピーチクパーチクうるせえし、「親子じゃないからね」なんて、どうにも許せねえことを言いやがったんで、俺はむかつきながら無言で歩いていた。
マオは「ディーさん、ちょっと聞いてる?」ってなもんで、延々話しかけてきやがるが、俺ぁもちろんガン無視で、おめえと話す事はねえ、ってなもんで、ザンザン歩く。
だけどこのバカ女、無神経にも程がある。
こっちが話しかけんなオーラを出してるってのに、気付きもしねえで、グイグイ来やがる。
そんで、「ねえディーさん、ふつう、ミノタウロスはミノタウロスから生まれるんじゃないの?」なんつってぬかしやがるが、俺ぁもうこいつとは口をきかねえって決めたもんで、「おーよちよち、グスマンー。 変なお姉ちゃんがうるさいでちゅねー」なんて言ったらば、マオの野郎、「えー、変なオジサンに変って言われたくないなー」なんて言いやがって、誰が変なオジサンだよ、俺はごく普通のママだ、って言い返しそうになったが、ああだこうだと屁理屈述べやがるのがマオだし、ママって言うけどオッサンじゃん、って絶対言うだろうから、うちのグスマンの教育に悪い。
だから、もう喋らねえのが一番だな、ってなもんで、グッとこらえて無言で流した。
そいだら途端にグスマンが、「ふぇぇ」っつってぐずっちまって、俺は必死にあやすんだが、これがなかなか泣き止まねえ。
でも泣いてるその顔も、声も、何もかもが可愛くて、俺はついつい笑顔になって、そしたら何かグスマンも、キャッキャ言って泣き止んだのよ。
だから俺はピーンときて、「これはグスマンはどうやら、ママの気持ちが分かるんだな、頭のいい子だぜ」ってなもんで、高い高いしてやったらば、グスマンはそれはもう喜んで、「キャアー、だーい、だーい」なんつって、これは高い高いって言ってるんだなってことで俺も驚きテンションも上がる、ってなもんで、「おいおい! こりゃもうすぐ言葉しゃべれる様になるんじゃねえか!?」っつったらば、マオが「えっマジ!?」っつって、俺がチラッと見てみると、何だかソワソワしてやがる。
俺はこれまたピーンときて立ち止まり、グスマンを高い高いしながら「可愛いでちゅねー」からの抱っこ移行で、「ほーら抱っこー、ねー? あっ、グスマンは抱っこ好きなんでちゅねー」っつったらば、グスマンも阿吽の呼吸でまた「キャアー」なんつって、最高に可愛い声をあげたもんだから、マオはいよいよ我慢出来なくなったみてえで、「あのさ、あのさディーさん……」なんつって、ソワソワしながら俺とグスマンの周りをウロウロしてやがる。
こりゃあマオのヤツ、グスマンを抱っこしたくなってやがるな、っつってヤツの心を見抜いた俺は一笑、フッてなもんで、そいでからマオに向かって、曇りなき澄んだ眼を真っ直ぐ向けて、「抱っこ、してみるか?」っつったわけよ。
そいだらマオも一瞬「えっ」つって、ちょっと惑いつつ、でも素直な気性なもんだから、自分の気持ちに正直になったんだろうな、すぐに「うん!!!」っつって、辛抱たまらんって感じで飛んできた。
そんで俺が抱くグスマンの顔を覗き込んで、目をキラキラさせて、「グスマンちゃんのほっぺ触ってみていい!?」なんて言うもんだから、俺もフッてなもんで、また笑って頷いて、そしたらマオも大口開けて笑って頷いて、グスマンの頬を、羽根みてえな軽いタッチでふにっふにっと二回触った。
そしたらグスマンが口をもごもごしながら目を細めて、「ふにゅう」っつったもんだから、こんな愛らしいのを至近距離で見た俺もマオも、もうとろけちまって、顔がにやついちまう。そんでお互いの顔を見て、「何だよその顔、溶けてんぞ」「ディーさんこそ」「可愛いんだからしょうがねえよ」っつったらば、マオはいつもとちょっと違って、「可愛いからしょうがないね」なんつって肯定しやがるから、いまだかつてない円満な空気の中、俺たちは笑い合って、心の中で俺が、可愛いは正義、っつったらば、マオの目も、ほんとそれ、ってなった次第で、俺たちの仲直りは、言葉ではなく繋がる心で成立した。
こうなってくると、これまでの色んな小競り合いも、そん時そん時は譲れねえって感じだったけども、ぜんぶひっくるめて、もういいじゃねえか、って気持ちになってきて、マオのヤツも同じ気持ちだったみてえで、「ディーさん、これまでのこと、全部水に流そうよ」なんつってきて、俺たちの思いは一つ、そんなこんなで分かり合えたわけだから、そうするか、グスマンに乾杯、ってなもんで、ああ酒が飲みてえ。
しかし、思えばシングルマザーの俺と、それを最初は非難したけど結局は支える身内のマオって図式は、まさにシングルマザーの家庭が帰結するハッピーエンド、そして新たなる始まりへの序曲であり、それを実感した俺はシングルマザーとしての感慨もひとしおで、胸が熱くなりながら、「おめえが産まれた時も、俺がこうやって抱っこしてやってよ、おめえの父ちゃん母ちゃんと無言で笑い合ったわけよ」っつったらば、マオの野郎も泣きそうな顔で「うん」ってなもんで、涙ぐんだ目になって、俺は抱っこしてるグスマンを渡したらば、大切そうに受け取ったマオがグスマンを優しく見つめながら、頭を指先でそっと撫でた。
そんなマオの気持ちが嬉しい俺は、グスマンを抱いてるマオの頭を抱き寄せて、グスマンごと抱擁する格好になったらば、マオが、「ディーさんの気持ちが分かったよ」っつーから、俺もほんと素直な気持ちで「おめえもグスマンも、大切な俺の子どもだからよ」っつったらば、そこはこの野郎、途端にスンッとなって、虚ろな目をして俺を見上げて、「それは違うよ」なんて言うもんだから、水を差しやがったマオのバカに、俺はほんとにむかついて、グスマン抱いて両手が塞がってる今がその時だ、ってなもんで、ゲンコツ一発お見舞いしてやった。そんで、「てめえはほんとロクでもねえ、グスマンを返せ」っつーとマオが、「すぐ暴力振るうディーさんがグスマンちゃんのお世話すると、ぜったい教育に悪い!」なんて言ってグスマンを返さねえから、「うちの子を返せえ! 子どもは母親と一緒にいるのが一番幸せなんだ!」っつって、グスマンをひったくろうとしたらば、マオの野郎、少し屈み込みながら、グスマンの目に手を被せて視界を遮りやがった。
そして俺が、何やってんだ?ってなもんで、「あ?」っつって覗き込もうとした瞬間には、下から伸び上がる様なマオの頭突きが、俺のアゴに炸裂した。
この野郎、お前だって暴力がひどいだろうが、と俺は思ったけども、極悪人のマオは「はい、グスマンちゃんは今の見てまちぇーん」なんて言いやがって、目隠しは自分の凶行を隠す為か、コイツ悪の天才か、と圧倒されて愕然とする俺に向かって、マオは間髪入れず、「ディーさんは何かあった時に戦わないといけないんだから、私がグスマンちゃんの面倒見る係やるよ。 ディーさんが高速で動いたら、グスマンちゃんがバターになっちゃうよ」なんて言いやがって、俺はほんとにむかついて、「てめえグスマンを乳製品扱いするんじゃねえ」っつったけども、マオも即座に「例えに決まってんじゃん! 赤ちゃんなんだから、気を付けないとダメ!」なんて本気のトーンで言うもんだから「お、おう、そうだな、赤ちゃんだもんな」「可愛い赤ちゃんだもん」「可愛いもんな」「可愛いよ」「ほんと可愛いよな」「ほんと可愛いよ」なんつって、延々続くもんだから、子はかすがいとはよく言ったもんだよな。
で、バターはともかく、赤ん坊に過酷な動きはよくねえ、下手したら死んじまう、ってなもんで、戦闘の時はグスマンの面倒をマオが見ることになった。
そんなこんなで色々話し合った結果、グスマンの親権は、実母の俺と、義母のマオが共同で持つことになった。
複雑な家庭でグスマンが育つことは心配ではあるものの、俺たちチームお母さんズの思いは一つ、グスマンの健やかな毎日だから、俺もこの件に関しては納得そして安心ってなもんで。
ただしマオの頭突きについては納得が行かねえもんだから、「おめえ、こっちは謝れよ」っつってアゴを指さしたらば、マオは顔面蒼白になって目を伏せた。
そんでマオのヤツが苦悶の表情で、「それは、ほんとにゴメン……」っつーから、何だおめえ、しおらしくて張り合いがねえなあ、なんて思いながら、アゴをさすって気が付いた。
俺のアゴが割れていて、どうやらケツアゴになってやがる。
コレどういうことだよ、おい。