光剣カカト落とし
なぎ倒れた木がそこらにある中で、俺は距離を縮めようとゆっくり一歩進むんだけども、そしたらゴブリンが一歩下がる。俺はちっとばかしニヤリとしながら、「間合いに入れよこの野郎、度胸ねえのかてめえ」っつったらば、ゴブリンが「ああ。 無策で棒立ちする度胸はない」っつってニヤリ。人と人の会話なら、このやりとりは何てことねえが、相手はゴブリン。俺の言葉の意味を瞬時に理解して、しかも流暢に返答するなんざ、普通のゴブリンじゃねえ。賢すぎるぞ。
そう思ってるとマオがすかさず、「あんなにしっかり言葉を喋るゴブリンは、北方の山脈にひっそり暮らすという例のゴブリンしかいないはず!」なんて言い出しやがった。そしたらばボンボンたちが「な、何だってー!? 知ってるのかマオさん!」っつって、頷くマオが「例のゴブリンは、私たちが知る通常のゴブリンとは肌の色が少し違うという……!」なんて言うもんだから、お前ら何だよ、そのノリはよ、って思ったし、そもそも例のゴブリンって何だよと思った俺はほんとにちょっとひいてたんだけども、ふとゴブリンを見たら、そういやコイツ、肌の色が他のゴブリンと違うし、自分の掌を見ながら愕然としてやがるな。そんで、「確かにみんなと肌の色が違う!」とか、「私の肌は緑でみんなは黄緑……!?」とか、「例のゴブリン……!?」ってなもんで、ウチのバカガキどもに惑わされて、何かガンガン口走ってやがる。前言撤回、こんなのあんまり賢くなんかねえな。むしろコイツ結構バカなんじゃねえか?ってなもんで、俺は「はあ……何だコイツ」っつって、げんなり顔で溜め息ついたが、考え方によっちゃ、カモだわな。
つーのも、このゴブリンは、戦闘はちょっとしたもんかもしれねえが、口車には乗せやすそうだから、こりゃあ、大麻栽培の話だの、黒幕の居場所だの、何だのかんだの吐かせられるんじゃねえか、ってなもんで、このゴブリンは生かしとくか、って思ったよな。
そいだらゴブリンは、何だかブツブツ言い続けながら、天を仰いだ。それからしっかり目を閉じて、「私は、何故、この世に生まれたのだ」なんつって、急に哲学か?頭イッてやがるなコイツ。そんでまあ、ウワアと思いながら、動かねえバカゴブリンをしばらく眺めてたんだけども、これがほんとに動かねえ。で、隙だらけだったもんだから、そんなら横っ腹を一発ブン殴って終わらせとくか、ってなもんで、俺は軽く踏み込んでカッ飛んでって、ボディーを狙って拳を繰り出したんだけども、そしたらゴブリンがパッと後方に飛んで、俺の一撃は空振りよ。「さすがに今のがよけられたのは、こりゃあ何かあるな。っつーかお前よ……」っつって、ゴブリンにあること言おうとしたよな。
そしたら俺に向かってマオが、「ディーさん、何か固有の能力があるかもよ!」っつって、それはありそうだな、なんて思ったんだけども、すかさずボンボンたちが、「な、何だってー!?」っつって、さっきと同じこの流れか、と思ったら、ゴブリンまたも愕然としながら、「み、見破られた! 私の能力が!」「たまに一秒だけ時間の流れをゆっくりに出来る能力が!」っつったもんだから、何か色々台無しだよな。だから、俺はまたげんなりしながら、「おめえ、思ったことを口にしちまうタイプか。 バカだな」っつったらゴブリン、また愕然。そいだらマオが「つまりディーさんと同じじゃん」なんて言いやがったもんだから、俺は反射的に神速でマオとの距離を詰めて、ゲンコツお見舞いしちまったよな。そしたらしっかりグスマンが見てた。
俺は、しまった、ゲンコツ禁止だった、こりゃよくねえな、と思ってよ、謝ろうとした瞬間、マオが、「あー、殴った! この乱暴者!」なんて言うから、俺は慌てて、「やめろ! グスマンの前で俺を乱暴者とか言うな!」っつったんだけども、マオは「はー!? 暴力振るう乱暴者に乱暴者って言って何が悪いのこの乱暴者! けつアゴ!」なんつってこの野郎、ドサクサに紛れて、けつアゴって言いやがったなこの野郎。こいつは野放しにしておけねえもんだから、「マオこの野郎、てめえだけは許さねえ!」ってなもんで、俺は本気で怒ってんだけども、空気を読まねえマオは「あーまた殴るんだ乱暴者! やだねー乱暴者がいまちゅよグスマンちゃーん」っつって、変わらず乱暴者のレッテルを貼りやがって、それをグスマンに言うもんだから、俺はもうマジでぶちギレにぶちギレて、「やめろてめえ!やめろ!」っつって、絶叫したよな。だってよ、乱暴者ってワードが俺を表す言葉だとグスマンに思われたら、それで可愛く「らんぼものぉ」なんて言われた日には、俺は泣いちまうだろうが。そんなの絶対に嫌なもんだから、俺は頭脳をフル回転させて編み出した最強の一言、「乱暴者って言うヤツが乱暴者なんだよ!」をぶつけてどや顔してやった。被せられた言葉を相手にそのまま跳ね返すのは古来から何となく効果があるもんで、俺は勝利を確信したんだけども、マオは鼻で笑って、「そんなわけないでしょ。 乱暴者は乱暴者だけだよ」っつって、コイツ、天才か!?考えてみれば全くその通りだから、俺は、「あれ? ほんとだ」っつって、マオの一言に目を覚まされたもんで、もうほんとにゲンコツは封印しなきゃいけねえなと思ったんだけども、そしたら例のバカなゴブリンがマオを見ながら「コイツ、天才か!?」「確かに、乱暴者は乱暴者だけだ……!」ってなもんで、俺とこのバカゴブリン、同レベルの思考なのかと思ってよ、何だか気持ちがモヤモヤしたな。
そんなこんなでちょっと緊張感が薄れつつ、でも今またゴブリン攻撃してもよけられるのか?何かいい方法ねえのか?なんて考えてる俺。ゴブリンは、マオの方向を見て、何だか複雑な表情になってやがったが、次第に顔がゆるんで、ニコニコし始めた。何だ?と一瞬思ったけども、グスマンが「きゃーい、ちゃーあ」なんて可愛く言って、その度にフフッて笑ってやがるから、グスマンの可愛さに目を奪われてるのは明らかで、これがまた、本格的に隙が出来たな。
そんじゃもっかい行ってみっか、ってなもんで、俺はさっきよりスピード上げてゴブリンに向かって走る。そんで最初と同じ斬首蹴りを出してみた。そしたらゴブリン、のけ反る形でよけやがって、その動きのままに下からの蹴りを繰り出して来やがった。その軌道は縦で、思ったより速え。コイツ、特殊能力がなくても結構やるヤツだな。こりゃあ大したもんだと思いながら、でもよ、蹴りは下から上へ蹴り上げるヤツだから、俺がヤツの蹴りより速く、ちょいと横に移動すりゃ空振りよ。これがデカい空振りなもんだから、こりゃ攻撃のチャンス中のチャンス、当たるぜと思ったが、ゾワッと背筋に寒気がしたな。
ヤツはのけ反って、その勢いで足を蹴り上げていたのに、のけ反ってた上体を既に起こしていやがって、野郎、崩れてた体勢をムリヤリ直すたあ、すげえ筋力だ。見ると振り上げた足が光ってやがる。そんでゴブリンが叫んだ。
「光剣ッッ、カカト落としッッ!」
何だとてめえ!?そりゃ俺の師匠の技じゃねえかバカ野郎───!




