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ありえねえゴブリン

 無言で走る俺、ディー・ヤーの小脇に抱えてる小娘はマオ。そんでマオに抱きしめられる形でキャッキャ言ってる、頭が牛っぽい赤ん坊が我が子グスマン。そんで肩に担いでる貴族のボンボン三人が、ボン、コッシ、タイ。どいつもこいつも黙りこくりやがって、声を出してるのは、グスマンだけ。赤ん坊だから、走る振動が楽しくて仕方ねえんだろうな。グスマンの楽しそうな声を聞いてると、スベったことが遥か昔に思えて、気にならなくなってきたな。とはいえ、リアルに沈黙が続いてよお、気まずいったらありゃしねえが、だからといって「教習は中止なのに強襲する、っつってな!ハハハハハ」なんて自分で笑いを足そうとは思わなかった。今はそんな段じゃねえし、ポカが続いてるから真剣になっちまってるっていうのはあるのよ。


 ここまでのポカと言えば、まずは、ここのボスをミノタウロスだと読み違えたことだわな。普通ならアイツがここのボスでもおかしくねえ。あれだけデカいヤツもなかなかいねえし、食えば腹は痛くなるし、死体は消えるしで、色々とイレギュラーが多いよな。何なんだ?


 そして、司祭(ドルイド)がいるって分かってんのに、木々が生い茂る中で反射的にゴブリンぶっ殺しちまったことだな。そんなことすりゃ、すぐに司祭(ドルイド)にはバレちまう。そうなりゃ後手後手になりがちで、マオやボンボンたちのうち何人か殺されちまうかもしれねえ。


 手がかりになる植物云々がしばらく出て来なかったし、こんな奥地に大麻を管理栽培する様なヤツが隠れてるなんて、そんなの思いもしなかったが、見つけたからには、こっからは先手を取る様に動くしかねえ。じゃなきゃ、ポカしたまんまでメンツが立たねえからよ。


 木々のざわめきは枝から枝に移って、どんどん進んで行きやがる。それを見ながら走り続ける俺の姿は、端から見れば滑稽かもしれねえな。女を抱えて、野郎どもを担いで走るヤツなんて、そうそう見ることねえもんな。


「ギッ!?」「グガッ!?」


 つっても、ゴブリンどもには見えてねえ。ヤツら、俺が通りすぎたことも、手が塞がってる俺が繰り出した蹴りのことも、自分の首と胴体が離れたことも分かってねえ。俺からしたらヌルい速度で、何てことねえんだけども、それでもザコどもとは次元が違いすぎるってわけよ。しかも俺の蹴りと来たら、その辺の剣よりも鋭いもんで、果たして、帯剣してる意味があるのか疑問に思うよな。まあそれはいいや。


 問題はグスマンなんだけども、俺が走りながら蹴りを繰り出す度に、キャアーっつって喜ぶんだが、こりゃあ動きが見えてやがる。マオでもまだこの速さは断片的に見えるぐれえだろうから、グスマンの潜在能力の高さが何気に分かる、ってなもんで、さすがは俺の子だよな。


 そんで道すがら、出て来たゴブリンの首を片っ端から蹴りで斬り飛ばしながら進んでると、何度目かのゴブリン遭遇で、ありえねえことが起きた。五匹のゴブリンを倒そうと、蹴りを繰り出したらば、そのうち一匹がよ、俺の蹴りをかわしやがったのよ。そんで俺に向かって「何者だ!」ってなもんで、そりゃあこっちのセリフだし、木々のざわめきはどんどん遠ざかってくもんだから、俺はほんとにムカついた。だからすかさず腰を落として、地を這う後ろ回し蹴り、いわゆる水面蹴りを出したよな。そいだらそのゴブリンがよ、生意気に跳躍しやがって、またかわしやがったもんだから、何だか今日は上手く行かねえな。そんで俺の水面蹴りなんだけども、周囲の木や草、ゴブリンの死体だけをまとめて刈った形になって、半径百メートルぐれえは、一気に空き地の出来上がりよ。でも例のざわめきはもう遠ざかりきっちまってて、追って行くのは無理だから、この野郎と思った俺は、マオやボンボンどもを降ろして、ゴブリンと睨み合ったよな。

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