強襲
帰れとは言ってみたものの、今俺たちはダンジョンの奥深くまで来ちまってるわけで、俺の引率なしに帰れるわけがねえ。そりゃあマオもよ、冒険者見習いとしては筋がいいし、何より、俺の教え方がいいもんだから、一対一の試合ならなかなかのもんよ。でもよ、モンスターってのは、基本的に武道精神なんて持ち合わせちゃいねえし、群れで襲って来るもんだから、一対一の戦い方は役に立たねえ。だから、ゴブリン相手に川で戦ったみてえな、環境を利用した戦い方が必要になってくるし、常に回り込む動きがセオリーになってくる。ま、そこの部分でもマオは今んとこ上手くやれちゃあいるが、そりゃあよ、俺が近くで見てんだから、落ち着いてゴブリン倒せもするよな。これがよ、俺がいなくても出来るってんなら大したもんだが、そこまでの力はまだねえはずよ。いつも俺が一緒にいるって状況でしか戦ってねえんだから、俺がいないとどっかしら歯車は狂うだろうな。勝手知ったるパーティメンバーが他にいれば、補い合って、歯車を元に戻してくれるだろうが、おあいにく様、マオは俺との二人パーティでやってきた。だから当然、「ディーさん、どうするの?」なんつって指示を仰いで来るわけで、完全に一人立ち出来てねえマオに、ボンボンたちを任せるわけには行かねえ。もし、ここまでの話をしたら、誰だって、「ディーさんが引率して入口まで戻ればいいじゃん」って思うだろうが、それは出来ねえ。何故ったらよ、俺らはもう、敵の子分を殺しまくってる。川で殺したのは、ニオイを消せてよかったが、森でうっかり殺したとあっちゃあ、敵への宣戦布告もいいとこよ。
すぐに血と臓物のにおいが充満してきやがった。鬱蒼と繁る森のにおいと混ざり合って、妙に鼻にくるドブ臭になっちまって、慣れねえボンボンどもの吐き気を誘って、ウェーウェー言い始めた。そいだらグスマンがマネしてえづいて、ミェ、ミェ、なんつって、可愛いんだが、普通に息吸っちまってるもんだから、すぐにニオイに気付いたよな。そんで顔をクシャクシャにして、フンフン言って鼻息噴いて、露骨にニオイを嫌がった。だけどもニオイはとっくに充満してるもんで、グスマンは、ニオイを避ける様になのか何なのか、マオの胸に顔を押しつけた。マオは細身だから、胸の形が潰れて、妙に強調されてデカく見えやがる。でもよ、今はそんな、胸にうつつを抜かすタイミングじゃあねえもんだから、俺はマオの胸を凝視し続けることなく、スッと視線を上げて、マオの顔を見た。ほんとは胸を見てたいけども。
で、だ。いつもだったら、俺の言うことに「何でそんなこと言うの」っつって、あーだこーだ言い合いになってくもんだけども、マオは口をへの字に曲げたまま黙り込んで、沈黙の時間が流れたよな。そいだら結構強い突風でも吹いたみてえに、木々がザワザワざわめいた。そんでそのざわめきは、サーッと遠ざかって行きやがる。すかさず俺は「時間がねえぞ」っつって、マオを小脇に抱えて走り出した。続けてボンボンどももまとめて肩に担ぐ。ヤツら、「何ごとですか!?」なんて言ったけども、マオが「動かない! 頭上げたら体ごと持ってかれるよ!」っつって、ボンボンどもがピタッと止まったもんだから、全員担いでる俺は走りやすいよな。何で走り出したかっつーと、さっきの木のざわめきが遠ざかってくのを追う為よ。遠ざかるざわめきはよ、司祭にゴブリン二匹の死を伝える、木々の通信なわけよ。つまりこのざわめきを追って行った先にはよ、敵がいやがるって寸法よ。だから俺は言ったよな。「予定変更だてめえら! 教習は中止だけども、強襲すんぞ! 俺の本気を見せてやっから、目ン玉かっぽじって見てやがれ!」つって。これがよ、誰も教習と強襲のくだりにリアクションしやがらねえ。正直これはスベったな。




