迷宮入り
もう日が高くなってて昼も昼、ぽかぽか陽気でいい気候、外に出ればさぞかし気持ちよかろうとは思ったが、とはいえ起きようとは思わない俺ディー・ヤーは、今日も万年床でゴロゴロしながら酒を飲んでいた。
もはや飲むのに体を起こす事すらしないのはめんどくせえからで、首だけ持ち上げて酒瓶に口を付け、ちょびちょび飲むとまさにしみったれのろくでなし。
グータラの極みと言われれば返す言葉もねえが、別に誰にも迷惑かけちゃあいねえんだから、俺がどんな風に酒を飲もうと何人たりとも文句は言わせねえ。
俺は冒険者を引退して五年か六年か七年か八年、いや九年だったか?まあ十年経つが、引退してからというもの、定職に就くなんてせずに、まさに細々と暮らしているわけだけれども、街の銀行に行けばそりゃあ現役時代に稼いだ金がわんさかあるから、まるで節約狂いの守銭奴みてえな生活になってやがる。
どうしてこうなってるかというと、とにかく金をおろすのがめんどくせえ。
明日はおろす、明日はおろすと思いながらも五年か六年か七年か八年、いや九年だったか?まあ十年経つわけだが、何でもかんでもめんどくせえっつって、だから定職にも就かず、毎日ダラダラ過ごしてるわけだが、何だかんだ周りが食いもんめぐんでくれて、たまにいい報酬で仕事も舞い込んで来やがる。
じゃあってんでこのまま生きて来たっつーのは、ひとえに、過去の俺がいたからで、英雄ともてはやされたその功績には頭が上がらねえ。
そんなわけで、入って来る金を酒に費やしてばかりいる俺の一日の予定としては、酒を飲む以外は、風呂に入るのと汚えもんを垂れ流す事ぐらいで、風呂に入るのは身だしなみ、垂れ流すのは生理現象だから当たり前ってなもんで、俺が他にやる事っつったら、こうして酒を飲むだけで、ちょびちょびちょびちょび飲んでたら、ほんと酒はいいよなあ、うんこが柔らかくなるよなあっつって、そしたらほんとに腹もユルくなってきた。
これぁちょっと垂れ流しに行ってくるわってなもんで。
「はぁぁーーーーーっ!!!!!」っつってお前、出す時の俺は絶叫するもんで、うるせぇってんでダンジョンの中じゃバケモンがすぐ寄ってきたもんだが、この村じゃ俺の絶叫はニワトリの朝鳴きとそんなに変わらねえっつって受け入れられちまってて、俺が日が高くなってきた頃に叫ぶもんだから、昼めし時の合図みてえな扱いになってやがる。
そしたらまあ、俺の声が聞こえたから、今日もやっとこさ起きたかってなもんで、隣の農家の一人娘のマオが「おーいディーさん起きてるかー? 仕事だよー」なんつって、扉をノックしやがる。
「そんなもん開いてるっつーの」ってのに、このマオときたら、「入っていいかい?」なんつってまどろっこしいったらありゃしねえ。
俺の部屋には万年床のせんべい布団と脱ぎ散らかした服と装備、ざく切りのキャベツが乗った皿、あとは酒瓶が転がってるだけで、金は全部銀行だから、つまり盗られて困るもんがこれっぽっちもねえ。
お陰で鍵なんてかけやしねえんだから、マオも適当なところで入ってくりゃいいものを、いつまでもおーいおーいとうるせぇ。
そんなとこの律儀さなんていらねえんだから、「開いてるってんだようるせえなあ」っつって、そしたらマオがやっとこさ入って来た。
俺は寝床でキャベツをぱりぱり食いながら「寝てたんだよ俺ぁよお」ってんだがマオも「起きてたろ。 叫んだから分かってるよ。 あっそのキャベツ、朝うちの畑から盗ったヤツだろ」っつって、俺はおめえの親とはパーティ組んでた仲で、何度も助けてやってんだから、畑のもんは食い放題ってなもんで、この辺、説明してやりてえところだが、そしたら俺もコイツの親も、数々の迷宮を踏破した英雄だってのがバレちまうし、俺がこの辺の大地主なんだっつー話になるからめんどくせえ。
だからキャベツの話になると「盗ってねぇよ」「盗ってるじゃん」「落ちてたんだよ」「あれは生えてんの」「落ちてんのと一緒なんだよ」「一緒じゃないよ、生えてんの」「要は落ちてんじゃねえか」「落ちてないよ、生えてんの」「落ちてるでいいじゃねえか」「よくないよ」「いいんだよ」「よくないよ」「しつけぇな」「しつこいのはそっち」って終わりゃしねえから、俺はマオに「仕事の話しろよ」っつってごまかしながら、相変わらず悪びれもしねえで、かっぱらったキャベツをぱりぱり食うと、マオはちょっとムッとした顔をしながら「貴族のボンボンがダンジョン入って、まだ帰って来ないらしいんだよ。 それを助けて来いってさ」なんて言いやがる。
俺だって成金の貴族サマだぞ、そんなドサ回りやってられるか、ってなもんだが、それを言うと俺とコイツの両親の輝かしい過去の栄光の説明になるのがめんどくせえ。
だから「またかよ、貴族のガキはわんぱく猿しかいねえのかよ」っつって俺はここで屁をこいた。
もう四十過ぎの俺は酒ばっかり飲んでるし不健康そのもの、おはようからおやすみまで体が重くてだるいし、調子が悪くてしょうがねえ。
けつの穴も、どういうわけか、締まりがいまいちで、バボンっつってすげえ爆発音がして、くせえったらありゃしねえ。
マオは「内臓腐ってんの? 野菜食べなよ」とか言いやがるから「食ってんだろ、お前んとこのキャベツを」っつったらまたギャースカ文句を垂れやがる。
うるせえな、この野郎ってなもんで、俺ぁ毎日おろろろろっつって、そりゃあキレイな緑色の光を吐くし、うんこは柔らかくなる一方なんで、何かむかついてきたな。
けどマオが「ほら前金」っつって銀貨が入った布袋を出したもんだから、これでしばらく酒代には困らねえ、ってなもんで、体の調子も途端に全盛期に戻るわけよ。
こうなったらもう「行くか」っつって、髭を剃り、歯を磨いて、風呂を沸かす。
そんでゆっくり一時間かけて、サッパリしたら、マオが、「だらしないのに、何で身だしなみはちゃんとしてんだよ」っつって、
俺ぁキレイ好きだし貴族だから一応ちゃんとしてんだよってなもんだが、これを言ったら俺がどんなに凄いヤツか説明しなきゃなんねえからめんどくせえ。
だからゲンコツ一発お見舞いしてから「はよ歩け」っつってマオと一緒にダンジョンに向かった。
道すがらマオに聞いた話によると、ボンボンは成人の記念に仲間たちとダンジョンに入ったが、それが軽装だったって話だから「もう死んでんだろ」ってなもんで、俺は帰ろうぜっつったけども、そしたらマオが「まだ分かんないじゃん」って言いやがる。
まあそうかもしれねえけどよ、くたばってたら死体を届けなきゃなんねえからクソかったるいじゃねえか。
でももう前金はもらっちまったから、しょうがねえ、行くしかねえなってなもんで、ザンザン歩いて日が暮れる前には目的地であるダンジョンに着いた。
普通のヤツらはここで夜が明けるまで待つもんだけど、ダンジョンに昼も夜もねえのになって思う俺はそのままザンザン歩いて門の前に立つ。
そしたらばよ、ズゴゴゴゴっつって、石で出来た門が開いて、俺ぁこれを見て、「意思がある石」とか考えてこりゃ面白えって思ったけども、十六だか十七だかの年頃のマオには別にウケねえだろうし、それどころかオヤジギャグだとか言われたら意外と俺は傷つくし、この小娘に余計にゲンコツをお見舞いするだけなんで、可哀想かなと思って黙ってやってたらこのバカ女、「意思がある石」って俺が思ってた事まんま言いやがった。
だから「お前この野郎、それ俺が考えたヤツ」っつったら「一瞬言うの迷った」ってんで、ああコイツもさすがにコレはないかって思ったんだろうなと思ったら、「クソしょーもないし、これからダンジョンに入るのに真剣みがないかなって」とか言いやがるから、ただオヤジギャグを気にしてた俺の方が何か人間として浅いみたいじゃねえかと思って、「俺の半分も生きてねえくせに」っつって結局ゲンコツをお見舞いした。
「何で殴ったの」「うるせえな」ってなもんで、マオはぶつくさ言いながら、俺が最近こさえたダンジョン用の靴に履き替えてついてきた。
門をくぐると真っ暗で、明かりなんてねえんだけども、俺たちは松明なんて使わねえで、そのまま進む。
暗夜を行くより暗いダンジョンの中は、盗賊出身の冒険者でねえと何も見えねえって言われるんだけども、俺はその上のランクの大盗賊サマだってなもんで、ハッキリ見えるし、マオも最近は目が鍛えられてきて、盗賊としての筋は悪くねえもんだから、明かりなんてないダンジョンの中でも何て事ぁねえし、床も壁も天井も石で出来てる事とか、その継ぎ目やら段差やらがちゃんと見えてるもんだから、感心感心ってなもんで、俺たちは息を潜めて進んだ。
そんでまあ、俺たちが履いてるダンジョン用の靴なんだけども、これは靴底、特に爪先とカカトなんかを細かいヤスリで丸く滑らかにしてて、歩法は盗賊としての初歩の小さなすり足で、この二つが合わさると足音がしにくいって寸法で、しかもダンジョン内を吹く風と、どっかで何かが歩く音が高らかに響くから、余計に俺たちの気配は目立たないわけよ。
この靴とか歩法とかは、一応すげえ冒険者だった俺には必要ねえもんなんだけども、マオは駆け出しだから、こういう初歩の技術を知ってた方がいいだろうし、俺が同じ靴で同じ歩法でダンジョンに入れば色々参考になりやすいだろうってんで、同じ様にしてるわけで、二人してスッスッスッスッスッと小さなすり足で進んでく。
めんどくせえけど、コレはマオの為になるってんで、ま、やってやるかって感じなんだが、やっぱりめんどくせえのはめんどくせえ。コイツの両親とは戦友で付き合いが長いんだけども、娘のマオが冒険者になりたいってことで、頼むよディーさん、超一流のディーさんに娘の面倒見てもらいたいっつって、しょうがねえなあ面倒見るわっつって、繰り返しになるけども畑のもんは何だって食っていいっつーから、俺はもうこんなありがてえ事はねえなってんでノリノリで面倒見始めたって話なんだけども、この辺の話もマオは何も知らねえから、俺を面倒見のいい師匠ってよりは、どうしようもねえグータラなオッサンだと思ってる節がある。むかつくよな。
そんなこんなで、しばらく進むと焚き火の跡があって、ここでボンボンどもが休んでたんだなってのは分かるんだが、足跡が乱れてて、人間じゃない小さい素足の足跡もあったから、あーあ、ゴブリンと戦闘になってやがるよと思ったけども、これがはぐれゴブリンだったのか、一匹しかいなかったみてえで、首と胴がちょん切れたそのゴブリンの死体がすぐ近くにあって、一応快勝だったんだなって察した俺とマオは顔を見合わせてちょいと明るい表情で頷き合った。
足を引きずる跡もねえから、この時点じゃボンボンども、大した怪我もねえんだろうなってことで、安心はしたけれども、調子に乗って、ザンザン奥に進んだかもしれねえなってなもんで、でも俺たちはあくまで慎重に進むからなってのを、俺はマオに伝えようと思って、奥に急ごうとしたマオの体を一旦手で止めた。
そんでマオが俺を見たから、俺は顔を下に向けてマオの足もとを見て、つられたマオも顔を下に向けて、俺はゆっくり一歩踏み出すジェスチャーで「慎重にな」ってなもんで、マオもハッとして頷いた。
床んとこには罠の起動スイッチになる踏み床があって、他の石に比べてちょっとばかし凹になってやがる。
マオは気持ちがはやるところはあるけども、筋自体は悪くねえんだから、ちょっとしたとこをこうやって逐一教えてれば、ちゃんと覚えてミスが少なくなってくもんだから、めんどくせえはめんどくせえけども、何だか教えるのがちょっと楽しくもあって、冒険者育成の仕事なんて、俺には向いてるのかもな、なんてガラにもなく考えたりした。
でも教え子なんかいっぱいいるとそれこそめんどくせえだろ、ゲンコツで拳が痛くなるのは目に見えてやがる。
だからやっぱり酒をかっくらって、キャベツをぱりぱり食ってゴロゴロしてんのが俺には合ってると思い直して、ああ、酒が飲みてえなあとか思ったけども、まだそんな段じゃねえし、じゃあまあ行くかってんで、俺はマオより一歩先に、上手すぎる歩法で進む。
マオも慎重に歩いて、かくして俺とマオは、スッスッスッスッスッと小さなすり足で進み続けたわけである。
しばらく進むと扉があって、開けるとそこは広い空間。
岩の洞窟で、壁面にはヒカリゴケがびっしりついていて、松明よりもよっぽど明るい。
下は土になっていて、色んな足跡が残ってやがる。
平らな石造りじゃあねえから、俺たちは靴を外用のブーツに履き替えて、じっくりゆっくり足を踏みしめて進んだ。
そしたらば、人間数人の足跡があって、それをたどって行ったらば、そこそこ大きい川があるじゃあねえか。
少し下ると滝があって、この滝の水音がなかなかデカいもんだから、「ここでは喋っていいぞ」っつって、そしたらマオも「はぁーっ」っつってため息したから「おつかれ」「おつかれ」「魚獲るから火ぃ起こせ」「はいよ」ってなもんで、俺たちは分担して野営の準備に取りかかった。
洞窟内は風も水気もあるから火はつきにくそうだったけども、それはちょっと土を掘って俺の盾で蓋をすれば風避け水避けが出来る。マオももう慣れたもんで、俺が言わねえでもエッチラオッチラ土掘りを始めて、俺はそれをチラチラ見ながら川で魚を獲った。
十尾以上獲れたから、大漁大漁ちょいと休もうかってんでマオのとこに戻ったら、マオは土堀を完成させていて、薪をくべて小さなかまどを完成させていた。
じゃあってんで俺がそこに銅の盾を置いたらば、銅は熱の伝導率が高いもんだから、すぐに熱くなった。
魚を三枚におろして盾に乗せたら、これまたすぐに熱されて、みるみるうまそうな脂が出て、ジューッっつって、もう表面は焼けてるもんだから、「食え食え」っつって、ハフハフ言いながら二人で食い食いの食いで人心地ついた。
そんでダンジョン用の靴の底なんかチェックしたりして、変な傷とかはねぇなってことで、次また平らな床が来たら履くぞってなもんで、土を埋めて「よし行くぞ」っつって立ち上がった。
向こうの方にはさっきと同じ様な扉があったけども、地面にはクソデカい蹄の跡が扉と扉の間で行ったり来たりしてるもんだから、このダンジョンの今の主がミノタウロスで、ここは通り道なんだなって分かるわけよ。
そしたらば、初心者のボンボンとその仲間たちとおぼしき足跡は扉には向かわず、川沿いにずーっと下ってやがるから、こりゃミノタウロスにビビって、通り道以外で外に出ようとしたんだな、と俺は思った。
滝んとこは切り立った崖になってはいるけども、岩やら木やらがいい感じにあって、人間が伝って行くにはこれがまたいい塩梅だったから、ダンジョンを奥に奥に行くよりは、ボンボンども、安全な道を行ってんな、って事で、思ったより堅実な野郎がいるなってなもんで、「こりゃ生きてんな」っつったら「何でそう思ったの?」ってマオが言いやがるから、「そりゃおめえ、生きてるからだよ」「だから何で」「生きてるからだよ」っつって、らちがあかないやり取りになり始めて、ウダウダ言い合いながら滝んところの崖を降りて、更に川沿いを歩いてると、マオが「そっか足跡か、今回は生きてるね、大丈夫なんだね、よかった」なんて言いやがるんで、俺はすかさず「足跡に気付くのが遅えよ」っつって、「この先でくたばってるかもしれねえけどな」って続けて言ってやったんだけど、存外早くボンボンたちを見つけてしまって、全員生きてるなってことで、マオが「ほんとよかった」なんて言いやがる。
確かに生きてたのはいいけども、滝んとこは、降りるのはよし、登るのはちょっと過酷で、初心者のコイツらには難しそうだ。
そうなると俺が一人一人おぶって登らなきゃいけねえ。
それはめんどくせえし、大体、こんなところでダラダラ油売ってやがるバカなボンボンどもにそこまでしてやりたくはねえ。
だからちょいとばかしイライラきて、進むなり戻るなりしてボンボン以外は全滅しとけよって思うと、何だか全員いけしゃあしゃあと生き残っていやがる事に本格的に腹が立ってきて、「よくねえよ」っつってまた、「何でよくないのよ」「よくねえもんはよくねえんだよ」「何でよくないのよ」「うるせえんだよ」「うるさくないよ」「うるせえんだよ」ってなもんで、らちがあかないやり取りになった。
こっちは一応命の危険をおかして助けに来てんのに、ボンボンどもは何をのんべんだらりとしてやがんだと思ったけども、いや待てよ、ボンボンの親は貴族だから媚を売っとこうと思い直して、「君たち元気がないね、ごはんは食べているのかい」なんつってメシの心配をする優しいオジサマの雰囲気を出したら、ボンボンたちは疲れた顔で苦笑い。
「食べてないです」って言うもんだから、またちょっとばかし魚を獲ってやって、内臓だけ取って、「食べなさい」っつって生のままいかせた。
マオが「焼くか煮るかしないの」って言うから、「バカかお前、いちいちそんなことしねえよ」っつって地が出ちまって、マオが「さっきは焼いたじゃん」とか抜かしやがる。
それはおめえが女で、俺はおめえの保護者だから、それなりの扱いをしてるだけだろうが、おめえは可愛げもあるし、面倒見てるから思い入れだってあるからいいもん食わせてやりてえだろうが。
でもおめえと違って、貴族のボンボンなんか、何の可愛げもねえし、義理だってねえんだから、そんな事するかバカって言いかけたけど、んな事言うのも何か恥ずかしいし、バカなボンボンたちにえこひいきだとか思われてもめんどくせえもんで、「うるせえ、黙っとけ」っつってマオに一発ゲンコツをお見舞いしてからザンザン歩いて「早く来いてめえら」っつった。
そしたら、ボンボンたちも腹が膨れて元気になりやがって、やれ生魚はよくないだの、女性に手を上げただのとブーブー言うもんだから、俺はボンボンどもにもゲンコツを一発ずつお見舞いして、「いいから黙っとけ、ぶっ殺すぞ」ってなもんで、媚を売るつもりが、コイツらが親に言いつけたらめんどくせえ事になる扱いをしたもんだから、まずいなあとか思ったんだけども、でももう殴っちまったもんは仕方ねえし、スカッとしたからいいやと思って、景気づけにマオにももう一発ゲンコツをお見舞いしてやったら、「何でもっかい殴られたんだよ」ってなもんで、マオがギャーギャーうるさくなったから、とっさに「お前へのゲンコツは愛だよ」っつって、わけわかんねえことを言って強引に押し切ろうとした。
そしたらマオのバカ、何か顔を赤くしながらヘラヘラしてやがる。
あっ、この野郎、これは隠れて酒飲みやがったな、子供が飲むもんじゃねえと思って、俺はもうむかついて、「出せこの野郎」ってなもんで、ヤツの体をまさぐったら、「ちょっ、こんなところでダメだって、帰るまでダメ、イヤァ」とか言いやがって、光の速さで俺にゲンコツを叩き込みやがった。
この野郎、俺に一撃食らわせたのはおめえが初めてだぞ、やるなコイツさすが俺の弟子だとか思いながら感心したが、コイツの潤んだ目と赤ら顔を見てたら、やっぱりてめえだけ飲んでんのはむかつくってなもんで、もっかいマオの体をまさぐったら、もう一発ゲンコツを食らった。
これは俺もさすがにショックで、小娘に何度も食らうほど体がなまってんなら鍛え直さなきゃいけねえから、しばらく酒にありつくわけにもいかねえってなもんで、マオの言う事にも一理あるから、酒は我慢するしかねえ。
とはいえ、もうイライラがすげえもんだから、ザンザン歩きながら「遅えんだよ、てめえら!」っつって八つ当たり気味に声を荒げながら振り返ったら、マオとボンボンたちのだいぶん向こうに滝が見えて、その上にデッカい牛頭の獣人ミノタウロスがいた。
あーこりゃこっち来んぞ、騒ぎすぎて気付かれちまったよってなもんで、ミノタウロスが飛び降りたもんだから、ズドンとすげえ音がして、何だ今の音ってなもんで、マオもボンボンたちも後ろを振り向いた。
そいだら、ミノタウロスがこっちに向かってザンザン歩いて来てやがるもんだから、マオもボンボンどもも、ギャーってなもんで走り出した。
しょうがねえから俺が殿を務めて、最後尾をゆるゆる走ってたんだけども、バカどもが走るのが遅えもんだから、ミノタウロスにどんどん距離を詰められて、しょうがねえから、ちょっとやってやるかってなもんで、俺は踵を返して、ミノタウロスに向かって走り出した。
そしたらミノタウロスも走り出して、マオもボンボンどももまたギャーっつって、もう物凄い速さでどんどん走って行っちまいやがったもんだから、何でその速さを最初から出さねえんだって、俺はほんとにむかついた。
さてミノタウロスの体は俺の何倍もあって、そのダイナミックな走りは確かに迫力あるなってなもんで、ボンボンどもがギャーギャー言って必死に逃げるのも納得っちゃあ納得なんだけども、その動きは巨体なりの速さだから、いうて大して速くねえし、マオまでギャーっつって逃げてるのは師匠としてはちょっと不服で、お前冷静になれよ、俺がいるんだから大丈夫だろ、あとお前も頑張れ、戻ってこいバカ、ってなもんで、小一時間説教してやりたいと思った。
いや、そう思った時にはもう口をついて一部が出ちまいやがった。
「戻ってこいバカお前、俺を誰だと思ってんだ! 逃げてんじゃねえ!」「えっごめん」っつって、マオがおっかなびっくりこっちに小走りで来たけども、いやお前が来ても邪魔だし怪我させたら心配で俺の酒の量が増えるってなもんで、「やっぱ一緒に逃げてろ」「戻ってこいって言ったじゃん」「役に立たねえよ」「そんな言い方ないじゃん」「うるせえんだよ役立たず」「何でそんな事言うの」「うるせえ」「うるせえじゃないじゃん」「お前うるせえんだよ」っつって、いつもみたいな、らちがあかないやり取りになりながら、ミノタウロスをサクッとぶっ倒してやった。
素人は、やれ魔法だの、やれ必殺技だの、何だのかんだのやって倒すけども、そんな無駄な行程はいらねえってなもんで、こんなもんは、アキレス腱を切っちゃえば倒れるんだって何で分からねえんだバカどもが。
そんで俺がアキレス腱を切ったら、ミノタウロスは、獣の本能では負けが分かってるのに、バケモンの闘争心が邪魔をして、腹を見せる敗北宣言が出来ねえバカなもんだから、うつ伏せになっちまう。こうなったら素早く肩の腱も切ってやればいい。
これでミノタウロスは、四肢をもがれた状態だから、後は何て事ぁねえ。
延髄を切り刻んでトドメってなもんで、「おい終わったぞ」「鮮やかだなあ」「当たり前だろこんなザコ」「ザコじゃないよ」「ザコだよ」「過信はよくないよ」「過信じゃねえよ」「過信だよ」「うるせえんだよ、俺を誰だと思ってんだ」「ただのオッサン」ってなもんで、うるせえんだよお前。
どう見てもただのオッサンじゃねえだろうが、メチャクチャ強いだろうが、ってなもんだが、めんどくせえから、てめえやっぱ俺をそういう風に思ってたのかよ、むかつく小娘だなあっつって、ゲンコツをお見舞いしてやるつもりで近付いたら、頬を赤らめて「かっこよかったよ」なんて言うもんだから、この野郎、また飲みやがったな、いよいよ我慢ならねえと思って、「出せこの野郎」っつってマオの体を、特に胸部の辺りを、これまでにないぐらい念入りにまさぐって酒を探したんだけれども、そしたらお前、またゲンコツが飛んできて、俺は今度こそ完全に避けきるつもりでいて、感覚を極限まで研ぎ澄ませて本気モードだったってーのに、マオは、この本気の俺でさえ避けらんない凄まじい速さのゲンコツをぶちかましてきた。
こりゃあ、マオは拳撃の筋もいいってなもんで、無駄のない攻撃モーションをほめるつもりで、親指立てて、「コンパクトだな」っつったら、このバカ女、もう一発ゲンコツをぶっぱなして来やがって、胸を押さえて真っ赤な顔して、ザンザン歩いて行っちまいやがった。
何をどう勘違いしてゲンコツかましてんだてめえ。
俺はほめたんだぞ?
頭がいかれてんのか?
その凶暴さは一体誰に似たんだ?