5▼巻き戻る令嬢
眼が覚めると、領主館の天井が見えた。
巨大なベッドだ。いや、私が小さいのだ。
枝落ちに失敗した時点からの記憶が、奔流となって流れ込む。何かが変だ。
1回目に玄関ホールで落ちた時、エルシーとしての記憶はなかった。2回目では、枝落ち以降、この世界での記憶があった。そして、今回は枝落ちから、2回目までの記憶がある。
2回目の時には、頭に記憶が流れ込む衝撃はなかった。エルシーとしての人生経験だけが、アップデートされる感覚だ。
そのまま、2回目と同じ道筋を通って、階段に差し掛かる。レティシアちゃんが来ない。変わりに、令嬢組の人数が増えている。取り囲み、手足を出してくる。流石に避けられない。
揉み合う内に、落ちた。
横向きのまま、ガガガッと音を立てて、あっという間に落ちた。
最初に足を踏み外して転倒し、その時打ち所が悪かった。
プライドが許さない。こんな落ち方ってない。
(認めない!もう1度!)
階段の途中で、意識が薄れる。腹に力を入れ、瞼を持ち上げる。今回も、領主館ベッドに巻き戻った。
「レティシアさん、巻き戻りって、信じますか」
放課後の校舎裏で、レティシアちゃんを直撃する。これまでの周回で、王太子さんとここで片手倒立を競っていると、必ずレティシアちゃんが現れたのだ。時間をずらしても、現れた。
読みは当たった。
「強制力」
絶望したように、レティシアちゃんは呟く。
「レティシアさん?」
「レティシア?」
「えっ、ああ。ごめんあそばせ」
3回目、レティシアちゃんは階段に来なかったのだ。2回目、初対面なのに、怯えられた。私が落ちた時、「私じゃない」と呟いた。
「私は、何回も玄関ホールの大階段から転落して死んだのです。」
「何を言い出すの」
王太子さんは、厳しい眼で見てきた。
当然の反応だ。危ない人だよね。普通に考えたら。
「どうしても納得いかなくて、強引に意識を引き戻すんですけど。」
「え。死んだって言わなかった?死にかけたってこと?階段でトレーニングしてんの?」
王太子さんは、現実的な解釈をする。
「その度に、魔力暴走で寝込んだ、7歳の場面に戻っております」
それを聞いて、レティシアちゃんは思案顔になる。
「転落は同じ日ですよね」
レティシアちゃんは、確信を持って私に問う。やはり、彼女もループしている。
「私が通り掛かからなくても、エルシーさんは亡くなり、私は断頭台行きになるのです」
レティシアちゃんは、諦めた眼で、王太子さんを見た。それから、ゆっくりと私に視線を戻す。
「最初は、貴女の命がありました。その時だって、私は突き落としてなんかいない」
王太子さんは、レティシアちゃんの背中を擦る。
「殿下は、エルシーさんを庇って、たまたま通り掛かった私を犯人だって決めつけたんです」
「そんな」
王太子さんが、抗議する。
「巻き戻りの前、殿下とエルシーさんは、不適切な関係だと噂されておりました」
ん?毎回、そうだよね?
「ですが、巻き戻って最初の回、エルシーさんが、中等科まで全然殿下とご学友に近づかなかったのです」
ループのスタートは、一緒か。
「それで安心しておりましたが、その回から、エルシーさんが亡くなるようになってしまって」
王太子さんは、既に聞き役である。信じているのかどうかは、解らないが。
「う~ん。私のループは、多分だけど、トリガーが解ってる」
「ええっ、この無限地獄から抜け出せるのですかっ?」
「やってみる価値はあるよ。協力を頼みたくて、声かけたんだ」
「協力します!現実世界に戻れるんですよね!」
王太子さんと、私は、レティシアちゃんを凝視した。
「え?」
レティシアちゃんは、戸惑う。
「レティシア、ここが君の言う地獄なら、俺は悪い夢のような存在なのか?」
「いえ、殿下。殿下は生きておられますよ」
レティシアちゃんは、寂しそうに言った。王太子さんは、不安そうである。
「エルシーさん、女子寮でお話がございます」
唐突に話を切って、レティシアさんが私の手を引いた。
「殿下、また明日」
「え、レティシア??」
困惑する王子を打ち捨てて、レティシアさんは、寄宿舎へと向かった。
「あなた、お名前は?」
寄宿舎でレティシアさんの個室に入ると、緊張した声で訊かれた。虚を突かれて黙っていると、
「私は、林梢。乙女ゲームは、やってない。実写版の殿下が好きな俳優だったの」
思いもよらない告白タイムに突入した。
「ネットでゲームの粗筋読んでみたけど、ネタバレ好きじゃないから、大筋だけ調べたの。詳しくは解らないけど、レティシアは、悪役だった」
そうだったのか。
「でも、人間味のある悪役みたいで。運命から逃げようとしても、強制力って謎の力で逃げられない、葛藤があるって、特番でレティシア役の人が言ってた」
さっきレティシアさんが呟いてたのは、それか。
「前売り買いに行った時、通り魔に刺されたわ。初日舞台挨拶で、殿下を生で観るまで死ぬもんか、って思ったら、この地獄に来ちゃったのよ。確かに生で見たけどさ」
成る程ねえ。
「あ、私は、落っこち専門家です。小山田茜。林さんが観たかった映画で、階段落ちやる予定でした。直前の仕事で失敗して、納得いかないからやり直したい、って執念で眼を開けました」
「で、さっきの話に繋がるのね」
「はい」
「もしかして、私達、同じときに強く生きたいって願ったんじゃない?」
「それも、かなり具体的にね」
「共鳴しちゃったのかな」
今体験していることは、夢かもしれない。現実かもしれない。そんなのは、やっぱりどちらでもいい。
「ループ回避、やるだけやってみよう」
目覚めようと、目覚めなかろうと、堂々巡りはイライラしてくるのだ。
「ええ。けどもし、私達が現実世界で死んでいるのなら、ループ回避したら、成仏しちゃうかもね」
「それはそれで、めでたいんじゃないの」
「あなた、お気楽ねえ」
次回最終回、落ちるだけの役ですが
よろしくお願い致します