4▼ワンモアテイク
朝日が登り、朝食も済んだ。ブレードだらけの、ヘンテコな制服も着る。女子の上着はブレザーだ。衿章は、同じ。カッパの皿である。
(思い出せないなあ。どこで見たんだろ?)
現実世界で見たような気がする。
首を捻りながら、上の空で校門を潜ると、上級生にぶつかりそうになった。
「あっ、申し訳ありません」
「いや、俺もよそ見してたから」
爽やかな声だ。見上げると、今朝のトレーニング少年だった。まあ、在校生だよね。あんなとこ走っていたんだから。泥棒とかでなければ。
「君、今朝の」
「はい、今年入学です」
「そうか。楽しくなりそうだな」
「はい!毎日走りますよ!」
「うん。時々トレーニング一緒にしような」
「はい」
私達は、名乗らない。名前など、二の次だ。
互いに固く握手を交わしていると、豪華な馬車が到着した。初等科からエスカレーター式の寄宿学校なのに、家から入学式に来たのだろうか。
通常は、前日までに高等科棟への入寮手続きを済ませている。入学式の朝は、新しい寄宿舎から来るのだ。
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
豪華馬車から降りてきた、栗色巻き毛のゴージャス美女が、美しく膝を折る。猫のような金緑色の眼で、ちらりと此方を見る。やや怯えた表情だ。
「ああ、おはよう。入学おめでとう、レティシア」
でんか?れてぃしあ?
あ、あれだ。王太子さんと、幼少時よりのご婚約者さん。
なんだ、嫉妬か。可愛いな、レティシアちゃん。
私は、ささっと脇に寄り、後退りする。王太子さんが、眼の端に捉えて口をむずむずさせている。
その様子を見て、レティシアちゃんが、不安そうに王太子さんの顔を覗く。
いや、普通に面白がってるだけだから。姿勢を変えずに高速後退してますから。私。気配も消しているので、校門周りの野次馬には気付かれてないのも、高ポイント。王太子さん的笑いの。
早朝トレーニング以外にも、王太子さんとは、度々出くわした。カフェテリア、図書館、裏庭、屋上、地下室。ほんと、どこにでも居るんだよ。
王太子さんには、ご学友が4人いる。魔法騎士志望、魔法管理官志望、国家魔法使い内定の天才、大魔法商人の跡取り。魔法学園なので、全員魔法絡みだ。魔法を使えない人は、この学校には存在しない。
各々に、青、緑、ピンク、紫の髪だ。地毛らしい。今まで、常識習得に夢中で、世の中の頭髪事情には無関心だった。エイキン一族は、亜麻色に茶色や焦げ茶色だからね。眼も、緑、青、薄紫、茶色。普通だ。
ご学友達は、眼までが凄い色だ。カラコンではない。ピンク、オレンジ、黄色、赤。ちょっと目が離せない。廊下などで出会ってしまうと、ついついジロジロ見てしまう。
「はしたないですわぁ」
「レティシア様にご報告しなければ」
何故。まあ、人様の顔を変な色とか思っちゃうのは、悪いけども。私だって、7歳の頃に
「ハイイロネズミ」
と罵られて、腹が立った。
「色目ばかり使うから、お成績が、ねえ」
「聖なる魔法だなんて、嘘じゃなくて?」
「測定官を上手く騙したんだわ」
妄想に囚われて破滅するタイプだな。もっとたのしいこと考えようよ。例えば、今後ろから近づいてるレティシアちゃんと、貴女方3人、それから私。華麗にすれ違う方法とか。
「あ、レティシア様」
「この庶民、先程も、殿下方にベッタリと」
レティシアちゃん、ビクッとして、足をもつれさせる。
(え?不味いよ!そっち階段)
レティシアちゃんの左脇には、長い階段があるのだ。3つの廊下が交わって、玄関ホールに降りる幅広の大階段が。
私は、床を蹴る。邪魔な場所に居る3人を躱し、レティシアちゃんを安全圏へと押す。
「あれっ」
躱しきれず、3人が時間差で僅かに出した爪先に捕まる。
レティシアちゃんが、蒼白になる。
「違う、違う、私じゃない、違う」
なにやら呪詛を呟いている。
(あらら~。そっかあ)
私は、漸く思い出す。この制服、階段落ちの現場で着た衣装だ。この階段、頭ぶつけたセットだ。
落ちながら気づく。
あの時も、セットなんかじゃない。今と同じように、天井、廊下、壁、そして、玄関から続く外の世界が見える。
階段落ちループの夢かあ。長い振りだったなあ。
そう、またしても、見苦しく頭を打ったのだ。通り掛かった商家の跡取りが、無駄に伸ばした手で、軌道を変えられた。手摺に捕まって片腕を引いた騎士志望男子が、支えきれずに離した腕のせいで、妙な加速がかかった。無駄に放った天才魔法少年のクッション魔法で、予想外のバウンド。
駄目押しで、階段下の王太子さん。何腕広げてんの。危ないって。あー、避けきれたけど。床に激突かあ。これは無いなあ。
(もっかいっ!どうせ落ちるなら、キレッキレの錐揉み後に着地とか、ばすんばすんバウンドしながら、最後転がるとか!魔法使ってハデハデに演出したい)
せっかく、8歳の時から魔法による落下ショーをあれこれ準備してきたのに。現実はこれかあ。夢だけど。
(例え夢でも、死にきれん!ワンモア!ワンモアテイクゥ)
鈍痛がくる。床に達したな。眼がぼやけてきた。暗転させるものか。気合で何とかする。してみせる。
「なんで避けんのっ!ああっ!死んでしまう」
「性格違ってたのに。ストーリー変わってたのに」
「エルシー!死ぬなっ」
「殿下、そんなにもこの方を」
「はあ?何いってるんだ!人が死にそうなんだぞ」
王太子さんが、取り乱している。飛翔魔法で階下まで来たレティシアちゃんが、意味不明の台詞を吐く。
2人とも、混乱しているんだ。トラウマにさせない。根性で、眼を開く。
次回、巻き戻る令嬢
よろしくお願い致します