3▼キザクラ王子記念王立魔法学園へ
夢の中の私は、意識があると言っても、7歳の精神だった。この数日で、私はすっかりロイド兄さんを兄として尊敬していた。とても23歳の目線とは思えない。夢なので、その辺りは適当なんだろう。
「兄さまっ、お気をつけて」
「あの子、母親を殺したのでしょう?」
「危険だから、領主様が監視なさっておられるのよ」
いや、違うから。
(まあ、どうせ夢だし、好きに言えば良いさ)
エイキン卿は、測定官と打合せしていて、別室に居る。退屈なので、魔法で風を起こして遊ぶ。
係員みたいなお姉さんが駆け寄ってくる。
「魔法行使は禁止ですっ!書いてあるでしょ」
壁に張られた禁止事項を、眼をつり上げて指差して来た。ちっ、目敏い係員め。ちょっとくらい見逃してよ。
「ジョージ、エルシー、着いて来なさい」
測定は、測定官、本人、立会人だけで行う。稀に稀少魔力とやらが発見され、国家機密扱いになるからだ。先にジョージが測定室に入る。すぐ隣の控え室で待つが、測定室内の様子は、全く解らない。
「制服の採寸は、いつに致しますか?」
扉を開きながら、係員がセオドア父さんに話し掛けている。すぐ後に続いて、勝ち誇った顔のジョージが出てきた。エリートコース決定らしい。新学年から、すぐに入学だ。
「打ち合わせは、エルシーの測定後にしましょう」
「そうですか」
係員は、特に思い入れなく、事務的に答える。
ジョージは、待たされる事が不満な様子。流石に、この場で文句を言う勇気は無いようだが。
測定室は、3畳程の板の間だった。真ん中に木のテーブルがある。クリップ式の血圧計みたいな、小さな道具が乗っていた。
測定官が、吊り戸棚から機密厳守の同意書を出し、エイキン卿が保護者サインを記入する。
「じゃ、指だして。どれでもいいよ」
適当に指を出す。クリップで挟まれた。キーンと不穏な音がする。
「安心して。ドラゴンでも壊れない魔力計だから」
大袈裟だな。
「エルシーちゃんすごいね。ホワイトドラゴンの測定値よりも、高い量と質だよ」
この世界、ドラゴン実在するんだった。測定したのか。どうやったのか気になる。
「ホワイトドラゴン。では、純白魔法の適正者なのですか」
セオドア父さんが、興奮を見せる。純白魔法?適正者?なんだっけ。魔法の授業で聞いたような。分類とかよく覚えてないなあ。
「エルシーちゃん、言っちゃ駄目だよ?国家機密だからね?」
「え?」
「表向きは、聖属性魔法の資質ありって事にしよう」
「はあ」
「初等部では、まだコース分けしないから、落ち着いてね」
「へえ」
「高等科の選択課目は、特別コースになるよ」
「ほう」
「稀少魔法の子は、皆個人指導だ」
「ふっ?」
情報過多。無理。
よく解らないうちに、扉の外へ放り出された。
私は、2年次生への編入らしい。年齢別学年制なのね。実力別にすればいいのに。どうしよう。一般教養、3歳児並みなんだけど。
それからの7年間は、無我夢中だった。友達とか作る隙もなく、ひたすら一般教養と魔法教養を詰め込まれた。
初等科の間は、たまにロイド兄さんが様子を見に来てくれた。でも、5歳も歳上なので、兄さんが中等科に進学してからは、疎遠になってしまった。
代わりに、ジョージが一々絡んできたが、気にする暇なんかまるでなかった。明け方の寄宿舎敷地内ランだけを、楽しみとして暮らす。
「はあー、やっと15歳相当の常識」
1年間で、約2年分ずつスパルタされた。ブライト領に帰ることすら叶わなかった。無休。酷すぎる。よく壊れなかったな。私。
(目が覚めたら、どうせ20分後とかだろうな)
と考えれば、気が楽にはなったので、何とか乗りきれたのだと思う。
高等科入学後は、特別コースに専念させられる。その下準備であった。0-2歳の分は、無いに等しいから、多分、少し先取り学習させられてるな。
「なにが、落ち着いてね、だよ」
全く落ち着かなかった。だいたい、追い付いたのは、常識だけだ。そこに労力を割いたから、勉強は地を這うごとし。
もともと、肉体労働派だからね。
「明日は高等科の入学式だあー」
何とか進学審査も通過して、エリートコースから落ちずにすんだ。でも、ちょっと怪しい。国家機密レベルの魔法を習得出来る力を秘めてるそうなので。どんな成績でも、押し込んだんじゃないかな。
「よし、早く寝て、明日は何時もより早くから走ろう」
新しい日々への希望と決意を胸に、私は、キザクラ王子記念王立魔法学園女子寄宿舎の一室で、心地よい眠りに就いたのだった。
決意の通り、翌早朝、私は軽快に走っていた。寄宿舎敷地内を出て、今日から学ぶ高等科へ向かう。
魔法セキュリティーは、軽く跳び越えて、新天地の探検を行う。朝夕のトレーニングメニューの組み立てに必要だから。
校舎裏は、中等科より広い。草木の手入れも行き届き、ベンチまで設置されていた。安全に走れる。ベンチは縦に飛び越える。側転でもいいな。
着地して角を曲がると、向こうからも人が来ていた。互いにトップスピードのまま、鋭角で曲がろうとしていた私達。咄嗟にジャンプする私。すっと屈む相手。
その人は、柔らかな金髪を、明け方の薄紫に染めて、ちらりと新緑の眼を向ける。そのまま互いに言葉を交わさず、各々のトレーニングに戻っていった。
次回、ワンモアテイク
よろしくお願い致します