第八話 トゼフルの住民“ヒューマン” 2
目標金額達成までの残金を追記(2020年7月12日追記)
酒場はイメージ通りだった。
看板までイメージ通りとは――木でできたジョッキを、縦に半分に割って張り付けたような、釣り看板――思わなかった。
店内には、少し背の高めの丸テーブルや、大きめの樽が並んでいる。
男たちがジョッキを手に、それぞれのテーブルを囲んでいる。
俺たちが店の奥、カウンターまで向かう途中、彼らの視線は街中のそれと変わらなかった。
やはり、歓迎はされていない。
カウンターに立って話しかけたが、店主のそれも変わらない。
ただ、つっけんどんではあるが、鍛冶屋のようにいきなり店を追い出されたりはしなかった。
「なんだ? 注文は?」
「腕の良い冒険者を紹介してもらえませんか?」
「店の隅っこ。壁にグレイヴを立て掛けてるだろ。話を聞いてくれるかは、わからんぞ」
部屋の隅に目をやる。
テーブルの上に卵型に尖った兜を置いて、一人で静かに飲んでいる男が見えた。
鎖かたびらの上に青く染めた外套を着ている。
店主の言うように、後ろの壁にはグレイヴが立て掛けられている。
「すみません、もう一つ教えてください」
「なんだ? まだあるのか」
「俺たち、駅の方から来ました。途中に鍛冶屋が1軒あったのですが、この街に他に鍛冶屋はありませんか?」
「ふふん」そりゃそうだろう、というような顔をする。
「知らねぇな。自分たちで探せばいい」
「鍛冶屋は他にもあって、探せば見つかるんですね?」
「自分たちで探しな」
「どうも、ありがとう」
「ふん」
4人で顔を見合わせた後、カウンターを離れる。
次は、店の隅で飲んている男だ。
なるべく、物々《ものもの》しくならないよう、4人こじんまりと纏まって、下手に出て話しかけた。
「あのう、すみません」
「ん? ああ、ヨルホシビトか……」
「ヨルホシビト?」
「あんたらの事だよ」
RPGシステムによって翻訳された言葉だよな?
なんだ、ヨルホシビトって?
「どんな漢字だ?」と聞いても答えようがないだろうし……。
3人の顔を見ると、それぞれが首をかしげた。
「で、ヨルホシビトが何の用だ?」
「ここの店主に、腕の立つ冒険者を紹介してくれって頼んだんです。そうしたら……」
「ああ、そういうことか。でも、あんたらを助ける義理はねえよ」
「確かにそうかもしれませんね。でも、僕らも困っているんです。何も知らされないまま連れてこられて、ここに放り出されたものですから。どんなモンスターがいて、どんな武器が良いかとか、教えてもらえませんか? お願いします。助けてください」
「全員、槍を持っていきな」
「槍?」
その男は、親指を後ろに突き立て、壁に立て掛けたグレイヴを指して答える。
「正確には、こいつは槍とはまたちょっと違うが、ようするに柄の長い武器だ」
「どうして、そんな……」俺の言葉をさえぎって男は続ける。
「俺から言えるのは、それだけだ。わかったら、もう行きな」
「わかりました。どうも、ありがとう」
仕方なしに、礼を言ってその場を離れる。
出口に向かいながら、ハタカが言う。
「リップオフさんも、グレイヴを持っていましたね」
「リップオフに“さん”は要らないでしょう」と俺は断りつつ「そういえば、そうでしたね。何か意味があるんでしょうか。全員じゃなくても、1人ぐらい槍を持っても良いかもしれないですね」と答える。
2軒目の鍛冶屋も、そんなに苦労することなく見つけることができた。
カンッガンッカンッと金属を叩く音が、探索を容易にさせた。
何とか、この鍛冶屋で売ってもらわないと困る、そう思っていたが杞憂に終わる。
「ヨルホシビトだろうが何だろうが、客は客だ。客である以上、売ってやる」
そう話すオヤジは見るからに職人気質な男だった。
「槍? ハルバードならあるぞ? 14万だ、良い武器だろう」
確かに、良い武器なんだろう。
良く鍛えてあって、見るからに高そうだ。
しかし、出せるお金には限りがある。
もう少し値段を下げて、というようなジェスチャーを入れる。
「柄の長い武器なら、グレイヴか? 25,000だ。こいつも、悪くない」
高いな、俺の所持金ではグレイヴは買えない。
見積もりが甘かった。
ゲームの中の世界では、桁がもう1つぐらい小さい。
値段設定の高い物でも、2~3,000出せば買えるのだが……。
「25,000か……。俺は買えるが皆は?」
リュークが俺たち3人に視線だけ送ってくる。
3人そろって首を横に振る。
「なんだ、しけてんな。じゃあ、これでどうだ? ロングステッキ。この持ち手の所に装飾されている赤の宝石が良いだろう。本物だぜ!もっとも、この宝石には何の効果もないがな。ガッハハ」
このオヤジ、意外と陽気に笑う。
「地球人だろうが何だろうが、客は客だ」という言葉に嘘はないらしい。
「下の尖ったところで刺突攻撃ができる。13,400だ」
「見せてください」ハタカが受け取ると、手に持ってスマホのカメラをかざした。
横から俺が覗き込むと、画面を少しこちらに傾けてくれる。
==========
ロングステッキ
(ルビー:魔法効果にプラスボーナス)
攻撃力:10
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魔法効果?オヤジは効果はないと言ったが――なるほど、RPGシステムによるものか。
しかも、ルビーって勝手に名前つけて……。絶対違うだろ。
もっとも、オヤジにこの宝石の名前を聞いても、RPGシステムが翻訳するんだから、ルビーと聞こえてくるだろうが……。
「私は、これにします」ハタカが言う。
「防具は買えますか?」
「いいえ、これでほぼ無くなります」
リップオフにボッタクられたのが、今さらながら痛い。
宝石の装飾が無ければ、もっと安いんだろうが、ハタカさんはどちらかいうとこの魔法効果が目的かな?
悪くない選択だろう。
「皆はどうします?」
俺は、残りの二人の顔を見る。
「私は、なにが良いかな?」
マリが俺とオヤジの顔を交互に見る。
「女か?これなんてどうだ?メイス。先の装飾部分が重くなってて――と言っても、力の弱いものでも持ち上げられるぐらいだが――振り上げてから振り下ろすことで、そこそこのダメージは与えられる。11,000だ。」
やはり高い、メイスなんてゲームの中じゃ1,000も出せば買えるだろう。
知ったかぶりしていた自分が、少しかっこ悪く思えてくる。
マリが俺の顔を見てくる。
値段は別にして選択肢としては悪くない。
黙って、頷き返す。
「私はそれにします。」
「リュークさんは?」
「リュークでいい。身軽な装備がいいな。素早く動いて、敵の急所を狙えるような」
「暗殺系ですか」オヤジの方に向き直って、「ありますか?」と問う。
「あるよ! ダガー、こいつでどうだ? 装飾は簡素だが、質は良い。4,500でいい」
今までで一番安い。
装飾で値段が跳ね上がっているような?
リュークが手にとってカメラをかざす。
「ダガー、攻撃力:9か――。これを」
“ください”は省略されたが、オヤジには伝わったようだ。
「あんちゃんはどうする?」
俺の方を向いてオヤジが言う。
他の3人の武器から、ステ振りと職業を想像してみる。
魔法系、回復系、暗殺系ってところか。答えは自ずと見えてくる。
タンク系、戦士系、オーソドックスに剣と盾だな。
「アイアンソードだな。」
先に選んだ3人の顔を見て、こちらの答えを待たずにオヤジが提案してきた。
さすがだ。
オヤジの顔を見返して、わかってるねぇという意味を込めてニヤリと笑い返す。
「いくらだ?」
「15,000だ。装飾は簡素だが、その分質は良いぞ。」
買えない……。
「もう1《ワン》ランク下のものは?」
「なんだ、金無いのか? しょうがねぇなぁ。質はグッと下がるぞ? ブロンズソード9,000だ。8,000にまけといてやる」
オヤジに渡された物を、手にとってスマホのカメラをかざす。
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ブロンズソード
攻撃力:12
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「これにします」
「盾はどうする? 必要だろう?」
「お金がもう、4,000しか残らないんです」
「う~ん、一番安いのをおまけしても足りねぇな。街の外で獲物を倒して素材を持って帰ってきな。いい値で買い取ってやるよ。そうしたら、盾も揃うだろ」
「俺が出そうか?」
リュークが進言する。
「いや、まずここでは自分の命が一番大切です。リュークさん自身の防具を買ってください。それに……」
俺は腹を押さえながら続けた。
「腹減りませんか? 戦闘するにしても、腹ごしらえをしないといけないですよね。その分のお金も残しておかないと……」
リアルとゲームの違いはここにもある。
生身の体は、腹も減るし、喉も渇く。
ペットボトルは持ってきたが、どこかで水分の補給場所を見つける必要もあるだろう。
防具については、3人は資金不足だった。
リュークも身軽な方が良いということで“銅の胸当”だけ購入することになった。
「お前ら、これ持っていきな!」
オヤジが皮の袋を4枚わたしてくる。
「1袋2,000するもんだが、1人500でいい。いっぱい買ってくれたからな。獲物を倒したら余すところ無く素材になる。全部持ち帰るんだ。その袋に積めてこい。大型のモンスターを倒すようになったら、また別の手段がある。それはそれからの話だ。今は気にしなくていい」
俺たちは支払いを済ませると、お礼を言って鍛冶屋をあとにした。
結局、俺たちが揃えた武器で槍と呼べるような物はなく、ハタカのロングステッキが唯一、柄の長い武器となった。
「目標金額達成まで残り 999,995,650/1,000,000,000〔メル〕」
更新、遅くなりました。
思ったより、筆の進まない部分となりました。もう少し短く簡単に書きたかったのですが……。