第六十話 俺の未来
「いらっしゃいませ~」
俺は、いつものように営業用の笑顔を作りながら、高い声をあげた。
無愛想な客がおにぎりやペットボトルのお茶の入ったカゴをレジカウンターの上にあげる。
この男は毎日同じ時間に来て、おにぎり4つとペットボトルを1本買っていく。
少し臭いのするいつもの作業着姿だ。
おにぎりの具は毎日すこしずつ違うが、必ず梅だけは入っている。
「いつもありがとうございます」
男が用意したマイバッグに商品を積めて、丁寧に手渡す。
いつもと言われるのが嫌なのか、毎日ジロリとにらみ返される。
男はフンッと、鼻をならして商品を手にもって店から出ていく。
続いて、後ろに並んでいた女性客が何か柔らかいものを包んだ角2封筒をカウンターの上におき、レシートを手渡してくる。
「お願いします」
綺麗な声に返事するように、チラッと顔を覗き込む。
「はい」
髪は長く、フワッとしている。
かわいいというより美人である。
そして、華奢な体つきのわりに胸元が目立つ。
この女性客はルメリカで服でも売っているのだろうか、たまにやって来る。
近くに住んでいるのだろう。
この女性が自分のレジの方に並んでくれるとその日いいことがある、と勝手に俺は思い込んでいる。
密かな楽しみになっていた。
それにしても、この時間にやって来るのは珍しいな。
今日は仕事休みだろうか?
荷物集配の処理を手早くして、お客様控えを女性に手渡す。
「お預かりします」
「ありがとう。お願いします」
そう言って、女性は足早に店を出ていった。
時計を見ると午後6時15分を過ぎたところ。
今、出たばかりのその女性と入れ替わるように、チャラいカッコをした金髪の若い男が店へと駆け込んできて、俺の前に立つ。
「すんません、遅れました」
俺は、いつものように軽く、優しさを込めてにらんでやってから、
「おせーって」苦笑いを見せる。
「あい、すんません。すぐ着替えてきます」
その男、加藤はレジの奥に入っていく。
「このあと、デートなんだよ。早く代われ~」
「あい、知ってます。うらやましいっす」
軽口が聞こえる。
俺はこの後、いつものようにマリと会う。
彼女の実家が営んでいた青果店が一度つぶれかけていたが、大きく改装を行い建て直したようだった。
野菜を扱うのを一切やめ、果物だけにしぼり、それのネット販売を始めた。
同時に、店内で高級な果物を使ったスイーツが食べられるようにし、これが若い女性を中心にあたったようだ。
去年の夏に生の苺を全面にあしらったかき氷を食べさせてもらったが、1650円もした。
確かにうまかったが、高すぎである。
そんなスイーツを食べようとやって来る客で、平日の昼過ぎでも店内はいっぱい。
店内が狭いので席の予約を受け付けられないのがネックだとマリは言う。
その店の改修工事費用はマリが出したらしい。
あれから3年が経とうとしている。
トゥモローに勝った直後、俺たちは誰もいないのに何か良くわからない力に拘束されてすぐに意識を失った。
気がついたときには、惑星パストから帰る列車の中にいた。
来た時と同じ4人が一緒の個室だった。
俺たちは気になって車内を見て回った。
ブレイブとホープは見つかったがカムトゥルーは見つからなかった。
全ての個室を見て回ったわけではないので、同じ列車に乗っていたのかどうか、あのまま亡くなったのかどうか、それさえもわからない。
6人とも暗く沈んだ顔をし、あまり話をせずに車内の時間を過ごした。
「乗車中の皆様、目標金額達成、あるいはゲームクリアおめでとうございます。ただいま、日本の時刻で午後10時を過ぎたところです。スマホの時刻を再度設定させていただきました。到着は午前8時の予定です。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
という車内放送が1度だけあった。
スマホを確認したリュークが寝台に入ったのをきっかけに全員席を立ち、ブレイブ、ホープも自分達の個室へと戻っていった。
翌朝、とりあえず6人で連絡先の交換をして列車を降りる。
それ以来、俺はマリ以外とは会っていない。
自分のアパートに帰ってきた2日後、簡素な封筒に、聞いたこともないような銀行の自分名義の通帳と、印鑑、そしてメッセージカードが入ったものが届いた。
メッセージカードには、「ゲームクリアおめでとうございます。クリア報酬の10億円です。納税の必要はありません。ご自由にお使いください」と書かれていた。
あれから、俺は毎日コンビニのバイトをして過ごしている。
朝から夕のシフトがほとんどで、たまに夜間に入る。
最近、人間観察にはまっている。
貯金は使っているがほぼ減っていない。
こういう生活がいつまで続けられるかわからないが、いつでもやめられると思うと、気が楽で良い。
マリとはたまに会うが、付き合っているのとは少し違う。
告白はしていないし、会って一緒に食事をし、話をするぐらいだ。
今の自分の生活と同じく、いつまでこういう関係が続くのか俺にはわからない。
おそらく、マリも同じ思いではないだろうか。
何年かたって、それぞれの思いに整理がついたら、2人の関係も進展があるのかもしれない。
俺の未来は俺が作る。未来になど決められてたまるか。俺が考え、俺の思うように動いた結果が俺の未来だ。それは奇しくも、トゥモローが死ぬ前に言った言葉だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
連載開始から読みはじめて、最終回まで読んでくださった方がもしおられたら、すみませんでした。後半、更新がどんどんと遅くなり、第6章から、第7章の間が2ヶ月も空いてしまったこと、ここにお詫びします。と、同時に最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。深く、感謝申し上げます。