第五十六話 違和感
谷の間にある洞穴から、大きな影がノソリと、それでいて決して遅くない速さで飛び出してくる。
それは、実際に見たわけではないが、俺がよく知る恐竜に似ていた。
大きさは、象や鯨ぐらい。
前足は太く、決して短くはない。
後ろ足よりも長いぐらいで、そのため上半身はグイッと起き上がったような状態となっている。
例えるなら、ステゴザウルスの前足を長くして、忠犬ハチ公の像のように座らせたような姿だ。
尻尾は背骨の続きのように、こちらも太くて長い。
首はこちらを向いて、牙をむき出しにしている。
ステゴザウルスのような草食動物を想像しない方が良さそうだ。
ちなみに、翼は生えていない。
それは、ゴォォォというように、地響きがするように低く唸っている。
「こいつだ、こいつがドラゴンだ」
ブレイブがアダマンハルバードを構える。
そのまま、前に駆け出していき胸元へ一撃を突き出す。
「ドラゴンとの戦闘になりました。ブレイブの攻撃。ダメージ8」
システムからアナウンスが流れる。
「聞いたか!ダメージは8。一桁しか通らない!レベル70超えの俺でもこんなもんだ!圧倒的にレベルが足りない!カムトゥルーとマリを除いて、順次システムカットに移行するぞ!」
俺とブレイブでアダマンシールドを構えて前を守りつつ、一人ずつ順番にスマホの電源を切っていく。
もちろん、その間もドラゴンは黙ってはいない。
右前足を振り上げて鉤爪で攻撃してくる。
ゴイーンと、シールドが鈍い音をたてる。
手には非常に重い衝撃が伝わる。
システムカットが間に合っていなければ、かなりHPを持っていかれていたかもしれない。
「どうやって、攻めるの!?」
ホープの声が後ろから飛んでくる。
「前足だ!まずは、左の前足から狙って奴の体勢を崩す!」
奴の癖なのだろうか、さっきからずっと左前足を支えにして、右前足でばかり攻撃してくる。
ブレイブは右前足の攻撃を、俺は後ろからの何かの攻撃、例えば尻尾を警戒しつつ間を取る。
その間からホープ、リューク、ハタカがそれぞれの武器で左前足を狙う。
ソードマスターがいないのが、結構痛い。
すぐに、奴の右前足の攻撃が左に変わる。
さすがに、奴も馬鹿ではない。
合わせて、尻尾を振り回す攻撃も加わった。
俺はシールドで受け止めたが、押さえきれずに背後にいたハタカと共に弾き飛ばされる。
「大丈夫か!?」
リュークがチラッとこちらを見、カムトゥルーやマリもこちらを向いている。
「大丈夫だ」
と、返そうとして手元を見たときに、自分の持つハルバードの斧部分の先がハタカの太股に食い込んでいるのが見えた。
ハタカは苦しそうな顔をしている。
「ハ、ハタカさん!ご、ごめんなさい!」
「うぅ……」
思わずハルバードを引き抜くと、ハタカの右太股から血が吹き出すように流れる。
「マリ、マリ!キュアを!」
振り向いて声をかけたときには、カムトゥルーとマリがそばまでやって来ていた。
マリではなく、レベルの高いカムトゥルーが『キュア』を唱える。
傷口がみるみる塞がっていく。
「キュアで完全に傷が治るわけではないわ。ハタカは動けないわよ」
動こうとするハタカをカムトゥルーが制止する。
『キュア』により痛みは和らいだ筈だが、ハタカの苦しそうな顔は変わらない。
無理に動こうとするからだ。
「残ったものでやればいい」
いつのまにか近くまで退いてきていたブレイブ達がうなずく。
グゴオオオオ!
ドラゴンが咆哮する。
前足にダメージを受けた奴の怒りが伝わってくる。
突然、口を開いたかと思うと火を噴き出してくる。
「マジかよ!?」
ギリギリ届く範囲にいたリュークが飛び退る。
ドラゴンは、火を吐きながらこちらへ近づいてくる。
全員散会しようとするが、ハタカが動けない状態だ。
仕方なくアダマンシールドで防ごうとする。
金属ではない分、熱伝導性はないと思うが、生体物質であることを考えると火には弱いのではないか?
「まるで火炎放射器だな」
全員でハタカを動かすために、ブレイブが防衛に加わった。
「アダマンシールドは大丈夫なんですか?」
「このまま、火炎放射を受け続けたらわからないが、しばらくは大丈夫だ」
大丈夫と聞いて安心はしたが、熱風は伝わってくる。
正直、熱い。
ここは、雪山だというのに!
そもそも、雪山に火炎を吐くドラゴン?
違和感しかない。
辺りの雪が溶け出していく……。
「せーの!」
俺とブレイブの後ろで、4人がハタカを動かそうとしている。
「この火炎放射は近づかないとどうしようもないな。奴の足元に入って前足を破壊し、体勢を崩す。作戦に変更はない。守ってばかりではダメだ、俺たちも攻撃するぞ」
ジリジリとブレイブが前進を始める。
「火炎放射も無限ではないはずだ。生物なら、呼吸をするだろう。途切れた瞬間に、一気に前に詰めるぞ。溶け始めた雪に、足を滑らせるなよ」
間もなく、その瞬間はやって来た。
「GO!」
2人同時に走りだし、アダマンハルバードを振りかぶって、それぞれ左右の前足に斧部分を叩き込む。
ゲィン!
相変わらず変な音と感触だが、“鉄のように固い鱗”はアダマンの武器なら切れることがわかった。
もう一度!
ハルバードを振りかぶろうとしたが、奴の動きの方が速かった。
シールドは間に合わない!2人とも左前足で薙ぎ払われる。
「グッ!ゲホッゲホッ!」
一撃が重い。
鎧の上から腹をやられた。
アダマンアーマーの腹部が割れて、その奥から血が滲み出る。
「大丈夫か?」
「わかりません。でも、なんとか動けそうです」
「少し、下がって回復してもらえ!ここは、なんとか押さえる」
振り返ると、ハタカを安全なところに移した4人がこちらへ向かって来るのが見えた。
俺の腹の傷に気付いたマリが駆け寄ってくる。
「キュア!……大丈夫?」
痛みが引いていく。
鎧の割れ具合よりは、傷は深くなかったようだ。
いや、むしろアダマンアーマーがあったからこそ軽度で済んだのかもしれない。
もう一度、同じ部位を狙われると致命傷だろう……。
「ありがとう。大丈夫」
ステップを踏むように駆け出しながら、マリの方を向いて握りこぶしを固める。
「畳み掛ける!火炎には気を付けて!」
振り向くと、ドラゴンが右前足をブレイブに向けて振り下ろし、それをブレイブがアダマンシールドで受け止めているところだった。
ここだっ!
上半身の支えとなっている左前足に、再びハルバードを叩き込む。
奴の体勢が左へと傾く。
よし、いけるぞ!
傾いた体のまま、奴は火炎を吐き出す。
俺とブレイブは火炎の死角にいるので大丈夫だが、後ろの4人は大丈夫だろうか?
なんとか、避けてくれることを願い、左前足を狙い続ける。
ギィィィン!という音と共に、奴の足は切断され体が横倒しになる。
「よし!!やったぞ」
そのまま、奴は電池が切れた機械のように動かなくなってしまった。
左前足の切断が致命傷になったとは考えにくい。
どういうことだろう。
よく見ると、その切断面から生物にはあり得ないものが覗いている。
あれは、電気のコード?
「ああ、やってくれたなぁ。この叡知の結晶を……」
倒れたまま動かなくなったドラゴンの影から、よく知った声が聞こえてきた。