第四十四話 初キャンプ
俺たちがトラウマに乗って移動を初め、数時間が経った。
休憩を挟みながら進んだが、流石に腰が痛くなってくる。
進行方向から斜め右横に目をやると、日がだいぶ低くなって山の陰から赤い空が見え隠れしている。
そろそろ街に戻るころだ。
今日何度目かの止まれの合図。
掴んだ鬣を両手で軽く後ろに引いてやる。
トラウマが減速を始め、パカラッパカラッパカラッ……という蹄の音が徐々にリズムを緩やかにしていく。
ブルルッ
と軽く鳴いたかと思うと、俺の乗るユニコーンはその場にゆっくりと止まった。
ユニコーンの首から背中に手を滑らせながら、スルリと地面に降りる。
「あいたたたたた……」
思わず、老人のように声を上げて、腰をさする。
腰だけでなく、尾てい骨も、太腿も痛い……。
後から追いついてきた4人も同じように、トラウマから降りながら、腰やお尻の周りをさすっている。
「これ、だいぶヤバイですね……おしりの周りが……」
誰に言うともなく、同意を求めるように俺はぼやく。
「本当ですね……」
それを聞いて、ハタカが返してくれる。
「だが、歩きよりもかなり時間短縮になったぞ、何度か戦闘も避けられたしな」
トゥモローの言う通り、例の赤いトラや、ハイエナのような動物と何度か遭遇しかけたが、そのまま駆け抜けて戦闘を回避できたことも、時間短縮の大きな要因の1つとなっている。
「このまま、トラウマで走れたら明日か明後日にはコナートジフルに着くんじゃないですか?」
「問題なのは、俺たちが『ゲート』で街に戻ったら、このトラウマたちもどこかに行ってしまうだろうってことか……。ここに繋ぎ止めておく訳にも行かないしなぁ」
リュークが言うと、
「野宿するか?」
トゥモローが答える。
「「「「え゛!?」」」」
4人が一様に驚く。
突然の話に驚きはしたが、もともとトゼフルを出る時にはそのつもりだったし、キャンプも悪くはないかもしれない。
「キャンプって言ってくださいよ。野宿て……。それに、テントや寝袋がないと流石に夜は冷えませんか?」
「今から、ハタカと俺で街に戻って買いに行く。3人は残っていてくれ、30分で済ませてくる。弁当になるような飯も買ってくる」
トゥモローが言うのに対して、
「本気か……」
リュークが呟く。
マリの方を向くと、文句を言う訳ではないが困ったような、少し嫌そうな顔をしている。
「マリだけ、街に戻って宿で休んだら?」
俺が提案する。
「え?いえ、私だけそういう訳には……。いいです。皆と一緒で、大丈夫!」
「無理しなくてもいいよ?」
「本当に、大丈夫。でも、ありがとう」
「ああ、そうだマリ。悪いが買ってくるテントは1つだ。俺たちと一緒に寝ることになるぞ?」
トゥモローが冷たく言い放つ。
「え?え、えっと……。大丈夫。キャンプだもんね。それが普通だよね!」
マリの声が上ずっている。だいぶ、無理をしているようだ。
「やっぱり、無理しなくていいよ」
「ううん、大丈夫。無理はしてないよ!」
マリは言いだしたら聞かない人のようだった。
結局大型のテント1つに寝袋を5人分用意することに決まった。
しかし、この決定が後々に自分たちの命を救うことになる。
「それじゃあ行ってくる。ハタカ、頼むぞ」
「了解です。ゲート②・レコード」
「ジフル大草原、w-2、n-38、ゲート②記録しました」
システムから音声が流れる。
「ゲート①・オープン」
開いたゲートにハタカ、トゥモローの2人が消えていく。
◇◇◇
「歩くよりも6倍ぐらい速く進めたんじゃないか?」
「10日以上かかるところを、2、3日で行けそうだな」
トゼフルで調達してきた魚を、囲んだ火で炙りながら5人で賑やかに話しをする。
話題の中心は、ここまで運んでくれたトラウマの事。
そのトラウマは、俺たちの近くで横になったり、地面から伸びる草に口を伸ばしたりしている。
特に、ロープなどで繋ぎ止めているわけではないが、どこかに逃げたり行ってしまったりする気配はない。
「あの、ユニコーンをもし倒したら、やっぱり転職キーアイテムを落とすのか?」
リュークが聞くと、
「ああ、確か召喚士だったかな」
トゥモローが答える。
「召喚士って、モンスターを召喚するんですよね?どんな仕組みなんだろう?」
俺が疑問を口にする。
「召喚士は、魔獣使いとウィザードの上級職だな。遭遇したモンスターをその場で使役するのが魔獣使い。使役したモンスターをウィザードのスキルにある『インベントリ』と同じように、別次元に捕獲して必要に応じて呼び出す、すなわち召喚するのが召喚士だ」
トゥモローが丁寧に教えてくれる。
「ああ~!なるほど!」
俺だけでなく、他の3人もそれぞれ納得したという顔をする。
そんな話をしながら、楽しく食事は終わり、いよいよハタカ達の買ってきたテントと寝袋で寝ることになった。
寝袋といっても、動物の皮を袋状に繋いだだけのものだったが、それでも充分温かかった。
◇◇◇
地獄の針山を歩かされる夢を見ていて、足に剣山が刺さったところで目が覚めた。
が、体が動かない……。
金縛りというより、体全体が痺れて動かない感じがする。
そして、足に激痛がある。
俺は目を開けた。
暗い闇の中、目を凝らすと三角に尖った低い天井が見える。
そうだ、テントの中だ。
体全体が動かないと思っていたが、首だけは左右に動く。
左を見るとマリが向こうを向いて寝ている。
右にはハタカが寝ている。
どうやら、うなされているようだ。
俺は自分の体が動かないこともあり、異変を感じてハタカに声をかけた。
「ハタカさん、ハタカさん。起きてください!ハタカさん!」
声は出るようだ。
ハタカはうなされてはいるが、起きる気配はない。
反対のマリの方をもう一度見ると、こちらは背中だけだが特に変わった様子はない。
そう思っていると、「グゥァ!」ハタカの向こうで突然悲鳴が上がる。
リュークか?ハタカ越しに、リュークに呼びかける。
「リュークさん!どうしましたか?」
返事はない。
相変わらず、自分の体は動かない。
ハタカと共に、リュークのうめき声も聞こえてきた。
これは、ただごとじゃない。
俺は、大声でテントの中、全員に呼びかける。
「起きてください!誰か、起きてください!」
しばらく、呼び続けていると、トゥモローが目を覚ましたようだった。
「ん?何だ?寝言か?」
「トゥモローさん、起きてください。何か、変です!体が動かないんです」
「体が動かない?そうかぁ……、体が動かないんだな。ゆっくり休め……」
寝ぼけているのか?
トゥモローは体が動くのだろうか?
「トゥモローさん、トゥモローさんは体が動くんですか?」
「ん?ああ、俺は大丈夫だ。疲れてんだろう、騒いでないでゆっくり休みな……」
「トゥモローさん。目を覚ましてください。何か、変です。体が動かないんです」
「ん?えっ?何!?体が動かない!?しまった、ハンターか!」
やっと、目を覚ましたようだ。
「トゥモローさん、起きましたか?体が動かないんです。何か、変です。ハタカさんとリュークさんもどうやら、うなされているようです」
「ああ、わかってる。ハンターの仕業だ。近くにいないか?」
「ハンターって何ですか?それに、近くを見ようにも、体が動かないんです」
「ああ、そうか。ハンターってのは、サソリだよ。マリ!?マリはどうだ?マリを起こせ!」
「サソリ!?マリを起こそうにも、体が動かないんですって。声だけではどうにも」
「そうだったな、悪い」
テントの入り口の方で、ライトらしき灯がともる。
ライトなんて、この星にあったっけ?
あ、スマホの画面の灯か?
トゥモローがスマホを起動させたらしい。
「コウ、近くでカサコソ音がしないか?サソリがいるはずだ」
テントの中を、灯が行き来する。
耳をすませる。
体が動かない分、五感が研ぎ澄まされるのか、音も良く聞こえる気がする。
足元、ハタカの方で何か小さな物が這うような音が聞こえる。
「ハタカさんの足元……何かいます!」
スマホの灯がそちらに向かって当てられる。
「いた!」トゥモローの声だ。
一瞬、金属音がしたかと思うと、テントの天井に映る黒い影が動き、足元からザクッと音が聞こえる。
直後に、スマホから音声が聞こえる。
「ハンターとの戦闘になりました。トゥモローの攻撃。ハンターを倒しました。獲得経験値50、獲得金250〔メル〕」
「コウ、マリに声をかけ続けろ!早く起こさないと、お前たち死ぬぞ!」
ひぃ、それは勘弁!この痺れてるのは、サソリの毒か?
「マリ!起きて!マリ!」
俺は呼び続ける。
「他にはいないか?」
スマホの灯がテントの中をクルクルと回る。
「マリ~、起きて~!」
ハタカの向こうから黒い影が俺をまたいでマリの方に行く。
「マリ、起きろ!緊急事態だ!」
トゥモローがマリを揺さぶり起こす。
「え?は?はい?」
マリの素っ頓狂な声。
こんな、事態になっても、可愛いと思ってしまう。
「起きたか?こいつら、寝ている3人に、『デトックス』と『キュア』をかけてやってくれ!早く!」
「え?は?はい!デトックス!キュア!」
体の痺れがスゥッと消えていく……。
その感覚に身を預けながら、俺はマリが街の宿に泊まっていたかもしれないことを考えてゾッとするのだった……。
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