第三十一話 妖精猫の尻尾
ちょっと、長いです。4000文字になってしまいました。
「リューク、ケットシーから“何とかの髭”とかいうアイテムを盗んでなかったですか?」
「ああ、“素早さの髭”な。スキル『盗む』の確率を上げるアイテムだ。何か、重要なアイテムを盗まなくてはならないような、ここぞという時のために温存しておこうと思う」
「なるほど、わかりました」
酒場を出て駅前のATMを経由して宿に向かう途中、結局している話と言えばキャットシーの話だった。
◇◇◇
翌朝6時。
『ゲート②』で昨日の川を渡ったところから再開する。
「1つ、面白いことを教えておいてやろう。この川についてだ」
そうやって話しだしたのは、もちろんトゥモローである。
「この川を境にモンスターのレベルが変わる。もちろん、RPGシステム上のレベルだ。仮に、猫がその丸太橋を渡って向こうからこっちへ来たとする。その瞬間にレベルが上がるんだ。俺たちはこっちに来た猫を倒そうとするとレベル差によって多少苦労することもある。しかし、この惑星パストの住人はシステムに縛られないから、どっちで倒そうと同じなんだ。向こうとこっちにいる猫はまったく同じ猫なんだよ」
「トゥモローさん、そのことなんですが……」
俺が話をさえぎる。
「そのことって、何のことだ?」
「この3日間、話してなかったんですが、俺たちもシステムに縛られない方法を見つけたんです」
「ん?携帯の電源を切るんだろう?」
「え?知ってたんですか?」
「ああ、話しただろう?携帯が壊れたことがあるって。その時に一時的にそういう状態になったことはある。とても使えたものじゃなかったがな」
「そんなことないでしょう、めっちゃ有用だと思いますよ!」
「今、試してみろよ。そこで携帯の電源を切ってみろ」
「そうします。俺たちのコンボを見ててくださいよ!」
俺は、スマホを取り出して電源を切る操作をする。
「ウグッ!!」
な、なんだこれは?
思わず声が出てしまった。
体が動かない。
トゥモロー以外の3人も「え?どうしたの?」というような顔で不思議そうに俺を見ている。
これは、装備のせいか?
「か、体が……、うごか……ない……」
「そりゃそうだろう、お前どんな装備をしているか自覚無いのか?全身に鋼鉄の鎧、右に長槍、左にカイトシールドだぞ?鍛えてる人間がフル装備してやっと動けるような代物だ。大学時代アメフトやってましたっていうぐらいの奴じゃなきゃ動けるわけねぇだろ!この世界ではシステムにアシストされて初めて動けるんだよ。あるいは、ずっと携帯の電源を切ってそれで動き回ってりゃ半年ぐらいで動けるようになるかもな、クゥァハハ!」
何が面白いのか、冗談でも言ったつもりなのだろう。
でも、俺は冗談では済ませたくない。
装備を解除してでも、スマホの電源を切って戦うことの有用性を示したかった。
銅の胸当てと鉄の盾の装備のときはうまく動けていたんだ。
そういえば、トゥモローは携帯が壊れたときどうしたんだろう?
装備を解除して戦わなかったのだろうか?
「トゥモローさんは、携帯が壊れたときどうしたんですか?動けなくなったんでしょう?」
「ああ、そうだ。不幸中の幸いでな、壊れたのが街中だったんだ。酒場で飯食ってるときに、テーブルの上に置いていた携帯にコップの水をこぼしちまってな……。慌てて開いたのが間違いだった。携帯がショートしたかと思うと、椅子から立ち上がれなくなっちまった。その場で装備を外したよ。街の外でなくて助かった。コウ、お前も早く携帯の電源を入れろ、このタイミングでキャットシーが来たら死ぬぞ!」
「いや!いけますって」
俺は、ハタカの方に向きなおる。
「ハタカさん、装備の変更をさせてください。『インベントリ』をお願いします」
トゥモローから武具の代金を払えと言われたら元の装備に戻せるように、念のため4人分まるまる下取りに出さずに残していたのだ。
装備を解除して鋼鉄の鎧、カイトシールドをインベントリに入れる。
銅の胸当てと鉄の胸当ての重量は僅かに鉄の胸当ての方が軽いので、そちらを装備する。
鉄の盾を持って、ハルバードを振り回して……。
まだ重くて持ち上げるのがやっとだ。
仕方なくグレイヴに変更する。
これは、余裕だ。
4人の時はこれでやっていたのだ。
「そんなことで、うまくいくか?とりあえず、盾役は俺がやってやろう」
トゥモローが言う。
戦闘の機会は思ったよりも早くやってきた。
敵の数は5。
キャットシーが2、キャッツーが3。
「ショルダー、挑発」
戦闘開始早々にトゥモローがスキルを2つ続けて使用する。
どちらも、前衛職によくあるスキルだ。
「キャットシーがトゥモローをターゲットにしました。キャットシーがトゥモローをターゲットにしました。キャッツーがトゥモローをターゲットにしました。キャッツーが……」
スマホから音声が流れる。
5匹分も要らない。
うるさいだけだ。
トゥモローが盾を構えて前に出る。
そこに、5匹が襲い掛かる。
「アイスレンジ!」
ハタカが覚えたばかりの氷系範囲魔法スキルを唱える。
範囲から外れたキャットシー1匹を残して、他の4匹が見事に凍り付く。
それぞれにダメージが入る。
「ハタカの『アイスレンジ』による攻撃。キャットシーにダメージ29。キャッツーにダメージ……」
すかさず、リュークがマリの前にいるキャッツーを狙って『盗む』を発動させつつ攻撃する。
少し遅れて、マリもメイスで攻撃する。
「リュークの攻撃。キャッツーにダメージ28。盗めませんでした」
「マリの攻撃。キャッツーにダメージ41。キャッツーを倒しました。獲得経験値10、獲得金75〔メル〕」
俺は凍り付いた方のキャットシーを狙う。
胴の部分を斜めに薙ぎ払うようにグレイヴで切りつける。
切りつけたところからピキィイインと音がして胴体が2つに割れて地面に崩れ落ちる。
その衝撃で上半身が粉々に砕け散る。
「システム外の者による攻撃。キャットシーを倒しました。獲得経験値30、獲得金200〔メル〕、獲得アイテム“妖精猫の尻尾”」
「なるほど、すごいな!」
トゥモローが関心を示すような声を出す。
それも束の間、凍り付かずに残っていたキャットシーがトゥモローに襲い掛かる。
「キャットシーの攻撃。トゥモローにダメージ0。“青のミディポーション”を盗まれました」
直後、凍結の解けたキャッツーとともに、3匹は森の奥へと逃げていってしまった。
「キャットシー達が逃げ出しました。戦闘が終了しました」
「ああ、くっそー」とリューク。
「逃げられてしまいましたね」これはマリ。
「でも、収穫はあった。どうですかトゥモローさん?スマホの電源を落とす方法は?」そして、俺。
「いいんじゃないか?!まさか、キャットシーを一撃で倒せるとはな。装備の軽い段階で気付けたお前たちに拍手だな!しかも、狙う相手を瞬時に判断して、4人ちゃんと連携が取れてるじゃないか。」
「でしょう!名付けて!…………」もう一度、俺。
「「名付けて?」」ハタカ、マリ。
「名付けて………………スマホ電源落とし!」
「ださっ!まんまじゃねーか!」
リュークに鋭いツッコミを入れられる。
フフフッとマリが笑う。
おお!やったぞ、俺のボケにマリが笑ってくれた。
あ、いやリュークのツッコミで笑ったのか?
いやいや、ボケはツッコミがあってこそ生きるんだ。
リュークのツッコミも流石だが、俺のボケがあってこそだな。
ん?そもそも俺はボケたつもりはないんだけども……?
そんなことを考えていると、寒い顔をしながらトゥモローが話す。
「ま……まあ、名前はともかく……。その携帯の電源を落として戦う役は俺がやろう。経験値やお金が入ってこないだろう?」
「いや、状況によって変えればいいと考えています。どうしても、ハタカさんの氷魔法は必須のように感じますが、なるべく全員が経験しておいた方がいいと思うんです。この先、システムに縛られていると倒せない敵も出てくるんじゃないかと……?」
「それに、トゥモローが言うように、重い装備に慣れて動けるようになっていた方がいいかもしれないな」
トゥモローを呼び捨てにするのはリュークだ。
「なるほど、なかなか考えているな!確かに、この方法なら機械獣を倒せるのかもな。そうなると、鉄を貫ける武器、鉄より硬い武器が必要だな」
「あるんですか?そんな斬鉄剣みたいな武器が?」
頭の中で、ヒュヨ~~ポンポンポン!ヒュヨロロロロ~♪と、尺八と小堤による音楽が流れた気がした。
うう、言ってみたい。あのセリフを言ってみたい……。
「あると聞いたことがある。となると、目指すべきはやはりマニュファートだな。さあ、ここにいても時間がもったいない。歩きながら話すぞ。まず、これを処理しなければな」
俺たちの足元にはキャッツーの死体と、キャットシーの下半身が転がっていた。
「氷魔法って要るか?折角の素材が台無しだぞ?この星の住民は器用に心臓を一突きする。それを目指したらどうだ?」
死体をスキルで解体しながらトゥモローが言う。
「確かにそうですね。そうすれば、ハタカもスマホ電源落としに参加できる。でも、動き回るキャットシーの心臓を一突きするなんて、よっぽど熟練しないと……」
「ああ、そうだ。その携た……スマホ電源落としを常用していってもいいかもしれないな」
話をしながら全員で作業を進め、ハタカの『インベントリ』に素材を入れると、「さあ、行くぞ」と進行を再開する。
「“青のミディポーション”って、MP回復ですか?」
トゥモローに尋ねる。
「ああ、そうだ。モンスターの『盗む』対策に多量に持っているんだ。必要ならやるぞ」
「あいや、盗まれてたから良かったのかな?って」
「このパーティーメンバーでゲームに詳しい奴は、やはりコウなんだな?」
「え?あ、はい」
「列車の4人組、必ずゲームに詳しい奴が1人以上入るように組まれてるんだ。言わなかったか?ま、どうでもいい情報だがな。頼りにしてるぞ」
「それと、“妖精猫の尻尾”は誰の中に入ったのかな?どんなアイテムか分かりますか?やっぱり転職キーアイテムですか?」
「あ、それ私です」
ハタカが小さく手を挙げる。
「そうだ、転職キーアイテムだ。盗賊から上級職への転職に必要になる。集めておくといい」
話をしながら歩いていると、本日2度目の戦闘の機会もすぐにやってきた。
次話もキャットシーです。
キャットシーを逃がさない方法をコウ達が考えます。