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第三話 ツアーに参加 夜行列車の旅

 時刻は午後8時25分。

 大阪駅の4番ホームに駆け上がるとそいつはもうすでにそこに停車していた。

 客車は赤銅色しゃくどういろの落ち着いた感じのボディ。

 大きな窓は、でも全てにカーテンが引かれて中をうかがい知ることはできない。

 ホームにはカメラを構えた老若ろうにゃくの男たちが、いたるところでフラッシュの光をたいている。


 その雰囲気たっぷりの列車にチケットの号車を確認しながら乗り込んだ。と、予想に反して車内は近未来的な装いである。

 通路から扉を開けて4人用コンパートメントに入ると車両の外観からは想像がつかないほどに中は広々としていた。

 中央にテーブルと座席があり、そこから繋がるように睡眠用の個室が4つ狭いながらも設けられている。


 入ったコンパートメントは俺が最後だったようで、すでに3人の男女が中央テーブルに腰かけて本を読んだりスマホをいじったりしている。


「こんばんは」


 3人のうち唯一の女性が穏やかな声で挨拶をしてきた。

 ショートボブの手入れされた黒髪が頭頂部の周りにリングを映して奇麗だった。


 思わず見とれてしまった俺だったが、慌てて

「こんばんは!」と返す。


 思ったよりも大きな声になってしまう。


 それが可笑しかったのか、窓際で本を読んでいた中年の男性が

「ふふっ、こんばんは」と子気味良く笑って答えてくれた。



 スマホをいじっていた男性も

「やあ、短い間だけどよろしく」と顔を上げる。


「この部屋広いですね」と言うと、


 俺よりも少し年上だろうか、その男性が答える。


「そうなんだよ。1車両にコンパートメントが2ヶ所。計8人用らしい」


 この簡単なやりとりだけで、正直俺はホッとしていた。

 個室の雰囲気は悪くなさそうだ。


 外で発車のベルが鳴り響き、間もなく列車は動き出した。


「動き出しましたね」

 女性が言う。


 左腕の時計に目をやると8時30分だった。


 その後もお互いの自己紹介を含めながら話は弾んでいった。


 女性の名前は、奥田真理子おくだまりこ、大学3年生。

 親の自営業の関係で経営学を学んでいるとか。

 このツアーには友達と一緒に申し込んだはずなのに何かの手違いで自分だけ参加することになったそうだ。


「でも、良かったです。皆さん話しやすい人たちで」


 俺も、その話しやすい人に入れてもらえて良かった。


 中年の男性は、高畑純之介たかはたじゅんのすけ、43歳。

 単身赴任で神戸の方に来て3年になるらしい。

 実家に残している妻と娘になかなか会えないのがつらいと語った。


 気になったのは、奥田もそうらしいが、申し込んだツアーの触れ込みは「現実を変えたいあなたへ」ではなかったらしい。

 同じツアーの広告でも、触れ込みの違うポスターが複数存在するのだろうか。


 もう一人は、谷口陸空人たにぐちりくと、27歳。

 なんと研修医らしい。

 9年前にサラリーマンの父親が自分の医学部進学のために借金をしてくれたことに感謝していると話した。


「なるべく早く返していかなければならないんだ」


 そして、彼のツアー参加も、「たまには息抜きでもどうですか」という触れ込みの広告だったらしい。


 このツアーで4人が共通して認識しているのは、目的地がわからない、いわゆるミステリーツアーではないかということだった。


「今、どこを走ってるのかしらね。」


 奥田がカーテンを開けて窓の外を眺めた。


 夜間ということもあって他に外を気にする者もなかった。


 その後、谷口が10時には寝るようにしていると、席を立つまで話は続いた。


 朝、外が騒がしいことで目が覚めた。

 腕時計をはめながら確認すると午前5時22分。

 列車は動いていない。

 もう、目的地の駅に到着したのだろうか。


 個室から出ると、谷口が窓の外を覗き込むようにして見ながら

「ここはどこだ?」と声を上げているところだった。


 俺は「私は誰?」と冗談を言いそうになってやめる。


 谷口の様子を見るとただ事ではないようだ。

 チラッと見える窓の外には草原が広がり遠くに岩山が見える。

 日本の近代的な駅をイメージしていたがどこかの田舎に着いたのだろうか。

 いや、谷口が言いたかったのはそういう事ではなかったらしい。


「月が――」とつぶやき、後に言葉が続かなかった。


 月がどうしたというのだ、この時間ならまだ見えてもおかしくないだろう。

 そういえば、この時間にしては外が明るい。

 谷口の横に立って窓の外を覗き込む――!


 月が赤くでかい、そして何より土星のリングのようなものが周囲を囲っている。


 ここは日本ではない、いや地球ですらない。


 騒がしいのはこの部屋だけではなかった、それも当然だろう。


 急に、軽快な音楽とともに車内アナウンスが流れ始めた。


「ツアー参加の皆様おはようございます。8時になりました。皆様のスマートフォンはアプリの仕様により現地の時間に設定させていただきましたのでご確認ください」


 慌てて、カバンからスマホを出して確認する。

 スマホの画面には8時01分と表示されている。

 腕時計は5時半をまわったところだった。


「本列車はすでに目的地に到着しております。このまま車内アナウンスにて本ツアーの概要を説明させていただきます。もうしばらく降車はお待ちください。」


 俺たち4人は、スマホを片手に顔を見合わせる。


「見てください、俺の腕時計5時半ですよ。」


「――!」


 3人が覗き込み、それぞれが言葉にならないような声を出す。


 アナウンスは続いた。


「さて皆()()、すでにお気づきの方も多いかと思いますが、ここは地球ではありません。」

 先ほどまでと少し語調がちがう……。


「あなた方が生きている同じ時の、まったく別の星です。この星の住人はあなた方と同じように生活し、生きています。容姿の違いは多少ありますが、同じような進化をたどっています。

 大きく違うのは、知的生命体すなわちこの星の住人には、あなた方の星で言うところの「人間」という種族だけではなく、複数の種族がいることです。」


 3人が驚愕きょうがくの表情を浮かべる。

 きっと、俺も同じような顔をしているだろう。

 どこかで、叫び声が聞こえた。

 俺はアナウンスに向かって叫びたいのをグッとこらえる。

 同室の3人もこれまた同じような反応だ。

 賢明な判断だ。

 このアナウンスはこれから重要なことを伝えてくるだろう。

 こちらの罵声や怒声により肝心な部分が聞けなかったのでは命にかかわるかもしれない。


「ここは、剣と魔法の世界。ロールプレイングゲームの世界とお考え下さい。あなた方には、ここでモンスターを倒してお金を稼いでいただきます。」


 また、どこかで罵声が聞こえる。

 俺たちは、立っているのも辛くなり座席に座り込む。

 愕然がくぜんとしつつも頭はしっかりと働かせてアナウンスを聞きのがすまいとしている。


 その後もアナウンスは続き、かわらずどこかで叫び声や怒声、扉をたたく音が聞こえてきた。


 アナウンスの内容はこうだった――。


読んでいただきありがとうございます。


序章がこれで終わりです。

いよいよ、第一章。本題に入っていきます。

今後もよろしくお願いします。

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