第二話 就職活動 不採用通知
10月にもなろうというのにTシャツの袖から汗がたれる。
異常気象だなぁと思いながら頭の上を仰ぐ。
空は秋晴れ、清々しいはずの天気も今の俺には恨めしい。
大学4年生の秋、卒業もせまってきているのに就職活動で内定が一つももらえていない。
大学の研究室を後にして、さあ帰ろうかと歩き始めたところでスマホが着信を知らせた。
先日、3次面接まで進んだ企業からだった。
「山下浩一郎さんの携帯でしょうか」
俺は落ち着いて「はい」と返事をする。
「先日は弊社の面接にご参加いただきありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
「面接の結果についてお電話させていただきました」
相手の声のトーンが少し下がった気がした。
俺は返事もできない。
「非常に心苦しいのですが、今回はご縁がなかったということで……」
俺は手に持ったスマホを地面に叩きつけたい衝動にかられた。が、それをグッとこらえて「わかりました」とだけ答え、電話を切った。
足が、体全体が重い――。
最終面接にこぎつけ、手ごたえもあっただけに――今から家に帰れるのかさえ、あやしくなってきた。
駅までの道のりがやけに遠い、いつもなら5分で着くような距離だ。
道端の“富くじ”売り場にある、のぼりが見えた。
オータムジャンボリー 一等前後賞合わせて10億円 発売中!
10億円あったら、一生遊んで暮らせるのに……。
こんな就職活動もいらない。
それでも、俺は富くじを買う気にはならなかった。
当たるはずがない。
そんなに簡単に当たるのであれば俺みたいな人間はいなくなる。
自殺者も減るだろう。
そんなことを考えながら歩き、なんとか駅まで到着した。
大学の最寄駅だけあって若い人が多い。
近くには雑居ビルや飲食店もある、それなりに栄えた町だった。
賑やかにしている4、5人の大学生らしき集団をしり目に、改札を通りホームへあがろうとしたときに、ふと壁面広告のポスターに目が留まった。
『現実を変えたいあなたへ 夜行列車ツアー』
ふん、と思いながらもポスターの下の方に目をやると、
「参加条件 お持ちのスマートフォンに以下のアプリをインストールできる方」とあってQRコードが印刷されている。
さらに、その下には
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動作環境
必要OS Idroid 7.2以上 aOS 9以上
必要メモリ 20G以上
参加費 4泊3日(車中泊2日) 大阪発30,000円~
動きやすい恰好でご参加ください
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と書いてあった。
現実を変えたい――自己啓発セミナーみたいなものか?
4泊3日?3泊4日の間違い? ……でもないのか、夜行列車での車中泊が行き帰りにあるということか。
4泊3日で3万円、1日1万円だな。
ボッタクリな値段でもないし、提供している旅行会社もよく見る名前だ――。
それにしても必要メモリ20Gってどんだけ使うんだよ!
AS4のゲーム並みだな。
“現実を変えたい”という言葉と、20Gという、やたらと容量を食うアプリに興味がわいた。
さっきの不採用通知によって体が重くなるほど落ち込んでいたことも、頭の隅に追いやられていた。
とりあえずアプリをダウンロードしてみるか。
念のため駅のフリーWi-Fiにつないでからダウンロードを始めると、驚いたことに30秒ほどでダウンロードとインストールまで終了した。
本当に20Gも使っているのか?
起動してみると、
「アプリのインストールをありがとうございます。このアプリからツアーの参加申し込みとお金の支払いが可能です。」と文字が表示された。
俺は電車の中でアプリをさわりながら帰ることにした。
参加の日程はドロップダウンメニューから選べるようになっているな。
夜に出発して、朝帰ってくるのか。
なるほどこれが4泊3日というわけだな。
参加するならこの辺りか。
10月9日(金)大阪発~13日(火)帰着。
12日(月)は体育の日で休みだから、金曜の夜に出たら、休み明けの朝に帰ってこられる。
申し込みするかしないかは別にして、適当に入力を進めていくと、決済画面に変わった。
「お金の支払いにはスマホ決済が便利です。」
3万円ならバイト代でなんとかなる。
まあ、いいか申し込んでみるか。
出発は来週の金曜日だな。
俺は、支払い確定申し込みボタンを押した。
さて、このアプリどんなものなんだ?
申し込みも済んで、いよいよアプリの中身を確認できると思っていたのだが、当てが外れた。
「アプリの機能はツアーの当日までご利用できません。ご了承ください。」
「20G以上も容量食っておきながら、アプリが動かせないってどういうことだよ!」
車内であることを忘れて思わず声を上げてしまった。
周りの客は一瞬、なんだ?という顔を向けてきたが、すぐにもとの無関心な客に戻った。
俺はその後、車窓から見える赤くきれいに染まり始めた空を眺めながら、大学生にとっては3万円という高額な支払いをしたという高揚感と、自分を変えられるかもしれないという期待感に心を委ねていた。
このときには、まさか自分にあんな未来がまっていようとは夢にも思わなかった。
読んでいただいてありがとうございます。
結末は頭の中にすでにあります。
どれぐらいの連載になるかわかりませんが、頑張って更新していこうと思います。
応援、よろしくお願いいたします。