第十九話 システム外スキル
戦闘終了後の獲得金額を変更(2020年7月12日改稿)
「ずっと、考えてたのだけど……」
ボス熊の素材を回収しているときに、マリが唐突に話しだした。
「これって、スマホの電源を切ったらどうなるのかしら?」
“これ”とはもちろん、RPGシステムのことだろう。
なるほど、その発想は無かったな。
うまくすれば、セイブの立ち位置に誰でもなれるわけだ。
「試してみる価値はありそうですね」
ハタカが返す。
「誰がやるかだな。ハタカさん意外かな。リュークの『盗む』もまだまだ必要だから……」
俺がやるか、と言おうとしたところでマリが右手を小さく上げる。
「私にやらせてください。言い出しっぺは私です」
「メイスか……。ハンマーみたいに殴る武器だから、確かに槍よりも氷破壊には向いてるかもしれないな……。でも、今まで相手も自分もシールドに守られてチャンバラしていたんだ。それが、よりリアルに殴ったり殴られたりするんだよ。もちろん殴られる方は俺たちで守るけど、殴る方は大丈夫?今度は、目を瞑ったら当たらないよ、たぶん……」
「うぅ~。殴られるのは困るし痛いし、殴るのも想像するだけで嫌だけど……。セイブさんについていってもらう訳にはいかないでしょう?誰かがやらなきゃ、私も役に立ちたい!」
「そんなの、お互い様だよ。ヒーラーに転職できれば、パーティーには必要不可欠な存在になるし……」
「地球に戻りたいのは皆同じでしょう?たぶん一番早く抜けることになる私は、皆のお荷物にはなりたくないです」
「そうだな。どちらにしろ、交代しなくてはいけないだろうと思う。おそらく経験値が入らなくなるから――。お金は後で分配すれば大丈夫。問題は誰が最初にやるかってことぐらいだ。マリにお願いしようかな。ちょっと殴る感触とか気持ち悪いかもしれないけど……、そこは慣れもあるし頑張って!」
セイブには、様子を見て参戦してもらうことにした。
そんなマリの初陣とも言える相手は、蛇だった。
しかも双頭蛇。
セイブいわく、蛇は討伐対象らしい。
すなわち、いくら狩っても良いということ。
毒も持っているし、きっと、マムシみたいな存在なのだろう。
「よりにもよって、蛇だなんて……。まあ、猫を殴るよりましかな?」
マリがつぶやく。
こちらに狙いを定めて、2つの頭が同時に鎌首をもたげる。
「アイスブロック!」
「ソウトウダとの戦闘になりました。ハタカの『アイスブロック』による攻撃。ダメージ31。ソウトウダの体が凍結しました」
そこへメイスを振りかぶったマリが、そのまま振り下ろす。
「え~い!」
あ、やっぱり目を瞑ってる。
慣れるまで仕方ないか……。
パシィーン!
双頭蛇が粉々に砕け散る。
「システム外の者による攻撃。ソウトウダを倒しました。獲得経験値12、獲得金80〔メル〕、獲得アイテム“もう一つの胴”」
「よぉーし!」
「え?あ、やったぁ!」
「いけますね」
マリの発想で得られた案が、皆の手応えに変わった瞬間だった。
「凍ってたら、殴るのは気持ち悪くない」
「目、瞑ってたけどね」
俺が笑う。
「次は、大丈夫っ!」
マリが口をとがらせて言う。
すねたような顔もちょっと可愛い。
「この倒し方の欠点は、素材が全く手に入らないことだな」
リュークが言う。
「確かに。アイスブロックでダメージを与えてHPを削って倒した猪は素材がゲットできたけど、さっきのボス熊は腕が2本とも粉砕されてたからなぁ。爪とか高いんじゃなかったっけ?」
「半額の30,000も、もらえないかもしれないね。」
森に入ってくる光が赤く変化し、その量を減らしていく。
「そろそろ戻らないとな」
リュークの言葉にマリが答える。
「もう1体倒さないですか?」
どこかで聞いたセリフだ。
死亡フラグか?
いや、それを否定する意味でも、もう1体倒しに行った方が良いだろう。
「よし、ラス1行こう!」
俺は盛り上げるように言う。
「OK!頑張ろう。コウHPは大丈夫か?」
リュークが答える。
「大丈夫、ポーションで回復して以降、ほぼ減ってない。半分以上残ってる」
念のため“赤のミディポーション”をリュークからトレードで受け取る。
アイテム欄で効果を確認するとHPを回復する効果(中)となっている。
本日、最後の相手は熊だった。
30分歩き回って何も出ない。
もう、帰ろうと森の出口に向かう途中で遭遇した。
リューク、ハタカのMPはフル回復している。
システムアシスト無しの戦闘に、まだ慣れていないマリをどう守るかが課題だ。
しかし、今はハタカの魔法がある。
凍ったところをすかさず殴るようにしてもらえればいい。
リュークの『盗む』は二の次だ。
俺は、盾を構えながらマリの前に出る。
熊の咆哮。
俺の後ろでマリが一瞬ビクッと震えるのを感じた。
そりゃあ怖いだろう。
「どうする?セイブに代わってもらうか?」
「大丈夫、皆を信じてる」
マリの返事を合図に、ハタカが唱える。
「アイスブロック!」
「ベアとの戦闘になりました。ハタカの『アイスブロック』による攻撃。ダメージ25。ベアの体が凍結しました」
俺は背中を右側に開いて、マリが前に出られるようにする。
マリはメイスを振りかざして熊の左腕を狙う。
その様子をチラッと右肩越しに見る。
大丈夫、ちゃんと目は開いている。
同時にマリとは反対の方向からリュークが前に出てスキル『盗む』を使う。
パキィ!
熊の左肩をえぐるように、肩から先が粉砕する。
スマホはシステムの音声を再生する。
「盗めませんでした。システム外の者による攻撃。左前足を損傷しダメージを負いました」
2人が俺の後ろに戻る。
盾を構え直す。
凍結が解け、熊が咆哮する。
熊の右腕が高いところから飛んでくる。
俺が盾で受ける。
「ベアの攻撃、青銅の盾による防御。衝撃によるコウへのダメージ2」
「いけるぞ、生命力にステータスを振った効果が出てる!」
再び、ハタカの魔法
「アイスブロック!」
「ハタカの『アイスブロック』による攻撃。ダメージ25。ベアの体が凍結しました」
ベアの攻撃の隙に立ち位置を入れ替えていたマリとリュークが、俺の後ろから出てくる。
今度は、マリが熊の右腕を狙う。
リュークが腕の無くなった左わき腹に手を当てて『盗む』
「盗めませんでした。システム外の者による攻撃。右前足を損傷しダメージを負いました。ベアは瀕死の状態です」
凍結が解けると同時に熊は両腕を失ったことによりバランスを崩して倒れこむ。
両肩からの出血が止まらない。
「スリップダメージ。ベアのHPが減少しています」
リュークがもう一度スキル『盗む』を試みようとしたが、クールタイム終了までに間に合わなかった。
「ベアを倒しました。獲得経験値15、獲得金80〔メル〕」
俺のスマホの音声に重なるように、誰かのスマホの音声が聞こえた。
「ベアを倒しました。獲得経験値15、獲得金80〔メル〕、獲得アイテム“六本目の爪”」
「――!誰?どっち?」
俺はリュークとハタカの顔を見比べる。
2人は、それぞれのスマホを取り出し確認する。
「俺だ……」
リュークが小さく手を挙げながら笑う。
「リアルラッ~~ク!」
俺が叫ぶ。
「すご!」
「強運!」
「何か、出たんだな!?」
セイブも含めて3人も口々に叫ぶ。
本日2度目の強運。
命を救う医者にはもってこいの能力かもしれないな。
街に戻る途中、マリが聞いてくる。
「ねえ、さっきのリアルラックってなに?現実の幸運?どういう意味?」
「ん?ああ、ゲーム用語でね。“運”というステータスが存在するゲームがあるんだ。その“運”をあげると、アイテムのドロップ率が上がる仕組み。ゲームによっては、そのドロップ率を50%以上にすることができるものもある。このRPGシステムにはそういうステータスはないけど、もしかすると“カリスマ”を上げると同じ効果があるかもしれないね。で、ゲームの中に設定された運とは違って、現実世界で運のいい人っているでしょ。富くじとか懸賞とか当たりやすい人。そいう人は、同じドロップ率でも他の人より多くドロップしたりする」
「なるほど、それがリアルラックな訳ね」
「そういうこと。因みに、ゲーム中のリアルラックって小さい子の方が良かったりする。MMORPGなんかをどこかの小学生と一緒にしてると、こっちは全然レアなアイテムが出ないのに、その小学生ばっかり出たりすることもある。案外、富くじも子どもに買わせると当たるかもね。純粋で欲が無い方が、運が良いのかも」
「それはあるかもしれませんね」
ハタカが同調する。
「でも、家の娘に富くじは買わせたくないなぁ。下手に当たって娘の運を削りたくないです」
「優しいお父さんですね」
マリが言う。
この感情はなんだろう、ハタカに、また嫉妬してしまう。
いつも、読んでいただいてありがとうございます。
遅かれ早かれ、どこかにこの話を入れようと思っていたのですが、うまくマリの活躍とからめることができました。
タイトルの元になった話が、この第十九話です。