第十話 ヨルホシビト
スキル【言語取得】、音声変換のくだりを少し、追記しています(2020年6月3日追記)
戦闘終了後の獲得金額を変更、目標金額達成までの残金を追記(2020年7月12日改稿)
グレイヴが精確に、猫の心臓を突く。
これは、システムにアシストされた動きではない。
その動きに不自然さは見られない。
森の入り口から来たその男は、頭には卵型に尖った兜をかぶり、身を固めた鎖かたびらの上に青く染めた外套を着ている。
手に持ったグレイヴは、閃くように動き、瞬く間に3体の猫を倒した。
スマホの音声が4人にそのことを告げる。
「システム外の者による攻撃。キャッ2を倒しました。キャッ2を倒しました。キャッ2を倒しました。獲得経験値4、獲得金75〔メル〕」
スマホの音声を食い気味に、男の怒声が響く。
「馬鹿野郎、何ボーッとしてやがる! 逃げるぞ、こい!」
一瞬、何が起こったか分からなかった。
たぶん、そういう顔をしていたのだろう。
慌てて俺たちは、男が大きく手招きをする横を通り抜け、森の出口へと向かう。
男は逃げる俺たちに背中を向けて、しんがりを務める。
逃げる俺たちを、猫は追ってはこなかった。
本当に危機一髪だった。
男の助けが無ければ、このゲームは疎か、現実世界からも退場させられていただろう。
「本当に、ありがとうございました」
「あんたら死にたいのか? 全員槍を持って行けと言っただろう。」
続けて男は、ハタカの方を向いて言う。
「あんたの武器はなんだ? そんなのが槍の代わりになるか!」
膝に手をついて、前に首を落とし肩で息をしながら、俺たちは男の話を聞いていた。
曰く男は、俺たちが酒場を出た後、気になって付いてきたらしい。
鍛冶屋に入って暫くしてから出てきたかと思えば、碌に防具も持たず誰も槍を手にしていない。
酒場に戻って腹ごしらえをしたかと思えば、まともな準備もせず街の外へ出る。
猫の追い立て方や戦闘の仕方は悪くなかったが、倒した後、死体をそのまま放置する。
悪いところばかりだ。
挙句の果てに、猫に誘われて森に入り、そこで猫のボス――キャッ3――の集団に囲まれて死にそうになる始末。
そんなことだから、俺たちヒューマンにヨルホシビトと呼ばれて馬鹿にされるんだ。ということだった。
男の話は、まだまだ続く。
ヨルホシビトの意味は分かるか?
寄生する星の人という意味だ。
あんたら寄る星人は猫を狩りつくそうとする。
しかも、俺たちのように捨てるところなく、全てを素材として扱うわけでもなく、猫の死体を持ち帰ろうともしない。
あんたらの星でも、猫をあんなふうに狩るのか?
まさか、あんたらの星で狩りつくしたからここに来たわけじゃないだろう?
それと、さっきの猫のボスはもう一度出会ったとしても倒さないでくれ。
この森に数匹しか残っていない。
あいつがいないと新しい猫が生まれない。
俺たちヒューマンは生活に必要な分だけ猫を狩るようにしてきたんだ。
が、あんたらがこの星に来てからの10数年で激減した。
ゼフル大森林にすむ猫は300匹を下回ってしまった。
男は、一気にそこまで話した。
俺たちは、顔を上げることができなかった。
言い訳のしようもない。
同時に、俺は怒りが湧いてきた。
もちろん、この男に対してではない、俺たちにこのゲームモドキを強要した首謀者に対してだ。
列車の中で目的を聞かれて、「あなた方は知る必要はありません。」と吐かしてやがった。
いつか、首謀者の目的を暴き白日のもとに晒してやる。
そういえば、「お金を貯める以外に、RPGシステムによって設定された最終ボスを倒すことでも、地球に帰る手段となる」と言っていた。
「最終ボスはむしろお前たちだ!」
できる事なら、時をもどし、あの車内アナウンスに向かってそう言い返してやりたいと思った。
すでに俺たちは、一般民のレベル1スキル『言語取得』を取得している。
そのためかRPGシステムアプリの中にある【翻訳】ボタンを押さずとも、この男の話が理解できていることに気づいた。
どうやっているのかは分からないが、こちらが発した言葉も相手にちゃんと伝わっているようだ。
音の振動、すなわち空気の振動を途中で変えているのかもしれない。
戦闘時に、敵味方にそれぞれ見えないシールドを張ったり、死体の解体に真空の刃を発生させたりできるぐらいだ。
空気の振動を変換することぐらい造作もないことだろう。
ただし、会話するときにタイムラグが発生する。
例えるなら、あの何という名前だったか有名な腹話術師のネタにある「あれ? 声が遅れて聞こえるぞ」状態である。
タイムラグが起きるのは、音を受信して変換後に発信するためだろうか――。
それにしても、どんな技術なのだろう、どれだけ発展した文明なら、そんな技術が得られるのだろう。
その技術に頼らざるを得ない現状が悔しく、また、そんな相手をどうにかできるのだろうかという不安もよぎる。
しかし、どうにかしなければならない、必ずこの星の現状をどうにかしてやると心に誓った。
男が本当にこちらの事を心配して話してくれていることは、表情を見て分かった。
もちろん、それだけではなくこの星を無茶苦茶にしてほしくないという意図もあっただろう。
男にこの先、一緒に付いてきてくれるよう同行を依頼したが断られた。
「あんたら寄る星人に、猫を狩りつくされないよう見守らなくてはいけない。ここを離れるわけにはいかない。ただ、しばらくここを狩場にするなら、見張りの意味で付き合わせてもらう」
「ありがとう、一度街に戻って体力を回復しようと思う」
「わかった。そういう事なら、あんたらがさっき森の中で倒した猫の死体を回収してくる」
回収した猫の死体はお金になるから、そのお金を後で渡すので酒場で落ち合おうということになった。
街に戻る間に別の猫に襲われることはないだろうからと、森を出てすぐの所で男と別れた。
「目標金額達成まで残り 999,995,275/1,000,000,000〔メル〕」
いろいろな感想をいただけるようになりました。読んでくださった方ありがとうざいます!