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半透明の桜  作者: けん
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騒ぎ

 雨がしとしと降る中、ふと目が覚めた。枕元にある時計を見ると時刻は午前五時四八分だった。身支度を整えるのには早い気がする。


 普段は目覚まし時計で起きるのだが、今日は珍しく雨の音で起きた。雨が降ったおかげで早起きした嬉しさは感じるが、それ以前にどれほど自分が目覚まし時計にお世話になっているのか、ひしひしと感じる。無論それ自体は特段悪いことでもなんでもないのだが。


 布団から体を起こし、黄緑色のカーペットとカーテンに囲まれた自室を出た。眠そうな顔をしながらリビングへ行くと、父はテレビを見ながら母の用意してくれた朝食を食べている。テレビには昨日のスポーツの話題で持ち切りだ。父はザ・中年男性といったところで普段家では野球で静かに楽しんでいるのだが、自分の幼少期には、よく勉強を教えてくれた。寡黙で冷静沈着な父は仕事も順調で出世しているそうだ。いわゆるエリートコース真っただ中というわけだ。頭脳明晰の自慢の父である。一方母は、父と結婚した二十年前から専業主婦をしており、家事全般が得意なのである。中でも料理は図抜けており、どこか料理教室でも開けるのではないかと思うレベルである。共働きが当たり前の時代ではあるが、我が家ははそうではない。父が働き母が家事をする。いわゆる普通の核家族といったところか。そう思いながら自然を基調とした緑と薄い茶色でコーディネートされた落ち着いたリビングで父母と共に朝食を食べている最中、やかましい声がリビングに轟く。


 「なーんでこんな朝早くから起きてるのよ!」と甲高い声が響く。妹の茜である。どうやら雨が降りどんよりしている中起こされたようだ。単に明るい性格なだけなのか、不機嫌なのか分からない。すると母は「朝から大声出さないの!」と一喝。こういう注意は僕らのための説教ではあるのだが、ときどき母の頑固さが垣間見えるときがある。世間一般でいうところの“理不尽”というやつだ。

 

 妹の茜はすっかり機嫌を損ねてしまった。寝起きでボサボサの髪のままリビングに寝転がり携帯とにらめっこだ。友達からのメッセージを返しているのだろう。すると父が僕と妹に「君たちは夜きちんと寝ているか?」と尋ねた。妹は不機嫌で見向きもしない。普段から仕事一筋で寡黙な父ではあるが、僕たち二人のことを見守ってくれている。僕は、まぁそれなりに、とだけ返事をした。父も「なら良い。」とだけつぶやく。


 朝食を食べ終わると父は出社の準備をする。時刻は六時二十七分なのだが、父の働く金融業界では朝の新聞チェックは必須であり、新聞を会社でも読むため早めに出社するのが恒例となっている。父は普段だらっとしているのだが、ひとたびスーツを着ると驚くほどかっこよく見える。定期や財布、新聞に通勤時に読む小説をカバンに入れ、父は早足で家を出た。


 父の見送りを済ませリビングに戻るとまたも茜が「携帯の充電赤じゃない!」とわめいている。叫ばなければ気が済まない性格なのだろうか。すると母から「前日にきちんと準備しないからこうなるんでしょ」と半分溜息交じりに言い放つ。おそらく茜のヒューマンエラーが原因だと思うのだが、これで茜の機嫌は最悪になりドンドン音を立てながら自室に戻ってしまった。


 茜のプチ騒動のおかげで朝から疲れてしまった。携帯やパソコン、音楽プレイヤーなど最新機器を持ちたがる茜は、ついうっかり充電をし忘れるなどザラにある。酷いときは予備のモバイルバッテリーすら充電がなく、僕のそれを無断で持ち出すのだ。これには普段おとなしい僕でさえ怒りの沸点が上がる。しかし母の教育のおかげなのか、次の日はチョコレートのお菓子を僕に分けてくれる。彼女なりのごめんなさいの形なのだと思う。自分勝手で思うことを何でもいう少々困った性格だが、素直な一面があるのも彼女の良さだろう。とはいえこれだけ多くの電子機器に囲まれた生活をしていると、何かを忘れるのも無理はない。


 そんなことを考えていると、テレビではまた野球のニュースだ。昨日はセリーグとパリーグ合わせて本塁打が八本も出たらしい。さぞ盛り上がっただろう。しかし今やっている話題は試合の盛り上がりではなく、球場そのものの話であった。ある球団のスタジアムで完全キャッシュレス化に移行するとのことだった。全一二球団の中でも初の試みである。キャッシュレス化した球場を想像すると、世のサラリーマン達は電子ICカードでお酒でも購入するのだろう。球場特有の飲み物を買い、そのお釣りを売り子のお姉さんにお駄賃として渡す光景が見られなくなるのは、少々もの寂しい感じもするが時代の波には逆らえないのだろう。

すると母は「現金で飲み物すら買えないの?カードは不用意に使いたくないし、私はどうしたら良いのよ。」と愚痴をこぼしている。僕自身も(高校生ということもあるのだが)カードを持たず現金をよく使う。母も僕もクレジットカードが怖く現金の安心感に酔いしれているのだろう。すると茜が「えー別にいいじゃん?お金なんてポロッと落ちるじゃん。」とあっさり答えた。いつの間に機嫌が戻ったのか。確かにそれはその通りであるが、母には電子化が受け入れられないのだろう。現金至上主義の母と電子化万歳の妹の間に亀裂が見えた気がした。今まで三木家でこのようなことがあっただろうか。ここまで親子で譲らないとは、おそらく母の頑固さが遺伝したのだろう。

 

 そんなことどうでも良いにせよ重い空気の中留まるのが限界に達したため、僕と妹は素早く学校の準備をし、そそくさと家を出た。午前七時十三分のことであった。

 

 一刻も早く重い空気から解放されたかった僕たちは早足で駅に向かう。重くなった家の空気と同様、月曜日だというのにどんよりした朝である。雨や曇りの天気は自分のテンションも下がるので好きではない。当然真夏の日本晴れの天気はそれはそれで嫌ではあるのだが、悪い天気に加え妹の茜は一人トラブっていた。 「定期忘れたー!」。


 なんともそそっかしい妹である。さっきまで機嫌が悪い中持ち物を細かく把握していなかったのだろう。筆箱とかも忘れていないかと思うと、ただただ先が思いやられる。茜は「切符買わなきゃいけないじゃん!また無駄な出費…。定期代払ったんだから今日も乗せてくれて良いじゃない!」と無茶苦茶なことをのたまっている。しかし僕たちが今から定期を取りに帰る時間もなかったので、仕方なく僕と妹は駅でわざわざ切符を買った。

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