表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/82


◇◇◇


 しばらくして千早が落ち着いてきたところで、近藤は話を再開した。


「では話を戻そう。早瀬君は昨夜京に到着したということだったが、君はどうなのかな、佐倉君」

 近藤は千早へと視線を移す。


「はい。……私は――」

 平静を取り戻した千早は考えていた。どう答えれば正解なのかと。いや、そもそも正解なんて無いのかもしれない。それに、下手に嘘を重ねて墓穴を掘るわけにもいかなかった。

 だから彼女は、可能な限り正直に話すことに決めた。


「猫を追いかけていたんです」

「――猫?」

 その言葉に、一同は首を傾げる。確かに先ほど取り乱していた際、千早はそう言っていた。猫を追いかけてさえいなければ――と。


 だが、誰にも意味はわからなかった。その答えを得ようと、近藤は尋ねる。

「何故猫を?」

「帰り道に、可愛い猫がいたんです。私は猫が好きで……それを帝と……彼と一緒に夢中になって追いかけていたら、男たちに襲われそうになっている日向さんを見つけて、それで……」

「彼女を助けようとした――と?」

「そうです」

 ――これならば、嘘にはならないだろう。寧ろ全て本当のことだ。私は昨日、学校からの帰り道に猫を追いかけ、気が付いたらこの時代にいた。それは事実。


 千早は嘘偽りのない瞳で、じっと近藤を見つめる。近藤は、千早の言葉は嘘ではないのだと感じているようだった。だが、それでもどうしても腑に落ちないことがある。


「君の家はどこだね。京の生まれではないだろう?」

 千早の言葉はどう聞いたって京の言葉ではない。それに、その姿形も。


 ――しまった、と千早は思った。何故って、家はここにはないからだ。この時代の京都には、自分の家も帝の家も存在していない。


「……家は――」

 千早は必死に考える。

 どう答えるべきなのか。そもそも千早は東京育ちだ。昔一時期京都に住んでいたことはあるが、それ以降はずっと東京に住んでいた。高校入学と同時に父親の仕事の都合で京都に越してきて、この地域の言葉は話せない。それどころか三年たった今でさえ、はっきり言って地理にも疎い。

 それにだいたい、千早の時代の土地の名前とこの時代のそれが同じだとは限らない。だから、適当に答えるわけにもいかなかった。


「……すみません、私、今嘘をつきました」

 だから、千早はもう正直に言うしかなかった。――その場に緊張が走る。空気がピリ、と震えた。


「――嘘だと」

 土方の低い声が千早を威圧する。だが、言ってしまったことは取り返しがつかない。

 しかし、きっともう一度嘘をつけば今度こそ後がないだろう。千早は慎重に考えて、言葉を続ける。


「私も帝も、ここには家がありません。いろんなところを転々としていて……」

「理由は」

 土方が唸る。千早は少しの間沈黙した。その場の誰もが千早の言葉の続きを待っている。十七の少女の、その答えを――。


 そしてついに、千早は一つの結論を出した。


「――駆け落ち」

 言いながら、彼女は皆の反応を見る。何となく、悪くない気がした。


「駆け落ち、してきたんです。私、彼と……江戸から」

「駆け落ちだと?」

 今度こそ、その場はやや騒然となった。それは駆け落ちが珍しいことだったからなのか、それとも別の理由だったのかはわからない。けれど、彼らは皆一応は千早の言葉に納得した様子を見せた。それは多分、先ほどの沖田の非道な言葉に対する、千早の反応を見ていたからという理由もあるのだろう。


 だが、彼らにはもう一つ気にしなければならないことがあった。


「では、あなたのその着物は――」

 それは山南の言葉だった。彼は珍しい物を見るような視線を千早に向ける。


 それは当然の反応だった。千早が着ているのは制服だ。シャツに紺のブレザー、胸元には赤とグリーンのストライプのリボン、そしてタータンチェック柄のプリーツスカート。このような服装をしているのは、この時代では恐らく西洋人か大使館の者くらいだろう。


 ――どうしよう。

 千早は今度こそ困惑した。朝閉じ込められていた部屋を出た時からずっと考えていたが、結局いい言い訳を思いつくことなくここまで来てしまった。まともに考えれば、こんな格好で駆け落ちなんてあり得ない。だって、どうしたって目立ってしまうだろうから。


 でも、もう嘘でしたとは言えない。


「何だ、また嘘か?」

 土方が(すご)む。――千早は震えた。けれど、彼女はもう俯いたりはしなかった。せめて堂々としていなければ。だってきっと、帝ならそうするだろうから。


 帝なら、きっと――。


 そして千早は、考え抜いた末に――決めた。


「これは……私の普段着です」

 と、正直に答える選択を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ