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「――え? 私……? なんで……?」

 思いもよらない帝の告白に、私は“黙ってろ”の合図も忘れ、つい口を滑らせる。


 だってまさか“私の身の安全”と引き換えにしたとは思ってもみなかったのだ。

 それに、そもそもどうして私だけなのか。私と帝、二人の身の安全を提供してもらうことは出来なかったのだろうか。


 そう考えた私は、再び沈黙を貫く帝の横顔をじっと見上げた。


 ――が、帝は私の視線に応えることなく、沖田さんを真っ直ぐに見据え続けている。

 一体沖田さんがどんな反応を示すのか……ただそれだけが気になるというように。


「……ふーん。成程、ね」

 沖田さんはそんな帝の視線を受け止めて、しばらく考え込む素振りを見せた。

 そうして、数秒沈黙した後、こう言った。


「つまりそれって、そうまでしなければ“千早の身を守れない”ほどの重大な情報――ってことでいいのかな? お金でもなく立場でもなく……ただ身の安全を願わなければならないほどの秘密……ってことで」

 沖田さんの眼光が鋭くなる。先ほど以上に切れのある眼差しが、帝の心情を伺うように見つめていた。

 ――が、そこは流石帝と言うべきか。彼はふっと息を吐き、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「そこまでは言えません。でも、行くあてのない俺たちにとって何よりも大切なのは衣食住なんですよ。身の安全――と言うのは、そういう意味だと思ってもらえれば」

「……その意見はわかるよ。でもどうして千早だけなんだい? 君自身の安全を求めなかった理由は?」

「それは……まぁ、どう考えても俺たち二人の安全を保障してもらうのは無理がある情報だからです。そんなことしたら土方さんが一方的に不利になる。――だから例え俺がそれを求めても、土方さんは受け入れてくれなかったでしょうね」

「……へぇ」

 帝の返答に、沖田さんはどういうわけかほくそ笑む。

 けれど私には、それが一体どういう感情から来るものかわからなかった。


 とは言え確かなのは、帝が今言った通り“私達が未来から来た人間である”という秘密と引き換えに、私達二人の保護を願い出るのは帝でも難しかったのだと言うこと。


 そもそも、未来の人間と信じてもらえるか自体が問題だ。普通ならまず信じない。信じないどころか、頭の可笑しい奴と思われてあっさり殺されてしまうのが関の山だろう。

 だから私はずっとその事実を隠していたわけで……。


 けれど、帝はそれをあの土方さんに信じさせたのだ。その上で、私の身の安全を保障してくれるように願い出た。


 それがどれだけ凄いことなのか……私にだってわかる。


「……それで、沖田さんは俺たちに何を提供してくれるんです? 内容次第では話してもいいと思ってます。実際、既に土方さんには知られちゃってるわけですから……俺たちが今ここで話さなくても、遅かれ早かれ伝わるものだと思っていますし」

 帝は平然とそう言って湯のみのお茶をすすると、更に続ける。


「でも……知らない方がいいと思いますけどね。沖田さんが土方さんを裏切ることになるっていうのもありますけど、多分、知っても何一ついいことはないです。沖田さんにとっても、俺たちにとっても。

 でも、沖田さんがそれでも知りたいと仰るなら、俺たちも腹括って話します。その代わりまずは約束してください。利益どうこう関係なく、“俺たちの話を疑わない”――と」

「……」

 帝の言葉に、沖田さんの眉がピクリと震えた。“疑わない”というその一言に。


「つまりそれって、君たちの話が“疑わしい”ことだってこと?」

「そうですよ。でなきゃ土方さんが沖田さんに“俺たちを監視しろ”なんて言ったりしないでしょう? きっと土方さんはまだ俺たちの話を疑ってるんですね。っていうか本当は沖田さん、土方さんから何かしら聞かされてるんじゃないですか? それどころか、実は俺たちの話の裏付けをするために今こんな話をしてるとか……勘ぐらざるを得ないんですが。……実際のところはどうなんです?」

「……」

「何も言わないってことは図星と取りますよ? ま、俺としては命の保証さえしてもらえるなら、正直他はどうでもいいんですけどね」

「……そう」

 ――再び二人は睨み合う。重苦しい沈黙と共に。


 私はそんな二人のやり取りを、ただ傍観していることしか出来なかった。一言もしゃべらず……話の行く末を見守ることしか……。


 ――沈黙はしばらくの間続いた。周囲の客のたわいない喧噪だけが、嫌に耳に響いて来る。

 それを破ったのは帝だった。


「――と言う訳で、こちらからの提案です。沖田さん、もし良かったら土方さんの代わりに“千早の身の安全”、保障してくれません? こんなこと言いたくないんですが、どうも土方さんは信用できないと言うか……向こうがこっちを疑ってるように、こっちも向こうを疑わないといけないみたいですから。……ので、もしも土方さんが俺との約束を違えることがあったら、沖田さんに千早を守ってもらえないかと」

「……なに?」

 沖田さんの眉がピクリと震える。帝のその提案が予想外であったと言うように、ほんの少し顔を歪めた。


 が、それは私も同じだ。


 土方さんと交わした契約と同じことを沖田さんにもさせる。それに一体どんな意味があるのか、私にはほんの少しもわからなかった。


 返事を決めかねている沖田さんに、帝は続ける。


「返事はすぐにしていただかなくても結構です。正直、あまりに突然のことで俺も頭が混乱していて……少し考える時間が欲しい。それに、沖田さんの返事を聞く前に千早と二人きりで話をしたいんです。本当に少しでいいですから……席を外してもらえませんか?」

「席を外す……? 今ここで?」

「そうです。別に俺たちの方が店を出てもいいんですけど、それだと俺たちが逃げる心配があるでしょう? ですから、沖田さんの方が外に出てくれるとありがたいのですが」


 ――それは私からすればあり得ない提案だった。だって、監視対象である私たちを二人きりにするなんて、そんなの駄目に決まってる。

 けれど帝の顔は大真面目だった。それどころか、沖田さんを挑発するかのように畳みかける。


「ちなみに断ったら、今の俺たちの会話を全て土方さんに報告します。そうされて困るのは沖田さんの方だと思いますけど、どうします?」

 そうして帝は、片方の口角を上げた。と同時に、沖田さんから放たれる強い殺気。


 それは明らかに、気分を害しているという空気。

 ――私の全身から、一瞬で血の気が引く。


「み、……帝! 流石にそれは言い過ぎだよ! ごめんなさい沖田さん、帝はちょっと混乱してるだけなんです! 悪気はなくて! だから――」

 だが、弁明する私に返って来た言葉はまたもや予想外の言葉だった。


「わかった」

「――え?」

 なんと、沖田さんは帝の言葉を了承したのだ。


「いいよ、席を外せばいいんだよね? そもそも僕の方からこの話をした時点でそれくらいのことは予想していたし。君たちを二人にすること自体は構わない。……だけどね」

「……」

「もし少しでも怪しい動きを見せたらただじゃ済まさないよ。いいね?」

 沖田さんはそれだけ言うと、音もなく立ち上がる。そうして背を向けると「外で待ってるから、終わったら声かけて」とだけ言い残し、あまりにもあっさりと出て行ってしまった。


 後には帝と私だけが残される。


「……あの、帝? 二人きりで話って……」

 ――一体、どんな話……?


 私はそう呟きながら、横に座る帝の横顔を見つめた。

 沖田さんの反応は予想外だったけれど、今はとにかく帝の話を聞かなければ――と。


 だが、彼は私の問いにすぐには反応しなかった。

 帝は眉間に深い皺を寄せたまま微動だにせず、沖田さんの消えた先をただ真っ直ぐ睨みつけるだけ。


 それは今まで私が見て来た帝の表情の中でも、ダントツに機嫌の悪いときの顔だった。


「……み、帝、大丈夫……? な、わけないよね。こんな話、急にされたら……」

「――千早」

「なっ、何?」

 ――やばい。帝の機嫌、本当に悪いみたい。


 帝の低い呼び声に、私は反射的に身体を強張らせる。

 こんなに機嫌が悪い帝は久しぶりだ。この前のプリクラ事件のときの帝も怖かったけれど、あのときの帝が激しく燃える炎だとしたら、今の帝は北極の凍てつく氷のようで……。


 沖田さんの怒り方も大概だけど、帝も本気で怒ると空気が体感氷点下並みに冷たくなるのだ。

 その証拠に、今は7月末だと言うのに全身震えが止まらない。――寒い。


 だが、ここまで機嫌を損ねた帝は、私にもどうすることもできない。私に出来るのは、ただ吹雪が止むのを我慢して耐えることだけ。


 ――そんな風に現実逃避し始める私に、けれど帝の冷たい声音が容赦なく降りかかる。


 それは、「抜けるぞ」と、ただ一言。


「……え」

 私に問い返す暇を与えることなく、彼は私に突きつける。


「これ以上は無理だ。もうここには居られない」

「――っ」


 そう、それは“新選組を抜ける”――という、私にとっては青天の霹靂(へきれき)以外の何ものでもない、衝撃すぎる言葉だった。


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