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◇◇◇


「おい総司、めったなことは言うもんじゃねぇ」

「そうだ、あの青年はまだ生きているだろう」

「君、少し落ち着きなさい。総司、もう少しこの子の気持ちを考えてあげられないのか」


 沖田の心無い言葉に泣き出してしまった千早を前に、流石の彼らも心が痛むようである。彼らは口々に沖田を非難し、どうにかして千早をなだめようとした。

 けれど沖田はそれが気に入らないようだ。


「だってほんとのことじゃないですか。あれじゃあ死んでるのと変わりませんよ」

 彼は不本意だと言わんばかりに口を尖らせる。


 だがしかし、このやり取りさえ千早には聞こえていなかった。帝が死んでしまったと聞いて、もはや彼女は自分を見失っていた。

 新選組の面々は、お前が悪いと言わんばかりに沖田をじろりと見やる。その視線と――そしてあまりに痛々しい千早の姿に、流石の沖田も謝罪しようと口を開いた。


「すみませんでした。僕が悪かったですよ、だからもう泣かないでくださいって」

 だが、その言葉さえ千早には聞こえていないようだ。


 その証拠に、彼女は今まで項垂れていた顔を上げると、静かな声でこう告げたのだ。


「私を、殺してくれませんか」――と。


「……は?」

 その言葉に、沖田は今度こそ唖然とした。殺してくれと、今この娘はそう言ったのか? ――それほどまでにあの男を愛しているとでも? 後追いでもする気か? そんなこと言って、実際死ぬとなれば抵抗するに決まっているのだ。馬鹿らしい。

 ――そんな風に思った。だが、その考えはすぐに覆される。


 自分を見据える千早の瞳から、一切の生気が失われていたからだ。ドロリとした瞳からは、すべての色が消えている。――ただの冗談かと思っていたのに、その言葉が本気であると気づいた沖田は、どういう訳か怒りすら感じていた。


「君、本当に死にたいの?」

 沖田が尋ねれば、千早はこくりと頷いた。相手の男が生きている、という言葉は聞こえないのに、死にたいか、という言葉には反応するとは一体どういう了見なんだ。沖田は顔をしかめる。


「土方さん」

「何だ」

「どうしましょう。なんだか僕、すっごくイライラするんですけど」

「……」

「何なんですかね。この娘、僕らのことなめてるんですかね」


 沖田はぼそぼそと呟く。せっかく生かしておいてやったのに、今さら死にたいなどと……。


「僕――いいですか? 斬っても」

 沖田は問う。だが、土方は首を振った。


「いや、俺がやる」

「……え?」

 土方は沖田を制止し、しびれをきらしたように立ち上がる。そして静かに刀を抜いた。


「お、おい、トシ……?」

 さすがの近藤もこれにはたじろいだ。まさかこんな室内で、しかも相手は女だぞ――と。


「土方君! やめて下さい!」

 山南も止めに入る。――が、土方は聞かない。彼は皆の制止を振り切り、千早と、それを庇う日向を見下ろした。そこに浮かべられるのは、人斬りの顔――。


「おい坊主、そこを退け」

「どきません……!」

「ならお前も一緒に斬られるか?」

「嫌です!」

 土方の全身から殺気が立ち上る。だが日向は決して退こうとはしなかった。元はと言えば沖田が悪いのだ、斬られてたまるものですか――と。


 だがそれでも、土方の動きは止まらない。彼は音もなく刀を振り上げると――、そのまま一気に、千早と日向めがけて刀を振り下ろした。


 ――だが、その刹那。


「――え?」

 鋭い金属音が鳴り響き――千早はようやく我に返った。結局刀は振り下ろされず――千早と日向の前には、土方の刀を防いだ斎藤の背中がある。


「どういうつもりだ」

「……副長が望んでらしたので」

 斎藤はただ淡々と述べる。それは本当に、些細なことだとでも言いたげに。すると土方は片方の口角を上げた。彼は刀を鞘に納める。


「……と……トシ、驚かさないでくれ……私の寿命が縮まるだろう」

「本当ですよ、土方君」


「……でもその子、泣きやんだみたいだね」

 確かに、沖田の言葉通り千早の涙は止まっていた。あまりの驚きに――そう、きっとこれはショック療法という奴だ。

 

「おい、女」

 土方は千早を見下ろし、告げる。

「お前の男は、生きている」

「……え」

 千早は茫然と土方を見上げた。


「……死んで……ない、の……?」

「総司の悪い冗談だ」

「……は」

 ああ、何て酷い冗談なのだ。だけど、そっか、帝は生きてるんだ。――そう悟った瞬間、再び彼女の頬が濡れた。けれどそれは、先ほどまで流していたのとは違う種類の涙だった。それは、安心と安堵の嬉し涙。


「命を粗末にするな」

 土方は続ける。

「簡単に死ぬなんて言うんじゃねェ。あの男はお前を守って怪我したんだろ。お前が死んだら、あいつはどうなる」

「……でも、私のせいなのに。私が――」

「ごちゃごちゃうるせェな。あの男が怪我したのはあいつの責任だ。女のせいにしてちゃ男が(すた)る」

「……そう……なの?」

 千早は呟く。――そうなのだろうか、いや、そんな筈はない。だけど、だけど……。


 目の前のこの男は、自分は悪くないのだと言う。命を粗末にするなと言う。殺してしまえばいいものなのに、そうするつもりはないのだと、そう言うのだ。

 それを悟った千早は、ようやく本当の意味で心を落ち着かせた。


 もしかしたら、何とかなるのかもしれない、と。いきなり迷い込んだこの時代でも、何とか出来るかもしれない、と。それに、帝が生きているのなら、彼の為にこの場を切り抜けなければならないのだと。

 それに気づいた千早は、今度こそ涙を拭いた。そうして、土方に頭を下げる。


「……ありがとう、ございます」

 そう一言だけ、呟いて。


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