表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/82


◇◇◇


 それと同じころ、廉は京大構内の物理工学科の狭間准教授のゼミ室を訪れていた。秋月(かなめ)という人物についての話を聞くためである。



 ――そもそも廉は、この1週間の間に帝の父親である秋月要について調べていた。その軌跡はこうだ。


 まず廉は、“秋月”という名のついている神社の名をインターネットで調べ始めた。秋月刑事の実家の神社が分かれば、実際に訪ねてみようと考えたからだ。そうすれば、帝に下されたと言う予言について詳しいことも分かるであろうと……。

 けれど残念ながらめぼしい情報は見つからなかった。秋月という(うじ)に関わりのありそうな神社の名は検索結果にヒットせず、情報は何も得られなかった。


 彼は次に八条高校最寄りの交番に向かった。千早と帝の荷物が届けれらた交番だ。

 平日のある日、大学の実習を終えた廉はそのまま交番へと向かった。既に日は暮れ、日勤勤務の警官は帰ってしまっている時間帯。水野巡査はいるだろうかと思いつつ廉が交番の中を覗くと、彼はまだそこにいた。廉の存在に気付いた水野は、向こうから声をかけてくれる。


「やあ、佐倉廉君だったね。3週間ぶりだろうか」

「はい。その節はどうも……」

「いや、僕は何もしていないから……。力になれず申し訳ないくらいだよ」

「……いえ」


 その場で言葉をやり取りしたところ、どうやら水野は遅番勤務だということがわかった。20時には勤務を終えるという。廉が「4月21日のことを、どんな情報でもいいから教えて欲しい」と願い出ると、彼は快く承諾してくれた。


 廉は近くのファミレスにて、水野が勤務を終えるのを待った。そうして20時半を過ぎた頃、そこに水野が現れた。



 水野は、廉と同じくコーヒーを注文した。ちなみに、廉は2杯目のコーヒーである。


「ここは僕が払うから、何を頼んでもらってもいいんだよ。夕食はまだだろう?」


 そんな水野の申し出を、廉は丁重に断った。そもそも呼び出したのは自分だ。ご馳走してもらう理由は何もない。それにこの水野という男の年齢は、経歴からして自分より少し上なくらいだろう。相手は社会人であるとは言え、それもあって気が引けた。


「顔色が良くないね。あまり眠れていない?」

 注文を終えた水野は、真っ先に廉の体調を気遣った。確かに以前に比べて10キロも体重の落ちた廉は、誰がどう見ても不健康な顔色である。そんな状態で「大丈夫」と答えても説得力がないことはわかっていた廉は「正直言ってしんどいです」と正直に胸の内を吐き出した。


「実は殆ど眠れなくて……」

 廉は、なるべく水野の同情心を煽るような言葉を選ぶ。

 実際彼はここのところずっと眠れていない。コンディションは最悪で、それは昂からの叱咤激励を受けた後も変わらなかった。けれどそれでも、彼の心中は大きく変化していた。廉の中には、必ず千早を見つけるのだという強い決意が存在している。


 廉の今日の目的は、水野から一つでも多く秋月刑事の情報を引き出すこと。どんな些細なことでもいい。何故なら廉は、千早と帝の捜索が遅々として進まないのは、秋月刑事が捜査情報を隠蔽しているからかもしれないと考えていたからだ。だから廉は、その最悪とも言える可能性を考慮して秋月刑事について調べることにしたのだ。


「秋月刑事はお元気でいらっしゃいますか。あれ以来、電話では話せてもなかなか会えずじまいで……」

 廉が秋月刑事を心配する素振りを見せると、水野は悔しそうに顔を歪めた。


「僕はよく知らないけど、府警勤務の同僚に寄ればろくに休みも取っていないって。刑事部長だから刑事課の全ての事件を統括しないといけないし、その上ご子息の事件を自分で担当するとなれば休みなんて取っていられないんだろうな。怨恨の線もあるってことみたいだけど、身代金の要求どころか脅迫電話の一つもないっていうんじゃ捜査が進まないのも無理はないよ」

「……」

「あ――すまない。今のは失言だった」

「いいえ」


 どうやら、この水野と言う男はなかなかに饒舌な様である。初対面のときは自己紹介以外は一言も口を聞かなかったが、あのときは秋月刑事の手前話すことが出来なかったのだろう。まぁ、普通に仕事をしてるだけでは、巡査である水野が刑事部長と言葉を交わすことなどないのだから当たり前とも言えるが。


 ――そうして、廉が水野と会話をし始めて30分ほどした頃だ。水野から大学生活について尋ねられ、廉がそれに答えたときのこと。


「廉君は京大の医学部なのか。優秀なんだね」

「父が医者なので……。大変ですが、期待に応えないと」

「流石だな、尊敬するよ。……そう言えば、秋月刑事部長も京大出身だったな」

「――え、京大なんですか? 東大卒だとばかり」

「いや、京大だよ。一応警察内にも派閥があるからね、間違えようがない」


 廉は驚いた。秋月刑事は東大出身だと思っていたからである。


 そもそも警官には2種類ある。ノンキャリアと呼ばれる地方公務員と、キャリアと呼ばれる国家公務員だ。後者である国家公務員になる為には、国家公務員総合職採用試験を受けなければならない。


 けれどその試験は、キャリアと言われるだけあって難易度が高い。警察官の年間の採用人数はキャリア組が10名前後であるのに対し、ノンキャリア組は全国合計で約15,000人。これだけ見ても、いかにキャリア組が狭き門であるかわかるだろう。


 そしてその国家公務員総合職採用試験だが、合格者の約7割は東大出身者である。残りの2割が京大、後の1割が慶應や早稲田などの有名大学だ。となればその数字がそのままキャリア組警察官の出身大学の割合に反映されることになる。つまり、廉が秋月刑事を東大卒だと思うのは無理のないことだった。


 それに秋月刑事の階級は警視正。警視総監、警視監、警視長に次ぐ階級で、その人数は警察組織全体の2%にも満たない。しかも、採用年数によって順当に昇級していくキャリア組とは言え、秋月刑事は40代半ばである。その中で順当に昇進を重ねているという事実から、廉は秋月刑事が東大派閥に属しているものだとばかり思っていたのだ。


「あの……秋月刑事は何年に入校されたんでしょうか?」

 廉は尋ねる。

 秋月刑事がエリートであることはよくわかった。だが、今重要なのはそんなことではない。目的は秋月刑事の出自を知ること。つまり秋月刑事がいつ警察官として採用されたのかがわかれば、京大を何年に卒業したかもわかるというもの。それがわかれば、自分の大学内のツテを辿って、彼の出自を調べることが可能だ。


 けれど水野はその問いに答えることなく、短く呻り声を上げて何か考える素振りを見せた。


「どうだったかな。新卒じゃ無い筈だから90年代後半だと思うけど、それ以上はわからない」

「新卒じゃないんですか?」

「ああ。年齢制限ギリギリで試験を受けたと聞いたことがあるから。……でもどうしてそんなことを?」


 ――年齢制限ぎりぎりということは、試験を受けたのは30歳ということか。

 廉はそんなことを考えながら、水野に対し曖昧な笑みを浮かべる。


「同じ大学出身と聞いたら、何だか気になってしまって。――でも本当に凄いですよね。その歳で国家公務員試験を受けて警視正だなんて、異例の出世スピードなんじゃないですか?」

「そうなんだよ、本当に凄いんだ。僕のような地方公務員からしたら雲の上の存在だよ。同じ警察組織の人間とは言え、ノンキャリアの僕とは住む世界が違うからね」

 水野はそう言うと、陶酔したように口元を歪ませた。どうやらよほど秋月刑事を慕っているようである。


 廉はそんな水野の様子に、これは占めたと、更に秋月刑事についての情報を引き出そうとする。


「でもそれほど優秀なら、京都府警に移動になったのには何か理由があるんでしょうか。秋月刑事、もともとは警視庁の方だったんでしょう?」


 これは千早から聞いたことだが、帝はもともと東京に住んでいたという。が、数年前に父親の仕事の都合で京都に越して来たのだとか。ということはつまり、秋月刑事はもともと東京で――つまり警視庁に勤務していたということになる。それが警察庁に移動となったとなれば、必ず理由がある筈だ。――少なくとも、廉はそう考えていた。


 けれどどうやら水野もその理由までは知らないようだ。

 彼は廉の問いに、「そうなんだよ。僕もそれが不思議でね。噂では本人が強く希望したからだと聞いたけど、警視庁の出世コースを自ら外れる理由なんて僕にはわからないし」と言って首を捻るばかり。念のため、何か内部抗争や、事件捜査中の事故(・・)の可能性も尋ねたが、水野は「そんな話は聞いたことがない」と答えた。――まあ実際にそうであっても、こればかりは素直に答えられる内容ではないだろう。


 ――そんな廉の考え通り、水野からこれ以上の情報は得られそうになかった。

 それを悟った廉は適度なところで話を切り上げ、水野に丁寧に礼を述べるとファミレスを後にした。



 その翌日から、廉は大学内で“秋月要”のことを知っている人物がいないか探し始めた。「以前この大学に在籍していたと“秋月要”の昔のことを知りたい。この大学で80年代中盤から教鞭(きょうべん)をとっている教授はいませんか」――そんなふうに教授たちを直接尋ねて回った。父親には内緒で、そのコネを存分に駆使してまで。


 そうして3日が経った早朝、父親の後輩にあたる准教授――菊池拓馬――から電話がかかってきた。


『見つけたよ、廉君』

 菊池は開口一番にそう言った。


「本当ですか?」

『ああ、僕の後輩の父親の友人が、当時“君の尋ね人”と同じサークルに入っていたって』

 廉は目を見開く。――同じサークルと言うことは、当時の秋月刑事のことを詳しく知っているに違いない。


「ありがとうございます。それで、その人の名前は」

『まあそんなに慌てないで。名前は“狭間とおる”と言って、京大工学部の准教授だったんだ。工学部なんて縁がないから僕も知らなかったんだけど』

「確かに、工学部はまだ当たっていませんでしたね。……ともかくありがとうございます。学内にいるなら後は自分で何とかします」

『まあ待ってよ、君は本当にせっかちだな。実はね、もう僕がアポを取っておいたんだ。明日の13:00に君が行くって伝えてある』

「菊池さん……抜かりないですね」

『そりゃあ佐倉教授にはいつもお世話になってるし、その息子である君には少しでも恩を売っとかないと』

 そう言って菊池は、電話の向こうで快活に笑った。


「……はは」

 ――何て素直な人なんだ。だが、どうも憎めないんだよな、昔から……。


 そんなことを思いながら、廉は菊池に礼を言って電話を切った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ