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◇◇◇


「単刀直入に聞く。お前らは何者だ」


 二人が部屋に入って座るとすぐに、土方はそう切り出した。

 

 部屋には千早と帝の二人の他に、土方、山南、そして沖田が座っていた。近藤は今朝から出かけており不在である。


 帝はこの部屋に入るまでに、千早から新選組についてのあらかたのことは聞いていた。つまり、今自分を睨みつけている目の前の男が、土方歳三だと知っていた。


 そして土方が“鬼の副長”と部下から恐れられる男であることも、農家の出でありながら武士に憧れ、己の進むべき道を貫いた男だとも知っていた。


 ――ここで俺が一言でも間違えれば、命はないんだろうな。

 そんなことを思いながら、帝は脳みそをフル回転させる。


 彼はここに来るまでに大凡のストーリーを考えていた。1時間前に目覚めたときから、周りを侍の姿をした男たちに囲まれたときから――ずっとずっと考えていた。そもそも彼がなかなか千早の言葉に反応を示さなかったのも、それ以前に山崎の診察の問いかけ全てに敢えて無視を決め込んだのも、これからどうすべきかを決めかねていた為だった。


 ここは自分たちのいた時代ではない。そのことには、ここに飛ばされてすぐに気が付いた。だが自分は怪我を負い、長い時間意識を失ってしまっていた。気が付けばこんな状況で、目覚めたときに千早は傍にいなかった。


 流石にそのときはパニックになりかけた。

 いったい千早はどうなったのか、ここはどこなのか、年号は、日付は、未来に帰る方法は、それを探す手段は――けれどそれらを考えた時、自分が真っ先にすべきことはともかく現状を把握することだと判断した。その為に、放心状態の自分を演じたのだ。


 だが、それも千早の登場で必要なくなった。

 自分の前に現れた千早は思いの外元気そうで、大きな怪我も無さそうで心底安心した。けれどそれでも、心には大きな傷を負っていて、抱きしめずにはいられなかった。涙に暮れる千早を、もう大丈夫だと安心させてあげたかった。


 俺たちがここに飛ばされて一ヵ月。それだけの時間を、千早は一人で頑張ってくれたのだから。死にかけた俺の為だけに、誰一人として知るものがいない、慣れない環境の中で、今まで耐え続けてくれてたのだから。


 ――だから次は、俺が千早を守る番。……大丈夫、実際に俺たちは“白”なんだ。何も恐れることはない。


 帝は膝の上の拳を、強く握りしめる。そしてようやく、口を開いた。


「千早から聞きました。俺たちは“間者”ではないかと疑われていると。結論を言えば、俺たちは間者ではありません。それに俺たちが何者かと言われても、ただの秋月帝と佐倉千早だとしか答えられませんし、それ以上でも以下でもありません」


 帝ははっきりとそう告げる。これは、事実。嘘をつく際は真実を織り交ぜる。それがセオリーだ。


 それに対して、土方はすぐさま言葉を返す。


「お前たちが“白”かどうかは俺が決める。質問に答えろ。お前らは一体どこから来た」


 それは確信を突いた質問だった。“どこから来たか”それがこの話し合いの全てだ。答えは“未来から”。だが、それだけは口にしてはならない。

 

 帝はゆっくりと息を吐く。頭の中で情報を整理し、土方を納得させる答えを導きだそうと考える。

 

 とにかく、ここで守らなければならないのはただ一つだけ。自分たちが“未来の人間”であると知られないこと。これは絶対だ。もし知られれば死あるのみ。そもそも未来の人間だなんて言われて信じる者はいないだろうが、信じられても困るのだ。未来のことを聞かれて、幕府は倒れます、などと答えるわけにはいかない。

 ――ならば、もう選択肢は一つしかない。

 帝は覚悟を決める。


「俺たちは、グレート・ブリテンから来ました」

 そして帝が口にした一言。それは、あまりにも大胆な選択だった。


 そう、つまり帝は、自分たちが外国から来たと言ったのである。

 帝は目の前の土方の様子から、彼が自分たちの素性を調べ、けれど何もわからなかったのだろうと推測した。ならば今ここで、一つの情報も出てこない納得の理由を提示しておかなければならない――と考えたのだ。


 それに、未来や異世界から転移するのに比べれば、外国から来たと言うのは俄然現実的である。少なくとも帝はそう判断した。

 イギリスを選んだのは、英語圏で真っ先に浮かんだのがイギリスだったというだけだったが、この時代には既にイギリスと貿易をしている筈だからそれほど問題はないだろう。


「ぐれーと……ぶりてん、ですか?」


 だが、帝のこの言葉は流石に予想外だったのだろう。山南と沖田は顔を見合わせた。そもそも、グレート・ブリテンとは一体何だ、と言う顔をしている。その中でも土方は特に、真面目に答えろ、とでも言いたげに顔を酷くしかめていた。


 けれど帝はそんな彼らの反応など予想済みとでも言うように、堂々と言葉を続ける。


「ああ、そう言えばこの国の言葉では、エゲレス――だったでしょうか。とにかく、俺たちはそのエゲレスのイングランドから来ました」

「一体それはどういうこった。エゲレスに住んでたとでも言うのか」

「そうです。俺たちは少なくとも今より七年前から、ずっとエゲレスに住んでいました」

「……」


 勿論これは真っ赤な嘘である。けれど、どう考えてもこれが今の自分たちの境遇を説明しうる一番の方法だと、帝は考えた。


 次に口を開いたのは山南だった。


「秋月君、是非とも詳しい話をお聞かせ願えますか。何故お二人がエゲレスに住んでいたのか、それがどうして京に来ることになったのか」


 帝は頷く。一応土方の反応も見れば、聞かせろ、という態度を見せていた。


「俺の両親は貿易商をしておりまして、子供のころから両親に付いて各国を転々としていました。チャイナ、インド、イングランド、そしてアメリカ。その中でも住み心地の良かったイングランドに、あるときから定住するようになったんです。

 それからしばらく時が経ち、俺が10歳になった頃のこと。俺は流行り病にかかりました。病自体は大したことなかったので割愛しますが、とにかくそのとき俺を診察してくれたのが、千早の兄である佐倉廉(さくられん)先生でした。今では廉さんと呼ばせて貰ってますが――とにかく、俺は廉さんから千早を紹介されました。寂しい思いをさせてしまっているから、是非仲良くしてやって欲しい、と。

 話を聞けば、どうやら千早の家も貿易商で、千早は両親と離れ兄の廉さんと生活を共にしていると言うことでした。廉さんは、故郷を同じくする者同士、話が合うこともあるのではないかと紹介して下さったんです。

 結論を言えば、俺と千早は直ぐに打ち解けました。それから7年の間、俺たちは向こうでただ平和に暮らしていました」


 帝はそこで一旦言葉を止めると、溜まった膿を吐き出すように肺から深く息を吐いた。次の瞬間にはその表情が一気に陰り――全身から暗い空気が立ち昇る。


 それは勿論帝の演技だったが、それまでのあまりにも流暢な帝の言葉に、淀みない内容に聞き入ってしまっていたその場の者は、これから帝が何を言い出すのかと続きが気になってしょうがなかった。勿論それは、千早も含めて。


「けれど、今から三ヵ月前。アメリカに居た筈の千早の両親が久しぶりにイングランドを訪れたかと思ったら、突然千早に結婚をしろと迫ったんです。相手はイングランドのジェントリ、つまり、準貴族の男でした。どうやら千早の両親は事業に失敗して多額の借金を抱えてしまったらしく、融資代わりに千早を嫁がせようとしたんです。勿論千早は嫌がりましたが、既に婚約は成立している、の一点張りで……」

「つまり、佐倉君のご両親が佐倉君に政略結婚を迫ったと、そういうことですか?」

「そうです」

 山南の言葉に帝が頷けば、その場は何とも言えない雰囲気になる。


「どうにもならないまま結婚の日だけが差し迫り、一度は俺も千早も諦めかけました。けれど、その結婚に反対していた廉さんが助けてくれたのです。彼は俺たちの為に船を手配し、二人で日本に帰国しろ、と……」

「なる程。――では、その後何故京に?」

「別に俺たちは京に来るつもりなんてこれっぽっちもありませんでした。帰国した際、京の治安が乱れていることは噂で聞いていましたから。

 そもそも俺たちは、廉さんの友人を頼って帰国したんです。俺たちは帰国したその日のうちに、長崎の廉さんの友人を尋ねました。廉さんからの(ふみ)を持って……。けれど、その友人は既に病気で死んだ後でした」


 帝は俯く。その時のことを思い出しているかのように苦悶の顔を浮かべ、悔し気に拳を握り締めた。


 これは嘘だ。全くのでたらめだ。けれど、その場の誰もが帝の空気に呑まれていた。それは千早も、そして帝自身でさえも。


「でも、その友人の妻という方がとても良い方で、更に別の友人を紹介して下さったんです。俺たちは直ぐにその友人を訪ねようと思いました。けれどその直後……俺たちは人さらいに会い……気が付けばどういうわけか京の界隈(かいわい)に」


 帝は暗い表情で続ける。


「向こうの姿のまま帰国したのが悪かったんでしょうね。俺たちの姿は誰がどう見ても目立っていたし……まぁ、すぐに殺されなかっただけ良かったのですが、荷物は全て取られてしまいました。その際、次の訪ね先の住所も紛失してしまって……」


 そこまで言って、帝は口を閉じた。どうやらこれで話は終わりの様である。この嘘か誠か――誰にも証明不可能な二人の過去の話は、締め括られた。


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