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 千早は日向と共に元居た部屋に戻された。

 そうして斎藤から簡単に膝の手当てを受けた後、しばらく部屋で待つように告げられた。


 その為今千早と日向は部屋で二人、お互いについて――つまり早い話、自己紹介をしあっている。


◇◇◇


「あの……千早さんはおいくつなのですか? 私達、歳近いですよね?」

「十七です。今年の冬で十八になります。日向さんは?」

「私は今年十九になります。やっぱり近いですね!」

 どうやら日向は千早の一つ年上らしい。といっても、日向の歳は数えであるので、実際は千早と同じか一つ下であろう。

 日向は続ける。


「ところで、お聞きしたかったのですが……」

「何ですか?」

「どうして、私が女だと……?」

「え……?」

「だって、私の着物は……」

「男物だから、って?」

「はい」

 日向の表情は真剣そのものだった。けれど千早からすれば、日向は男装の麗人にしか見えない。それに、この時代でだって剣道をするときは女性も袴をはくものだろう。――多分。


 千早はるろ剣のヒロインの姿を思い浮かべながらそう考える。けれどもあれは明治の話だった。幕末よりも後の話だ。それなら、やっぱりこの時代での女性は日向のような恰好はしないのかもしれない。


「んー。ごめんなさい。特に理由はないんです。ただ、ぱっと見女の子だって思っただけで。それに昨日の日向さんの悲鳴、どう聞いても女の子の声だったから」

「……あ」

 千早の言葉に、日向は昨夜のことを思い出したようだ。千早と帝に助けられたその時のことを――。


「確かに私、悲鳴を上げていたような気がします」

「そうでしょう?」

「……改めて、昨夜は助けていただいて本当にありがとうございました」

 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。千早は慌ててそれを遮った。

「顔を上げてください! 当然のことですから! それに、こちらこそさっきは本当に助かったんです。日向さんが居なければ今頃私はどうなっていたか……。それに日向さんが女性だってばらしてしまったし」

「ばらして……?」

「あっ――ええっと、“明かしてしまった”し?」

「ああ! いえ、そもそも嘘をついていた私が悪いんですから」


 そう、二人はお互いを庇いあう。それは何だかヘンテコな状況で――二人は顔を見合わせてふふふっと微笑み合った。

 まだまだ決して気を許すことは出来ない状況であるにも関わらず、千早は目の前の日向という少女の存在に深く救われていた。もしも今彼女がいなかったら、一人きりだったら……今頃自分はここにはいなかったかもしれないのだから。


「あの、日向さん」

「はい」

 千早は二人きりの部屋で、日向の両手を自分の両手で握りしめる。


「私――ここに残れるかわからないですけど、もし、残れたら」

「はい」

「私と、お友達になってもらえませんか?」

「お友達?」

「はい。もし、良かったら――」

 千早はそう言って、真剣な表情で日向を見つめた。すると、日向は一瞬目を丸くして、けれどすぐにその顔を(ほころ)ばせた。そこにあるのは、花の様な愛らしい笑顔。


「もちろんです! 私の方こそ、是非お友達になって下さい、千早さん!」

「ああ、嬉しい!」


◇◇◇


 それは運命の出会いだった。時代を超えた運命の出会い。――後にこの二人が新選組の運命を大きく揺るがすことになるのだが……彼女らも、そして新選組の彼らも誰一人として、そんな未来の到来を知る由も無かった。



◇◇◇


 その後千早は、日向からこの時代のことを大まかに聞き出した。勿論、この時代のことを全く知らないと悟られてはならないから、疑われない程度に上手く誤魔化しつつ、である。

 千早は日向の話を聞きながら、現在の年号と授業で習った歴史の内容を頭の中で示し合わせていった。


 そうしてわかったのは以下の内容だ。


 ――千早が飛ばされた今の年号は元治元年、西暦でいえば1864年。黒船が来航してからというもの、外国産の安くて質の良い品が広まり、日本の産業は大打撃を受けていた。そのことに不満をもった長州藩を主力とした尊王攘夷(そんのうじょうい)派は各地で過激な運動を繰り返し、それにキレた公武合体(こうぶがったい)派の薩摩藩と、京都の治安を守っていた会津藩は、長州藩と朝廷の中で尊王攘夷派であった公家たちを京都から追放してしまう。その過程で京の治安は悪化し、幕府より京都の治安維持を任されたのがこの新選組だということだった。


 その内容はほとんどが千早でもでも知っているレベルのことで、彼女は一先ず安心した。生活基盤はともかく、案外知識的にはやっていけるかもしれない、と。だがしかし――。


「……やっぱり夢じゃないんだ」

「――え?」

「いや、何でもないの」

 ――同時に、大きな不安も襲ってくる。やっぱりこれは現実なんだ、と。

 覚悟はしたつもりだが、それでも信じたくない現実。この時代は紛れもなく幕末で、しかも自分がいるのは泣く子も黙る新選組の屯所。加えて帝は浪士に斬られて大怪我を負い、先ほどの沖田の言葉を信じるならば、意識不明の重体レベルの重症で……。これを最悪の状況だと言わずして何と言うのだろう。


 どうにかなる、どうにかしなければならない。だけど本当にそれが出来るのか。生き残ることが出来るのか。こんな、家もお金も、この時代の服一枚すらない非力な自分が。

 千早はそんな風に、頭を悩ませる。


 ――が、そんな時だ。

 何の気配もしないままに、突然部屋の扉が開かれた。


 二人が驚いてそちらを見れば、そこには斎藤が立っている。

 彼はやはり先ほどと同様表情一つ見せないままに、開口一番にこう言った。


「着替えろ」と。そして右腕に抱えた着物らしきものを千早に突き出し――更に続ける。「男に会わせろとの指示だ」と。


「……男って……帝に?」

「ああ」

「会っていいんですか?」

「そう言っている。だから、これを着ろ」

 なんだかぶっきらぼうな物言いだ。


 この斎藤一という男、先ほどの傷の手当ての際もそうであったが、基本的に口数は少なく表情もない。

 つまり、何を考えているのかわからない。――二人はそう思った。


 けれど千早からすれば、斎藤の話し方など気にすることではなかった。彼女にとって重要なのは、これから帝と会えるのだという、その一点のみ。


 だから彼女は礼を伝え、斎藤から着物を受け取った。

 広げてみれば、それは鼠色の胴着と紺色の袴だった。勿論男物である。


 千早が斎藤の顔を見上げれば、彼は千早の言わんとすることをすぐに察したようだ。


「ここは女人禁制だ。例えそうでなくとも、そのような奇天烈(きてれつ)な恰好でうろつかれては困る」と言った。

 そしてそれだけ言うと、彼はすぐさま(きびす)を返す。

「着替えたら声をかけろ。外で待つ」とだけ言い残して。


 ――ああ、何と不愛想な男だろうか。

 けれど今の千早にはそれくらいが丁度良い。下手に話しかけられてぼろを出すなんてことになれば元も子もないのだから。


 

「手伝おうか?」

「うん、お願いしてもいい?」

「勿論」

 渡された着物は少し大きめだったために手こずったが、日向の手を借りてなんとか千早は着替えを終えた。

 着替えの最中、変わった下着をつけているねと言われたが、なんやかんやと誤魔化しながら。


 そうして千早は斎藤に連れられて、ようやく帝のいる部屋に案内された。


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