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 暗い、暗い――漆黒の闇だけが広がるその場所に、一本の桜だけが色彩を放ってそびえ立っていた。


 ヒラヒラと舞い散る無数の花びら――、それはとても美しく、艶やかに、時を知らずにただひたすらに宙を舞う。


 そこに音は無かった。

 あるのは漆黒の闇と、一本の桜のみ。


「嗚呼……」


 けれどそんな世界に、足を踏み入れる者が、一人――。

 彼はゆっくりと桜を見上げ、呟く。


「ここに、いたのか」


 彼の姿は、闇に包まれ伺い知ることが出来なかった。だがその声だけは、確かに凛と響いていた。


「わかるか、俺が」


 彼はその桜の幹に、そっと手を触れる。刹那、幹に触れた彼の姿にも色が灯った。


 桜の花びらは――尚も散りゆく。


「お前の役目は終わったんだ」


 彼の姿は世に存在するどんな人間より、美しく逞しい顔立ちをしていた。

 肩に少しばかりかかる黒よりもさらに暗い漆黒の髪は風もないのにサラサラと揺れ、それと同じ色の瞳には舞い散る桜の花弁が映し出される。


「……終わったんだ」


 その声には何の感情も込められていないようだった。表情もなく、ただ淡々と言葉を並べる彼からは、何の感情も読み取れない。


 ひらり、ひらり――。

 桜は止むことなく舞い続ける。


「俺たちの役目は、もうない」


 彼は、どこか切なげに眼を伏せた。そして滑らかな桜の幹にゆっくりと指を這わせ、小さく息を吐く。


「帰ろう」


 彼は繰り返す。


「もう、帰ろう」


 まるで恋人に語りかけるかの如く、甘い甘い声で彼は囁く。


「共に」

 ――帰ろう、と……。


 彼はひたすらに、何度も、何度も桜に向かって語りかける。桜吹雪のその中心で。飽きもせず、何度でも――。


 彼の言葉は桜に届いているのだろうか。それは彼にわかるはずもなく、誰にもわかるはずもなく――。



 そうしてここは、彼にとってすべての始まりの場所となった。そして同時に終焉の場ともなった。


 開く、開く――今、開かれる。すべての始まりと終わりの門が。

 まだ見ぬ未来へと続く門が。過ぎ去りし過去へと誘う扉が――。


 誰も知らぬ未来へと――しかし確かに終わりへと続く未来へと――。


 さあ、行こう。


 これがお前の望みならば――俺は甘んじて受け入れよう。それが、お前にしてやれる俺の最後の――……。


 そして彼は消えた。再び静寂が戻る。

 そこに音はなかった。


 そこには――ただ漆黒の闇が広がるばかりだった。


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