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第4話 石崇

 石崇の金持ちさと放蕩具合は、おおよそこういった調子であった。人臣位を極めた父の、その末子として生まれた石崇は、父から遺産を全く贈られなかった。贈られなかったが、持ち前の才覚、特に()(しょく)の才覚を天から大いに授けられていたので、独力で当代随一の資産家となった。そして都・洛陽の近郊にあるここ(きん)(こく)に、豪邸を築いたのである。


 金谷の屋敷は、石崇が思い描く理想世界の縮図であった。屋敷は金谷水の清流を背にし、あらゆる種の木々を移植させて作った森に囲まれ、広い池があり、それを望む楼閣があり、川の流れの上に渡した高床の建物があり、石崇はそこに千人に及ぶ婢女と、婢女を統括し監視する宦官たちとを住まわせていた。森には南北の鳥を放ち、池には古今の魚を飼い、財貨も、東西の貴宝も、四隅に自然にたまる綿埃の如く積まれていた。石崇はここを遊覧し、鳥を狩り、魚を釣り、琴を聞き、書画を賞め、高官を招いて宴を開き、酒を飲み、詩を詠み、美女を愛でた。そしてこの楽園にできるだけ長くとどまれるようにと、不老長寿の術を実践すること寸暇を惜しんだ。石崇のこれらの放蕩は、石崇が荊州刺史であった折りに、刺史の権限を乱用して肥やした私腹を元手にしていた。


 どうして石崇がここまで財を集め豪邸を築いたのかといえば、美を何よりも尊いと考えていたからである。石崇に言わせれば、美とは即ち、浪費であった。美しいものを不毛に消費するとき、美しいものが特に理由もなくすり潰されるとき、美は至上の輝きをみせた。しかも、美しいものは大量であればあるほど、浪費の量は莫大になればなるほど、単純に、純粋に、美はその輝きを増した。


 こういった石崇の美学において、最も手の込んだ対象になったのは、婢女である。高価な婢女、希少価値の高い婢女、つまりは美しい女奴隷を、同じく高価な、希少価値の高い、美しい装飾で飾り付け、多額の金と血のにじむような努力によって美しく保たせたその肢体を、この屋敷という整えた舞台の上で、丸ごと、たいした理由もなく、殺める、だめにする、それを何度もくり返す。これが石崇の美学の極致であった。緑珠のような愛妾は、浪費しなくても美しいから、一度浪費して無くしてしまうには惜しい気がする程度に美しいから、まだ取っておいてあるに過ぎなかった。


 かくなる石崇に買われた緑珠は、見かけは天女のように育ち、主人をもてなすための技芸も仕込まれたが、しかしその本質は、何よりも獣に近かった。主人の気分の変化に鋭敏な獣、主人がどんな芸を見せれば喜ぶのか熟知している獣、それが緑珠だった。そうでなければ、石崇のような男のもとで生き延びるのは不可能であった。


 そんな緑珠でも、将来に不安の覚えるときがある。(しょう)(ふう)というかつての石崇の愛妾は、西の胡中で石崇に買われ、生死をともにせんと石崇に誓わせるほど寵愛されたが、三十になって容色衰えれば捨てられたという。緑珠は石崇の寵愛を失うと考えると、それだけで身震いするほど恐ろしかった。石崇の寵を失うことは、つまり死である。そして緑珠は生を、金谷邸に充満する、浪費するための(らん)(じゅく)しきった美を愛していた。そのために石崇の興を買うことが死活問題であること、ほかの婢女や宦官と、何も変わらなかった。


 しかし自分の容色だって、翔風のようにあと十年はもつだろうと緑珠は考えていた。


(十年後なんて、とんでもなく先よ)


 と緑珠には思われた。


(考えるだけ無駄だわ)


 どうせ、あと十年もの間、石崇の不興を一切買わずに済むかなどわからないのだから、ただただ一瞬を生きて楽しみ、また次の一瞬を生きながらえるよう、あがくほかない。弱肉の獣の勘で、緑珠はこう理解していたのである。

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