2
・・・昨日からフェイの様子が変わった気がする。
妙にフレンドリー感を醸し出しているんだが・・・
「あ、タクミ様!今日は何をするんですか?」
「「様」は止めてくれない?」
「駄目ですよ!私の雇い主なんですから!」
「・・・・あぁ、そう。・・・・今日は搾乳するんだけど」
「搾乳ですか!私も手伝って良いですか?」
「そうだなぁ・・・・人手が足りない訳じゃ無いが・・覚えてくれりゃ助かる」
「じゃぁ決まりですね!」
と、言う訳で2人で搾乳をする事となった。
「・・・・何ですか?これ・・」
その光景を見たフェイが唖然としている。
確かに初見じゃそうなるわな。
家の牧場は柵に丸太を「そのまま」使用し、多少の衝撃ではびくともしない仕様である。
「けど、結構な頻度で修繕が必要だったんだよね。最近はロボ達が頑張ってくれてるお蔭で、回数は減ってるけどさ」
「・・・嫌な予感しかしない」
彼女が何を言ってるのか判りませんね。
そうこうしている内に牛舎へ到着。
早速作業へ取り掛かろう。
「・・・・・ちょっと待って、待って待って・・」
「ん?何か?」
「・・・・・・・・何か?じゃなぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!!」
「何だよ!?んな声張り上げて・・・」
「これ!コイツ!!『バーサクバイソン』でしょうが!!」
「・・・へぇ~、こいつ、そんな種類だったんだ」
「な、何・・をそんなのんきなことを・・」
===========
ノーネーム ♀
バーサクバイソン
レベル 61
-ステータス観覧不可-
-スキル観覧不可-
-タクミの従魔-
其の巨体に似合わない俊敏性を持つ。
頭部の角には『風の魔力』が濃縮されており、突撃の際『中級風魔法』相当の風撃を撒き散らす。
1度暴走を始めれば、全てを薙ぎ倒し、蹂躙するだろう。
===========
「こいつ一体で1つの町が消滅するわよ!!」
「もふっ?」
「え!?何その可愛い鳴き声!?ギャップが凄過ぎる!?!?」
「そう言われてもなぁ・・こいつ、めっちゃ大人しいし」
「それが判らないのよ・・こんな大人しい個体始めて見たわ」
「もふっ!」
「・・・ま、取り合えず搾るよ」
「あ、はい」
さて、コイツの搾乳だけれども、方法はほぼ牛と変わらない。
最初に刺激を与え、乳腺を活発にしてやる。
その後、最初に出て来る老廃物の混じった脂肪を全て出し切れば、準備は完了だ。
「何をそんな簡単そうに言ってるのよ!!」
「えぇ・・」
「何この乳首!下手な男の腕回りより太いわよ!」
「体がデカイからな」
「しかも硬!木の幹並みに硬!!」
「しっかり揉み解してな」
~~30分後~~
「ぜぇ・・はぁ・・こ、これで良いのね・・」
「ああ、これで『下準備』は終わりだな」
「もふっ!!」
「・・・これで・・下準備・・」
「俺だったら5分も掛からないんだけどなぁ」
「化け物と一緒にすんな!!!」
「えぇ・・」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「うわ、凄い色。それに饐えた匂いが・・」
桶に搾り出した最初の脂肪は黄ばみ、蝋の様に硬い。
「こいつは良い燃料になるんだよ。一旦溶かして不純物を取り除く、その後匂い消しのハーブを練り込んで使う」
脂肪が溜まった桶を一旦奥へと仕舞い、新しく壷を運ぶ。
「さて、ここからが本番。結構たっぷり出るからしっかりな」
「・・・・ハイ・・・」
俺の言葉通り、量はたっぷり5~60リットル位だ。
大体前世の乳牛の2倍位の量だろう。
「はぁ・・・はぁ・・はぁ・・・私、これからミルクを飲む時は農家の人に感謝しながら頂くわ・・」
「そりゃどうも。さて、じゃぁ・・」
その壷に綺麗な杓子を入れ、搾りたてのミルクを取り出すと、2つのコップに注ぐ。
その片方をフェイへと差し出せば、彼女はおずおずと手に取った。
「ほら、農家の特権だ」
「あ、ありがとう」
お互いにカチリとコップを合わせ一口、うん、相変わらず美味い。
「・・おいしい。え?なにこれ!?今まで飲んで来たミルクって何だったの!?」
「びっくりするよな、すげー濃厚なのに後口がスッキリしてて」
「口に残る後味・・あんまり好きじゃなかったんだけどこれなら幾らでも飲めちゃう!」
「お口に合って何より」
搾乳が終われば、次は加工である。
「んじゃな」
「もふっ!」
バイソンに別れを告げ、ミルクの入った壷と共に加工の為の作業場へと向かう。
「今回作るのはチーズだ」
「チーズ・・正直あの苦味が苦手なのよね・・」
「あぁ、確かに他のヤツはそうだろうな」
「・・他のヤツ?」
俺は昼飯用に持ってきた、所謂『セミハードタイプ』と呼ばれるチーズを切り出して薦める。
「・・・え?なにこれ・・・凄い濃厚!?しかも苦くない!?」
それを口にしたフェイが驚愕していた。
基本苦味の元になるのは、チーズを固める時に何の「凝乳酵素」を使うかによって変わる。
この凝乳酵素を使う事により、チーズはチーズとして固まるのだが、種類があるのだ。
前世の地球で一般的に使われているのは「バイオキモシン」と言われるモノ。
コレに関しては・・・現世で現状再現が不可能なので使用は諦めてる。
何故か?端折って言えば「科学技術万歳」だ。
美味しいチーズを普通に食える時代・・本当に感謝しましょう。
で、フェイが苦手・・と言ったチーズは微生物や植物を使った加工によるモノ。
前世では「微生物レンネット」や「植物レンネット」と呼ばれている。
これは異世界でも比較的簡単に手に入ったが、やはり苦味が出た。
そして、現世で品質を追求した場合、使う事になるのが「仔牛レンネット」。
だが入手するのは・・・恐ろしく困難なのだ。
何故か?「仔牛レンネット」は「生後10~30日の仔牛の第4胃から得られる」からだ。
現状、牛は労働力並びに搾乳の為に育てられている。
その貴重な労働力を「生後10~30日」に潰す奴は居ないし、そもそも「仔牛レンネット」なる存在すら知らないだろう。
仔牛を生存させつつ第4胃から得る技術も無い。
これこそが、俺のチーズ造りに置いて最大の難所だった。
そこからは試行錯誤の連続。
様々な物で試したが、今一成果は得られなかった。
そんな俺に有る日、1つの考えが浮かぶ。
「異世界なんだから、異世界特有の物質だって有るのでは?」
そうして試しに試し、とうとうソレを発見した・・したのだが。
(まさか・・オークの小腸だとは・・)
うん、凄く異世界っぽいよね。
因みにこの世界のオーク・・凄く不潔ってイメージが有る為、素材としても微妙な上、『どの部分でも口にすると病気になる』なんて定説が有る為・・今の所製法は(精神衛生上)極秘扱いである。
「何時か・・受け入れて貰えると良いなぁ・・」
「え?何か言った?」
チーズを美味しそうに頬張るフェイがキョトンとしている。
「・・・・知らないって・・幸せだよな」
「???」