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空のステラ  作者: 実茂 譲
1.流れ星
9/56

8.

 イリヤムは地下室に避難しろといったが、カーター親爺もステラもその気はなく、苦戦するイリヤムを何とか援護する方法はないかと知恵を絞っていた。

「おれの艇の機銃を外そう」

 カーター親爺は言った。

「それで対空射撃をやる。正直、焼け石に水だが、何もしないよりはいい。すまんが、嬢ちゃん、肩を貸してくれ」

 二人ははるか頭上で苦戦しているイリヤムを見つつ、湖岸の小屋に急いだ。

 小屋の壁には工具がいくつもぶら下がっている。カーター親爺は機銃を艇から外すためのレンチをつかんだ。

 振り返って、艇を見ると、ステラが艇によじ登り、操縦席に座ろうとしていた。

「何やってんだ、嬢ちゃん!」

「わたしがいきます」

「おい、ちょっと待て。操縦できるのか?」

「わかりません。でも、できるような気がするんです」

「できるような気がする? 冗談言ってる場合じゃ――」

 轟音がまた聞こえ、小屋がぐらぐら揺れた。舞い上がった土くれが屋根に当たって音を立てる。

「ああ、もう、畜生め!」

 カーター親爺は油差しを手にすると、ポンプを動かしてエーテルを入れ始めた。

「いいか? おれの言うとおりにするんだ。おれの艇はイリヤムのと違って、エンジンをかけるのに世話が焼ける。まず、安全ベルトだ!」

「はいっ!」

 ステラがベルトを装着しているあいだ、カーターは捻挫した足をかばいつつ、よろよろと歩きながら、牽引式のプロペラを六回まわした。

「燃料バルブを開けろ。混合気は最濃だ!」

「はいっ!」

 何が燃料バルブなのかわからない――はずなのに、手が勝手に動いて、真鍮製のバルブを引いていた。

 そのあいだにカーター親爺は直列気筒エンジンのピストン一つ一つに燃料を注射していく。

 さらに三回プロペラを手でまわす。

「発電機のスイッチを入れて、スロットルをゆっくり開けて、ゆっくり閉じろ」

 ステラの手は次々と動き、スイッチが入って、スロットルレバーを操る。

 カーターはエンジンのすぐ横に開いた穴にクランクを差し込み、渾身の力を込めて、勢いよく一まわしした。エンジンが呻り始めた。

 カーターがプロペラをつかんで叫んだ。

「コンタクト!」

 カーターがプロペラをぐるんと一回しするとエンジンがかかった。プロペラが勢いよくまわり始める。 カーター親爺はプロペラの騒音に負けないくらい大声で、

「本当は九〇〇回転で止めてエンジンをしばらく温めたいところだが、時間がない! 回転数を一一〇〇まで一気に上げて、かまわず離水しろ!」

「わかりました!」

 ステラは操縦桿を握った。次々と記憶が操縦法の形で甦り、まるで自分はこの飛行艇を動かすためにここにいるような気さえしてきた。

「幸運を祈る!」

 カーターが叫び、ステラの艇は小屋の外へと進み始めた。

 頭上では分厚い曇り空の下でイリヤムが二機の敵機に追い回されている。

 敵機は何度もイリヤム目がけて銃弾をばら撒くが、イリヤムは際どいところで避けている。

 それがいつまで続けられるかはわからない。

 エンジンの回転数を見ながら、操縦桿を前に倒し、後ろに引き、離水のための体勢を整える。

 回転数が一一〇〇になった瞬間、艇は水から離れて、浮き上がり、湖岸の樹をすれすれで避けて、空に飛び立った。

 ステラは大きく左に旋回しながら、イリヤム機と敵機の位置を確かめた。

 単葉のゴブリン機がしつこくイリヤムの後ろに食いつき、回避行動を取ろうとすると、その先に下方から銃撃を加える複座戦闘艇がいる。

 ステラは左ペダルを踏み込んで、急旋回し、イリヤムの動きを追うのに夢中になっている複座戦闘艇を照準鏡の十字線の真ん中に捉えた。

 ガーゴイル製機関砲から放たれる一連射が複座機から右の翼をもぎ取り、機は錐揉み落下していった。

 振り返ってイリヤムを見ると、邪魔者がいなくなったイリヤム機は単葉機を引っぺがし、急旋回に必要な回転数を稼ぐために大きく旋回していた。

 余裕があったステラは右へ急旋回しながら、単葉機の後ろを取り、連射を加えた。四〇・四〇弾が単葉機を吹き飛ばしたが、やられたゴブリンはステラに背後を取られたことに気づく間もなかった。

 イリヤムは雲の真下すれすれまで上昇し、飛行船へ逆襲をかけに行く。ステラも高度を上げながら、飛行船目がけて飛んでいった。

 飛行船のほうでは戦闘艇を全て失ったゴブリンたちが泡を食って、退避の準備をしていた。水平と下方に対して砲を持つ飛行船は上には何の武器も装備していない。上空から機銃掃射されたらなすすべもない。

 砂袋を落として高度を稼ごうとしたが、スピードも上昇性能も飛行艇のほうが上だった。イリヤムとステラは一二・七ミリ弾と四〇・四〇弾を飛行船の気嚢に浴びせた。

 キャンバス地の気嚢に火がつき、次の瞬間には熱い空気のかたまりが二人の機を雲ごと押し上げた。

飛行船はザクロ色に燃えながら二つに割れて、六〇〇メートル下の海へと墜ちていった。

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