5.
二階建て、赤い屋根、一階はぐるりを回廊状のポーチで囲われていて、涼しい夜などはハンモックでねそべり、ワインでも楽しみながら風に当たることができる。
カーターは五年前、この宿屋を島ごと千五百ルクで買った。水が湧いていて、離着水向けの湖があり、適度な雑木林もある。七八号空路と一一二号空路のそばだから、商人から食品や雑貨を仕入れることができ、また、このように王都へ上る途中の旅人を泊めることができる。
カーター親爺はパイプを取り出し、ブルーベリー風味の煙草をつめて、プカプカと吹かした。
二人の客、イリヤムとステラは大いに食べ、大いに飲んだ。スパゲッティ、オムレツ、サラダ、そして水差しに入ったリンゴジュースがあっというまに消えてなくなり、いまイリヤムは外の回廊に吊ったハンモックで涼しい西風を浴びながら、のんびり食休みしていた。
一方、ステラは浴場で肌がちくちくするほど熱い湯に浸かっていた。
熱いお湯が入ったタイル張りのタンクが浴槽の上に取り付けられていて、火晶石の加熱炉が青や緑の火を銅製の炉格子からちらつかせながら、タンクの底を焙っていた。もっと湯が欲しいと思ったら、タンクについている真鍮製の蛇口をひねればいい。
ステラは蛇口をひねった。流れ出した熱湯から新しい湯気が生まれ、五メートルも高さがある天井に渦巻き、煙り出しに吸い込まれていった。それをぼんやりと目で追う。
記憶は湯気に似ていた。ぐらりぐらりと姿を結びそうになるのだけれど、後少しというところで風が一吹きし、バラバラにちぎれてしまう。そして、バラバラにちぎれた記憶の断片が訴えかけるのだ。
「行かなくちゃ……」
その言葉を口にした途端、今まで感じたことのない感覚に襲われた。熱い風呂に入っているのに、冷たい手で背を撫でられたような感覚。この世でたった一人ぼっちになってしまったような感覚。
行ったら、どうなるんだろう?
ステラは口を湯につけ、ぶくぶくと泡立たせた。
もし行ったら――そして、なすべきことをなしたら、自分はどうなるんだろう?
それを知るのが、なんだかひどく恐ろしいものに思えてくる。
「でも、知らなくちゃ……行かなくちゃいけない……」