54.
夕暮れの海にステラ・マリスが浮かんでいた。
この世界とのつながりを失いつつあるのを感じながら、ステラは西に機首を向けた。
美しい夕日が凄惨な戦争と未来の名残を昇華させ、世界は透き通ったリンゴジュースのような色に染まっていた。
コアを失った瞬間からリヴァイアサンには実体がなくなっていた。リヴァイアサンの体をすり抜けたステラはスイッチを切って、エンジンを止め、ステラ・マリスを滑空させた。
一人で消えよう。
自分の使命を思い出した瞬間、そう決めていた。
イリヤムを見たら、泣いてしまう気がしたのだ。
でも、今は後悔していた。
イリヤムにもう一度会いたかった。
でも、イリヤムは消える自分を見て、きっと悲しむだろう。
イリヤムが悲しむことを知りながら、それでも会いたいと思うのは自分勝手だろうか?
陽が沈んでいく。
ステラは目を閉じた。
唇に何かが重なった。
それが離れると、気恥ずかしそうな息遣いを感じた。
瞼を開くと、イリヤムがいた。
乗り降りに使う小さなタラップを引っかけて、操縦席のすぐ左に立ち、消えつつあるステラの手を握りしめていた。
「ごめん」
イリヤムは謝った。
「童話の読みすぎだよな。キスしたら魔法が解けるみたいな。でも、運命は変えられない。でも、伝えたかった」
「イリヤム?」
「ステラが大切な人だってこと。相棒以上の存在として大切だってこと」
「あの夜の――起きていたんですか?」
イリヤムは気まずそうにうなずいて言った。「ごめん」
「……」
「ステラ?」
「うぅ、恥ずかしいです――でも」
イリヤムの顔を見た。
夕日を背にしたその影に涙が光っているのが見えた。いつもみたいに笑いながら、最後の一秒までステラとつながっていたい思いが手を強く握りしめた。
「……ありがとう、イリヤム」
微笑んだステラは夕日の光に溶けるようにして消えていった。




